【 役割の違いも 】
つまり、
「様々な制約」が課されている中で、「言葉」を選び抜きつつ・・・
ご自身の中の「思い」を・・・
どのように「行動(表現)」で現していくかを・・・
ひたすらに「考え抜いた(考え抜いて来た)」・・・
という姿を拝見すると、天皇家や皇室だからという「理由」でもなく、また、偉いなどの「評価」でもなく、
「個として」の魂の経験(値)を・・・
「積み重ね」続けている・・・
という「学び」が存在します。
つまり、『 僭越ながらも 』とは、「個として」の魂の経験(値)の「先輩」という意味です(笑)

そして、
多様性とは・・・
「この世」での「役割の違い」という面にも・・・
目を向けて見る・・・
などの視点を増やす事で、お互いの理解が進んでいきます、、、
そして、同じくTOPICSで幾度も伝えている、
「思い」 + 「言葉」 + 「行動」 = 「人となり」!!!
という視点と、同じ意味になります!
そして、約200年振りの生前退位(譲位)を選択した「想い」には、崩御に際して「元号」が変わると、多くの影響を与えてしまうなどが存在しているのでは!?と、勝手ながら推し量っています(笑)

【 免罪符にはならない 】
今回のテーマに関し、実はここからが、どうしても伝えなければならない締め括りになります、、、
それは、
仮に「元号」が変わる事で・・・
「時代」も変わる(という側面もある)事を受け入れたとしても・・・
それをもって、「先の時代」に「私達、人間」が引き起こして来た・・・
戦争を含む数々の出来事の、「免罪符」にはならない!!!
という魂の視点です!

これが、
自分のした事は自分に反ってくる
という視点の現れであると同時に、
これに「気づく」為には・・・
「考える(考え抜く)」という事が・・・
必ず必要になる!!!
という視点も大切です!