憎悪という負の連鎖を断ち切る2つの視点:前半 ~「生まれ変わり」編~

第611回:『 憎悪という負の連鎖を断ち切る2つの視点:前半 ~「生まれ変わり」編~ 』

【 その他参照ワード:スピリチュアル、前世、過去世、来世 】

S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!

今回と次回は、久しぶりに「魂の視点」を取り上げます(笑)

ただ、テーマからも分かるように、

 

扱う素材は「笑い事」では済まされない・・

「歴史と記憶」「経験と感動」・・・

 

です、、、

なお、『 感動 』とは「心が動く・心を動かす」との意味であり、良し悪し「両面」を含みます、、、

 

 

では、番組『 映像の世紀バタフライエフェクト 』(NHK)から「 ふたつの敗戦国 ドイツ さまよえる人々 」の回を少し眺めます!

 

【 同じドイツ人でも違う 】

1930年代、

 

東欧を広く占領下に治めたのがナチ・ドイツ

 

でした。

そして、ナチ・ドイツの政策により、

 

多くのドイツ人が東欧に移住

 

しました。

また、それ以前の東欧でも、多くのドイツ人が、

 

12世紀以来から故郷として暮らして来た

 

という実状もありました。

 

つまり、「一口に」ドイツ人と言っても、

 

ナチ・ドイツが率いる本国で暮らすドイツ人・・・

ナチ・ドイツの政策で東欧に移住したドイツ人・・・

それ以前の古くから東欧を故郷として暮らして来たドイツ人という・・・

「同じ」ドイツ人でも・・・

三者三様の「違い」がある・・

 

という歴史があります。

そして、1945年5月、ドイツの無条件降伏により、東欧に移住組のドイツ人と、東欧が故郷組のドイツ人を合わせた、

 

約1500万人のドイツ人が・・・

東欧から本国ドイツに強制移住された・・・

つまり、追放された・・・

 

という事態が起こります、、、

 

 

【 立場が逆転するポーランド人 】

ドイツが無条件降伏する直前の第二次世界大戦の末期、ソ連はドイツ占領下にあった東欧に侵攻しました。

1945年1月、同じく占領下にあったポーランドの首都ワルシャワをソ連が解放し、ポーランド人は歓喜に湧きました。

すると、歓喜の「次に」ポーランド人が取った行動が、

 

ドイツ人への復讐

 

でした。

 

そして、ナチ・ドイツから特に凄惨な迫害を受けたユダヤ人にとって、ドイツ人への「憎悪」は苛烈なものでした。

そして、占領下時代のポーランド各地には、アウシュヴィッツに代表される数多くの強制収容所が建設されました。

そして、その一つのズゴダ収容所では、

 

ソ連によりユダヤ人とポーランド人が解放されると同時に・・・

今度はドイツ人が収容される・・・

 

という「立場」が逆転しました。

 

 

そして、ズゴダ収容所の新所長に就任したのが、ユダヤ人のサロモン・モレルです。

モレルはアウシュヴィッツで両親と兄を殺害された事から、

 

ドイツ人同士に殴り合いをさせ・・・

時に、ドイツ人同士で銃の撃ち合いを強要・・・

 

しました。

このような拷問を含め、ズゴダ収容所では数百人のドイツ人が命を落としました。

 

また、ワンビノヴィツェ収容所付近では、

 

ナチ・ドイツの残虐行為を思い知らせる為に・・・

ポーランド民兵がドイツ人の女性達に・・・

ポーランド人の犠牲者の墓を掘り返させる・・・

 

という仕打ちをしました。

その現場を目撃した、ドイツ人の収容者の言葉です、、、

 

ドイツ人の収容者:
『 遺体が表に現れると、女性と少女らは、これらのヌルヌルして吐き気を催すような遺体に、うつ伏せに横たわるよう命じられた。 ポーランド民兵はライフル銃の台座で、ドイツ人女性達の顔を腐敗した地獄のような場所へと押し込んだ。 腐った人間の体の一部が、彼女達の口や鼻の中へと入り込んだ。 』

 

 

【 自らを穢(けが)したチェコスロバキア人 】

1945年5月、今度は隣国のチェコスロバキアもナチ・ドイツの占領下から解放されました。

しかし、それと同時に、

 

ポーランド人と同じく・・・

ドイツ人への復讐も波及・・・

 

しました。

そして、亡命先から戻った大統領エドヴァルド・ベネシュが、

 

チェコスロバキアからドイツ人を一掃する布告を発出したが故に・・・

チェコスロバキア人によるドイツ人への復讐の実行を決定付ける・・・

 

という、「火に油を注ぐ」結果になりました、、、

 

ベネシュの戦後演説(1945.5.12付け):
『 ドイツ人は戦時中、人間である事を止め、人として赦されざる行いをした。 もはや我々にとって、その姿はヒトの皮をかぶった獣でしかない。 ドイツ人は全ての責任を負い、厳罰を受けねばならない。 チェコスロバキアにおけるドイツ人問題を、完全に一掃しなければならないのだ。 』

 

 

そして、首都のプラハでは、ドイツ人は額(ひたい)などの目立つ箇所に、

 

鈎十字(かぎじゅうじ)を付ける事を強制

 

されました。

こうして、ドイツ人は、

 

隠れようにも・・・

隠れられなくなった・・・

 

という「袋のネズミ」状態に、追い詰められました。

 

また、破壊されたプラハの復興の為に、ドイツ人は強制労働に駆り出されました。

更に、長期に渡り非公開とされて来た、

 

プラハ市民が隠し撮りをしていた・・・

ドイツ系住民への集団虐殺(銃殺)の映像・・・

 

の存在も、後に明らかになりました。

このように、東欧各地で行われた復讐によるドイツ人の犠牲者は、

 

少なくとも8万人を超える

 

と言われます。

 

 

しかも、ドイツ人への復讐の苛烈さは、

 

常軌を逸しているとの声が・・・

仲間のチェコスロバキア人からも上がる・・・

 

という事態でした。

その内の一つの声が、チェコスロバキアの社会活動家プシェミスル・ヒッテルの以下の言葉です、、、

 

ヒッテル:
『 ナチスの支配から解放された時ほど、チェコ人が大きな罪を犯した事はないだろう。 大勢が獣のように他人の財産を奪い、その暴力によって、これまで自分達を殺害して来た人々のレベルにまで、落ちぶれたのだ。 』