誰かに見られている?・・・という感覚の正負の側面 ~自律・自立の為の思い・言葉・行動の一貫性~ 

【 自分を観察する 】

そして、「誰かに見られている?」の、もう一つの視点が、

 

あなたが自分の内面を見ている

 

ということに、気づくことです!

 

あなたが心の底から正々堂々と胸を張れるようになるにつれて、「誰かに見られている?」という感覚は次第に減少していきます。

勿論、時と場合に応じて「誰かに見られている?」という感覚が生じることもあります。

そして、それは正常です!!!

 

その正常の意味は、

 

自分で自分を観察している

 

という面となって、現れているだけだからです(笑)

 

 

なぜなら、気になるということは、

 

あなたの中に、あなた自身にとっての気になる「何か」がある

 

ということを、知らせてくれているだけだからです(笑)

 

「誰かに見られている?」という感覚は、正負の両面を兼ね備えていますが、その両方を解決する視点と、自分を見つめているという視点を心掛けると、必ず変化が訪れます!!!

 

なお、あらぬ噂をふりまかれることで実害が生じる場合には、名誉毀損や侮辱のように「適切な法的手段を取る」という理性からの判断が必要な時もあり、毅然とした態度が大切になります!

 

また、「統合失調症」の一つの症状にある「常に監視されている」と感じる場合には、専門医の指導の元に適切な診断や治療が必要なケースもあります。

 

【 見守られているという感覚も 】

そして、明日は東日本大震災から6年目の日です、、、

 

私が読んだ書籍でも、震災で家族や知人を失った人々の中には、

 

見守られている

 

ことを実感する体験により、少しずつ前向きに生きられるようになった人々も、とても多いです。

 

「誰かに見られている?」そして「見守られている」も、取り方によっては同じことを意味しているかもしれません、、、

 

 

そして、多くの人々が、

 

供養の意味も込め、自分は自分らしく精一杯生きていく姿を見せる

 

ことが「自分への力や励み」になっていると話しています。

 

これも、正負の両面を解決する視点と「源」は同じと感じます、、、

 

※ 関連TOPICSはこちら

・ 『 「生き様」から考える真の動機 ~野口英世と私の歯科治療体験(笑)~ 』

・ 『 見ている景色は違う・・・? 』

 

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