【 アイデンティティが変わっても 】
室町時代の半ばの1429年、琉球王国が成立しました。
すると、勢力拡大を目論んだ琉球は奄美群島へ侵攻を開始しました。
そして、奄美大島が琉球に帰順すると、周辺の徳之島や沖永良部島なども琉球の支配下に入りました。
そして、
喜界島は戦うか・・・
降伏するかの・・・
選択と決断を迫られる・・・
という事態になりました。
そして、琉球の歴史書《 球陽 》には、喜界島が従わなかったが故に、琉球は喜界島へ毎年兵を出征させ、征伐を試みたという記述があります。
つまり、喜界島は戦う事を選択したものの、戦いは20年以上にも及びました。

そして、1466年、琉球の王が約50の舟と約2千の兵を率いて喜界島にやって来ました。
喜界島も抵抗するものの、最終的に琉球に占拠されました。
そして、以後の150年は琉球の統治下に入り、
琉球の一部として・・・
島の歴史を刻み続ける・・・
という流れになりました。

【 過去が今を創造する 】
江戸時代に入ると、薩摩藩が琉球を侵攻した事で、
喜界島は薩摩藩の直轄領に編入される
という流れになりました。
そして、薩摩藩は喜界島に代官を送り込み、
サトウキビの栽培と・・・
砂糖の製造を開始する・・・
という取り組みが行われました。
しかし、取り組みとは「名ばかり」で、
薩摩藩から厳しいノルマが課される事に加え・・・
不当で安価な買い叩きに遭い・・・
徹底的に搾取される・・・
という酷い実態でした。
故に、当時の状況に関し、島の人々は、
砂糖地獄
と呼んでいました。

しかし、「皮肉」な事に、サトウキビと砂糖の収穫により、
薩摩藩は財政が潤った事で記録書《 大島代官記 》では・・・
現在の「喜界島」と記述される事になった!!!
という歴史があります!
つまり、薩摩藩の立場から見ると、
「喜び」の世界に溢れた島
という事です。
そして、このように厳しい時代を経たものの、
今では高品質な黒糖の製造が可能になり・・・
喜界島の重要な名産品と同時に・・・
基幹産業となっている!!!
という事です!

そして、
貴海から鬼界へ・・・
鬼界から喜界へ・・・
という流れですが、番組MCで歴史家の磯田道史さんは、
チャンスを意味する「機会」の島!!!
と、捉えていました(笑)

では、番組は終了です!
そして、繰り返しですが、ここ迄の内容はメタファーを主眼としているが故に、「分かり辛く」感じるでしょう、、、
故に、
あなたの内面で響く何かを探す!!!
という視点を意識して下さい!
、、、益々分かり辛いですよね!?(笑)

では、締め括りです!
【 視点を行き来する 】
今回のテーマである、「見方」を変えれば「味方」になるに関し、別の表現を用いると、
視点を行き来する!!!
という事です!
では、冒頭でコメントした、不幸に陥る3つの落とし穴に当てはめます!
すると、
自己憐憫に対しては「涙目」で物事を見ない!!!
(共)依存に対しては「自律・自立」を意識する!!!
責任転嫁に対しては「思い・言葉・行動」の一貫性を保つ!!!
との視点になります!

更に、同じく「妬み・嫉み・僻み」に当てはめます!
それは、
妬みは自らを「卑下」する事に繋がるが故に・・・
「矜恃」を創造する!!!
嫉みは「自惚(うぬぼ)れ」に繋がるが故に・・・
「謙虚」を心掛ける!!!
僻みは「傲慢」に繋がるが故に・・・
「感謝」の心を忘れない!!!
という事です!
そして、「味方」に付けるとは、
他者であっても・・・
自分であっても・・・
「幸せ」を遠ざけると「不幸」になり・・・
「幸せ」を近づけると「倖せ」になり・・・
他者は倖せを「もたらす」存在であり・・・
自分は幸せを「享受」する存在であり・・・
お互いに両方の「役割」を行き来しつつ・・・・
双方共に両方の「役目」を果たす事が出来れば・・・
真の「幸せ・倖せ」が実現する!!!
という事です!

そして、今回は分かり辛いという意味も、「分かり」ましたか!?(笑)
ただ、あなたの「潜在意識」には、ちゃんと届いています!!!
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