『 主よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところに許しを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、悲しみのあるところに喜びを
もたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、許すから許され、
自分を捨てて死に、永遠の命をいただくのですから。 』

【 理解とは 】
現状はどうでしょうか???
現状とは先のテロ行為に限りません。
私は相手を理解しようとしているでしょうか???
また、
相手は私を理解しようとしているでしょうか???
現状では「攻撃される」よりは「攻撃すること」をという風に取り違えています。
また、『 自分を捨てて死に、永遠の命をいただく 』の箇所は奉仕の精神を表しているのでしょう。
決して、その人のみが天国へ行ける所に本質があるとは私には思えません。
「理解する」ためには「相手を知る」ことが必要です。
そして、「相手を知る」ためには「対話」が必要です。
そして、「対話」を進めることが「分離」を縮め抵抗・摩擦を少なくしていきます。

磁石でも「S極」と「N極」は互いに引き寄せ合います。
しかし「S極」と「S極」、あるいは「N極」と「N極」同士では反発し合います。