「長い物には巻かれよ」の真意 ~ヒトラーの予言者ハヌッセンの数奇な人生より~

このようなハヌッセンでしたが、一旗揚げてやろうと14歳の時に親元を離れ、サーカスの猛獣使い、歌手、マジックショーなどのステージテクニックを学んでいきます。
しかし、富も名声も得られぬままに、1914年の25歳の時に第一次世界大戦に駆り出される事になってしまいました。

と、このような戦禍の最中にハヌッセンは上官の未来を霊能力で予言するという事を行います。
それは、元気な男の子の赤ん坊が見えるとのものでした。
その予言から5日後、上官の元に予言と同じ内容の知らせが届き、感動した上官はハヌッセンを危険な任務から外すようになりました。

、、、が、しかし、種明かしとしては、ハヌッセンは野戦郵便局の友人を買収し、上官への手紙を事前にのぞき見していた事が分かっています、、、

 

そして、その後の1918年に終戦を迎え、ハヌッセンは30歳の時にドイツの首都ベルリンに拠点を移し、様々なステージ活動を再開させていきます。
一つには、テレパシー交霊会と称し、観客が隠した物品を、無作為に選んだ他の観客の心を読み取り探し当てるものがありました。
これらが莫大な効果を生み出し、チケットは即完売になるなど、多くの観客動員に繋がる成功を収めていきました。
ちなみに、このハヌッセンの手法に関しては、選ばれた観客の緊張や発汗などの生理現象の反応を手掛かりとして探し当てる、いわゆる「筋肉リーディング」が使われていたのではと考えられているそうです。

 

そして、噂が噂を呼び依頼が殺到し、セレブ相手の個人占いでは1回約30万円で引き受けていきました。
こうして富と名声を手に入れたハヌッセンは自らで購入したヨットに多くのセレブの女性を招き入れ、いわゆる、いかがわしい行為などをして楽しんでいました。
そこから世間ではこのヨットについて、傲慢・強欲・色欲・暴食などをなぞり「七つの大罪号」と呼ばれるようになりました。

そして、その後、ハヌッセンが更なる富と名声という「力」を求めて近づいて行ったのがナチスとなっていきます、、、

 

と、ここで小休止ですが、先ほど「筋肉リーディング」などの言葉も出てきましたが、ハヌッセンはアシスタントに観客の情報をリサーチさせ、その情報を舞台の本番直前に暗記し、更に数百人分の情報を公演の度にも暗記し、それを長期間記憶していたとも言われており、これはある意味での凄い才能の持ち主と言えるかもしれません(笑)
ただ、どこかが違ったのか、、、あるいは、方向を間違えたのか、、、では先に進みましょう!

 

1930年当初のドイツのベルリンは混乱の最中にありました。
それは前年に起こった世界大恐慌により失業者が溢れかえっていたからです。
このような混乱の渦中にある社会情勢の元、1930年のドイツの国会ではナチ党とドイツ共産党が議席を増やしていきます。

ドイツ共産党は富裕層打倒を掲げ低賃金労働者の支持を集めていきます。
一方のアドルフ・ヒトラー率いるナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)は他の政党をドイツから追い出す事を第一の目的に掲げ、話し合い(議会民主制)ばかりで何事も先に進まず解決も出来ない体制ではなく、即断即決が可能な独裁制を主張し支持を集めていきます。

このようにナチ党とドイツ共産党は互いに「敵」とみなし、乱闘騒ぎなども度々起こしていくようになっていきます、、、

 

そして、この時、ハヌッセンはベルリンの社交界でナチ党幹部のある人物と友人になっていきます。
その人物とはヴォルフ=ハインリヒ・フォン・へルドルフ伯爵であり、彼はナチ党が政敵を排除する為の暴力専門集団と言われていた突撃隊ベルリン支部の指揮官でもありました。
ヘルドルフはギャンブル好きで約1億6千万円もの借金を抱えており、その半分をハヌッセンが肩代わりした事で、二人の距離はどんどん近づいていきました、、、

こうしてハヌッセンは幹部たるヘルドルフの人脈を利用し、他の幹部にも資金提供をしていく事で、どんどんナチ党の内部(政治権力)に入り込んでいきます、、、