トップページ » 見る・聞く出来事には意味があるのか?

見る・聞く出来事には意味があるのか?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

昨日来の大雨により、主に栃木県、茨城県、そして本日は宮城県と多大な被害が出ている模様です。
残念ながら犠牲になった方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、家や車などを流され損害に遭われた方々、農作物の損害に遭われた方々、避難されている方々、そしてTVなどで報道されてはいない中で、お困りになっている方々も多数いらっしゃるかと思います。
心よりお見舞い申し上げます。

 

そこで、当初は別のテ-マを考えていたのですが、このような出来事により、今回は急遽私の「心の目」で感じたテ-マで進めて行きたいと思います。
なお、今回のような災害を含め、これから書き進めていく内容について不謹慎、あるいは配慮が足りないと思われる方も当然いらっしゃるかと思います。
思慮足らずな面も多々あるかと思いますが、「前に進むために」という思いからお伝えする内容ですのでご理解及びご了承下さい。

 

今までのTOPICSでも、「物事・出来事に偶然はない」という見解があることは再三ご紹介してきました。
これは裏を返せば「物事・出来事には理由がある」という見方が出来ます。
そこで今回のテ-マ「見る・聞く出来事には意味があるのか?」ということに繋がっていきます。

 

これからお伝えする、そして一緒に考えて頂きたい内容は、大変な困難な中でも、そこから活路・意味を見い出し、同じ事が起こらないよう出来る事は何か?を考えていくことを趣旨としております。

 

ここ数日間の降り積もった大雨により、今回は「川」の氾濫の災害が起きてしまいました。
ご存じの通り、「川」は上流から下流へと流れ、その間に、幾つもの支流と合流して水量も多くなり、水の勢いも増して最終的には海に流れ着きます。
当然のことながら「川」にとっては「県境」などというものはありません。
日本は島国ですから、ある一つの「川」が複数の県を貫いて流れているケ-スは多々あります。
そして、今回はその川の水が「溢れ出し」ました。

 

ところで、最近耳にする海外のニュ-スとして「難民」が取り上げられています。
シリアや、その周辺国などから近隣のEUなどに平和と安全を求めて人々が流出しているということです。
まさに「国」から「人々」が「溢れ出し」ている状況です。
そして、地球自体に「国境」というものは存在しません。
あくまで「国境」は「人」が線引きしたものです。

 

また、近頃は多くの「山」で火山活動が活発になっています。
これも同じく「マグマ」が山から「溢れ出す」という火山活動です。
少し想像力を使ってみると、日本という狭い島国の中で、それぞれの「山」は個々に存在しているように見えますが、地下深い所では、その「源」が繋がっているというのはご理解頂けるかと思います。

 

今、最近に起こっている国内・国外の3つの出来事を取り上げてみましたが、
もうお分かりの通り、

 

「溢れ出す」

 

という点が共通しているようにも感じられます。
では、このように「溢れ出す」というテ-マに対し、そこから見い出せる一つの活路・意味としては、

 

「受け入れる力(受容力・包容力)」

 

ということが考えられます。

 

「川」であれば、川幅を拡大する、堤防を強固なものに改善するといった現実的な対応も必要かと思います。
昔であれば頻繁に氾濫していた「川」も、現在の科学や技術の力で整備されている例もあるかと思います。
そこには昔からの智慧や工夫も活用されています。
そして、先人達が一生懸命開発してきた科学や技術の力も併せて活用出来ます。

 

「難民」に対しては一時的であるにせよ、「思いやり」で受け入れることも可能です。
自分が「難民」の立場であればという想像力も活用出来ますし、何より命からがら逃げてきた段階では、まず「心の余裕」を取り戻すことも必要かと思います。
切羽詰まった状況で次の段階を考えることには無理も生じかねません。

 

「火山」については観光地化されている所もあり、先が見えない中での避難は生活面などでの苦労も計り知れません。
しかし、現状では噴火を予知出来ないことも現実です。
一旦噴火してしまえば、どのようなことになるかは御嶽山での災害も大きな教訓になっていることと思います。
少なくとも「マグマ」の噴出に限れば、火口から一定の距離を保てば被害に遭う確率は低くなります。
国内や国外の観光客から多くの利益を得ている国・県・市町村などは、火山周辺でおもてなしをしてきた旅館やお土産店など、そして地域住民の生活面でも、税金や補助金を活用し、動向を把握しながら先のことを考える余裕は作れることと思います。

 

ここまで色々見てきましたが、あくまで私の個人的な見解です。
これが正解でもありません。
また、多くの考え方・見方、そして改善策も多数あるかと思います。

 

そこで、前回のTOPICS「お金と人工知能」でも触れたように、
この3つのケ-スでは「お金」という道具も大いに有効に活用されることと思います。
ここでは支援金や義援金、人道支援など呼び方は様々でしょうが、
まさに「税金」という道具の本来の活用のされ方が発揮されるケ-スであると思います。

 

「受け入れる力(受容力・包容力)」という意味では、差し入れをする、何か言葉を掛けてあげるなど、それぞれの出来る範囲で実行出来ることも多々あります。政治的・経済的・社会的・人道的側面などからも無数に考えられることでしょう。
そして、「見る・聞く出来事には意味があるのか?」というテ-マは、「対岸の火事」ではなく、「自分のこと」であればどのように考えるか?ということでもあります。

 

全ての出来事を逐一考えるのは難しい面も勿論あります。
全てに焦点を合わせる必要もありません。
そのような中で、自分の中に感じる出来事があれば、それを考えてみて下さい。
大きな出来事でも、日常の些細な出来事でも、もしかしたら、その出来事の中に共通点が見い出せるかもしれません。
そして、それが活路・意味となって、それから先の道を切り開く道具になってくれるかもしれません。

 

なお、災害をいたずらに怖れる必要もありませんが、不安や心配を感じるような時には、
隣近所や行政でも構いませんので、頼れる範囲で、そして出来る範囲で早めの行動を起こすことも大きな助けになると思います。
避難が空振りに終われば「幸い」とし、周りの方々も「大げさな」などと思わず、包容力で安心感を提供出来れば素敵なことかもしれません。

2015年9月11日 04:09

«

»

TOPへ戻る

新着投稿

過去の投稿


プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ