第118回:『 VR(バーチャルリアリティ)と前世療法&潜在意識 』

こんにちは、レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

先日、TVのニュース番組を見ていた所、東京ゲームショウ2016の話題が取り上げられていました。
そこで、今回は「VR(バーチャルリアリティ)と前世療法&潜在意識」というテーマでお届け致します。

 

ところで、皆さんの中にも、日頃よくゲームをする方や、今ではあまりやらないが小さい頃はよく遊んだ方、あるいは、全くやらない方など様々いらっしゃることと思います。
私も今ではあまりやりませんが、小さい頃はよくゲームでも遊んでいました。
私の小さい頃は、ゲームウオッチや初期のファミリーコンピューターなどが出始めた頃です。

 

初期のゲームでは、画面も二次元の平坦なものであり、映像も今とは比べものにならない程シンプルなものでした。
その後、幾度もの改良がなされ3D(三次元)映像なども出始めましたが、どちらかと言えば、映像が鮮明になっていき、単なるゲームではなく映画のようなストーリー仕立てや演出が主に組み込まれていった印象です。

 

そして、今回のニュースで取り上げられていた東京ゲームショウでは、VR(バーチャルリアリティ)の装置を駆使したゲームが脚光を浴びていたそうです。
VR(バーチャルリアリティ)とは「仮想現実」とも訳されるように、現実ではないながらも、より現実感を持ってリアルに体験出来る装置のようなものです。

 

私が小さい頃に遊んでいた二次元のゲームでも、時間もあっという間に経つほど熱中して遊んでいたなど、ゲームに入り込むことはそれなりに可能でした。
ここでは、言わば自分の分身であるキャラクターを画面の外から見ながら操作するという特色があります。

 

しかし、VR(バーチャルリアリティ)のゲームでは、自分がゲームの主人公と一体化し、あたかも、自分がゲームの世界の中に入り込んで進めていくという特色があります。
適切な例えではないかもしれませんが、二次元のゲームでは怪談話を聞いて恐怖を感じるようなものであり、VR(バーチャルリアリティ)のゲームではお化け屋敷に実際に入って行って恐怖を体感するような違いがあるかもしれません。

 

そして、このような二次元とVR(バーチャルリアリティ)とでは、個人差はありますが、やはり「感じ方」という所に差が出てくるように思います。

そして、「感じ方」という点に関してはセラピーなどでもよく活用されますが、主にNLP(神経言語プログラミング)という分野では、「アソシエイト」と「ディソシエイト」という観点が取り入れられています。

 

「アソシエイト」とは「主観的に体験する」という意味合いであり、先のVR(バーチャルリアリティ)に近いものです。
一方の「ディソシエイト」とは「客観的に体験する」という意味合いで、これは先の二次元のゲームに近い感覚のものです。

 

前世療法などを行っていると、それぞれの体験には個人差が生じます。
個人差が生じる理由や体験は様々ですが、その差の違いの一つが、この「アソシエイト」で体験するか?あるいは、「ディソシエイト」で体験するか?というものです。
これは、どちらで体験しようともヒプノセラピー(催眠療法)を行う上では問題は生じませんし、また、前もって選択出来るという性質のものでもありません。

 

ただ、前世療法などを行う際は少なからず恐怖心を持っておられる方々も多いです。
「アソシエイト」で体験する方は、前世の自分と一体化し、その前世の世界に入り込み、そこでの出来事を追体験していきますが、ここでは感覚がより研ぎ澄まされているので、そのような感覚が不快に思われる時は「ディソシエイト」の状態に誘導し進めていくことも多いです。

 

一方の「ディソシエイト」で体験する方は、先の二次元のゲ-ム画面や映画などのように客観的に前世の自分を見ているので、「アソシエイト」で体験するほど前世の自分と一体化せず、仮に重要な出来事が起こった場面などでもあまり不快に感じることなく進んでいくことが多いです。
勿論、映画などでも目を背けたくなるような場面があるのと同様に、「ディソシエイト」で前世を体験していても辛い場合などは、さらに客観的な視点を導入したり、その場面から移動させたり、ひとまず癒しの場面に戻したり、あるいは、再体験させずに進めていくなど負担を掛けないように進めていきます。
また、めったにありませんが、一度セラピーを中断して、今の内容を振り返り、落ち着いた後に続行するか、あるいは、別の手法や観点から進めていくかなどのお話し合いの上、その後のことを決めていくケースもあります。

ちなみに、私の所で行っている「タイムラインセラピー」では、前世などを体感せずに問題を解消していけるよう、恐怖心が強い方などの場合に行ったりもしています。

 

このように、「感じ方」には個人差が現れます。
言ってみれば、その人の「個性」が現れるとも言えます。
どのような「感じ方」でもセラピーにおいては問題を生じませんし、「どちらの感じ方」がより効果的であるか?という違いも生じません。
どちらも同じであり、また、良し悪しという問題でもありません。

 

そして、今回のテーマから、私はゲームの功罪をお伝えしている訳ではありませんのと、楽しいと思えるのであればゲームをしても良いと思います。
ただ、以前からのTOPICSでも繰り返しお伝えしていますが、