【 依存症という視点 】
少し視点を変えますが、
「ゲーム障害」も「(各種)依存症」と同じ本質が存在している
というのは、何となく理解出来る面があるかもしれません。
依存症にもギャンブル依存、アルコール依存、買い物依存など様々あります。
そして、魂の視点が「現実のこの世の中」に現れている一つの言葉があります。
それが、
過ぎたるは猶及ばざるが如し
です。

これは、ギャンブルをしたりお酒を飲むのが悪いという意味でもなく、ましてや買い物は必要かつ日常的に行っている通常の「行動」です。
そして、もの凄く極端な表現を用いると、
(あくまで)程度の差でしかない
と言えるかもしれません。
なお、違法薬物は「程度の差」では済まされないので、決して手を染めてはいけません!!!
【 依存(症)と魂の視点の関係 】
ここから「依存(症)」に魂の視点を当てはめていきます!
それは、
「依存(症)」とは自分の中の「何か」を埋められていない「叫び」から起こる
という視点です。

つまり、
自分の中の埋められていない「何か」を・・・
自分の「外側にあるもの」で埋めようとしても、それで埋まっていく事はない
という面に繋がります。
しかし、
その事に「気づいていない」が故に・・・
絶えず自分の「外側にあるもの」を求め欲し続けている状態
という意味です。
そして、魂の視点では、
埋められていない「何か」とは必ず「自分の中にあるもの」!!!
というのが「答え」になります!
そして、このような傾向は、
「人間関係」にも多々反映されている
という側面も存在します。
そして、更なる魂の視点では、
自分に足りない「何か」を「埋めてもらう」事と・・・
「補ってもらう(補い合う)」事とでは全く違う
という事になります。

そして、この「埋めてもらう」事と「補ってもらう(補い合う)」事との「違い」に関して、私が一概に「答え」を伝えられる性質のものではありません。
なぜなら、先ほどコメントした通り、
その「答え」は必ず「自分(その人)の中にあるもの」であり・・・
人それぞれに、今までの「経験」や「知識」といったものが違う・・・
からです。
なお、ここでの「知識」というのは「学歴」などでは全くありません!!!
ただ、ここで一つの「ヒント」を提供する事は可能です(笑)