性別違和(異和)と前世の視点から ~違和感が掬い(救い)上げる声なき声~

【 コロナ禍の吉川晃司さんの経験から 】

番組『 INVITATION 』(WOWOWプラス)から、歌手・俳優の吉川晃司さんが、コロナ禍でコンサートが中止となり、どのような思いで過ごしていたのかと同時に、番組のリハーサルで久しぶりに歌った事を問われた際の話です、、、

 

吉川晃司さん:
『 いや、これを言っていいのかどうかって、、、(笑)

  でも、正直に話さないとなぁと思って、、、

  

  あの、凄く嬉しかったですよ。

  歌も届けられる、コンサートがまず1年出来なくなった、皆に、自分のファンの人達にも元気な姿を見せたいし、僕らが出来るのは、やっぱりエンターテインメントですから、これで笑って貰ったり、色々と出来るんだったらと思って。

  いざねぇ、1年振りに歌うなんて事は僕にとっては何でもなくて実は、ポリープを2回やってるんで、1年歌わなかった事って、これで3回目なので、1年振りに歌うのはどうでもよかったんですけど、いつでも歌える準備もしてたし。

 

 

  ところがねぇ、こんな大きい声を出して歌った事はなかったですねぇ。

  大喜びで臨んだこのリハーサルだったんですけど、何か、そのぉ、頭じゃないですよ、多分、本能がお前違うんじゃないかって言ったんですよ。

  えっ??? 何でっ???

  

  その時には訳が分からなかったですよ。

  それで家に帰ってどうしてだろう???って、しばらくずっと思ってました。

  でもリハーサルやってましたよ、うん。

 

  で、そう言えば、ベースの○○が、彼も広島なんですけどね、ベースを弾いて一曲終わった後、「吉川さん、わしゃぁ、こわいなでかい音でベースを弾きよりましちゃけぇのぉ???」って聞くんですよ。

  いやいや、お前、何なら前の方がでかかったと思うけどって皆に突っ込まれ、だから、皆、その違和感なんですよ。

  世の中がやっぱり、全部が音は小さいし、声も出してなかったじゃないですか。

 

  

  もうね、その違和感だったんだと思います。

  

  だから、人間って正直とも言えるし、怖いねぇって。

  1年ごときで、そんなに左右されてね。

  だから恐ろしいなぁと思いましたよ。 』

 

【 闇一色も光一色も同じ 】

この話は、コロナ禍の状況での「身体的(物理的)な声」に関するものですが、

 

私達の「心の声」も発し続けていないと、次第に小さくなって抑え込まれるようになり・・・

終いには「自分自身」を見失っていく・・・

 

という方向に、必ず向かって行きます、、、

そして、

 

「闇一色」でも「見えなくなる」のは勿論・・・

「光一色」でも私達は「見えなくなる」・・・

 

のは事実であり真実です、、、

 

「まばゆさで目が眩(くら)む」という表現もあります!!!

 

 

そして、

 

周りが「見えなくなる」と、自分の居場所(立ち位置)が分からなくなるが・・・

「声」を活用する(発する)と、その声の「反響」で・・・

次第に自分の居場所(立ち位置)が「見えてくる」ようになる!!!

 

という事です!

 

そして、「闇一色」と「光一色」との言葉から、

 

私達は真の意味での「光」を見ている、あるいは、「光」を見せられているのでしょうか・・・

それとも・・・

私達は「光」と思いたい、あるいは、「光」と思い込まされているのでしょうか・・・

 

あなたの中の「違和感」が、何かに「気づかせて」くれるでしょう、、、(笑)

 

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