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言葉の力とカルマ(業)

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

色々騒がせていた東京都知事の問題も辞職という展開で幕を引きそうでありますが、また、今回は「みみっちい・せこい」などもキ-ワ-ドとして出ていましたが、台風一過のように今回の件をやり過ごしてしまうことも、それこそ「もったいない」と思いますので、「他山の石」として活用してみようとの思いから、そして、二度と同じことが無いようにとの思いから、今回のテ-マ「言葉の力とカルマ(業)」を考えていきたいと思います。

 

今回の件は「またか!」と言うほどTVなどで報道されていましたので、今更あれこれと疑惑の例を出すつもりはありません。
そのような中、「精査・真摯・第三者・説明責任を果たす」などの「言葉」が今回はよく引き合いに出されていました。
このような「言葉」と「実際の言動」があまりにも掛け離れていると感じることが多勢であったと思われますし、そのことは実際は当の本人が一番感じていることと思います、、、、、

 

このように、今回は「言葉を裏切った」結果の側面でもある、と言えるかもしれません。
不適切な例えですが、例えば、あなたが誰かから以下のような質問をされたと仮定してみて下さい。

「 孤独死を防ぐために、色々な調査や訪問をしているのですが、あなたの身の周りの方で、そのような状況になりそうな方がいたら教えてくれませんか?力になりますので。 」

このような質問をされたあなたは、不審に思うこともあるかもしれませんが、それらしき団体名と名刺などを差し出された場合に、頭に思い浮かんだ「ある人」のためになるならば、との思いから身近な方の情報を教えることもあるかもしれません。
勿論、これはあなたの「善意」から出た行動です。

 

そして後日、そのある人が特殊詐欺の被害に遭ったとあなたは耳にしたとします。
あなたの頭の中には、そう言えば?と、ある出来事が思い浮かぶことでしょう。
勿論、「孤独死を防ぐために・・・」という言葉を信じたあなたが悪い訳ではありません。

 

仮に、このような出来事が起こった時に、あなたはどのように感じるでしょうか?
そして、
あなた自身が、このような特殊詐欺の為に使われた「言葉」であるとしたら、あなた自身たる「言葉」はどのように感じるでしょうか?

 

それは悲しみかもしれませんし、申し訳ないという気持ちかもしれませんし、怒りに転化されることもあるかもしれません。
そうです、、、、、

 

あなた自身が感じることは「言葉」も同じように感じている
そして、
そのように感じるということが「言葉の力」

 

でもあるということです。
もし、悲しみや怒りなどを感じたあなたは、あなた自身のその後の行動にも影響が出てくるかと思います。
それは「言葉」も一緒です。
そして、「逆もまた然り」で、良き言葉を発するというのは、このような意味からも「力」を伴っています。

 

ところで、「カルマ(業)」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?
仏教などでは「業」と言われることもありますが、「業が深い」などの使われ方をされるように、どちらかと言えば「罪」や「罰せられる」などのようにネガティブで怖い意味に捉えている方が多いと思います。
怪しい新興宗教などでは脅し文句のように使われているケ-スもありますので、無理からぬ捉え方かもしれません。

しかし、「カルマ(業)」というのは、単に、

 

自分の行ったことは、自分に反ってくる

 

という単純な仕組みを表しているだけです。
よく、良き種を蒔く、自ら蒔いた種は自ら刈り取る、などとも表現されたりします。

これは、「言葉の力」と本質は同じです。
良き言葉を発すれば良きことが反ってくる。
良き行いをすれば良きことが反ってくる。

そして、繰り返しですが「逆もまた然り」で、不適切なことをすれば、不適切なことが反ってくるということです。
「自業自得」あるいは「身から出た錆」などは同じ意味で馴染みのある表現かもしれません。

 

「カルマ(業)」という表現は、どちらかと言えば、ある種の負?のイメ-ジを伴っているように感じられますが、特別なことではありません。
また、本来の意味としては、良いことが起こる、あるいは、悪いことが起こるというような一義的なものでもありません。

そして、良き種を蒔くということの繋がりとして、

 

実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな

 

という表現もあります。
これは感謝であったり謙虚な姿勢を表すもので、傲慢にならないようにとの戒め、あるいは、自らを律するということにも繋がっています。

 

今回の東京都知事の件は、「自ら蒔いた悪い種を、頭が垂れるほど実る前に自らが刈り取った」という結果に過ぎないのかもしれません。
自らの体裁を整えるために「言葉を裏切った」結果としての「言葉の力」、そして、「自らが行ったことが自らに反ってきた」結果としての「カルマ(業)」、、、、、

 

そして、この「カルマ(業)」というのは、個人のみならず、家族、地域、職場、日本などのように、それぞれの「カルマ(業)」があると言われたりもしています。

 

家族の中でも意見や考え方が違うというのは当然あります。
また、そのような意見や考え方というのは、地域、職場、日本などのように、規模が大きくなればなるほど、その違いも鮮明になっていきます。
そして、それぞれの「カルマ(業)」があるとすると、例えば、

 

少数派の意見や考え方をしている私は、多数派の意見や考え方の「カルマ(業)」を受けることになるのか?

 

と、不安?に感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、そのようなことはありません。
では、どのようにすれば良いのかというと、

 

常に関心を保つ

 

ということです。
これは、実現出来ようが出来まいが、私には関係ない、私一人の意見など言っても無駄だ、というような「無関心」を装わないということです。
「無関心」ということは「自分の人生を他人に預けている」ことと同じことになってしまいます。

 

世の中の全てが多数派の意見や考え方で動いている訳ではありませんし、それが正しいとも限りません。
これは、少数派の意見や考え方が正しくも間違っているという訳でもないのと同様です。

 

「関心を保つ」というそのこと自体が「良き種を蒔いている」

 

という思いが「無関心」を装うことを回避することに繋がっていきます。
そして、「カルマ(業)」の本質の一つとして、

 

バランスを保つ

 

ということがあります。
バランスを保つというのは、良いことをしたから、それと同じ程度の悪さが許されるという意味ではありません。
私達の中で決して間違いを犯さない、ミスをしない、失敗をしないという人は一人もいません。
間違っていたと思ったら謝り、そして、二度と同じことを繰り返さないという心掛けをし、それを実行していくということがバランスを保つという意味合いです。

 

今回の東京都知事の件では、悪い部分ばかりが取り沙汰されていますが、社会の現実的な部分では光が射した側面もあります。
今回の件の発端の一つには「政治資金規正法」という法律が関係しています。
これもニュ-スなどで取り上げられたことで、初めてその内容を知った方々も多いと思います。

 

東京都知事の説明に納得出来ない、あるいは、あまりにも一般の感覚から掛け離れているという意見は98%にも及んでいるとされています。
そして、この意見は裏を返せば、

 

今のままの政治資金規正法の内容ではおかしいのでは?

 

という意見と本来は「=(イコ-ル)」の割合になるはずです。
そして、私は今回の東京都知事を「吊し上げよう」という思いもありません。
残念ながらマスコミなどでは、お祭り騒ぎのように単に糾弾のみを行っているように見受けられる部分もあります。
このような時、感情のみで判断するのではなく、理性的な部分を働かせていくことが必要になります。
そのような意味からも、辞職をしたとしても、やはり事実かどうかを明らかにしていく必要性はあると思います。

 

例えば、皆さんのお子さんや、あるいは、身近なお子さんなどが仮に万引きをしたとします。
その際、万引きした品物を返したからそれで良い、あるいは、その商品の代金を後日支払ったからそれで良い、、、、、となるでしょうか?
やはり、まずは謝り、そして、なぜ万引きをしたのか、そして、今後二度と同じようなことをしないということを本人に気づかせることが今後のためにもなるのではないのでしょうか?

 

もし、今回の東京都知事の今までの発言の中に、仮に「嘘」があるのであれば、、、、、同じことと思います。
「最初に謝っておけばこのような結果にならなかったのでは?」などの論調もありますが、私個人としては今回の経緯も大いに意味があったと思っています。
そして、もしそうであるならば、世間に公表されようとされまいと、結局はそのような事実と反した発言をした当人が「カルマ(業)」のバランスを取る、という状況に取り組まざるを得なくなるでしょう。
そのような意味でも、全てを明らかにした方が、今後の本人のためにもなるのでは、、、、、
そして、調査をしたとされる第三者たる弁護士も同様なのでは、、、、、
立つ鳥後を濁さず、、、、、と個人的には思っています。

 

来週からは参議院選挙の運動も本格的に始まり、そして、今回の件から「政治資金規正法」という闇の部分が白日の下に光に照らし出された格好です。
全てとは言いませんが、おそらく多くの方々が他の政治家も似たようなことをしているのでは?と思っているのではないのでしょうか、、、、、
それでは、この「政治資金規正法」から生み出されている「負のカルマ(業)」のバランスをどのように取っていくのでしょうか?
また、バランスを取ろうと訴える候補者や政党は出てくるのでしょうか?
この答えは、今回の選挙だけでは明らかになりません。
「関心を保つ」ということが答えを見出す一つの「良き種」にもなります。

 

「言葉の力」や「カルマ(業)」というと、実生活とは程遠くて現実味がなく、また、難しく感じられる部分もあるかもしれませんが、今回のような政治や選挙というテ-マに限られることでも勿論ありません。
このような考え方を当てはめてみて、そして、それを活用していける道や方法は無数にあります。
「関心を保つ」という思いから、色々な身近な出来事をご自身なりに読み取っていくと、さらなる新たな発見に繋がっていくことと思います、、、、、

2016年6月17日 02:06

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