第242回:『 「思い込み?」から考える死の存在と2019年のキーワード「3」 』

こんにちは、レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

ところで、唐突ですが、今回は「「思い込み?」から考える死の存在と2019年のキーワード「3」」というテーマをお届け致しますが、まず、今回は少しだけ「死」というテーマも扱いますが、出来るだけ簡潔に、そして、重めにならぬように、普段通りの「(笑)」も挿入して進めて参りますが、現在、様々なご病気などと懸命に取り組んでいる方もいらっしゃる事でしょうし、また、最近ご家族などとの死別を体験された方もいらっしゃる事と思います。

 

故に、考える素材としてのテーマという側面も含まれておりますので、出来るだけ軽めの感じで進めて参りますが、それが、先ほどコメントしたご病気や死別などの渦中にある方々のお気持ちを損なうような趣旨のテーマではございませんので、その点は、今回のテーマにつきましては、重ね重ねのご了承とご理解を賜れれば幸いです。

 

そして、今回は特に私の個人的な解釈が多々含まれておりますが、このような解釈の中には、私が以前に体験した死への接近?などの視点も含まれておりますので、そのような私の勝手な推測や憶測という面も併せてご承知頂ければ幸いです。
ちなみに、この私の死への接近?というのは、2014年9月10日のTOPICS「臨死体験&前世療法≒個人的体験」において少し触れておりますので、興味のある方は参照してみて下さい(笑)

そこで、日本人の特徴?としては、世界の他の国と比較すると、

 

(極端に)死の話題やテーマを忌み嫌う(避ける)傾向が高い

 

という面が覗えます。
この傾向が悪いという事は勿論ありませんが、ただ、

 

「死」を考える事は・・・

「生」を考える事と・・・

同じ事である・・・

 

というのも真実です。
なお、死を考えると言うのは、「自殺(を考える)」という意味では決してありませんので、この点も重々誤解の無きようお願い致します。

では、ここからは「答え」という性質ではなく、幾つかの「問い掛け」をして参りますので、皆さんは自由に発想や連想をしてみて、そして、どうぞ、ご自身の心の赴くままを信頼して下さい!

そこで、まず、最初に一般的に多くの人が考えている「死の定義」を共有致しましょう!
それは、

 

「死」とは・・・

「自分(という意識)」が・・・

消滅し、無になってしまうもの・・・

 

というのが概ね当てはまっているかと感じます。

では、まず一つ目の問い掛けに進みます。
先ほど、「死を考える事は・・・生を考える事と・・・同じ事・・・」とコメント致しましたが、

 

今の自分が「生(の状態)」である時は「死」を考える事は出来そうだが・・・

今の自分が「死(の状態)」である時に「生」を考える事は出来るのだろうか・・・?

 

先ほど共有致しました「死の定義」をベ-スに考えると、頭のオカシイ、へんてこりんな問い掛けである事と思います(笑)
では、二つ目の問い掛けです。