第147回:『 改めて魂(の年齢)という視点 』

こんにちは、レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

GWに入りましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
私も先日、恒例の弘前公園の桜を観に行ってきました。外国人観光客の方も多くいらっしゃって、桜に限りませんが自然の美しさには様々なことを超えた「理解(わか)り合える共通の思い」という力もあるのだろうなぁと感じたりしました。

 

ところで、今に始まった事ではありませんが、ここ立て続けに政治家の失言?や問題行動などが明るみに出てきています。
そして、北朝鮮情勢などでも少し冷静さを欠いた報道を行っている番組も見受けられるようにも感じます。
このような社会や世界情勢を見渡しますと、全てではないですが、部分的に従来の価値観や視点などでは「手詰まり感」が出てきているようにも個人的には感じています。
そこで今回は「改めて魂(の年齢)という視点」というテーマで進めて参りたいと思います。

 

なお、今回のTOPICSは私の個人的見解が多数を占めているのと、科学的に証明されているものではありません。
また、魂を信じる信じないという視点ではなく、これから先も続いていく人生において、ポジティブな捉え方をするのか、あるいは、ネガティブな捉え方をするのかという「視点の変化」をテーマとしております。

まず、今回のような政治家の言動や行動においては、

 

魂(の年齢)があまりにも幼すぎる

 

という点が共通しています。
ただ、成長や進化という側面から眺めると、幼い点があるということは至極当然であり自然なことでもあります。
幼い点があるというのは私自身も同様ですし、皆さんにもあることと思います。
ただ、今回のようなケースでは、

 

自分のことだけに固執して(自分だけが可愛すぎて)、他の人や状況を思いやる「想像力」があまりにも欠け過ぎている

 

という点が一番ポイントになっていると思われます。
皆さんも小さい頃に次のようなことを言われた覚えはないでしょうか?

 

自分がされたら嫌なことは、他の人にもしてはいけないよ・・・

 

と。
このようなことも小さい年齢ながらも「想像力」を活用して、他の人や状況を思いやるという学びを既にしていることになります。
そして、これも皆さんもお気づきかもしれませんし、もしかしたら実体験としてよくあることと思われますが、

 

人は(肉体上の)年齢を重ねたからと言って、自然と成長するものではない

 

という点です。
「いい年をして恥ずかしい」などの言葉は誰しも耳にしたことはあろうかと思います。
そして、(肉体上の)年齢を重ねるにつれ誰しもが成長出来るのであれば、

 

職場などにおけるパワハラやセクハラなども起こりようがない

 

ということに繋がっているはずです。
しかし、現実の社会においてはこのような幼すぎる言動や行動が年々エスカレートし、増え続けてきているようにも感じます。
そして、このような一端としては、

 

私達は(肉体上の)年齢を重ねていくと同時に、叱られることも少なくなっていく

 

という点も挙げられます。
勿論、叱られることがない方が良いかとは思いますが、ここでの叱られるとは周囲の人から叱られるということだけではなく、