「because~」が失われた2018年

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今年もあと1ケ月を切り、色々と2018年を振り返る時期でもあるかもしれません。
様々な出来事などを振り返るのは、「(出来る範囲内で)常日頃から意識しておく」というのは確かに望ましい事でもありますが、日々の生活においては、それもなかなか難しい面があるのも偽らざる本音でもありますよね(笑)

そこで今回は、色々な状況や出来事などから場面場面を紹介して参りまして、皆さんの自由な発想で考えて頂く契機ともなるよう、「「because~」が失われた2018年」というテ-マをお届け致します!

ところで、特に2018年後半のTOPICSにおいては、私は、煙たがられる?あるいは、鬱陶(うっとう)しがられる?くらいに、

 

コミュニケ-ション

 

に関するテ-マ設定の元にコメントをして参りました(笑)
そこで、2018年の傾向を振り返ってみると、日本国内は勿論、世界各国においても、次のようなフレ-ズをよく耳にした年であったとも感じております。
それは、

 

『 そのような(あなたの)指摘は、(全く)当たらない 』

 

と。
なお、このような傾向は、ここ2~3年程前から、既に急激な右肩上がりの「兆し」を見せ始めていましたが・・・
では、まず、このような傾向に対して、ある一つの例文から「日本語」と「英語」で考えてみます。
最初は「日本語」です。

 

『 お腹が空いているから、晩ご飯を食べたいな 』

 

ごく普通の「日本語」で交わされる会話ですよね(笑)
では、これを「英語」で見てみます。
なお、私は英作文は得意ではありませんので、文法的に間違いがあるかもしれませんが、その点はご容赦下さい(笑)

 

『 I want to eat dinner because I am hungry 』

 

となります。
今回はここ迄で、既に皆さんもお気づきかもしれませんね(笑)
最初の、

『 そのような(あなたの)指摘は、(全く)当たらない 』

のフレ-ズにおいて完全に欠落している視点が、例文における、

 

『 お腹が空いているから 』

そして、

『 because I am hungry 』

 

という、

〖 〇〇だから~ ・ because~ 〗

 

という部分です。
では、少し誇張した極端な表現ですが、これを職場や学校などの場面に当てはめてみます。
では、まずは職場です

 

(あなたは、何でだろう?あるいは、それは少し不適切なんじゃないの?などの気持ちを抱きながら)
上 司:『 これ、やっといて! 』
あなた:『 でも・・・本当に大丈夫なんですか? 』
上 司:『 業務命令(決まった事)だから! 』

 

ここでの上司の心の奥底には・・・

『 つべこべ言わずに、(あなたは)黙って従っていればいい! 』

 

というのが皆さんも感じ取れる事と思います。
では、更に誇張して学校の場面を考えてみます。

 

(生徒が分からない点に関して)
生 徒:『 先生!なぜ、そうなんですか? 』
先 生:『 教科書に、そのように書いてあるから! 』

 

ここでの先生の心の奥底には・・・

『 そのように教えるような学習指導要領になっているから、(生徒は)ただその通りに覚えればいいんだよ! 』

 

かもしれません。
この学校のケ-スはあまりない事かもしれませんし、ある種の悪意?を感じられるかもしれませんが、あくまで、行き過ぎた場合の例文ですのでご理解頂ければ幸いです(笑)
そして、このどちらのケ-スにおいても、

 

なぜなら、〇〇だから~

 

という視点が欠落しているものです。
これ以上先は、それこそ「言わずもがな」でご理解頂けているかと思われますが(笑)、

 

because~、そして、なぜなら~・・・に表現される

「説明や理由」を切り捨てる、という・・・

コミュニケ-ションの手間を惜しんでいる・・・

 

のが、この大きな要因となっています。
そして、職場の例でも学校の例でも共通してくるのが、

 

あなたや生徒に対して「考える」事を放棄させている・・・

と同時に・・・

上司や先生自身が「考える」事を放棄している・・・

 

という点です。
故に、

 

ただ、黙って、言われた事に従っていればいい!

 

との結論になってしまう事も既にお分かりの事と思います。
そして、ここでの更なる心の奥底には、

 

なぜなら・・・

私(上司や先生)自身が・・・

言われた事に、ただ、黙って従っているのだから・・・

(波風立てぬように、あなたにも従って欲しい・・・)

 

という「なぜなら・・・」が本音でもあるのかもしれません。
では、ここで、少し余談でもありますが、次の事を考えてみて下さい。

それは、私が小学生の時に、何かの本で読んだ内容です。
学校のテストでの場面で、次のような問題が出されました。

 

『 氷が溶けたら何になるでしょうか? 』

 

と。
この問題にある生徒が次のように解答しました。

 

『 氷が溶けたら「春」になります! 』

 

と。
テストという観点からは、おそらく「「水」になる」が正解なのでしょうが、あなたであれば、この生徒にどのような対応をするでしょうか?
「〇か☓」で採点するでしょうか?それとも、

 

何かしらの「説明や理由」

 

を生徒に伝える事でしょうか?
勿論、この私からの問いかけにも正解や解答がある訳ではありませんので、自由に考えてみて下さい(笑)

 

では、別の視点に移動してみます。
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、今年は国会答弁から「ご飯論法」なる言葉も生み出されました。
では、「ご飯論法」なるものの、おさらいをしてみます。

 

質 問:『 朝ご飯は食べましたか? 』
返 答:『 ご飯は食べてはいません 』
質 問:『 何も食べていないのですか? 』
返 答:『 何もと言われても、食事の定義が分からないので・・・ 』

 

なるものです(苦笑)
そして、これも既にご承知の通り、返答者においては、

 

『 (朝)ご飯と聞かれたから、食べてないと答えた。パンは食べたけど、ご飯ではないし、そもそも食事の内容は人それぞれだから・・・私は間違った答えはしていない 』

 

というものです。
そして、あくまで私個人の勝手な見解ですが、このような返答を無意識の上で、しかも、特段の意図を持たずにしているのであれば、「言葉(コミュニケ-ション)を学び直す必要がある」と感じますが、もし、これを何らかの意図の元に、しかも、意識した上で行っているのであれば、

 

その人の「魂の歪(ゆが)み」が表面にまで現れている状態・・・

 

と私の目には映ります。
そして、この状態までくると、

 

もはや・・・

コミュニケ-ションの手間を惜しんでいるのではなく・・・

(意図的に)コミュニケ-ションの破壊(をしようとしている)・・・

 

という風に映ります。
そして、これは一見すると、『ご飯と聞かれたから・・・』と、何かしらの「説明や理由」をしているように思われるかもしれませんが、これがいわゆる、

 

屁理屈

 

と言われているものになります(笑)
例えば、このような論法がまかり通るのであれば、絶対にしてはならない「飲酒運転」においても、飲んだのは「お酒(日本酒)」ではなく「ビ-ル」や「ワイン」だ、はたまた、飲んだのは「般若湯」や「御神酒」だ、などのような言い逃れにもならない(屁)理屈が蔓延(はびこ)ってしまう怖れも・・・今のような世の中や社会では起こってしまうかもしれません(汗)

 

では、ここまで眺めてきて、どのように思い感じますでしょうか?
このような傾向が溢れ出てきているのが2018年の傾向です・・・
親しい仲での「売り言葉に買い言葉」の範疇であれば笑い話で済ます事も出来るかもしれませんが、今や・・・国内及び世界的にも広まってしまっている傾向でもあります・・・
そして、

 

大人(社会や世の中)が考える事を放棄すれば・・・

子どもは更に考える事をしなくなり(考えるという事を教えて貰えなくなり)・・・

コミュニケ-ションにおける「話題」というのも消滅し崩壊していく・・・

 

という方向に繋がっていきます。
そして、今年は9月に台風21号による関西空港の連絡橋へタンカ-が衝突し、また、10月には山口県の大島大橋へ貨物船が衝突した事故など、

 

橋にまつわる大きな事故が起きた年

 

でもあります。
そして、

 

コミュニケ-ションとは・・・

自分と他の人を繋げてくれる「架け橋」でもあり・・・

自分と自分自身を繋げてくれる「架け橋」でもある・・・

 

という「本質」もあります。
この「架け橋」とは「話題」と言い換えても良いですし、最終的には「説明や理由」にも繋がっています。

 

そして、2018年の流行語大賞が、平昌オリンピックに出場した女子カ-リングチ-ムの「そだね~」に決まったとの事です。
これも既にご存じの通り、競技の最中における、

 

『 あそこを狙ってみたらどうだろう? 』
『 力加減はこの位で良いかな? 』

などの、

 

コミュニケ-ションが取れている結果としての・・・

「そだね~」に繋がっている・・・

 

事でもあります。
このように、コミュニケ-ションとは何ぞや?と考えたり気づく際には、何かを難しく考える必要性もありませんし、わざわざ複雑にする必然性もありません。
ポイントは、

 

コミュニケ-ションに関心を持つ(無関心を装わない)

 

という点です。
2018年もまだ3週間ほどありますし、さらに今年を振り返るニュ-スや番組なども目や耳にする時期でもありますので、皆さんなりのオリジナルな視点で、来年に繋がるような、「架け橋」としての「気づき」を探してみて下さい(笑)

2018年12月8日 01:12

自己暗示で細胞やカルマ(業)の修復は出来る?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

12月に入り気温もグッと下がってきておりますが、風邪やインフルエンザの兆しもある模様ですので、手洗いやうがいなどでの予防と共に、美味しく栄養のある楽しい「お食事」と、楽しい夢などでの質の良い「睡眠」も心掛けてみて下さい(笑)

ところで、先日NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀 file:372」という番組で、福井大学医学部附属病院の「子どものこころ診療部」に勤務する、小児神経科医の友田明美 氏という方が取り上げられていました。
ちなみに、私はこの番組は今迄もほとんど観た事がありませんでしたが、今回は何となく目に留まった次第でした(笑)

そこで、この番組で取り上げられていた趣旨とは違いますが、少し別の観点からの「自己暗示で細胞やカルマ(業)の修復は出来る?」というテ-マをお届け致します。

 

では、まず、この番組で取り上げられていた友田医師は、いわゆる「マルトリ-トメント(不適切な養育)」などにより、虐待などを受けた子どもの脳はどのような影響を受けるのか?を研究している方でもあります。
そして、ハ-バ-ド大学のマクリ-ン病院への留学での共同研究として、体罰を受けた人と受けなかった人の脳のMRI画像を比較した所、体罰を受けた人は、感情などを司る脳の前頭前野の一部が約19%萎縮している事を発見し、虐待などが脳に与える影響を世界で初めて科学的に立証したと紹介されておりました。

ちなみに、この研究では、「暴言」などを言われ続けたケ-スでは、脳の「聴覚野」の約14%が萎縮し、両親のDV(家庭内暴力)などを「目撃」したケ-スでは、脳の「視覚野」の約6%が萎縮している事も発見されたとの事です。

そして、友田医師は次のような発言をしておりました。

 

『 薬物療法だけでは全て(は)解決出来ないという事は、経験的にもいっぱい辛酸を舐(な)めてきました 』

 

と。
そして、薬物療法以外にも、心理療法なども取り入れ、ご自身としては、

 

『 脳の傷も絶対に回復すると信じて様々なケアを試みている 』

 

との発言もされておりました。
そして、実際の一つの症例として、

 

褒めてあげる

 

という「対話」を通して、約7ケ月の間に脳の画像にも明らかな変化が現れてきた(脳が修復されてきている)ケ-スも紹介されていました。
ところで、このTOPICSにおいても、あくまで私個人の見解としては、

 

心(精神や意識)は脳には存在していない(依拠していない)・・・

 

というスタンスを取っておりますが、ただ、この友田医師の研究のように、

 

心(精神や意識)は(物理的にも)脳に影響を与えうる・・・

 

という側面があるのは、「その通りである(あろう)」との見方も同時にしております。
勿論、影響を与えうるのは脳のみならず、体全体にも当てはまりますし、詰まる所は「(神経)細胞」に行き着く点でもあります。
なぜなら、

 

心と体は繋がっている

 

という事からも「筋道の通る」帰結でもあるからです。
そして、このような(物理的に)脳に作用を及ぼす薬物療法なども、バランスや修復の兆しを促すという面でも、否定されるようなものでもないとも感じますし、必要に応じて活用していく事で良い影響も出てくる事かと思います。
勿論、私は医師でもありませんので、薬物療法などにコメント出来る立場では全くありませんが(笑)
そして、友田医師の(脳の)研究対象は「子ども」ではありますが、実際の診察などの場面では「親の側」も含めた「対話」を行っているとの事です・・・

 

そして、先ほど一つの症例として「褒めてあげる」という側面の効果として「子どもの脳」をご紹介致しましたが、これは子どものみならず、「子どもも大人も両方含めて」同じ事(効果)が当てはまる事と感じます。
そして、実際の所、

 

私達は大人になるにつれて・・・

褒められる事も少なくなり・・・

それと同時に、他の人を褒める事も忘れつつあり・・・

 

というのが正直な所でもあるかと思います(笑)
中には、他の人から褒められると、

 

何か裏があるんじゃないの???

 

など、「疑心暗鬼」になってしまう方もいらっしゃる事と思います(笑)
そして、このような場合に、

 

では・・・自分で自分を褒めてみたら・・・?

 

という問いかけを行うと、それこそ、

 

自分で自分を褒めるなんて、とんでもない!

そんな事は恥ずかしい・・・傲慢だ・・・ナルシストになってしまう・・・

 

など、様々な思いを抱く方もいらっしゃる事でしょう。
ただ、自分で自分を褒める事が出来ないと、他の人からの褒め言葉なども「耳に入ってこなく」なっていきます。
勿論、褒め言葉と暴言は全く違いますが、先ほどの暴言を受けた人の脳の「聴覚野」では萎縮が見られるのと同じ意味(反映)にもなります。
なぜなら、

 

自分にせよ・・・他の人からにせよ・・・

褒め言葉を受け入れるも拒否するも・・・

全ては「自分次第」だから・・・

 

です。
そして、

 

自分にせよ・・・他の人からにせよ・・・

褒められるという事は・・・

必ずそれに伴う「行動」が現れているから!

 

可能になる事でもあります。
いくら「心の中」で善良な事を念じ続けていたとしても、「行動」に現れていなければ、自分で自分を褒める事も、ましてや、「心の中」を窺い知る事も出来ない他の人から褒められる事はないかと思います。
なので、もしあなたが誰かから褒められたら、ご自身では気づいていないにせよ、何かしらの「行動」が伴っているという点は、自分に自信を持って下さい(笑)

そして、この友田医師の研究からの「褒める」「褒められる」という事だけで、「(脳などの)細胞」にも修復の可能性が大いに見込まれる事であれば、これを活用しない「手」もないかと感じます。

 

そこで、まずは、自分で自分を褒めやすくなるのに役立ち効果的なのが、今回のテ-マの「自己暗示」に繋がっていきます!
そして、何より「自己暗示」を行うにはお金も全くかかりませんし、時間も数分で出来てしまいます(笑)
そして、「自己暗示」は、誰でも、自分で自由に簡単に創る事が出来るものでもあります。

 

そこで、このTOPICSでも以前にご紹介した事もありますが、「誰でも理解る 心と体と行動の繋がり」のセミナ-でも取り上げております(勿論、ヒプノセラピスト認定講座では、より詳細に扱っておりますが)、自分で創れる「自己暗示」のポイントを簡単におさらい致します。

 

① (「自己暗示」の文章は)シンプルかつ短めが望ましい

② 現在進行形(~になります、~になりつつあります)や過去完了形(~になりました)を用いると、より効果的

③ 否定形(~でない)や願望形(~になって欲しい)は出来る限り活用しない(方が望ましい)

 

この「3点」だけです(笑)
そして、この「自己暗示」の代表例がエミ-ル・ク-エの考案した、

 

『 日々、あらゆる面で、私の人生はどんどん良くなっている! 』

 

です。
ところで、今回のテ-マには「カルマ(業)」という言葉も入っておりますが、私はヒプノセラピ-(催眠療法)において「前世療法」も行っている事から、この「カルマ(業)」にアプロ-チする事もあります。
そして、自分を褒める事が出来ない、という観点では、この「カルマ(業)」が関係している面も多々見受けられます。

 

そこで、まず、今迄のTOPICSでもお伝えしております通り、「カルマ(業)」とは罰(バチ)が当たるという性質では全くありませんし、誰かや何かから覆い被せられるものでも全くありません。
「カルマ(業)」とは、

 

魂の視点において・・・

自らが自分に課しているもの・・・

 

であります。
そして、これも詰まる所、先ほどご紹介致しました通り、

 

全ては「自分次第」・・・

 

と全く同じ働きです。
そして、「褒める」「褒められる」事による「細胞」への素敵な働きかけ、そして、「自分を褒める」事に対する「カルマ(業)」の関与という点から、私が考案した「自己暗示」をご紹介致します!
なお、エミ-ル・ク-エの文章よりは若干長めですが、すぐに覚えられる内容にしております(笑)
それは、

 

日々、私は・・・

今までの「全ての自分」を赦(ゆる)し・・・

無条件に受け入れ・・・

無条件に「自分の全て」を愛している・・・

 

というものです。
では、皆さんもご自身で自由に「自己暗示」を創れる為に、この私が考案した「自己暗示」からの簡単なポイントをお伝え致します!

まず、「カルマ(業)」というのは、「前世」という概念と密接(切っても切れない)な関係性があります。
そこで、最初の、

 

「全ての自分」という表現で、「前世を含めた全ての自分の人生」を赦す、という(自らが課した)負の連鎖を断ち切る事を目的

 

としております。
そして、次の、

 

「自分の全て」という表現で、「(前世をも統合した)今の人生」に焦点を合わせる事を目的

 

としております。
そして、最大のポイントは「無条件に」という表現ですが、これは「自己中心的(無批判的)に」という意味ではありません。
ここでの意味は、

 

自分に対して(極端に)「判断」を下さない

 

という事になります。
なぜなら、

 

自分で自分を褒める事が出来ないという事は・・・

褒めるに値する自分ではない・・・

という、「判断」を自分に課している(下している)・・・

 

からです。
「自己暗示」はどのように創り上げても、間違いなどがある訳ではありませんし、何か悪い事が起こる事も全くありません(笑)
とは言っても、誰かを傷付けたり、他の人をコントロ-ルしようとするような、「公序良俗」などに反する「自己暗示」は行わないようにして下さい!
このような、好ましからぬ「自己暗示」が叶う事はありませんし、何より、

 

新たな「負のカルマ(業)」を自分に課すだけ・・・

 

の結果にしかなりません(苦笑)
そして、これも詰まる所、

 

「自己暗示」とは「自分自身とのコミュニケ-ション」の一つの手法

 

でもあります。
これは実際に自分で「自己暗示」を考えてみるとよく理解出来ます。
例えば、

私は「ますます綺麗」になっている!という「自己暗示」が思いついた時に、

いや、待てよ・・・
年齢と共にお肌に潤いもなくなってきたし・・・
「ますます綺麗」はおかしくないかな・・・?

そして、

やっぱり、おかしい!
「現状を保つ」ことが出来ている・・・
という「自己暗示」にしよう!

 

という「心の流れ」になるケ-スがとても多いです(笑)
つまり、ここでも、「判断」から更に強化された、

 

自分で自分自身に「制限」を設けている

 

という点を「自分自身」で見て取り、気づく事が出来るようになります。
そして、このような、

 

自分で自分自身に課している「制限」に気づく事は・・・

とても大切な「自分自身とのコミュニケ-ション」である・・・

 

という事です。
そこで、そのような時は、次の事を想い出して下さい。

 

私達の誰もが・・・

幸せになる資質を備えており・・・

幸せになるのに充分に値している・・・

 

という真実です。
そして、「自己暗示」を行う際には、

 

繰り返す事で定着していく・・・

そして、

努力は不要!!!

 

という面が大切です。
なので、「自己暗示」を行う時は、出来なかった日や忘れた日があったら、そもそも、その日は「自己暗示」を行う必要がなかった日なんだ!のような「大胆さ」も活用してみて下さい(笑)

そして、「自己暗示」は夜寝入る前の10~20回ほどでも充分に効果が上がっていきますし、慣れれば1分ほどで完了してしまいます。
そして、何より「無料」ですので、今回の「細胞」と「カルマ(業)」の関係なども参考に、興味のある方は、あなた自身のオリジナルの「自己暗示」を創り上げて、ご自身の更なる人生の発展と幸せに役立ててみて下さい(笑)

2018年12月1日 01:12

生前葬から考える魂の視点

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、来年の天皇陛下の「生前」退位に伴い、平成最後の年という観点がニュ-スなどでも次第に取り上げられつつありますが、2019年に入ると、この傾向には更に拍車が掛かっていく事であろうとも思われます。
私は昭和生まれですが、平成の終盤は、日本を含め世界的に見渡してみても、様々な事柄が大きく変わった・・・と言うよりも、変わってしまった・・・との感が拭(ぬぐ)えません。
良い方向への変化であるならともかく、どうも全く逆の方向への変化のように私には感じられます・・・
そこで、今回は「生前葬から考える魂の視点」というテ-マをお届け致します。

 

「生前葬」という言葉は皆さんもお聞きになった事があろうかと思われますが、いわゆる「生きている間」に「お葬式」を執り行うという事でもあります。
近頃では「生きている間」にお墓を購入したり、また、「終活」や「断捨離」なども含め、高齢化社会の一端でもある事でしょうが、以前であれば「禁忌やタブ-」とみなされていた事が、ある意味、普通?に行われるようにもなってきています。

ただ、私の目には、このような現象の中には、時にはポジティブな側面からの行動には映らないケ-スも感じられる事があります。
勿論、「生前」にお墓を購入するも、「生前葬」を行うのも、人それぞれの全くの自由です。
そして、「生前葬」においては、

 

従来であれば「他界後」に執り行われるもの(を「生前」に行う)

 

という特徴があります。
では、まず、魂の視点からの「お葬式」を考えてみます。
すると、「お葬式」には二つの視点が同時に含まれているのが垣間見えます。
それは、

 

「他界した人」に向けて「死」を「気づかせて」あげる面・・・

そして・・・

「生きている(残された)人」に向けて「嘆きや悲しみ(など)」を「和らげて」くれる面・・・

 

というのが「重なって」含まれています。
では、ここはとても大切な事ですので、皆さんも考えてみて下さい。

ここでの「他界した人」に「気づかせて」あげる面と、「生きている(残された)人」を「和らげて」くれる面を「相互に」繋げてくれる、一つの「共通点」が存在しています。
その「共通点」は何であると思われますか?
それは、

 

(お互いへの)感謝

 

です。
そして、この「感謝」を繋げてきてくれたものが、いわゆる、

 

縁(「えん」や「ゆかり」)

 

というものにもなります。
そこで、「生前葬」というものを魂の視点で考えてみます。

「生前葬」を行う際にも、様々な思いや動機がある事と思われますし、勿論、感謝という面も含まれている事であろうかと思います。
また、ご病気による余命を考えたり、あるいは、(ご病気も含め)事故やケガなどでお体が不自由になった(なってきた)面などを考慮して、直接お逢い出来る内に感謝を伝える意味での「生前葬」というケ-スも多々ある事かと思います。
なので、私は「生前葬」を否定や非難をしている訳では決してございません。

 

ただ、TVなどで紹介されている「生前葬」の中には、私個人の感覚としては、少し首をひねらざるを得ない?ようなケ-スも時折見受けられます。
そのケ-スとは、

 

お体も「健康で元気」な人が・・・

知人などを「招いて」執り行う・・・

 

「生前葬」です。
では、このようなケ-スが、どうして首をひねらざるを得ない?と私が感じるかを、皆さんはどのようにお考えになりますでしょうか?

勿論、このようなケ-スの「生前葬」においても、「今までの感謝」をお伝えするお気持ちもある事でしょうし、「これからも宜しく」という意味合いも込められているのかもしれません。
そして、ほとんどの「生前葬」の動機となっている、「他界後」に執り行われる「お葬式」などに対してのご足労など、

 

(相手に)「手間」を掛けさせたくない為・・・

 

というのも偽らざる本音である事かと思います。
また、ここには、ある種の優しさや思いやりなども込められている事かもしれません。
ただ、

 

本当に今までの「感謝」をお伝えしたいのであれば・・・

しかも、「健康で元気」で、「生前葬」を行えるだけの経済的余裕もあるのであれば・・・

自分の方から「出向く」・・・

 

というのが「本来の筋」であろうと私には思えます。
そして、もし、このようなケ-スの「生前葬」であるのであれば、

 

(相手の元へ「出向く」という)自分の「手間」を惜しんでいる・・・

 

という思いがどこかに潜んでいるのでは?と、敢えて穿(うが)った見方も成り立ってしまうかもしれません。
なぜなら、このような「生前葬」においては、最初にご紹介した魂の視点の「お葬式」からの、

 

「生きている(残された)人」に向けて「嘆きや悲しみ(など)」を「和らげて」くれる面・・・

という視点が完全に欠落している・・・

 

からです。
これでは、良かれと思って執り行う「生前葬」が、「自己満足」や「自分本位」と捉えられかねない可能性も含まれてしまいます。

また、感謝をお伝えしたいのであれば、わざわざ「生前葬」ではなくとも、「お手紙」でも構いませんし、「これからも宜しく」という面を考えると、パ-ティ-や宴会などでも構わないようにも感じます。
そして、パ-ティ-や宴会と称するならば、「招かれる人」も「出欠」などを色々と自由に考える余地が与えられますが、「生前葬」と銘打ってしまわれると、なかなか「欠席」とは申し出辛くなるようにも感じます。

 

なお、あくまで私個人が思う所ですが、「お葬式」は法律などで義務づけられているものでもありませんし、「お葬式」をしないからといって「死」に「気づけない」という事もありませんし、いわゆる成仏や浄化とも直接の関係はありません。
これは「お墓」も同様です。

なので、その時々の状況なども考慮して、「お葬式」を執り行うも行わないのも、どちらでも構わないとも思います。
また、遺言などで「お葬式」を執り行わないようになどの「ご遺志」が示されている場合であっても、ご遺族の方々が、ここから先の「自分達の心」を整えるために「お葬式」を執り行う場合などでは、誰かに非難されるような性質のものでもありませんし、「他界されたご本人」も理解してくれる事でもありますので、それも自由で良いと感じます。

 

そして、知人などから「生前葬」の「ご招待」を受けた時は、ここまで深く考えたり穿った見方?をする必要性はありませんが、もし、今後、誰かを「ご招待」した上での、ご自身の「生前葬」などを考えている方がいらっしゃれば、

 

(「他界後」に相手が「出向く」という)「手間」を掛けさせたくない為なのか・・・?

それとも・・・

(「生前」に自分が「出向く」という)「手間」を惜しんでいる面はないのか・・・?

 

という思いや動機の上での視点を取り入れて考えてみて下さい。
繰り返しですが、私は「生前葬」を否定や非難をしている訳でもございませんし、全くの自由です。
そして、「生前葬」を考える多くの思いや動機の上では、

 

今までの人生における・・・

節目や一区切りを付けて・・・

新たな気持ちで出発したい・・・

 

という側面が、本心の上では大きいのでは?とも感じます。
そして、もし、そのような新たな前向きな心持ちという思いや動機があるようでしたら、必ずしも「生前葬」に限られる必要性もない事と、「他の場など」でも可能なのでは?と発想を少し柔らかくするチャンスと捉える事も出来るかもしれません(笑)
そして、もし、それでも迷いが生じるようでしたら、

 

一期一会(いちごいちえ)

 

という言葉からヒントを探してみて下さい(笑)
そして、魂の視点、あるいは、スピリチュアルな視点など、呼び名は何でも構いませんが、

 

このような視点の本質とは・・・

日常生活の様々な身の周りの状況や出来事などに当てはめて(「考える」という実践をして)こそ・・・

初めて身になる(意味が大きくなる)もの・・・

 

でもあります。
そこで、私は最初に、『平成の終盤は、日本を含め世界的に見渡してみても、様々な事柄が大きく変わった・・・と言うよりも、変わってしまった・・・との感が拭(ぬぐ)えない』とコメントしましたが、その「原因」というのは、既にご紹介致しましたが、お気づきになられましたでしょうか?(笑)
それは、

 

コミュニケ-ションをする(取る)「手間」を(あまりにも)惜しみ過ぎている・・・

 

という事です。
極端に表現すると、昨今の状況というのは、先程からの「手間」を惜しむという観点から、

 

「他者」とのコミュニケ-ションをする(取る)のが面倒くさい!!!

 

と、多くの方が感じ、あらゆる面において、その傾向が顕著になり過ぎている、というのが一端となっています。
そして、このような傾向に拍車を掛けている大きな要因の一つには、

 

「自分自身」とのコミュニケ-ションをする(取る)のすら億劫だ!!!

 

という面も多分に含まれております。
そして、このような近頃の状況においては「表現の自由」も関連しています。
「表現の自由」と聞くと、おそらく多くの方が、

 

「言葉」に着目する

 

事かと思われますが、これも自然で当然な観点でもありますが、

 

「表現の自由」には・・・

「思い」と「行動」も含まれる・・・

 

というのが魂の視点での「本質」になります。
そして、「思い」というのは、言わば「内心や思想の自由」とも言われますが、これは、あくまでご本人の中のものですので、正確な所を外から見極める事も不可能ですし、そこでの「自由」は尊重されるものでもあります。

そして、これも最初にコメントしました、『日本を含め世界的に見渡してみても』という観点では、この一年に起こった様々な事件や出来事などを振り返ってみても、

 

「言葉」によるコミュニケ-ションの「手間」を惜しみ・・・

いきなり・・・

「思い」(と言っても、ここでの「思い」は「理性」ではなく「(利己的な)感情」という意味ですが)を即「行動」に(短絡的に)結び付けている・・・

 

という結果で引き起こされている(引き起こしている)面が多々見受けられます。
例えば、自分とは違う意見を封じ込める為に、ネットなどで(しかも匿名で)炎上させるなどは、残念ながら近頃ではよく目にし耳にする光景ともなってしまっています。
そして、

 

「行動」というのは・・・

「する」行動もあれば・・・

「しない」という行動も含まれる・・・

 

という視点も併せて、12月に入ると、今年1年の様々なニュ-スなどがTVなどでも溢れ返ってくる事かと思われますので、そのような機会をチャンス!と捉えて、是非、今回の「本当のテ-マ」としての、「手間」と「コミュニケ-ション」を惜しみ過ぎてはいないか?との視点から考えてみて下さい。
なぜなら、

 

今なら・・・まだ・・・間に合うから・・・

 

です(笑)
そして、少しだけ余談ですが、それこそスピリチュアルな視点を前面に押し出せば、

 

この世(生前)で出来る事のほとんどは、あの世(他界後)でも出来る事であり・・・

この世(生前)で出来ない事でも、あの世(他界後)では出来るようになり・・・

 

という面が現れてきますが、

 

この世(生前)で出来て、あの世(他界後)では出来ない事・・・

それは・・・

「様々」な人(魂)との交流(コミュニケ-ション)・・・

 

です。
これはポジティブな視点からの「生前葬」にも当てはめる事が出来ますので(笑)
ちなみに、この視点は、2017年9月16日のTOPICS「本来の意味の「終活」と、あの世という「区別世界」」で詳しく触れておりますので、興味のある方は参照してみて下さい(笑)

2018年11月24日 02:11

父性&母性へのウルトラマンからのメッセ-ジ

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、S.Light.Mにお越しになられる方々、つまり、カウンセリングやセラピ-やヒ-リングをご活用頂いている9割以上が「女性」の方々です。
これは、裏返すと「男性」のご活用は1割にも満たないという意味でもあります。
そして、この傾向は各種セミナ-や講座でも同様です。
あくまで私の所の傾向ですので、他の所では違った面もあるのかもしれませんが、この傾向というのは全国的に見ても当てはまっている感が高いものでもあります。

 

そこで、今回のテ-マは、普段のTOPICSにも増して?かなり唐突で突拍子もないものですが、「父性&母性へのウルトラマンからのメッセ-ジ」というものです(笑)
ただ、これは「男性」の方々へお届けするという意味ではなく、同様に「女性」の方々への「メッセ-ジ」という側面も多分に含まれております。
そして、このTOPICSの多くは、まず「テ-マ」を見つけて(気づいて)、そこから「思いを馳せて」という流れで出来上がっていく事がほとんどですが、時には今回のテ-マのように、

 

(ほぼ)完成形(出来上がった状態)で降りてくる???

 

というケ-スも少なからず存在しています(笑)
なので、今回のようなテ-マでは、私はそれを補足したり、出来るだけ理解しやすいように素材を調べたり、ある種の翻訳作業?(例えば「モナリザの絵」を「言葉だけ」で伝えるようなイメ-ジかもしれません)のような感じですので、今回お届けする内容については、普段よりも、(あくまで良い意味ですが)ある種の違和感を感じたり、捉え方も様々に出てくる事かと思われます(笑)

 

そして、本文中には「ヒント」も散りばめて進めて参りますので、興味のある方は、その「ヒント」がどのように「父性&母性」という「メッセ-ジ」に繋がっていくのかを、謎解きのように楽しんで読み進めて頂ければ幸いです!
ちなみに、その「ヒント」の中には、「潜在意識(の働き)」も含まれております!
では、進めて参ります(笑)

 

まず、ウルトラマンに関しては「男性」の方が慣れ親しんでいる感もあるかもしれませんが、「女性」の方も好きで観ていた、また、お子さんと一緒に観るようになった、などの方もいらっしゃるかもしれません。
そして、ウルトラマンは「日本」発祥の特撮ですが、今回のテ-マに関係するウルトラマンは以下を主な対象としております。
最近のウルトラマンは私もほとんど分からない面もありますので(笑)

 

① (初代)ウルトラマン(1966年:昭和41年)
② ウルトラセブン(1967年:昭和42年)
③ 帰ってきたウルトラマン(1971年:昭和46年)
④ ウルトラマンA(1972年:昭和47年)
⑤ ウルトラマンタロウ(1973年:昭和48年)
⑥ ウルトラマンレオ(1974年:昭和49年)

 

ここ迄で既に幾つかの「ヒント」は散りばめられておりますが、この「年代」の紹介も「潜在意識(の働き)」の面での「ヒント」となっております(笑)
では、次にそれぞれのウルトラマンを象徴している面もある、主題歌の1番のみを少しご紹介していきますので、聞き覚えのある方などは、想い出したり、口ずさんだりしながら目を通して頂いても大丈夫です!
そして、この「歌詞」の中にも「ヒント」が散りばめられておりますので(笑)

 

① (初代)ウルトラマン
『 胸につけてる マ-クは流星 自慢のジェットで 敵をうつ 光の国から ぼくらのために 来たぞ 我等のウルトラマン ・・・ 』

 

② ウルトラセブン
『 セブン セブン、、、 セブン セブン、、、 はるかな星が郷里(ふるさと)だ ウルトラセブン ファイタ-セブン ウルトラセブン セブン セブン 進め! 銀河のはてまでも ウルトラアイでスパ-ク! ・・・ 』

 

③ 帰ったきたウルトラマン
『 君にも見える ウルトラの星 遠くはなれて 地球にひとり 怪獣退治に 使命をかけて 燃える街に あとわずか とどろく叫びを 耳にして 帰ってきたぞ 帰ってきたぞ ウルトラマン ・・・ 』

 

④ ウルトラマンA
『 遠くかがやく 夜空の星に ぼくらの願いが とどく時 銀河連峰 はるかに超えて 光とともに やってくる 今だ変身 北斗と南 戦え戦え ウルトラマン・エ-ス 宇宙のエ-ス ・・・ 』

 

⑤ ウルトラマンタロウ
『 タロウ ウルトラマン No.6 ウルトラの父がいる ウルトラの母がいる そしてタロウが ここにいる 空を見ろ 星を見ろ 宇宙を見ろ 彼方から 迫り来る 赤い火を 何かが地球に おきる時 胸のバッジが 輝いて タロウがとびたつ タロウがたたかう タロウ タロウ タロウ ウルトラマンタロウ ・・・ 』

 

⑥ ウルトラマンレオ
『 宇宙にきらめく エメラルド 地球の最後が 来るという 誰かが起たねば ならぬ時 誰かが行かねば ならぬ時 今この平和を こわしちゃいけない みんなの未来を こわしちゃいけない 獅子の瞳が輝いて ウルトラマンレオ レオ レオ レオ レオ レオ 燃えろ レオ 燃えろよ ・・・ 』

 

では、「歌詞」は、ここで終了です。
ここ迄で、何かにお気づきになられましたでしょうか?
もしかしたら、今回のテ-マは「父性&母性」であるため、ウルトラマンタロウの「父と母」に目が留まった方もいらっしゃるかもしれませんし、ウルトラマンAに至っては、「男性の北斗隊員」と「女性の南隊員」が合体(融合)する事により変身する面を思い浮かべた方もいらっしゃるかもしれません(笑)
では、まずは、この主題歌からの「ヒント」ですが、ウルトラマンの「本質」から考えると、至極当然の事でもありますが、それは、「歌詞」の中には、

 

「日本」という言葉は出て来ず・・・

「地球、宇宙」などの言葉が出て来る・・・

 

というものです。
ここでは、この点のみを押さえて頂ければ大丈夫です。
なぜなら、これが後ほどの「潜在意識(の働き)」に関与してくるからです(笑)

 

では、少し観点を変えていきますが、特にここ最近の「女性」の方々はとても頑張っていらっしゃいます。
これは、お仕事のみならず、家事や育児、時には介護など、それこそ人生全般に派生しております。
勿論、いわゆる「シングルマザ-」と呼ばれたりする方々や「独身の女性」の方々も同様です。
しかし、まだまだ世の中や社会においては、「女性」というだけで、不遇の面や決めつけ(レッテル)、時には差別などが存在しているのも残念ながら事実でもあります。
そして、それが故に・・・「女性」の方々は・・・さらに頑張る(頑張らねばならぬ、、、)・・・と。

 

また、近頃ではいわゆる婦人科系の病というのも増加傾向を辿っています。
ところで、セラピ-やヒ-リングの世界においては、よく、次のような事が言われ続けています。

 

エイズという病は・・・世の中や社会が生み出したものである・・・

 

と。
これは、

 

凝り固まった「性に対する意識」がエイズの原因である・・・

 

とも言われていますが、言わば、「偏見」や「性差別」などとも大いに重なって関係しています。
そして、これも近頃では少しづつではありますが、LGBTの方々に対する見方も変化をしてきています。
つまり、

 

同じ「人間」である

 

という部分に、ようやく目が向けられつつある、とも言えるかもしれません。
このように、世の中や社会の視点が少しづつ変化してきている現在では、エイズの発症を抑えるお薬が生み出されています。
そして、このような傾向は医学や科学などの視点からは一顧だにされておりませんが、もし、このような世の中や社会の視点の変化により、様々な面への影響というものを考慮するならば、

 

一生懸命に頑張っている「女性」の方々は・・・

(あまり)頑張り過ぎないで下さい・・・

 

そして、これの本当の趣旨は、

 

(世の中や社会において認めて貰える為に)「男性」に近づこうと頑張り過ぎないで下さい・・・

 

という意味です。
つまり、「女性」の方々が、皆それぞれお持ちの個性を抑え、「男性」に近づこうとすると、

 

父性と母性のバランスが(大きく)崩れる怖れが生じてくる・・・

 

という事です。
そして、同じくセラピ-やヒ-リングからの視点を当てはめると、

 

父性と母性のバランスの(大きな)崩れが・・・

婦人科系の病に関係してくる・・・

 

という見方を取っています。
そして、「女性」が「男性」に近づこうとする傾向を、より大きな表現でお伝え致しますと、

 

なりたい「自分」になろうとしているのではなく・・・

本来の自分とは違った「誰か」になろうとしている・・・

 

という面とも重なっていきます。
そして、このように「男性」に近づこう・・・、あるいは、「男性」と同じように働いたり出来なければならない・・・と感じている「女性」の方々がいらっしゃれば、

 

自分の中の父性と母性の調和とバランスを保つ

 

という点を心掛けて下さい。
婦人科系の病、そして、今回のテ-マではウルトラマンなどを出しておりますが、これは、浮ついた気持ちから表現しているのではありません。
私の母も婦人科系の病で数年前に他界しているからです・・・

 

そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしておりますが、父性と母性の調和とバランスを保つとは、「5:5」である必然性も必要性もありません。
あくまで、皆それぞれの個性は違って当然ですので、「9:1」の場合もあれば、「7:3」などの場合もある事でしょうし、あくまで、「自分に合った(シックリ感じる)」点を意識して下さい。
なお、この父性と母性の調和とバランスは、同じように「男性」にも当てはまるものでもあります・・・

 

このように、現在の世の中や社会においては、「男性」「女性」という観点のバランスが大きく崩れている傾向が見て取れますが、このような状況を変化させていくには、

 

「男性」の側が変わる必要性がある・・・

 

極端に表現すると、

 

(変えていく為に)頑張る必要性があるのは「男性」の方である・・・

 

という事になります。
しかし、最初にコメントしたように、カウンセリングやセラピ-やヒ-リングに限らず、このような観点や視点を「考えたり取り入れてみる」という事は、多くの「男性」において面倒くさい、受け入れない(受け入れたくない)、そして、拒否し非難するという極みにまで及んでいる側面があるのも事実です。
つまり、

 

「男性」の方が・・・「女性」より・・・圧倒的に「変化」を怖れている・・・

 

という傾向が(とても)強いという事です。
ただ、これにも理由があります。
それは、

 

「男性」はこうあるべし!・・・と、世の中や社会から教わってきたから・・・

 

という「観念」が介在しているからです。
この「観念」というのは「常識」と捉えて頂けると、様々な社会的事象からも理解しやすくなるかもしれません。
そして、現在の世の中や社会において「軸」となっている「男性」の多くは、

 

60代、50代、40代・・・

 

であろうかと思われます。
では、この「年代」を眺めて見て下さい・・・
先ほどご紹介した今回のウルトラマンの歴面と、ほぼ、重なっている「年代」です・・・

 

ウルトラマンのドラマにおける闘いのほとんどは「日本」が舞台として描かれております。
しかし、これも先程からご紹介している主題歌においては「日本」という言葉は出て来ていません。
しかし、ウルトラマンにワクワクした方であれば実感として伴うでしょうが、

 

ドラマという「視覚」を通したイメ-ジと・・・

主題歌という「聴覚」を通したイメ-ジとが・・・

ちゃんと(矛盾なく)「重なって」いる・・・

 

事かと感じます。
もの凄く理屈で考え過ぎる人の場合であれば、主題歌が間違っている!守っているのは「地球」ではなく「日本」だ!などと、その時点でウルトラマンの世界(観)から興味や関心を逸らしている事と思います(笑)
そして、このように、小さい頃にワクワクした感じ方などは、

 

大人になった今でも・・・

ちゃんと「潜在意識(の働き)」では覚えている・・・

 

という事を意味し、これが結び付く所は、

 

変化を怖れる「男性」においても・・・

その本質においては「潜在意識(の働き)」により・・・

「幅広く」物事を捉える事が(本来は)出来ている(はず)・・・

 

という面に無意識ながらも繋がっています。
ウルトラマンにおいては、時には怪獣を「倒す」だけではなく、「本来の場所」に戻してあげたり、また、怪獣とは「本当に(倒すべき)敵であるのか?」などの「自問自答」のシ-ンも数多く描かれております。
また、ウルトラマンレオに至っては、他のウルトラマンとは違い、ウルトラの国の出身ではありません。
にも関わらず?地球や宇宙を一緒に守ってくれる存在として描かれております・・・
つまり、このように「男性」の側においても、

 

「女性」「男性」という枠組のみで捉えるのではなく・・・

父性と母性という視点や観点を・・・

「女性」に対してのみならず・・・

「自分自身」に対しても当てはめられるだけの・・・

「資質」は既に備わっている(学んでいる)・・・

 

という事です。
そして、繰り返しですが、

 

「女性」の方は「男性」に近づこうと頑張り過ぎる事なく・・・

(「女性」に頑張りを強いてきた)「男性」の方は・・・

今こそ、「男性」の側が変わる必要性がある!

 

という面を意識して頂くと同時に、「女性」も「男性」も双方が、

 

父性と母性の調和とバランスを心掛けてみる

 

という事で、今の世の中や社会が、より安心して生きやすい方向へと変化していく事と感じております。
今回はかなり風変わりなテ-マと進め具合である事は私も自覚しております(笑)が、「頭や理屈」で考えるというよりも、「感じてみる」という方が「シックリ感」を感じやすくなると同時に、「今はまだ」あまり感じられなくとも、この種のテ-マというのは、時を経て、「その時が来たら」・・・「これか!」と閃(ひらめ)きやすくなる傾向もありますので(笑)

 

ちなみに余談ですが、いわゆる「メッセ-ジ」というのは、自分にとっての興味や関心のある事柄からもたらされる傾向が高くなります。
なぜなら、興味や関心のある事柄に「目を向け行動」している、言わば、「何かに没頭」している時には、

 

より、リラックスしており・・・

無意識の上で「受け入れる素地」が広がっているから・・・

 

です。
そして何よりも、

 

「気づき」やすくなる!

 

からです。
今回のウルトラマンというのは、私自身の「シンボル・象徴」を通してもたらされたものですが、是非、皆さんも、趣味でもお稽古事でも何でも大丈夫ですので、好きな事や興味や関心のある事に「時間を割く」ことを惜しまず、「気を許し」て、楽しみながら色々な「気づき」をご自身のものとしてみて下さい(笑)

2018年11月17日 01:11

マイクロマネジメント・・・な人

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

11月も中盤に向かうと、青森県内の方々は、さほど悩む必要性もない?にも関わらず、車のタイヤ交換の時期に悩む?今日この頃であるかと思います(笑)
かく言う私もその一人です(笑)
そこで・・・とは言っても、車のタイヤ「交換」などとは全く関係ありませんが、今回は「マイクロマネジメント・・・な人」というテ-マをお届け致します。

 

そこで、皆さんは、この「マイクロマネジメント」という言葉をご存じ、あるいは、聞いた事があるでしょうか?
ちなみに、IT関連の企業名などではありません(笑)
このマイクロマネジメントを簡単に表現すると、

 

(職場などの)上司が部下に対して、とても強烈な(細かな)指示・監督を行う「過干渉」

 

という意味です。
例えば、資料の文字が小さ過ぎると言われて、次は大きめの文字で資料を作成した所、今度は、文字を大きくしたから資料が数ペ-ジになり、逆に見づらくなった!はたまた、コピ-を取ったら数㎜ずれている!などと言われたりするような、平たく言えば、

 

(超)厄介な上司

 

とも表現出来ます(笑)
もしかしたら、(出来るのであれば)「交換」したい上司の顔が、既に思い浮かんでいる方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)

人の行う事ですから、どこの職場においても「程度の差」はあれ、見受けられるケ-スでもあるかもしれません。
しかし、これが度を越してくると、部下の方ではトラウマになったり、職場に行けなくなったり、時には鬱的な症状を生み出してしまう可能性もある事から、笑い話では済まされないケ-スも最近では多くなってきております。
このような面がある事からも、マイクロマネジメントは「パラノイア(偏執病)」という観点から取り上げられる事もあります。

 

また、敢えて誤解を産み出し、そして非難囂々(ごうごう)?な表現を用いれば、嫁と姑の関係性でも、似たようなケ-スは起こりやすいかもしれません。
この場合では、

 

やることなすこと全てにケチを付けてくる!

 

との表現になりやすいかもしれませんね(笑)
そして、仕事を教える、また、仕事のやり方を覚えて貰う為の指示や監督というのも必要な面があるのも確かです。
そして、この仕事に必要な面も含まれる、あるいは、重なっている事から、マイクロマネジメントであるかどうかの、一つの厄介?な線引きが生じてきます。
それが、

 

様々な指示・監督が・・・

一見すると・・・

仕事の成果などに直結している部分もある・・・???

 

という点です。
ここが、

 

どのようにパワハラとは違うのか・・・???

 

という境目をも分かりにくくさせている要因ともなっています。
行き過ぎている点に問題がありそうなのは皆さんもお分かり頂けているかと思いますが、この「程度の差」というのが、実に悩ましい部分にもなっている印象もお持ちかと思います。

 

では、このマイクロマネジメントへの対処につきましては、ネットなどでは様々な対応法なども紹介されておりますが、個々のケ-スはそれぞれ違いますし、ある人においては当てはめられる方法もあれば、自分には到底使えない手法など様々出て来る事かと思われます。
そこで、このTOPICSの趣旨と致しましては、「本質」をお伝えする事をモット-としておりますので、その観点からマイクロマネジメントを見ていきます。

このマイクロマネジメントを行っている上司の方などに共通しているもの・・・
それは・・・

 

ずばり「怖れ」です!!!

 

なお、「怖れ」というのは私達の誰もが持っている感情ですが、マイクロマネジメントはあくまで職場などにおける定義ですので、「あらゆる怖れ」を対象としているものではありません。
このような上司が抱えている「怖れ」というのは、例えば、

 

経営者や役員などの上役の視線が気になってしまう・・・
なぜなら・・・
管理能力が無いと判断されると降格やクビにされるのでは・・・という「怖れ」

 

管理能力などに疑いを持たれない為にも部下などをコントロ-ルしておきたい・・・
なぜなら・・・
ミスが生じると自分の責任になってしまうから(部下が自分の人生を望まない方向へとコントロ-ルしてしまう?)・・・という「怖れ」

 

部下を信頼する事は出来ない・・・
なぜなら・・・
(実は)自分自身に対して自信を持てていないから(だから虚勢を張る)・・・という「怖れ」

 

など、数え上げればキリが無いほど当てはまるケ-スが出てきます。
では、このような場合にはどうすれば良いのでしょうか?
今回は、ずばり、かなり、ぶっちゃけた提案を致します(笑)
それは、

 

既に・・・

コミュニケ-ションが取れていない・・・

コミュニケ-ションが出来ていない(出来ない)・・・

(という)信頼などの欠如から状況や環境が壊れているのだから・・・

敢えて率直なコミュニケ-ションを取る(投げ掛ける)!

 

なぜなら・・・

これ以上の信頼や状況や環境が壊れる事は無いのだから!!!

 

というものです。
一種の「開き直り」と捉えて頂いても構いません(笑)
なぜなら、これ程までに部下や従業員の方などの心が離れ、そして、その方々の心や体が傷付いていく怖れのある流れにおいては、

 

どんなに小手先で取り繕おうとしても、ほとんど効果が無い・・・

 

からです。
では、この時の率直なコミュニケ-ションとは何かと言いますと、上司に対して、

 

あなたは何を「怖れて」いるのか???

そして、

あなたは何も「怖れる」必要はない!!!

 

という2点です!
そして、これを伝える時には、

 

「感情」ではなく・・・「理性」で伝える!

 

というのが最大のポイントです!
でも・・・果たして上手くいくの?と言うのが正直な感想である事と思います(笑)
当然ながら、これで全てが上手く行く事もありませんし、実際の所は上手く行く事の方が「(かなり)少ない」かと思います。
なおかつ、更に上司が「ヘソを曲げる」ケ-スも多く出る事と思います。

 

ただ、このような「開き直り」とも取れる「行動」を敢えて取る事によって、「確かなもの」を見つけられるようになります。
それは、部下や従業員がこのような「行動」を取っても、自らを省みない上司や経営者、また、職場環境を改善しようと試みない会社においては、

 

お客様の方を向いて仕事をしていない!!!!!

 

というのが、100%当てはまります!
そして、お客様の方を向いて仕事をしていない会社が・・・その後・・・どのような経路を辿っていくかは・・・想像するまでも無い事と思います・・・

現在では、格差や分離などの、いわゆる「膿(うみ)」と呼ばれる「負の側面」が加速している状況でもありますが、このように「負の側面」が加速している裏側では、

 

同じように「ポジティブな側面」も加速を続けている!

 

というのが自然の摂理でもあり、単純な力学でもあります。
なぜなら、この力学が作用していないと、

 

とっくの昔にバランスや調和が失われた結果(状況や環境)を目の当たりにしている

 

からです。
つまり、

 

まだ・・・「今だったら」・・・(もしかしたら)間に合う・・・

 

という事です。
そして、これをマイクロマネジメントで悩み苦しんでいる人は自分に当てはめてみて下さい。
あなたは今まで出来る事を一生懸命行ってきた事でしょうし、仕事を覚える努力も積み重ねてきた事でしょう。
そして、その支えになり、また、仕事の原点とも言える所に、

 

お客様の顔が見えている(見えていた)

 

からだと感じます。
勿論、お客様と言っても、中にはクレ-マ-などの方も最近は多くなっておりますし、私は、お客様は神様だ!などと言うつもりもありません(笑)
お客様自身が「マイクロマネジメント・・・な人」であるケ-スも(多々)存在するからです。
このように、お客様に対しても、上司に対しても、「感情」ではなく「理性」で伝えるべき事柄は、ハッキリと伝えるという姿勢は大切なものです。

 

ここ迄は、もし、あなたがこのような職場環境に置かれているのならば、「今、ここから」をどうするのか?このまま残り続けるのか?別の新天地を目指すのか?を考える素材として頂き、

 

全ての「選択」と「決断」は、自分自身(あなた自身)が握っている!!!

 

という面を想い出してみて下さい!
そして、「あなたが上司」であるならば、自分を振り返る素材として頂き、充分に間に合いますので、変える所は変えてみて下さい。
必ずやポジティブな面に移行して行きますので(笑)

では、このマイクロマネジメントを別の観点に当てはめてみますと、

 

親子関係にも当てはまる(当てはまっている)可能性が高い

 

という現象が見て取れます。
これは、いわゆる、

 

(行き過ぎた)「過保護」

 

とも言える事でしょう。
そして、ここでもマイクロマネジメントと同じように、教育や躾(しつけ)という面では、必要なものもあり大切な視点も含まれています。
そして、これこそ親子関係においては職場とは違い、人生の「あらゆる面」が含まれてきます。
そして、この親子関係における一番のポイントは、

 

親や子が(お互いに)何歳になろうとも・・・関係ない・・・

 

という点に(行き過ぎた)「過保護」という面が現れやすくなります。
そして、これも様々なケ-スが存在しますが、ここ最近では、

 

退職届を(子どもに代わって)親が会社に持参する

 

というケ-スが増えてきているという事をよく耳にします。
勿論、怪我やご病気などで本人が持参出来ない、あるいは、職場におけるイジメやパワハラやセクハラなどで、代理の人に頼まざるを得ない状況は別になります。

ちなみに、最近では退職したくても、退職届を受理してくれないケ-スが増えている事から、確実に退職させる代行会社が存在するなどのビジネス分野にもなっています。
なお、退職の意向を「メ-ル」で済ませて終わり!などの場合は、今回のテ-マの趣旨とは違いますので、これは別途、別の視点からの考察が必要になりますので(笑)

 

では、ここ迄で、マイクロマネジメントにおける「過干渉」と親子関係における「(行き過ぎた)過保護」に共通しているポイントを、皆さんは見抜く事(気づく事)が出来たでしょうか?(笑)
それは、

 

職場関係においては・・・
仕事やお客様への対応などを覚えて貰う為の・・・
自立・自律を促し・・・

 

親子関係においては・・・
色々な人々の支えや寄り添いを有り難く享受しつつ、自らの人生を創り上げる為の・・・
自立・自律を促し・・・

 

という「自立・自律」を促す事が共通点になっています。
そして、この「自立・自律」を促す際に必要になってくる視点が、

 

本当の優しさとは・・・何なのか?

 

をご自身なりに考えるという事になります。
そして、そこを経た上で、

 

職場関係においても、親子関係においても・・・
本当の「教育」という視点が芽生え・・・

「教育」とは・・・
お互いに「教え教わり」そして「育(はぐく)み」合うもの・・・

 

そして、詰まる所、

 

お互いに「人」を「育(はぐく)み」合っている・・・

 

という視点に気づくと、様々な状況や環境が変化の兆しを自然と見せてくれるようになっていきます(笑)
そして、魂の視点においては、肉体の年齢や、社会や世の中における地位や立場・肩書きなどは一切関係ありません。
その事からも、マイクロマネジメントな上司においては、

 

(関係性というのは)お互いに「育(はぐく)み」合うものであり・・・

(上司の)「自立・自律」を促すという観点からも・・・

率直に(上司に)もの申す・・・

 

というのは、実は、魂の視点から見れば、至極当然で自然な事でもあり、世間や社会に見られがちになる、上司に「楯突く」というのとは無関係な思いでもある事がお分かり頂けるかと思います。
そして、これは親子関係でも同様であり・・・クレ-マ-などでも同様です(笑)

 

そして、魂の視点をスピリチュアルな視点と置き換えても良いですが、ここでご紹介したようなマイクロマネジメントな人々においても、配偶者やお子さんなどのご家族の方もいらっしゃるかもしれない・・・また、その人の生きてきた境遇など・・・様々な面にも思いを馳せるようにしてみて下さい。
このようなコメントをすると厳し目?に感じるかもしれませんが、今回はぶっちゃけト-クも含めてますのでご了承下さい(笑)

そして、スピリチュアルな視点において、最も大切なのは、

 

(自分は)「行動」という実践が出来ているのかどうか・・・

 

です。
そして、その上で、今回のテ-マから、「あなた」であれば、どのような「行動」という実践を取るのか・・・などにも思いを馳せてみて下さい。

 

また、時にはスピリチュアルな視点というのは、得てして、「現実逃避の手段」としても使われがちになる傾向もあります。
また、時には人生を混乱や迷いへと(自分自身で)向かわせているようなケ-スも少なからず見受けられます。
つまり、スピリチュアルな視点というのは、

 

日々の日常生活に役立てる(という姿勢を保つ)事で、初めて、その本来の真価が輝き始めていく

 

ものです。
その為には「行動」に繋げていく必要性が出てきますが、「行動」という実践においては、正しいも間違っているも、本来の意味においては存在しません。

年末になるとお酒を飲む機会も増えたりで、「本音」に触れる機会も多くなる事かと思われますので、どのような視点においても、そのような場合には、

 

(相手も、そして、自分自身をも含めた)「思い」「言葉」「行動」

 

という点に着目して色々な人々を観察してみたり、コミュニケ-ションを取ってみる事で、あなたの魂の視点が飛躍的にアップ!?するかもしれません・・・(笑)
すると、「真のスピリチュアルな視点」に自然と気づくようにもなっていく事と感じます・・・(笑)

2018年11月10日 02:11

ハロウィンと「マスク」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、先日ハロウィンが行われておりましたが、楽しんだ方もいらっしゃれば、特に何もしない方など、様々いらっしゃる事かと思います。
ニュ-スでは、渋谷で軽トラックを横転させたりなどの一部暴徒化も報じられておりましたし、痴漢や盗撮や窃盗などの逮捕者も出ていた模様です。
そこで今回は「ハロウィンと「マスク」」というテ-マをお届け致します。

そして、このようなテ-マを、何故、敢えてハロウィンが終わった後に設定したかと言いますと、

 

(基本的には)楽しむ事も必要であり大切な事

 

でもあるからです。
私は特段何も行いませんでしたが、楽しみにしていた(楽しんだ)方も多くいらっしゃるかと思いますし、そこに敢えて「水を差す」ような事をするのは、私においても本意ではありません(笑)

 

ところで、ハロウィンの起源は、紀元前のケルト文化とも言われておりますし、キリスト教においても容認派や否定派なども存在している模様でもあり、諸説も様々ですので、何が事実かは分かりません。
ただ、秋の収穫を祝い、悪霊(悪魔)から身を守る為に仮装をする、というのは共通している模様です。

 

このような収穫を祝ったり祈願したりする風習や文化、あるいは、お祭りなどは世界各国で見られますし、日本でも同様です。
それでは、収穫を祝い祈願するのに・・・何故・・・わざわざ悪霊(悪魔)などの仮装をするのであろうか・・・?という点を、皆さんはどのようにお考えになりますでしょうか・・・
そして、ここからは私の全くの個人的解釈ですので、この内容を真に受ける?必要性はございませんので(笑)

 

まず、悪霊(悪魔)が収穫を妨げるのでは?という観点がハロウィンの出発点となっている事はご承知の通りです。
ここでは、

 

「人間」の(生きる)糧を・・・

「悪霊(悪魔)」が(何かしらの理由で)妨害する・・・

 

という図式が、まずは成り立ちます。
そこで、無事に収穫出来るようにとの意味合いにおいて、「人間」が「悪霊(悪魔)」から身を守る(糧を得る)事が出来るように仮装をする・・・という発想に繋がっています。
では、何故・・・「悪霊(悪魔)」の仮装をするのでしょうか?
これは、

 

「人間」が生きる糧となる食材を得るのを・・・

「悪霊(悪魔)」が妨害するのであれば・・・

「悪霊(悪魔)」同士であれば妨害はしないはずだから・・・

「人間」が「悪霊(悪魔)」の格好に扮すれば・・・

「悪霊(悪魔)」は「(仮装している人間を)同類」だと感じて妨害をしないであろう・・・

 

との発想から来ているのでは?と、私個人は勝手に解釈しております(笑)
そして、ハロウィンでは、小さいお子さんが「悪霊(悪魔)」の格好に扮し、そのお子さん達にお菓子をあげるという風習でもあります。
これも、

 

(悪霊(悪魔)の格好に扮した)子ども達に糧(お菓子)を配ってくれている・・・

と、「悪霊(悪魔)」の側においては自分達(同類)の子どもに分け与えてくれている(ように目に映り)・・・

だから・・・

「悪霊(悪魔)」の側においても有り難いと感じ・・・

なおさら収穫を妨害する事はないであろう・・・

 

との観点です(笑)
つまり、「人間」の側が「悪霊(悪魔)」の格好に扮する、言わば、仮装をすれば、

 

「悪霊(悪魔)」の側が(仮装をした「人間」を)自分達と「同類」と感じて・・・

(「人間」の側においては)「悪霊(悪魔)」の「憑依(という妨害)」を防げる・・・

 

との点に繋がっていきます。
言わば、

 

「悪霊(悪魔)」同士では奪い合ったり傷付け合ったりする事はないであろう・・・

 

との、ある種の「心における善意を信じる」事からの風習と言えるかもしれません。
つまり、「人間」の側においても、

 

「悪霊(悪魔)」にも心(や感情)が存在している・・・

 

との「根本的な思い」が着眼点となっている、という意味合いです。
ここ迄が、私の全くもって勝手で個人的な妄想?からの観点です(笑)

 

ところで、スピリチュアルな視点においては、このような発想が真逆にもなります。
この視点における「憑依」の本質とは、

 

類は友を呼ぶ

 

という観点になります。
つまり、

 

「憑依」を防ぐ為には・・・

「憑依」をしようとする(している)側と「同類」になるのではなく・・・

「別の違った(思いや見方)」をする事で防ぐ事が出来る・・・

 

と言う事になります。
つまり、

 

(「憑依」を受けるか受けないかも含めて)全てが自分次第!

 

と言う事です。
今回は「憑依」がテ-マではありませんので詳細は省きますが、「憑依」とは全てがネガティブで悪いものではなく、(自分の)「境地」が高くなればなるほど、それに見合った「高い境地」からの「サポ-ト」を(自分が)受け取る事が出来るのも、全く同じ仕組みでもあります(笑)

 

そして、先ほど渋谷では一部が暴徒化していた、というニュ-スがあった点もお伝え致しました。
現在の科学の検証などにおいても、

 

私達の意識は(一種の)エネルギ-である

 

という事は、ほぼ証明されつつあります。
そして、このような意識というエネルギ-は、

 

集まれば集まるほど・・・

ドンドン膨大していく・・・

 

というのも、科学における定説(常識)となっています。
ちなみに、この点はよく誤解を受けるケ-スがあるのですが、エネルギ-は「膨大する」とお伝えしておりますが、これはエネルギ-の「高さや低さ」という意味ではありません。

単に集まれば「膨れる」という自然法則であり、「低い」エネルギ-が膨大に集まっても、その性質は「低いまま」であり、その「低いまま」で「膨大」していくというものです。
一杯集まったから「高く」なるものでもなく、ほんの僅かであっても「高い」エネルギ-は「高い」という性質を持っていますので(笑)

そして、暴徒化するか否かに関わらず、このような現象は心理学などにおいては、

 

群衆(集団)心理

 

と呼ばれたりするのは、皆さんもご存じかと思います。
繰り返しで恐縮ですが、今回は「憑依」がテ-マではありませんが、「エネルギ-の性質」「類は友を呼ぶ」という観点から、興味のある方は「群衆(集団)心理」という点を考えてみて下さい(笑)

それで、ハロウィンに話を戻しますが、仮装をするというのは、別の表現を借りると、

 

別の自分になる

 

のと同じ意味になります。
これを裏返すと、

 

本来の自分を隠す

 

というのと、表裏一体である事もお分かり頂けるかと思います。
なお、ここも繰り返しですが、仮装をするのが悪い訳でもありませんし、別の自分になって表現してみよう!というのは、ポジティブな側面も多々あります(笑)

なので、コスプレなどを批判している訳でもございませんし、最初にコメントした通り「(基本的には)楽しむ事も必要な事であり大切な事」が前提となっていますので、誤解の無きようお願い致します!

ちなみに、この種の話題では「お化粧」などが取り上げられる時もありますが、お化粧には「身だしなみ」という観点も含まれておりますので、ご自身が気持ち良く日常生活を送れるのであれば、お化粧をするもしないも、あるいは、どのようなお化粧をしようとも全くの自由です(笑)

 

さあ、ここ迄で、「マスク」はどこに行ったの?あるいは、ハロウィンの仮装や仮面が「マスク」?と思われているかもしれませんね(笑)
ところで、今頃の季節になると、インフルエンザの予防などで「マスク」を着用する人も多くなってきます。
また、私がウォ-キングなどをしていると、夏場でも「マスク」をしている人を見かける事がよくあります。
何かのアレルギ-症状があったり、あるいは、ご病気などからの回復途上での免疫力を下げない為に、などの理由もあろう事かと思います。

ただ、このように年がら年中「マスク」を着用している人の中には、

 

「マスク」をしないで外出するのは怖い(外出出来ない)・・・

 

という方も少なからずいらっしゃいます。
そして、「少なからず」と言うのは、年々このような方が「増えてきている」というのが本当の意味です。
このように、「マスク」をしないと外出出来ない、人前に出られない、というのは、先ほどコメントしたハロウィンでの、

 

本来の自分を隠す

 

というのと「本質」は全く一緒です。
では、本来の自分を隠す(隠し続ける)と、どのような状況になる(なる可能性がある)かを考えてみて下さい。

 

「あなた」が自分自身を隠し続けていると・・・

相手は「あなた」の事を知りたくても、知る機会が失われ・・・

時には、「誤解を伴ったあなた」という人物像が相手の中で創り上げられ・・・

その事により・・・

益々「あなた」は「本来の自分」をさらけ出すのが怖くなっていく・・・

 

という道のりを辿るケ-スがほとんどです。
そして、このような方向に心が傾いていく事で、

 

孤独感や(人間)不信を感じるようになり・・・

それが・・・

対人恐怖症や広場恐怖症などの症状として現れやすくなる・・・

 

という面に結び付いていく可能性が極めて高くなっていきます。
そして、先ほどのハロウィンでの一部暴徒化したケ-スのように、

 

次第に「何が自分」であるのかを見失っていき・・・

本来の自分とは「違う自分」を(生きる為には)表現せざるを得なくなる・・・

 

という面における「本質」も同じものになります。
そして、

 

「違う自分」と・・・

「本来の自分」との間に・・・

「隙間(分離)」が生み出され・・・

様々な側面から・・・

その「隙間(分離)」につけ込まれる怖れが高くなっていく・・・

 

という流れにもなります。
このTOPICSでは正直にお話しますが、この仕組みは、

 

「憑依」とも同じであり・・・

「世の中や社会」という・・・

「(ある意味の生きている人間同士の)現実世界」でも同じ事・・・

 

というのが事実でもあります。
そして、このような好ましからぬ傾向から身を守り、自分の人生を自分でコントロ-ルしていくのが、先ほどコメントした、

 

全てが自分次第!

 

という意味になります。
なお、ここ最近「自己責任」の議論?がバッシングなどの側面も含めて湧き起こっておりますが、これについては、また別の機会のテ-マに譲りますが、

 

全てが自分次第!・・・という側面と・・・

全てが自己責任・・・という側面は・・・

一部に重なる面があるとは言え・・・

その「本質」は違う・・・

 

という点だけはお伝えしておきます(「自分次第」と「自己責任」を同じと捉えるのは、(あまりにも)「短絡的」という意味です)。
そして、どこが「本質」として違うのかを紐解く一つの鍵として、「理性」と「感情」がキ-ワ-ドになります。
もし、ワイドショ-などで行われている「自己責任」の議論を耳にする機会がありましたら、このキ-ワ-ドを活用して、「何が本質なのか?」を学ぶ良い機会にもなりますので(笑)

ハロウィンから少し重たい内容に派生してきましたが、今回は「憑依」のお話でもなく、仮装やマスクというシンボル・象徴から、

 

「あなた」は・・・

必要以上に・・・

「本来のあなた」を隠していませんか・・・?

「本来のあなた」を表現出来ていますか・・・?

そして・・・

「本来のあなた」で生きても大丈夫との「許可」を、「自分」に与えていますか・・・?

 

との問い掛けが趣旨でもありました(笑)
ちなみに、寝起きでコンビニに行くのに、お化粧やひげ剃りをするのが面倒なのでマスクをして行く、などのケ-スもよくある事かと思いますので、その辺りは臨機応変に、そして、その位の「大胆な心の余裕」を持つ事も大切な事ですので、必要以上に神経質になる事もありません(笑)

 

そして、渋谷のハロウィンでは、早朝に仮装をした方々が、ボランティアとしてゴミ片付けをしておりました。
限られた一部の人の迷惑行為とは言え、商店街などの方に迷惑を掛ける事は出来ない、自分達も楽しませて貰ったのだから綺麗に後片付けをするのが礼儀というもの、あるいは、このような騒動で禁止となる事なく来年も多くの人が楽しめるように、などの思いから行っているそうです(温)

そして、私の小さい頃のヒ-ロ-はウルトラマンや仮面ライダ-でした(いい年をした今でも憧れておりますが)(笑)
そして、

 

ヒ-ロ-(の本質)とは・・・

「外見」に現されているものではなく・・・

「内面」が「行動」として現れているもの・・・

 

でもあります。
好きな洋服を着て一日を頑張る!時には、違った自分を表現してみたく髪型などの外見を変えてみる!なども、とても素敵な事でもあります。
今回のテ-マから、「あなた自身」にとっての、「外見」や「内面」そして「行動」を見つめるキッカケとしても活用頂ければ幸いです(笑)

2018年11月3日 02:11

匿名という二次被害を防ぐには

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先月、青森県つがる市の国道で4名の方がお亡くなりになるという、痛ましい交通事故が発生しましたが、ご存じの方も多いかと思われます。
大量の飲酒をした上、スピ-ドもかなり超過していたとの事で、弁解の余地のない事故(と言うか、事件)でもあります。
そして、無くならない飲酒運転という観点からもそうですが、この事故は全国版のニュ-スなどでも取り上げられる程、大きなものにもなっております・・・
そこで、今回は「匿名という二次被害を防ぐには」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、私も交通事故の被害者の方、そして、加害者の方のカウンセリングなどのご依頼を受ける事も時折ございます。
そのようなカウンセリングの内容において、今までのケ-スにおいては、当該交通事故の状況などをお聞きすると、幾分かの過失(不注意など)が関係している場合もありますが、故意(わざと)や悪意などが絡んでいたケ-スはありません。

 

しかし、このような故意や悪意などが絡んでいない交通事故のカウンセリングなどにおいて、被害者、そして、加害者、共に共通してくる問題が一点存在している事がよくあります。
それは、

 

被害者であろうと・・・

加害者であろうと・・・

どちらも・・・

(近隣などの)周囲の方が憶測で様々な状況などを・・・

事実であるかの如く伝え触れている・・・

 

という問題です。
そして、この憶測からの様々な話が広まってしまう事で、

 

被害者の方も・・・

加害者の方も・・・

どちらもそのような(事実とは違う)噂に関して大きな悩み(ストレスなども含め)を抱えてしまう・・・

 

というケ-スです。
一見すると、加害者である場合には、色々なあらぬ噂などが広められてしまうというケ-スは起こりがちにもなりますが、しかし、実際に私がお話をお聞きしていると、被害者の方も同じような事実とは違う点を広められて困惑しているというケ-スもあります。
そして、まずは、このようなケ-スに関しての「二次被害」が存在するというのはご理解頂けるかと思います。

 

また、人の世の常とも言われますが、このような、あらぬ噂話を好む人もいらっしゃいます。
そして、このようなケ-スにおいては、

 

人の噂も七十五日と言われるように・・・

放っておく・・・

 

というのが適切な場合が多いです。
ただ、あらぬ噂が行き過ぎたりしている場合には、理性を活用しながらの名誉毀損などの法的手段を検討するのも、悪い事ではありません。
そして、そのような中において、何故、今回のテ-マを設定したかと言いますと、先ほどの、つがる市の交通事故においては、

 

ネットなどの地域掲示板において・・・

お亡くなりになられた方々への誹謗中傷が湧き起こり・・・

その事により、ご遺族の方が二重三重の苦しみを受けていた・・・

 

というのが、全国版のニュ-スにおいて、「ほんの僅か」だけ報道されておりました。
このような、被害者の方々が誹謗中傷を受けるに至った経緯としては、地方版のニュ-スにおいて、事故原因が判明していない状況で、(お亡くなりになられた方が)飲酒運転をしていたのでは?との報道がなされた事が原因の一端である模様ですが、メディアの伝え方などは別に再考する余地も存分にありますが、今回のテ-マはそこではありません。

それは、皆さんもご存じの通り、ネットなどでの誹謗中傷が行われる場面では、

 

そのほとんどが・・・

匿名である・・・

 

という事です。
中には、誹謗中傷ではなく、意見や思いを述べただけ、というケ-スもあるかもしれません。
また、新聞などの投書欄においては、匿名というのも見受けられるケ-スもあります。
このような場合では、誹謗中傷ではなく、

 

理性からの問題提起・・・

 

という側面がありますので、匿名である事で問題が起こる事はほぼありませんし、これは匿名でも構わないかとも思います。
また、ネットなどでは様々な質問に答えるような場合もありますが、これもわざわざ実名を出すのは憚(はばか)られるという思いがあるかと思いますので、あくまでご自身が正しいと感じている情報をお伝えする限りにおいては、これも匿名でも宜しいかとも思います。

しかし、今回のようなケ-スにおけるネットなどでの匿名は、

 

感情のみで物事を捉え過ぎ・・・

表現が過激になり過ぎる傾向が現れ・・・

時には、そのような過激な表現をしている自分に対して・・・

悦に耽(ふけ)ってしまう・・・

 

という状態になっている怖れが多々あります。
そして、このような匿名においては、

 

自分の発言に責任を取らなくても良い(と思わせている)・・・

 

というのが、更なる拍車を掛ける重大な要素にもなっています。
確かに取材の場などでは「オフレコ」とも呼ばれるように、身を守りながらも問題提起をするキッカケとして機能するケ-スもあるかもしれませんし、公益通報者保護制度などの活用という観点では、匿名である事が適切に当てはまるケ-スも確かにある事と思います。
しかし、

 

匿名でしか発言出来ないという事は・・・

自分で自分(の発言)を信頼出来ていない・・・

 

という面を、知らず知らずの内に「強化」しているという点に繋がっていきます。
そして、匿名での誹謗中傷というのは、

 

単なる鬱憤(うっぷん)晴らし・・・

 

でしかありません。
これは、匿名とは言え、

 

多くの人に・・・

「私は」幸せではない!・・・

 

と、わざわざ伝えているのと同じ事です。
つまり、自分は不幸だ!という感情を、自らに絶えず言い聞かせている、という状態と本質は同じです。
そして、そのような事象の中に、

 

他の人を巻き込んではいけないし・・・

他の人を傷付ける事はもってのほかでもあり・・・

何より、そのような事で幸せは感じられない・・・

 

というのが真実であり事実です。
そして、世の中や社会においては、確かにとんでもない行動や発言をする人がいるのも事実ですが(最近は特に顕著になってきてますが・・・)、そのような場合には匿名ではなく、なおかつ、理性を持って自分に自信を持って堂々と考えや意見を伝えると同時に、

 

それにより・・・

その人が変わらないようであれば・・・

放っておく・・・

 

という心掛けも必要になります(なお、この「放っておく」というのは、「無関心」とは違います)。
なぜなら、

 

その人が発した言葉は・・・

必ず・・・

その人に反ってくる・・・

 

からです。
一度出した言葉は引っ込められない、という表現もあります。
つまり、何かの憂さ晴らしなどで、ネットにおける匿名であろうと何であろうと、

 

誹謗中傷の域の発言をしている人は・・・

遠からず・・・

同じような目に遭ってしまう・・・

 

という事です。
そして先ほどの、一度出した言葉は引っ込められない、という点に関しては、もし、間違った事や、感情が行き過ぎて誹謗中傷めいた発言をしてしまった場合には、

 

その事に気づき・・・

傷付けた人がいるのならば謝罪をし・・・

改めて、変化した後の、ご自身の考えや思いを新たに伝えれば良い・・・

 

という事になります。
そして、誹謗中傷の類(たぐい)の自分の発した言葉が自分に反ってくるというのは、

 

自分の内面に「分離」を生み出し・・・

自分で自分の「バランス」を保てなくなり・・・

そして・・・

次第に自分を「見失って」いく・・・

 

という面に現れやすくなります。
私達の誰もが、私自身も含め、時には間違いも犯しますし、思いとは裏腹に誰かを傷付けてしまっていたりする事はあります。
もし、ネットなどにおいて、匿名で誰かや何かを誹謗中傷するような(したいような)感情に捕らわれている時には、

 

自分の内面を見つめ・・・

その誹謗中傷は・・・

実は・・・

自分に対して、自分が向けているものである・・・

 

という事に「気づいて」下さい。
そして、今回のような、

 

決して二次被害を出してはならない!

 

という面を、必ず「想い出して」下さい。
そうすると、あなたが自分の発した言葉で、他の人は勿論、自分自身をも傷付けたり苦しめたりする事は無くなります。
今回は痛ましい交通事故からのテ-マと相成りましたが、似たような側面は「夫婦喧嘩は犬も喰わぬ」、あるいは、「(他の人の悪口などを聞いた際などの)耳を洗う(耳を滌(すす)ぐ)」などの慣用句のように、身近でもよく起こりがちな事でもあります。

 

そして、全ての面でとは言いませんが、出来る範囲内において、何かの意見や思いを発する際には、匿名というスタンスではなく、本来の自分自身としての発言という面を意識してみて下さい。
なぜなら、一人一人が考える事をしないと・・・二次被害は防げない・・・からでもあります。

 

ちなみに、皆さんもニュ-スなどでよく目や耳にする光景とは思いますが、先ほどの取材現場などでの「オフレコ」とも関係してきますが、「与党(あるいは野党)幹部によると・・・」また「省庁の幹部筋によると・・・」などのコメントが匿名で紹介されるケ-スはとても多いです。
あくまで私の個人的見解ですが、このような立場や役職にある人の発言において、匿名というのは・・・如何なものか・・・と感じます。

 

そして、やはり、これから年末に向けてお酒を飲む機会も増える事かと思いますが、飲酒運転は絶対にしてはいけません。
先日の10月6日のTOPICS「青森県&五所川原の個性???」では、次のようにお伝え致しました。

 

「 自分だけ、であれば良いだろう(構わないだろう)・・・」

「 心の中では良くない事と思いながらも・・・
自分の胸の内で収めようとしている・・・ 」

 

と。
今回の交通事故における飲酒運転をした人は、まさしく、「自分だけ、であれば良いだろう(構わないだろう)」との思い、そして、飲酒運転と承知していながら、この車に同乗していた人は、「心の中では良くない事と思いながらも・・・自分の胸の内で収めようとしている」という思いにも当てはまるようにも感じます。

この回のTOPICSのテ-マとしては、敢えて、「青森県&五所川原の個性」としてお伝え致しましたが、

 

どこの誰にでも当てはまる(可能性がある)性質のもの・・・

 

という点は、このTOPICSをお読みになって頂いてる皆さんにおかれましては、その「真意」を読み取って頂けている事かと思います。

そして、少しだけ余談ですが、私の大学時代からの親友が、某有名な大手の車メ-カ-に卒業後に入社しました。
その数年後に、その親友は車の運転中に事故を起こし、その相手の方は、(若くして)お亡くなりになりました。
勿論、飲酒運転などによる事故ではありませんが、その後も幾度となく、その親友と飲んだりしている時に、その親友は、

 

一生を掛けて償わなければならないし・・・一生涯忘れてはいけない(忘れられない)・・・

 

などの、相手の方(ご遺族なども含め)に対するお詫びや申し訳のなさ、自責の念や後悔などの言葉が口から出て来ていました。
何年間もご遺族の元を訪問して、お詫びやお墓参りなどを続けていましたが、ご遺族の方から「もう充分に気持ちは理解出来ているから、あなたの人生を生きて下さい」という趣旨のお言葉を頂いたとも話しておりました。

そして、その後も車の販売という仕事をしていながらも、その車を運転する事も出来ない(してはいけない)・・・という葛藤を抱えながら、その後も年数を経たある時に、その親友から、

 

「 自分は(今後)車を運転しても良いのだろうか・・・? 」

 

との話になり、その時には、その親友も結婚してお子さんも授かったりという新たな状況になっていた事もあり、私は、

 

「 (事故に遭われた)ご本人さんも、そのご家族の方も、もうちゃんと理解してくれているよ(だから運転しても大丈夫だよ) 」

 

と伝えた事を今でも覚えております。

このような事は、交通事故に限るものではありませんし、どれだけ注意しても防ぎようがない事故などがある事も、個人的な実感としてはありますが、そのような中においても、

 

被害者がいれば・・・加害者が存在し・・・

加害者がいれば・・・被害者が存在し・・・

そして・・・

どちらも色々な苦しみや悲しみなどを抱えて生きている・・・

 

というケ-スが多くの場合にある事を、今回、縁あってこのTOPICSが初めて目に留まった方々におかれましても、理性からの問題提起ではない、感情優位の匿名による誹謗中傷などは、他の人を傷付けるのみならず、他ならぬ、自分自身をも傷付ける行為でもあること意識して頂き、あなた自身が自らで同じような体験をする事が無い為にも、今回のTOPICSで学び終えて頂ければ幸いでもあります・・・

2018年10月27日 02:10

未知との遭遇・・・という絆や統合

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回は「未知との遭遇・・・という絆や統合」というテ-マですが、何度かこのTOPICSにおいても、私がSF映画も好きな事などをコメントしておりますが、今回は映画の「未知との遭遇」とは全く関係ありません(笑)
そして、私は宇宙にも興味がある事から、宇宙を題材としたTV番組などからも、色々な発見や気づきを得させて貰っています!

そこで、今回は先日放映されていた『コズミック フロント☆NEXT「全てが想定外!太陽系外から来た訪問者」』という番組からの内容を交えて進めて参りますが、

 

ある種の謎解きゲ-ムのような・・・

そして・・・

どこが「絆や統合」と関係してくるのか・・・

 

という点を、遊び心からの探検のように読み進めて頂ければ幸いです(笑)
では、出来るだけ簡潔に紹介して参りますが、一緒にしばしの間、宇宙へ思いを馳せる旅に出発致しましょう!!!

2017年10月19日、地球に衝突する危険性がある小天体を発見する為に作られた、ハワイにある天体望遠鏡が、

 

人類史上・・・初めて捉えた・・・ある姿(物体)

 

の撮影に成功しました。
ちなみに、この望遠鏡では、多い時には、1日に3万個もの、地球に衝突する可能性のある小天体を監視・チェックしているそうです(驚)
そして、この物体の軌道を計算した所、

 

この物体は・・・太陽系の外からやって来た

 

という事が判明しました。
そして、これが、

 

人類が出逢った・・・初めての訪問者(物体)

 

である事も観測されました。
そして、この観測に携わった研究者の一人が、次のような感想をコメントしていました。

 

『 (自分が)生きている内に出逢えるなんて感激!!!

このような観測が(自分が)生きている内に実現するとは、思いもしなかった!!! 』

 

と。
そして、観測結果などの調査を開始していくと・・・想定外の事実が・・・次々と明らかになっていきます・・・
ここまでは大丈夫ですよね!?(笑)

 

まず、この到来した物体は葉巻型をしており、長さは800m、幅は80mの細長い形で、回転しながら移動していた事が分かってきました。
ちなみに、イメ-ジしやすくする為に、この物体に似た建物が、ドバイにある(現在の所)世界で最も高いビル「ブルジュ・ハリファ」であるそうです。

 

そして、この物体は太陽系の上から秒速26kmで近づき、太陽の重力を利用して加速していき、秒速46kmで地球の側(そば)を通過していった事が判明しました。
ちなみに、この秒速46kmとは、通常の小惑星の移動速度の2倍以上のスピ-ドだそうです。
五所川原⇄青森、あるいは、五所川原⇄弘前を往復しても、2秒と掛からないスピ-ドになり、青森~東京間を750kmとすると、わずか17秒ほどで到着し、往復しても33秒ほどの速度ですね(驚)

このように、何かが地球に猛スピ-ドで近づいて来ている事実を捉えたハワイの研究者は、世界各地の天文台に連絡をし、応援要請の連携をお願いしました。
すると、この手続きには通常数ヶ月ほど掛かる所が、今回は、その日の内に連絡があって許可が出て、

 

ここに(まずは、一つの)「絆」が生まれていった・・・

 

という事を見て捉える事が出来ます。
そして、連絡を取った研究者は、このように素早く臨機応変な対応をしてくれた事に関し、次のように述べていました。

 

『 他の天文台も、今回のケ-スが、如何に重要かを「理解」してくれたから 』

 

と。
そして、先ほどの物体の軌道の詳細な調査に取り掛かっていきます。
すると、通常の太陽系の中においては、地球や火星などの太陽系に存在する星々は、「楕円形」の軌道を描いて太陽の周りを廻っていますが、この物体はドンドン広がりを見せる「双曲線」を描いて移動していた事が明らかになりました。
そして、この調査から、

 

人類が初めて確認した軌道・・・

である事が判明したと共に・・・

この物体は・・・太陽系には二度と戻らない軌道・・・

 

でもある事が分かってきました。
そして、この物体に対して、国際天文学連合により、

 

【 1 I  /  2017 U1 】

 

という符号が付けられました。
ちなみに、最初の「1」は世界初を意味し、次の「I」はInterstellarという、恒星と恒星の間を飛行する天体を意味しているそうです。
なお、今回は「ちなみに」というコメントも多々出て参りますが、「雑学」として利用してみて下さい(笑)

そして、この物体がハワイで発見された事から、ハワイ語で、

 

初めての・・・遠い所から呼び掛けてくる・・・遣(つか)い

という意味の・・・

〖 Ou mua mua : オウムアムア 〗

 

と名付けられました。
ここからが本題に入って参りますが、付いて来てこれてますでしょうか?(笑)
と言うのも、では「この物体は何なんだ???」という正体を見極める議論が湧き起こっていくからです・・・

 

そこで、まず、カリフォルニア大学バ-クレ-校においては、「ブレ-クスル-・リッスン・プロジェクト」という、地球外の知的生命体を探す研究が実際に行われていますが、ここの電波天文学者が、このオウムアムアの形状やスピ-ドなどから考え、

 

宇宙船の可能性を探る・・・

 

という観点から調査を開始していきます。
ここでは、宇宙船であるならば、何かしらの人工的な電波が出ているはずだ、との面を考慮し、世界最大級のグリ-ンバンク電波望遠鏡で観測を開始しました。

が、しかし・・・人工的な電波を観測出来なかった事から、宇宙船ではなく・・・何かしらの天体である、との結論付けが行われました。
もし、宇宙船であったという発表がなされていれば、皆さんもとっくに知って大騒ぎ?していますよね(笑)

そして、宇宙船の可能性が消された所で、では、天体とは言っても・・・このオウムアムアとは・・・一体、何なんだ???という検証が「彗星(すいせい)」派と「小惑星」派の間で行われていきます。

 

では、まず「彗星(すいせい)」派です。
ちなみに、彗星とは主に氷で出来ていて、恒星に近づくと「尾」を出す(そのように見える)性質があり、代表的なハレ-彗星などは皆さんも知っている事と思います。

 

そこで彗星派の研究者は、まず小惑星の可能性を消していきます。
それは、太陽系に小惑星がやって来る確率が極めて小さいというものであり、その理由は、小惑星は主に岩石で構成され、恒星の近くで作られているので、太陽の重力に強力に縛られており、その重力から逃れるには、外からの強力な力(働き掛け)が必要になるから、と主張していきました。

例えが適切かどうかは分かりませんが、例えば、洗濯機を回している時に、その中の靴下を取り出すには、あなた(の手)という外からの介入がないと、靴下が勝手に洗濯機から飛び出す事はないのと似たような感じかもしれません!?(笑)

 

そして、彗星自体は太陽の重力の影響が強くない、外側の領域で生まれる事を根拠として示していきます。
さらに、彗星が木星のような大きな星の重力で加速されれば、太陽の重力から逃れられる可能性があり、また、細長い形状の彗星も実際に観測されていると続けていきました。

 

では、一方の小惑星派も主張を続けていきます。
それは、小惑星は岩石や炭素などで構成されており、今回発見されたオウムアムアが小惑星ではなく、仮に彗星であるとするならば、太陽に近づくと同時に、ガスやチリを噴出し「尾」を出す(観測される)はずだ、と。

しかし、今回の観測では、「尾」の観測も見られず、ガスやチリの噴出の観測もされていないので、そうなると可能性は小惑星であろう、と。
さらに、この小惑星と考えている物体は、連星から放出された可能性がある、と続けていきます。

 

ちなみに、連星とは2つ以上の恒星がお互いの重力で結び付きながら回転しているもので、「双子の星」とも呼ばれていますが、恒星の半数は連星とも言われており、このように、連星はとてもありふれた現象でもあり、この連星のお互いの重力関係はとても複雑である為、近づいた小惑星の軌道を変え、外へ弾き出す可能性が高いとも主張していきました。

では、ここまでは大丈夫でしょうか?(笑)
簡単なポイントは、

 

彗星であれば、ガスやチリなどの噴出による「尾」が観測されるが・・・

今回はそれが観測されていないので・・・

おそらく・・・小惑星であろう・・・

 

との整理が出来ます。
そして、これが後に、「私達という存在」である「生命」の誕生における、重大な可能性を膨(はら)んでいきますので・・・(笑)
このように彗星派と小惑星派が議論を交えていった所、オウムアムアは彗星である!との結論が最終的には導き出されましたが、

 

この結論を導いたのは・・・実は・・・小惑星派である

 

との流れになっていきます。
そして、その結論に至る前の検証において、小惑星派は、

 

オウムアムアの「故郷」を探り出す事から「正体」に迫(せま)る・・・

 

という試みを開始していきます。
勝手にワクワクしているのは、私だけでしょうか?(笑)

 

そこでまず、小惑星派は、オウムアムアの軌道を「過去」に遡(さかのぼ)っていきました。
すると辿り着いたのは、太陽系から25光年離れた所にある、しかも太陽の2倍の大きさがある琴座のベガに行き着きます。

 

しかし、オウムアムアが今の速度でベガまで引き返していったとしても、およそ30万年掛かるとの計算が出されます。
なおかつ、宇宙は膨張を続け、その姿を絶えず変えている事からも、30万年前には、ベガは現在とは違う場所に存在していた事も判明しました。
この試みは失敗に終わりました・・・

 

そこで、今度は別の観点から、今までの観測で予測されたオウムアムアの軌道と、皆さんも名前は聞いた事があるかもしれませんが、ハッブル宇宙望遠鏡を使って新たに観測された軌道とを照らし合わせてみた所、軌道に「違い(差異)」が生じている事を発見します。
つまり、この比較から、オウムアムアは「加速」していた事が判明しました。

そして、この「加速」という現象から唯一残された可能性というのが、

 

彗星がガス(やチリ)を放出して(加速して)いる・・・

 

という点に導かれていきます。
そして、最初に予測された軌道に、ガス(やチリ)の噴出の影響を組み入れて、再度計算した所、最初の予測の軌道とハッブル宇宙望遠鏡で観測された軌道が「一致」を見ました。
これが、小惑星派が、オウムアムアは彗星である!との結論付けに至った経緯です。

 

しかし、ここで最後の難問???が待っていました。
それは、彗星だとしたら、なぜガス(やチリ)を放出している証となる「尾」が観測されない(見えない)のか???という疑問です。
ちなみに、皆さんもハレ-彗星などの写真では青っぽい色の「尾」を見た事があるかもしれませんが、これは「シアン化物」であり、この「シアン化物」の放出がある事が、その彗星が太陽系の中のものである事の指標ともなっています。

そして、ここで出された結論が、

 

噴出しているガス(やチリ)は・・・この太陽系のものではない(太陽系には存在していない物質である)!!!

 

との事で、オウムアムアは彗星である、との小惑星派と彗星派の意見が一致しました。
そして、この結論が、先ほどコメントした「私達という存在」である「生命」に関係していきます・・・

 

ハ-バ-ド大学では、ブラックホ-ルの研究と共に、太陽系の外からやって来る天体の数を推測する研究も行われています。
そして、オウムアムアが発見された事で、この研究も大幅な変更と見直しを迫られる事になります。
と言うのも、オウムアムアが存在するという事は、

 

既に太陽系の中には・・・太陽系の外からの天体が・・・数多く存在している・・・

 

という事をも意味しているからです。
そして、計算をしてみた所、オウムアムアと同じような天体は、既に太陽系の中に(少なくとも)1,000個ほど存在していると導き出されました。
さあ、ここからがクライマックスです!(笑)

そして、このような計算から導き出される傾向を元に、過去に遡ってみると、

 

膨大な数の天体が(以前から)太陽系の外から訪れている(訪れていた)

 

という式が成り立ちました。
そして、これらの現象は特殊な事でもなく、稀少なケ-スでもなく、

 

単に・・・今まで人類は・・・発見出来ていなかっただけ(気づけていなかっただけ)・・・

 

というのが、真実でもあり事実ともなりました。
そして、そのように過去から今までに膨大な数の天体が太陽系の外から訪れている(訪れていた)という事は、

 

その中には・・・地球に衝突した天体が存在していた可能性が(かなり)高く・・・

それが意味する所は・・・

「地球の生命」は・・・どこから来たのか?

 

という謎を紐解く「大きな鍵」になると真剣に検討されています。
つまり、今までの常識や推測が大きく崩れつつあり、

 

太陽系の外から・・・

現在の太陽系に「生命」がもたらされ・・・

別の星から別の星へと・・・

(他にも)「生命」がもたらされている・・・

という可能性を真剣に検討する必要性が生じてきた!!!

 

と研究者の方々は語っております。
さらに、本年2018年の5月、フランスのニ-スにおいて、もう1つの太陽系の外から来た天体が発見されました。

その天体は、ずっと以前に太陽系に来たもので、それ以来、木星の近くを小惑星として廻り続けていますが、この天体だけが、他の小惑星とは逆方向に廻り続けている事も分かりました。
そこで、いつからこの天体が他の天体と違った逆方向の軌道で廻り続けているのかを検証する為に、45億年前まで遡って計算した所、

 

今も昔(45億年前)も・・・その軌道は・・・ほとんど変わっていない・・・

 

との結論が出されました。
45億年前の太陽系というのは、惑星が出来始めたばかりの頃で(ちなみに、諸説ありますが、二足歩行という観点から人類と捉えても、その誕生は長く見積もっても700万年前位だそうです)、その時から太陽系の惑星は皆(地球も含め)同じ方向に廻り続けていますが、この発見された天体だけが45億年前から変わらずに逆方向に廻り続けている事から、この天体も太陽系の外から来ている事の証となっています。
そして、このような天文学における新たな発見が相次いでいる事により、多くの研究者達は、

 

宇宙は新しい時代に入った!!!

 

と、「新たな観点」での調査や観測に取り組み始めています。
「出来るだけ簡潔に紹介して参ります」とお伝えしていながら、長々となってしまいましたが・・・これでもかなり省略して理解しやすいように心掛けた結果ですので、私の文章力の拙(つたな)さと思ってご勘弁下さい(笑)
では、これこそ簡潔に、今回のテ-マからの「絆や統合」という視点をシンプルにお伝え致します!

 

まず、「絆」という点に関しましては皆さんも既にお分かりかと思われますが、世界各地の天文台が即座に応援や協力をしてくれた事に現れています。
が、しかし、ポイントはここではありません・・・
それは、様々な支えとなった研究者の方々は、

 

自らの「欲(望)」からではなく・・・

真実を知りたい!!!という・・・

「好奇心」から生まれたもの・・・

 

という面がとても強いと私個人としては感じています。
勿論、研究者という立場上、自分が第一発見者になりたい!という、ある種の「欲(望)」は自然な事でもありますし、それで良いと感じます(笑)

 

そして、「建設的な議論」という言葉がありますが、オウムアムアの真実を探し求めていく過程を見ると、双方の意見を「対立させる」のにエネルギ-を注ぎ込んでいる訳ではなく、

 

それぞれの意見や主張の根拠となっている「違い」を・・・

「理性」を活用して判断していき・・・

なお、かつ・・・

ここでも「好奇心」という共通の思いから・・・

 

発見に至る事が出来た、という側面も見て取れます。
この「建設的な議論」というのは、私達の日常生活でのコミュニケ-ションにおいても、とても大切な視点ですが、ここ最近は、これも崩壊しかかっているようにも見受けられます・・・

 

そして、「統合」という点に関しましては、そもそもの「私達という存在」の「生命の源」が、太陽系の外からもたらされているものだとしたら、

 

地球という、たった1つの惑星上における・・・

人種や地域(例えば、肌の色や、アジアや欧州などの地域性)などの「違い」は・・・

 

ある意味、取るに足らぬもののようにも捉える事が出来ます。
なぜなら、「建設的な議論」と同じように、

 

「違い」を理解するには・・・

「統合」に向かう際には・・・

「好奇心」も役に立つ・・・

 

からです。
そして、

 

「好奇心」から・・・

お互い双方の・・・「違い」を知り・・・理解し合う土壌が生まれ・・・

この知って理解するというのが・・・「統合」を意味している・・・

という「循環」が働き出す・・・

 

からです。
また、そもそも人種や地域の「違い」においては、正しいとか間違っているという性質は含まれておりません。
ここでも、地域同士の争いなどの「種」を観察すると、それは「自分だけの欲(望)」から生み出されている面が多々ある事は、ご理解頂けるかとも思います。
なぜなら、この「欲(望)」には、「物質や金銭」という側面に限らず、「(自分だけはという)特別感や優越感」も含まれているからです。

是非、今回のテ-マからは、よく言われる「絆や統合」という側面を「形」にしていく際には、もしかしたら、

 

「好奇心」が結び付けてくれる「鍵」になるのでは・・・

 

という面も考えて頂ければ・・・とのメッセ-ジが宇宙から私に届けられた?のが、今回のTOPICSのテ-マとなっているのかもしれません(笑)

そして、このTOPICSも、様々な意味を含めて、絶えず「循環」しております・・・
その観点から、今回の関連したテ-マに興味のある方は、2016年7月15日のTOPICS「映画インデペンデンス・デイからの想像力を補うとは・・・」も参考になるかもしれません!

 

そして、今回最後の「ちなみに」ですが、皆さんも学生の頃に、どこそこの方角に金星が見えれば・・・なんちゃらかんちゃら・・・などの「問題と遭遇」した事があるかもしれませんが、私も未だに解けません(苦笑)
しかし、(過去の)勉強としては「不得意」な分野であっても、(今ここからの)「好奇心」の「芽」からは色々な発見や気づきもありますので(笑)

2018年10月20日 02:10

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