韓国の光州事件に学ぶ「隣の芝生は青い」の真意 ~「戦い」と「闘い」の違いも~

【 逃げても良い 】

21日の最大の悲劇の現場には、1年しか軍経験がない新人のイ・キョンナムも動員されました。

大学2年の時に徴兵されますが、全ての学生が軍事教練を受けるのが「義務」でした。

そして、イ・キョンナムは軍事政権を支持しないと教官に「抗議し拒否」すると、単位を貰えませんでした。

致し方なく休学した所、すぐに徴兵されました。

 

軍では北朝鮮の工作の恐ろしさを徹底的に叩き込まれ、「マインドコントロール(洗脳)」の如く、強制的に「意識」を変えられました。

実は、当日のイ・キョンナムは動員の「目的(理由)」を知らされておらず、北朝鮮のゲリラと「戦う」ものと思っていました。

しかし、現場に到着して、市民が相手だと「初めて知り」ました。

 

 

イ・キョンナムは軍から暴行を受けた市民を助けた所、中隊長に怒られ、殴られました。

そこで、現場から「逃げて」、道庁の地下に隠れました。

そして、隠れていたら愛国歌が流れて来て怪訝に感じていた所、最大の悲劇が起こりました。

その時の「心境」を、イ・キョンナムは次の通り話します、、、

 

イ・キョンナム:
『 本当に怖かった。 その場にいなかった人には、とても分からない怖さです。 皆が狂ってしまった。 狂ってしまった。 』

 

 

ところで、TOPICSでは一番大切な視点として、

 

最も問われるのは真の動機

 

と伝えています。

これは表現を変えると、

 

自分に嘘は付けない

 

になります。

 

イ・キョンナムの心境を推し量ると、

 

自分自身との「闘い」

 

の末に、「逃げるが勝ち」と思い至ったのかもしれません。

 

 

そして、他者は「自分を映す鏡」であると同時に、イ・キョンナムは、

 

自分の目に映った「他者(兵)の姿」から・・・

怖さや狂った状態を感じ取った・・・

 

のかもしれません、、、

そして、

 

逃げる「実践」をした事で・・・

自らの心身を「救う」事が出来た・・・

 

のかもしれません、、、

故に、イジメやパワハラが横行し、何の対策も取らない学校や職場からは、逃げても良いのです!

 

 

【 7年後に繰り返された悲劇 】

市民が優勢になりつつある中、軍は引き下がらず、反抗する市民の射殺命令を出します。

26日、自発的に残った約200人の市民(軍)は道庁に立て籠もるものの、次第に追い詰められます。

27日、軍の制圧が始まり、「一方的な殺戮」が繰り広げられました、、、

 

こうして、「この時は」軍の一方的な力で市民は鎮圧されましたが、7年後に民主化が「実現する」事になります、、、

 

首都のソウルにヨンセ大学があります。

大学の正門前には、一人の学生を「追悼する」プレートが埋め込まれており、その学生がイ・ハンニョルです。

 

 

光州事件から7年後の1987年6月9日、学生達は民主化を求め、大規模な抗議活動を行います。

この時も政府(軍事政権)は同じく、強行鎮圧に乗り出しました。

すると、機動隊が空へ向けて打つべき催涙弾をイ・ハンニョルに向けて発射し、直撃を受けたイ・ハンニョルは6日後に亡くなりました、、、

 

ところで、TOPICSでは幾度も、

 

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ

 

と伝えています。

なぜなら、

 

同じ悲劇などを二度と繰り返さない為に

 

だからです。

 

 

「同じ轍を踏む」との言葉もありますが、

 

失ってから気づいては遅い

 

という視点を、「今の世界の現状」に当てはめてみて下さい、、、

 

ちなみに、この1987年の私は「14歳」ですが、「この時も」ここから先に眺める事件は「知りません」でした、、、