生前葬から考える魂の視点 ~手間を掛けさせたくない為なのか&手間を惜しんでいるだけなのか~

【 ヒントは「一期一会」にある 】

親しい間柄の人であれば、「生前葬」の誘いを受けた時でも、あまり深く考えたり、穿った見方をする必要性はないかもしれません(笑)

ただ、今後、誰かを「招待」する「生前葬」を考えている人は、

 

(「他界後」に相手が「出向く」という)「手間」を掛けさせない為なのか???

(「生前」に自分が「出向く」という)「手間」を惜しんでいる面はないのか???

 

という視点を考えて下さい。

 

そして、「生前葬」を考える際の思いや動機の中には、

 

今までの人生の節目や一区切りを付けて・・・

新たな気持ちで(再)出発したい!!!

 

という側面も、心の多くを占めるケースもあるでしょう!

 

 

勿論、新たな気持ちでの(再)出発では、必ずしも「生前葬」に限る必要性もないのと、「他の場や機会」でも可能では!?など、発想を柔らかくするチャンスになります(笑)

ただ、それでも迷いが生じる場合には、

 

一期一会(いちごいちえ)

 

からヒントを探して下さい!!!

 

そして、魂の視点やスピリチュアルなど、呼び名は何でも構いませんが、

 

ここにある視点の本質は・・・

日常生活で生じる、様々な身の周りの状況や出来事に当てはめて(「考える」実践をして)こそ・・・

初めて身に付く!!!

 

というのが事実であり真実です!

 

 

【 コミュニケーションと表現の自由 】

冒頭では、『 特に平成の終盤は、日本を含め世界的に見渡しても、様々な事柄が大きく変わったと言うよりも、大きく変わってしまった 』とコメントしました、、、

そして、その「原因」は既に出て来た事に、気づきましたか???(笑)

 

それは、

 

コミュニケーションをする(取る)「手間」を(あまりにも)惜しみ過ぎている!!!

 

という事実です!

 

更に、昨今の状況は「手間」を惜しむに留まらず、

 

「他者」とコミュニケーションをする(取る)のが面倒くさい!!!

 

という傾向が、顕著になり過ぎているのも原因の一端です!

 

そして、この傾向に拍車を掛けている大きな要因の一つが、

 

「自分自身」とコミュニケーションをする(取る)事ですら・・・

億劫だ!!!

 

という面に、多分に現れています!

 

 

そして、この原因には、「表現の自由」も関係しています、、、

 

「表現の自由」と聞くと、多くの人が、

 

「言葉」に着目

 

する事でしょう。

勿論、自然で当然な事であると同時に、

 

「表現の自由」には、「思い」と「行動」も含まれる!!!

 

というのが、魂の視点の「本質」になります!

 

そして、「思い」とは「内心や思想の自由」とも言われます。

そして、あくまで本人の中にあるものなので、その限り(範囲)においては「自由」は尊重されるものです、、、

 

故に、差別的な言動や、誹謗中傷が許されるという意味では、全くありません!!!