第418回:『 迷いや悩みには丁寧という側面もある ~元裁判官から学ぶ視点~ 』
【 その他参照ワード:再審請求、推定無罪、テミス像 】
S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!
まず最初に、テーマに付している通り、
迷いや悩みにはネガティブな側面だけではなく・・・
丁寧という側面もある!!!
との視点が成り立ちます!
それと同時に、迷いや悩みがあるとは、
自分、そして、他者への関心がある事を意味し・・・
感性の麻痺に陥っていない証!!!
との視点も成り立ちます!
故に、この2つの視点を頭に入れて、この先を眺めて下さい(笑)

では、番組『 こころの時代 ~宗教・人生~ 』(Eテレ)から、「 それでも、信じる 負け続ける元裁判官 」の回を少し眺めます!
なお、番組名から誤解を生じると宜しくないので、私は無宗教です(笑)
そして、宗教や法律(論)を取り上げる訳でもありません!
【 開かずの扉の再審請求 】
番組は今回の主人公が発する、次の言葉から始まります、、、
『 弁護士になってね、ほぼ全部負けてますよ、ほぼ全部ね。 』
主人公は83歳(2021年当時)の弁護士、木谷 明 氏です。
そして、現在の木谷 氏は、主に刑事裁判の被告人の弁護を手掛けています。
ただ、一般的な弁護士と違い、
手掛ける多くが裁判のやり直しを求める・・・
再審請求!!!
です!
故に、
ほぼ全ての裁判で棄却(却下)される
という事です。
なぜなら、
全国で年間約300件ほどの再審請求の内・・・
認められるのは僅か2~3件ほどであるが故に・・・
開かずの扉・・・
というのが実状だからです、、、

【 刑罰ではなく治療を訴える 】
再審請求と同じく、木谷 氏が取り組んでいるのが、
窃盗症(盗みを繰り返す精神疾患)の弁護
です。
故に、病が原因で窃盗を繰り返すのだから、
被告人に必要なのは刑罰ではなく・・・
治療である・・・
と訴えます。
しかし、この訴えに関しても、『 ほぼ全部負けてますよ、ほぼ全部ね。 』の言葉が当てはまるのが実状です、、、

【 伝説の裁判官の由来 】
弁護士になる前の木谷 氏は、裁判官でした!
そして、裁判官時代に異例の実績を残し、
伝説の裁判官!!!
と呼ばれていました(笑)
その由来が、
多数の無罪判決を下した!!!
からです!
実は、日本の刑事裁判で起訴されると、
有罪率99%
というのが実状です。
そのような傾向や風潮がある中、30件以上もの無罪判決を下したのは、他の裁判官と比して際立っています。

【 無責任な日本の行政 】
ところで、約20数年前、私は大学院で行政法を専攻しました。
ちなみに、行政法とは「行政等に関する様々な分野の法律」という意味で、行政法という名の法律は存在しません(笑)
そして、大学院生だった当時、
行政等から国民が被害に遭った際に・・・
損害賠償を求める行政訴訟では・・・
行政等の勝訴率が約98%・・・
でした、、、
ある意味、この驚異的な勝訴率の数字は、今でもほぼ変わりません。
つまり、表現を変えると、
行政等が責任を認めず・・・
責任も取らない・・・
それが日本の実状・・・
という事です、、、

【 目線は同じが基本 】
裁判官時代の木谷 氏が、信念として抱いていたのが、ギリシャ神話に登場する、
《 法の女神 : テミス像 》が象徴する・・・
裁判のあるべき姿!!!
でした!
ちなみに、
先入観や偏見を排除する象徴として・・・
テミス像は目隠しがされていて・・・
手に掲げる天秤が公平を表現している!!!
というものです!

そして、番組ではインタビュアーが、次の趣旨の質問をしました、、、
インタビュアー:
『 裁判官も人間なので、本当に中立の立場から、しっかりとした判決を下せるものだろうか??? そもそも、そのようなシステムはあり得るのだろうか??? 人間が人間を裁く事は出来るのか??? 裁判官は、まるで権力の如くのポジションにいるが、本当に揺るがない信念や原理があるのだろうか??? 』
そして、木谷 氏は答えます、、、
木谷 氏:
『 やっぱり人間が人間を裁く以上はね、揺れたり、何かするのは当たり前なんで、そういう、それがなければ人間のやる裁判ではないんじゃないかという風に思いますけどね。 神様じゃないですよ。 少~し何か裁判官、偉そうにし過ぎているんじゃないかという気がしてしょうがないですよ。 他の裁判官を見てると。
何かね、自分は一段上にいてね、お前達、上から睥睨(へいげい:威圧するかの如く睨みつける)しているような感じでしょ。 あれがね~僕は本当、好きじゃないです。 やっぱり同じ目線でいたい。 』

【 白黒付ける誤解 】
木谷 氏は持論の「裁判官は、もっとグラグラと揺れ動いた方が良い」との理由を、以下の通り説明します、、、
木谷 氏:
『 グラグラするって言うのはね、最終的な結論に到達する迄の間にね、色々迷って、ああじゃないか、やっぱりこうじゃないかと、やっぱりこうかなぁという事を散々繰り返した末にね、そして、一つの結論に到達するというのが裁判官の在り方なんで。 それを全然しないで、最初から一つの立場にね、これが絶対正しいんだと風に思い込んで、ガアーッと結論出しちゃうというのは、やっぱり人間の裁判ではないなぁというように思うんですね。 』
そして、インタビュアーが次の趣旨の質問をしました、、、
インタビュアー
『 一般人では、法律は白黒を付ける事が出来、刑罰もハッキリとした決まりがあり、スッキリする印象を持ちがちですが・・・ 』
そして、木谷 氏は答えます、、、
木谷 氏:
『 白黒じゃないんですよ。 黒か黒でないかなんですよ。 そこを白黒付けると言っちゃうから、紛らわしくなるんですよ。
guilty or not guilty なんです。 最後は証拠でね、もう犯人と断定するだけの確実な証拠があるかどうかと、それが無ければ犯人らしいと思っても not guilty ですよ。 (推定無罪と)最終的にはね。 でも、そこに行くまでは揺れますよ、凄く、うん。 』

ところで、迷いや悩みの渦中では、
自己嫌悪は然り・・・
特に罪悪感を抱きがちになる・・・
という傾向が高くなります。
また、先ほどの『 黒か黒でないか 』との視点は、いわゆる「二者択一」とは言え、
そもそもが、白か黒かの勝手な条件を・・・
自分で自分に設定していないか???
という点を、改めて「振り返る」事は大切で必要です!