○ 怪物が追われているという事は、ある面では必要とされている事でもある
○ 怪物も人間同様に生まれた時は無垢な可能性に富んだ存在であるが、段々と色々な色に染まっていく(染められていく)のは社会の制度や教育、家庭環境や友人等の人間関係による所が大きい
○ 児童文学では孤児という環境がよく描かれており、その目的は「自分とは何者なのか?(アイデンティティーを問う)」というテーマで描かれている事が多い
○ 自分でも認めたくない欲望や衝動的な部分を怪物から読み取るという精神分析的な捉え方も可能となり、怪物とは、もしかしたらヴィクター自身でも気づいていない、ヴィクターの欲望や衝動を表しているのでは
○ ヴィクターと怪物はそれぞれのキャラクターとして存在しているが、意識は一つではないか?怪物と人間はどこが違うのか?どちらも何かの折りに相手の立場になり得るのではないか?
○ 怪物には雄弁さと知性が備わっており、恐いというだけではないのがポイントであって、悪いのは果たして怪物なのか?人間なのか?
では、ごくごくシンプルに私なりの締め括りとさせて頂きます!
まず、大前提として、
私達は誰もが多面多層な存在である!!!
という事が出発点となります。
そして、
あの人には・・・
もう一つの顔があるそうだよ・・・
などを見たり聞いたりした際には、
二者択一に陥ってはいないかな!?
と自らに問い掛けて下さい。
そして、とても極端な例えを用いれば、
超極悪非道が表の顔であれば・・・
果たしてその人の裏の顔とは!?
というのは想像力などの活用に繋がっていきます。
そして、もう一つの顔、裏の顔という一般的にはネガティブなイメージを伴っている側面としては、
(欲望などの)感情が優位になり過ぎている現れが・・・
もう一つの顔であり・・・裏の顔である・・・
との表現も可能かもしれません。
そして、ここに(自己)矛盾を活用してみると、
もう一つの顔・・・裏の顔とは・・・
素直な本音(本心)を現している顔・・・
という見方も成り立ち得ます。
ただ、