第612回:『 憎悪という負の連鎖を断ち切る2つの視点:後半 ~「グループソウル(類魂)」編~ 』
【 その他参照ワード:スピリチュアル、カルマ、業 】
S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!
まず最初に、前回のポイントのおさらいです!
【 前回のポイントから 】
1930年代、東欧を広く占領下に治めたのが、ナチ・ドイツです。
そして、当時のドイツ人では、
ナチ・ドイツが率いる本国で暮らすドイツ人・・・
ナチ・ドイツの政策で東欧に移住したドイツ人・・・
それ以前の古くから東欧を故郷として暮らして来たドイツ人という・・・
「同じ」ドイツ人でも・・・
三者三様の「違い」がある・・・
という歴史がありました。

しかし、1945年5月、ドイツが無条件降伏すると、ナチ・ドイツに迫害されて来たユダヤ人やポーランド人やチェコスロバキア人が、ドイツ人に復讐を果たすようになりました。
更に、東欧に移住組のドイツ人と、東欧が故郷組のドイツ人が、本国ドイツに追放されました。
そして、ドイツに辿り着く前に、多くのドイツ人が命を落としました。
また、命からがらドイツに辿り着いても、ドイツは既に瓦礫の街と化していました。
そして、同じドイツ国内には、三者三様のドイツ人が集う事になったものの、ドイツ人同士の間で食料を巡り、なりふり構わぬ略奪が横行しました。
特に追放された2組のドイツ人の暮らしは、更に一層の過酷さを極め、難民となって彷徨う事態になりました。
そして、安全・安心な地を求め、200万人近いドイツ人がベルリンの西へ逃れ、1949年、ドイツは東西に分断(分裂)しました、、、

では、前回のポイントを押さえた所で、今回も番組『 映像の世紀バタフライエフェクト 』(NHK)から「 ふたつの敗戦国 ドイツ さまよえる人々 」の続きを、少し眺めます!
【 沈黙を強いられた西側 】
人口が増加中の西ドイツでは、
経済の復興が急務
となりました。
そこで、追放された2組のドイツ人が、貴重な労働力となりました。
しかし、
その多くが工場労働の職種しか与えられず・・・
しかも、ドイツ本国出身者と比較して・・・
平均賃金もかなり低い・・・
という劣悪な労働環境でした。
しかし、西ドイツ政府は、
追放されたドイツ人を親切に受け入れ・・・
しかも、皆が優雅な暮らしを送っているとの・・・
嘘のプロパガンダ番組を製作・・・
して、流布しました。
そして、追放されたドイツ人の中には、
標準的なドイツ語が話せず・・・
環境に馴染めない人も多かった・・・
というのが実態でした。

しかし、更に西ドイツ政府は、
ちゃんと面倒を見ていると同じく嘘を付き・・・
自らの政権アピールの為に利用・・・
しました。
このように、西ドイツ政府により、
嘘で塗り固められた現実が・・・
意図的に事実の如く流布されたが故に・・・
追放されたドイツ人は社会に溶け込む為に・・・
自らが追放された過去を語れなくなる・・・
という状況に追い込まれました。
この状況に関し、ポーランド人ジャーナリストの言葉です、、、
ジャーナリスト:
『 東欧から追放された人々は、 “ 外国人 ” として地元の人達から疎外されない為に、沈黙を守った。 そして、祖国や両親の墓を捨てたという罪悪感もまた、彼らを沈黙させる事となったのだ。 』

【 隠蔽と捏造で沈黙した東側 】
一方、沈黙を強いられたのは、東ドイツも同じでした。
特に、東ドイツと隣国のポーランドは、
ソ連の衛星国であるが故に・・・
追放されたドイツ人がポーランド人から暴力を受けた事実が明らかになると・・・
友好関係を壊す・・・
との理由で、語る事を許されませんでした。
更に、東ドイツの中学校で使われた歴史の教科書には、
追放されたドイツ人は移住者と呼ばれ・・・
あくまで、自らの意思で東ドイツにやって来たなどの・・・
歴史の隠蔽と捏造・・・
が行われました。
そして、同じく東ドイツ政府も、追放されたドイツ人を農業従事者や鉱山労働者として利用しました。
しかし、従事者や労働者とは名ばかりのもので、労働環境は酷かったが故に、
死を覚悟して西側へ逃れる
というケースが、後を絶ちませんでした。
そして、
東側と西側の格差が拡大するにつれ・・・
更に西側へ逃れる人が増え続ける・・・
という流れになりました。

しかし、西側に辿り着いても、
同じドイツ人であるにも関わらず・・・
難民として収容・・・
されました、、、