第609回:『 功名心を利他愛に昇華させる方法 ~出発点は自己愛で良い~ 』
【 その他参照ワード:承認欲求、利己主義、利他主義 】
S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!
子どもであれ、大人であれ、ほぼ誰もが抱く感情の一つに、
功名心
があるかもしれません(笑)
例えば、子どもであれば、
親や先生などの大人から褒められたい!!!
とのケースが多いでしょう!
また、褒められた後には、友達に自慢したい気持ちも生まれるかもしれません(笑)
一方、大人であれば、
例えば、職場の上司などに仕事が出来る姿を見せ付け・・・
出世したい!!!
などのケースもあるでしょう!
勿論、悪い事ではありません(笑)

しかし、それと同時に、特に大人の場合には、
手柄を横取りされた!!!
などのケースも起こり得ます!
そして、《 功名心に「逸(はや)る」 》との使われ方もされるが故に、どこかネガティブなイメージを伴っているかもしれません。
ただ、TOPICSでは幾度も伝えている通り、
過度な二者択一に陥らなければ・・・
功名心もポジティブに活用出来る!!!
という事です!
そして、功名心を別の言葉に言い換えると、
承認欲求は悪い事ではない!!!
と、同じくTOPICSでは幾度も伝えています(笑)

では、番組『 アナザーストーリーズ 』(NHK BS)から、「 世紀の発掘スペシャル! 古代ロマンの熱狂と誘惑 」の回を少し眺めます!
【 手柄は後世にも波及する 】
1972年、奈良県明日香村にある飛鳥駅周辺が整備される事になり、発掘調査が開始されました。
そして、発掘調査から2週間後、
高松塚古墳の巨大石室が発見!!!
されました!
故に、昭和の大発見と言われます(笑)
そして、石室内部の壁には、絵が描かれていました。
これが、国宝の高松塚古墳壁画と言われ、
特に注目を集めたのが・・・
4人の女性が描かれた飛鳥美人!!!
です!

発見当初は、石室と壁画を観る見物客でごった返すものの、劣化を防ぐ為に、壁画は間もなく非公開となり、その後は石室も密封されました。
そして、石室を密封する前に、文化庁は日本画の巨匠と称される平山 郁夫 氏(1930~2009年)に壁画の模写を依頼しました。
その後、7ヶ月を掛け、平山 氏は原寸大の模写を完成させました。
そして、発見から2年後、正式に国宝認定された事で、石室も壁画も完全に密封されました。
そして、当時の作業を振り返り、平山 氏は以下の通り話していました、、、
平山 氏:
『 写真は形は写りますけど、質感その他が違いますので。 芸術性という意味では、やっぱり描かないといけない。 』

【 世紀のチョンボ 】
しかし、30年後に思わぬ形で、石室と壁画の封印が解かれる事になりました。
それが、2002年、
壁画にカビが発生した!!!
との事実が判明しました!
更に、今度はそれから4年後、
修復中の作業員が壁画に傷を付けた!!!
との事態が発覚しました!

故に、文化庁は謝罪会見を開き、説明と共に国民に謝罪しました。
そして、石室の発掘調査に携わった男性が、当時を振り返り、以下の通り話しています、、、
男性:
『 言われた事があるんです。 「 高松塚の調査をあなた方がしなければ、壁画の損傷を見る必要はなかった。 」と。 発見そのものが、古墳の壁画を台無しにしたというのは本末転倒、当事者としては考えたくない。 』
そして、奇しくも封印が解かれた30年後の壁画を、発見当初と比較すると、
鮮やかな極彩色が・・・
かなり失われつつある・・・
との実状も判明しました。
そして、様々な議論の末に、石室を解体して石を取り出し、壁画も含め修復する案が出されました。
しかし、壁画の一部は、マヨネーズの如くドロドロの状態で、今にも崩れ去ろうとしていました、、、

【 矜恃・プライドを見せ付ける 】
そこで、石像文化財に精通し、1988年に藤ノ木古墳(国指定史跡)の石棺の蓋を、無傷で開封した実績もある、
石工のスペシャリスト
と称される、左野 勝 氏に託されました!
しかし、壁画の一部は先の通りマヨネーズ状態に加え、石室そのものが凝灰岩で出来ているが故に、そもそも石が脆(もろ)く、手でも剥がす事が可能なほど、ボロボロの状態でした。
このような酷い状態であるにも関わらず、修復の依頼を受け、仮に失敗すると世間から袋だたきに遭う事も予想される中、左野 氏は当時を振り返り、以下の通り話していました、、、
左野 氏:
『 僕にとって一番腹が立つ、嫌な事があったんです。 絵だけが国宝で、石は関係ないですとなった。 』
故に、左野 氏の矜恃・プライドに火が付きました!

そこで、クレーン会社と共同で、特殊な装置を開発します。
この装置はオクトパスと名付けられ、タコの吸盤の様なゴムで、石を挟み込んで持ち上げる仕組みです。
更に、実際の凝灰岩で、実物大の石室のレプリカを作成し、1年以上を掛けて何度も実証実験を繰り返しました。
そして、2007年4月5日、石室の取り出し作業が開始され、4ヶ月半を掛けて、全ての石が仮設修理施設に無事に運ばれました。
その後の2020年3月、石室と壁画の修復はようやく完了しました。
そして、壁画に描かれていた極彩色の復元に際し、平山 氏の模写が大いに役立ちました!

では、高松塚古墳に関する話題は終了ですが、間髪入れずに「真逆」とも言える事件に、視点を展開します!