【 美談扱いをしない 】
ここから、番組『 プロ野球 マジックの継承者たち WBC栗山監督と名将のノート 』(NHK)を少し眺めます!
そして、この番組はWBCの開催前に、既に放映されていました。
故に、
勝ったから(と言って)・・・
結果が出たから(と言って)・・・
持ち上げる性質では全くなく・・・
ましてや《 美談 》の扱いをする訳でも全くない!!!
という点を、最初に頭に入れて下さい!
なぜなら、その点を頭に入れておかないと、今回のテーマの本質の《 道を見誤る 》からです!!!

そして、この先の内容は《 一つの視点 》に限定されず、《 複数成り立つ視点の一つ 》というのも特徴です。
また、伝える視点は正解や間違いなどの性質では全くないが故に、《 (過度な)二者択一に陥らない 》という点を心掛けて下さい。
そして、何より、
あなたの日常生活で起こる様々な場面や出来事に・・・
《 照らし合わせて 》眺める!!!
という事を試して下さい(笑)
【 三原ノートとは 】
WBCで監督を務めた栗山 英樹 氏は、以前にノートを譲り受けました。
それが、今回のキー(鍵)となる三原ノートです!
そして、栗山 氏は普段からノートを大切に扱い、WBCでもノートを参考にして、試合に臨みました。
このような三原ノートですが、プロ野球界で名将と称されるのが三原 脩(おさむ)氏(1911~1984年)です。
三原 氏は、現在の巨人の前身に当たるチームで、プロ野球契約第一号選手となりました。
そして、現役を引退した戦後は5つの球団の監督を務め上げ、日本一4回、(現時点では)歴代2位となる1687勝を上げています。
また、万年最下位のチームを1年で日本一に導き、1958年に開催された三原 氏が率いる西鉄と巨人の日本シリーズでは、三連敗の後に四連勝して優勝しました。
ちなみに、この時には鉄腕と称された稲尾 和久 氏を四連投させ、それが故に稲尾 氏は「神様、仏様、稲尾様」で有名です(笑)

そして、三原 氏は監督時代に《 既に当時から 》二刀流(永淵 洋三 氏)を挑戦させていました。
更に、《 相手 》チームへの心理戦を活用し、《 味方 》のチームへは洞察力を活用して試合を進めました。
このような「試行錯誤」の取り組みが、次第に三原マジックと呼ばれるようになります、、、
【 「直接」「間接」を問わず引き継がれる 】
三原マジックの《 直接の 》継承者が、仰木 彬(あきら)氏(1935~2005年)です!
現役時代の仰木 氏は、三原 氏の元でプレーしました。
そして、引退後も三原 氏の元でコーチを務め、《 後に 》監督になりました。
そして、監督時代には、
トルネード(竜巻)投法の野茂 英雄さん・・・
振り子打法のイチローさんなどの・・・
選手の個性(投げ方や打ち方など)を最大限尊重し、育て上げた!!!
という実績も有名です!
そして、仰木 氏の手腕は仰木マジックと称されるようになりました。
そして、仰木マジックの本質にあるのが、
選手の《 適材適所 》を見抜く事に長けていた!!!
という点にあると言われます!

ところで、例えば仕事の場面でも、
「適」を評価し判断する為には・・・
「材」の存在が前提・・・
です。
また、《 人材 》との言葉もありますが、
「材」とは、自らを表現する事であり・・・
それにより、「適」を見出して貰う機会を得られ・・・
表現する際には、自らの「思い・言葉・行動」の一貫性を保つ!!!
という事が大切で必要です!
ちなみに、評価や判断という視点では、以前のTOPICS『 評価し評価される事の難しさ 』も参考になります(笑)

そして、三原マジックの《 間接の 》継承者が、栗山 氏です!
なぜなら、栗山 氏がプロ野球選手になったのが1984年でした。
しかし、既に三原 氏は他界していたので、《 直接の面識がない(逢った事はない) 》からです。
そして、引退後の栗山 氏はスポーツキャスターになり、様々な分野の人達から経験談などを聞かせて貰い、学び取って行きました。
すると、三原 氏の弟子であり、かつ、義理の息子である、中西 太 氏から三原ノートを貸して貰う《 縁 》に恵まれました!
ちなみに、中西 氏は(元)西鉄の怪童と言われ、三原 氏の元でプレーし、三原 氏の長女と結婚しました。
そして、栗山 氏は2011年に、北海道日本ハムファイターズの監督に就任しました。
そして、現在メジャーリーグで大活躍の大谷 翔平さんを、2013年のプロ1年目から二刀流として起用するなどの実践を続けました!!!