魂の視点から虐待(やDV)を防ぐには・・・ ~現実的な「行動」も必要となる~ 

魂の視点とは言っても・・・

現実的な対応と何も変わらないのでは・・・?

 

というものです。
そうです。

 

おっしゃる通り・・・変わりありません

なぜなら、最初に私がコメントした通り、魂の視点とは、

「今、ここ」に、当てはめ、活用し、役立てていく事に「本質」が存在している

 

というのが「源」にあるからです。
そして、このような虐待やDVに関わらず、様々な状況などにおいて、スピリチュアルな観点においては、次のような事がよく言われたりします。
それが、

 

体験する出来事には意味がある・・・

 

と。
確かにこのような側面があるのも否定は致しませんし、どのような出来事からも学び得る視点というのは存在しています。
ただ、このような観点を一面的にのみ捉えてしまう傾向がある事により、時には物事を悪化させてしまうような、多くの誤解や捉え違いが生じている原因も同時に存在しているとも感じます。
では、その理由をお伝え致しますので、皆さんも「想像力」を活用して考えてみて下さい。
それは、

 

今回のような命に関わる虐待やDVなどの渦中にいる時には・・・

そもそも・・・

誰しもが、理性的で冷静な判断や心を保つのには無理がある(限界が生じる)・・・

 

という事です。
そして、仮に、このような過酷な渦中にある際に、自分の心を見つめて、自分を振り返ってみる・・・などのアドバイスがあったとしても、それは到底出来る事でもなく、また、このようなアドバイスがあらぬ方向(物事を悪化させる方向)へ向かってしまうと、

 

虐待やDVをする「相手」が悪いのではなく・・・

虐待やDVを受けている「自分」に非や責任がある・・・

 

という心情に追い詰めてしまう事にもなりかねません。
そして、このように「自分に非がある、責任がある・・・」と追い詰められてしまう結果、

 

虐待やDVの実態が明らかにされず・・・

延々と続けられ・・・

それが二次被害などへ繋がっていく・・・

 

というのが今まで繰り返されてきた現状でもあります。
なお、ここでの二次被害というのは、世間や周囲からの「正論」というプレッシャー(圧力)が多くを占めておりますが、これに関しては後述して参ります。
そして、このような過酷な渦中にありながらも、本当の意味での今回ご紹介する魂の視点を活用出来ていれば、

 

やはり・・・

逃げる(避難する)・・・

という「行動」に気づく!

 

はずです。
なぜなら、ここでの本当の意味での魂の視点においては、