【 最も問われるのは真の動機 】
そして、ここでも同じく「親子と言えど、魂は別である」という視点を活用しますが、この「本当の意味」は、
支え切れない事で「共倒れ」になってしまう前に・・・
子どもには可能性が広がっており・・・
虐待ではなく、(一時的に)預かって貰う「経験」を通して、子どもは学ぶ事も出来る・・・
という、「子どもの魂」を信頼する事も、時には大切で必要です。
勿論、「(他人に)預ける(という対応)」を取る「行動」に、否定的な意見も多々あるでしょうし、私も理解出来る部分はあります。

そして、(一時)保護権限を持っている児童相談所の職員にも、そのような心情はあるでしょう。
ちなみに、冒頭の事件に関する児童相談所の記者会見で、「父親の威嚇的な態度に、恐怖を感じてしまった」との弁解がされていました。
これは、そもそも「論外」です、、、
そして、繰り返しですが、魂の視点のみで全てが解決に向かう訳ではないので、それと同時に、現在の制度や施設などを活用する事も大切で必要です。
【 プラスα(アルファ)の活用でも良い 】
そして、少しでも虐待やDVを減らす為に、
魂の視点を「プラスα(アルファ)」として活用しても良い
という事です。
そして、これも繰り返しですが、
親子(妻あるいは夫)共々、翻弄されない為にも・・・
(一時でも、世間や周囲の声という正論に)目を瞑(つぶ)ってみる・・・
という事も、二次被害を防ぐ事を含め、効果的で現実的な対応になります。

【 自分に都合の良い方便を使ってはならない 】
ちなみに、虐待が疑われると、「躾(しつけ)や教育の一環」と答える人もいますが、虐待と躾は全く違います!!!
そもそも、
教育とは、(お互いに)教えを育(はぐく)み合うもの
です!
故に、虐待の弁解や言い訳にはなりません!!!
また、「虐待を受けた人は、自分の子どもに繰り返す可能性が高い!?」と言われる事があります。
これは、「明確な根拠」はありません。
なぜなら、子ども時代に虐待を受けた「全ての人」が、そうなる訳ではないからです。
故に、「(虐待を受けた子ども時代を、新たな気持ちで)生き直したい(やり直したい)」との、「大人(親)」になった「自分の思い」に光を当てる事で、充分に防ぐ事が出来ます!!!

【 一例としてのイエス・キリストから考えてみる 】
ここから、「より広い」魂の視点から考える素材です!
ちなみに、私はキリスト教徒でもなく、無宗教です(笑)
イエス・キリストに関し、
イエスに癒しを求めたのも、「人間」であり・・・
イエスに処刑を求めたのも、「人間」である・・・
という視点があります。
そして、イエスは十字架に張り付けられた際、次のように語ったと言われています、、、
『 父(神)よ、彼らをお赦しください・・・
(彼らは)している事が分からない(理解出来ていない)のです・・・ 』
また、イエスは弟子達に向け、次のように諭(さと)していたと言われています、、、
『 私に出来ることは・・・ あなた達にも出来ること・・・ 』

そして、イエスが伝えたかった「真意」としての、
『 皆さん一人一人が・・・ メシア(救世主)です・・・ 』