【 「間」はコントロール可能 】
「間(ま)」は誰にでもあるので、それを怖れる必要性もありません!
なぜなら、別の視点から眺めると、
「間(ま)」は「幸せ」への「伸びしろ部分」!!!
だからです!
そして、「間(ま)」は自分が作り出していると同時に、「間(ま)」を上手に活用して「幸せ」へと転嫁させるのも、あるいは、「魔(ま)」へ変質させる可能性もあなた自身が握っており、充分コントロール可能です!!!

【 余談:善と悪と内心の自由 】
一国の指導者!?と称される人の、「忖度」や「意向」の問題が取り上げられています!
「類は友を呼ぶ」という「行動の結果」の視点から考えると、何かが見えて来ます、、、
そして、「共謀罪」「テロ等準備罪」と言われる法案が通過しそうな状況です。
テロに限らず、犯罪を未然に防ぐ努力や方策も必要でしょうが、同じく「類は友を呼ぶ」で集まった、
「権力を持った人」の範囲内でのみ通用する考えが「善」とされ・・・
それ以外は「悪」とされる可能性も少なからず含んでいる・・・
のが事実です。
更に、「何が善???」という面では、以前のTOPICSで触れた、「道徳の教科化」という現実の面に、既に現れつつあります、、、

「内心」は自由とは言え、心の内で人を殺したり傷付けたりする思いを持つのは、好ましい事ではありません。
それと同時に、「何を幸せと感じ、何を不幸と思うかも、個人の内面により人それぞれ自由」です、、、
そして、私達人間を魂の存在として捉えると、完全に「内心の自由」を奪われる事態は起こり得ません。
しかし、この世という社会で「内心を表現する自由」を奪われる事は、
私達が人間として存在する意味を失ってしまう
という事に繋がります、、、
※ 関連TOPICSはこちら
・ 『 天使の声と悪魔の声、そして憑依への対処法は・・・(多重人格との比較も):前半・後半 』
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