「長い物には巻かれよ」の真意 ~ヒトラーの予言者ハヌッセンの数奇な人生より~

そして、1933年1月28日、突如として内閣が総辞職となり、それから2日後の30日、ヒンデンブルク大統領はヒトラーを首相に任命する事になりました。
その後のハヌッセンは自らの新聞で益々ヒトラーへの礼賛記事を掲載していきますが、その裏(背後)には、ヒトラーが首相になる!との自らの予言が当たったとの、ここでも「(過剰な)承認欲求」が働いていたのではと考えられております。

そして、ヒトラーの予言者との触れ込みも相まって、ハヌッセンは更なる交霊会や占いを続行していく事となりますが、そのような中、1933年2月27日の夜、国会議事堂が炎上するという事件が起こります。
これに対し、首相たるヒトラーはドイツ共産党による国家転覆の陰謀とまくし立てます。

しかし、その前夜の2月26日、ハヌッセンは自宅にセレブや新聞記者等を招き交霊会を行っており、『 炎が見える・・・火事だ・・・放火魔(共産主義者)が・・・ 』などの予言を話していました。

この国会議事堂の火事は、現在ではナチ党の自作自演と言われておりますが、つまり、この火事の前夜のハヌッセンの予言というのは、自作自演の情報を前もって(ナチ党幹部等から)入手し、図らずともリーク(情報漏洩)してしまっていた、、、という事になります、、、

 

そして、この事件の翌日、ヒトラーは緊急事態に対応する法令を布告し、国民の基本的人権のほとんどを停止し、共産主義者の徹底弾圧を強行していく事になります、、、

そして何故か、この直後からハヌッセンは酷く何かに怯えるようになり、アメリカに行く(外国への逃避)ような事を口走るようになっていきました、、、

このような精神状態のハヌッセンは1933年3月19日、ある出版社の買収の話し合いに参加していた際に、更にある事を口走ってしまいます、、、

 

それは、ヘルドルフの部下であり、突撃隊の幹部でもあるヴィルヘルム・オーストなる人物が買収に割り込んできた事で、ハヌッセンがオーストに貸してきた全ての金をすぐに返済せよ!とオーストと関係のある人物に迫ってしまったとのものでした。
これが先ほどのナチ党における「弱み」であり、ハヌッセンにおける「強み」ではありましたが、、、

そして、1933年3月24日の午後8時、友人のヘルドルフとオーストを含む4名がハヌッセンの自宅を訪れ、領収書や借用証書など全てを奪っていきました。

そして、それから僅か後の4月7日、ベルリン郊外の森の中で、背後から3発の銃弾を受けたハヌッセンの遺体が発見されました、、、

 

この前日の3月23日、臨時の国会議場をナチ突撃隊が包囲し、ヒトラーは国会を通さずに自由に法律を作る事が出来る全権委任法を成立させました、、、

この後のヒトラーの行為・行動は皆さんも知る所であります、、、

 

では、長くなりましたが、この番組からのご紹介はここで終了です!
「今ここ」に戻って来ましたか???(笑)
そして、この先は私が長々と何かをお伝えするまでもありませんが、整理して少しだけコメントさせて頂きます!

なお、ここ迄の内容におきましては政治の場面も出て参りましたが、今回はそのような趣旨でも全くなく、何かの主義主張や政党などへの他意を含むものでもありませんので、その点はご理解とご了承頂ければ幸いです。

では、コメントに戻りますが、