見ている景色は違う・・・? ~潜在意識における経験の差と年月の積み重ねの違い~

ピカソの目には現実として捉えられていた・・・???

 

という可能性が残っているかもしれません。
先ほど私はピカソの絵においては、「その絵の元は何を下絵や構図にしているか分からない」とコメントしましたが、もしかしたら、ピカソにとっては、

 

自分に見えている景色をそのまま絵として表現している

 

のかもしれません。
つまり、私達の多くが見ていると思っている景色と、ピカソが見ている景色というのは、

 

全く違った現実としての捉え方をしている

 

という点が違うのかもしれません。
では、これのどのような点が「人間関係において役に立つ」のでしょうか?
まず一番身近な親子のケースで考えてみます。

親子において特徴的なのは、

 

親の考えなどが子どもに受け継がれやすい面もある

 

ということが挙げられます。
これは至極当然の反応です。
なぜなら、

 

親は自分にとって一番良いと思われる考えなどを子どもに教育する

 

という自然な流れがあるからです。
しかし、だからと言って親と子が全く同じ考えや人間性を持つに至るということも、ほぼほぼないことと思われます。
なぜなら、

 

親と子の間には、経験の差と生きてきた年月の積み重ねの違いがある

 

ということです。
親が40歳で子どもが20歳であれば、20年という経験の差と年月の積み重ねに違いが出てきます。
そして、当然のことながら四六時中一緒に行動している訳でもありませんので、

 

経験する内容や状況や環境も全く違ってくる

 

ということになります。
そして、経験する内容や状況や環境の違いに加え、

 

もともと備わっている個性の違い

 

という点も大きく関係してきます。
なので、親と子の関係においても意見や考えの違いがあるのは自然なことでもあります。

では、これを兄弟姉妹などの身近な家族や親類、夫婦、恋人などに加え、さらに幅広い職場などの人間関係として考えてみて下さい。
そこには、年月の積み重ねの違いや経験の差、経験する内容や状況や環境の違い、そして、個性の違いといった要素が膨大に存在しています。
となると、人間関係を広げて見ていけばいくほど、

 

見ている景色の違いが鮮明になってくる

 

という傾向が顕著になっていくかと思われます。
そして、「見ている景色の違い」とは、実は、

 

ある状況や出来事に関して、どのように意味づけを行っているかの違い

 

ということになります。
これをもっと簡単に表現すると、

 

ある状況や出来事に対して、どのような感情を持ち、どのように反応するかの違い

 

ということになります。
例えば、親の死という出来事に対して遺産を巡る争いなどが絶えないのは、このような意味付けの違いから生じていることもあります。
また、カウンセリングなどでも、一生懸命親の介護をしてきて親が亡くなったのは辛く寂しいと思う反面、どこか自分の中でホッとしている自分に気づき、そのことに対する罪悪感などを持ってしまっているという方もいらっしゃいます。
周りからは良く頑張ったねと声を掛けられる反面、ホッとした自分を許せない、あるいは、周囲の人には自分の気持ちを分かってもらえないと思い込んでいるなどのケ-スもあります。

人間関係を円滑に進める方法の一つには、