コロナ禍の(お盆時期の)供養から「今」を考える ~魂の視点も含め~

【 言葉の不作為の蔓延 】

更に、魂の視点を活用します!

すると、

 

あの世では「時間も空間も」存在せず・・・

有るのは「今(という瞬間)」だけであり・・・

あの世では「体(肉体)」は無く(その必要性が無く)・・・

有るのは「思い(思念)」であるが・・・

この「思い(思念)」には「実体」がある!!!

 

という事になります!

 

 

そして、あの世では「思い(思念)」が主という視点から、

 

この世で特徴的なのが「言葉」の活用!!!

 

になります!

 

しかし、

 

「今」は多くの場面で・・・

「言葉」が蔑(ないがし)ろにされ続けている・・・

 

というのが「実態(実体)」です、、、

 

しかも、現状はそれどころか、

 

様々な場面で「説明」をしないなどの・・・

「言葉」の「不作為」という行動が増大している!!!

 

のが「真の」実態(実体)です!

 

 

そして、TOPICSでは幾度も伝えている、

 

「言葉」を裏切る人は・・・

「言葉」に裏切られる!!!

 

という「反映(創造)」になっている実態(実体)です!

 

そして、

 

コロナ禍では、自粛などの「不作為」という行動が求められているが・・・

その実は、「言葉」の「不作為」という行動が、「それ以前」から蔓延していた・・・

 

という事です。

これが、

 

物事や出来事は大なり小なり、「それぞれ」を反映している

 

という視点に結び付きます!

 

 

そして、言葉の「不作為」という行動の以前に、

 

既に、思いの「不作為」という行動・・・

つまり、「無関心」が兆しとなって現れていた・・・

 

という「反映」を読み取る事が出来ます、、、

 

そして、「無関心」の言葉を変えると、

 

(行き過ぎた)○○ファースト

 

が代表例です。

つまり、昨年から見聞きするようになった、

 

今だけ 金だけ 自分だけ

 

という傾向が、特にここ数年で蔓延(はびこ)っているという事です、、、