第216回:『 「美味しんぼ」というメタファー(物語)から考える「おもてなし」 』
【 その他参照ワード:接待、ご馳走、万鍋、至高の五大鍋 】
S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!
「おもてなし」には、人それぞれ無数の側面があります!
故に、何が良くて、何が悪いなどは、基本的にはありません(笑)
「おもてなし」とは若干ニュアンスが違いますが、私が東京で行政書士をしていた時には、いわゆる「接待」を受ける事も、こちらがセッティングする機会も体験しました!
また、当時は仕事柄の面からか、「瀬川先生」と呼ばれる事も多くありましたが、出来るだけ「先生ではなく、瀬川さんの方が気が楽です」と伝えていました(笑)
では、漫画本『 美味しんぼ 』(作:雁谷 哲、画:花咲アキラ 小学館)から、第31巻に掲載の「 鍋対決 」をメタファーとして眺めますので、自由な発想で考えて下さい!
【 迷いに嵌(は)まる山岡 】
主人公の山岡士郎と、父である海原雄山の間では、究極のメニューと至高のメニューの対決が繰り広げられています!
ある時、日本で数多くある鍋料理の中で、何が一番美味しいのか!?の話になり、対決の題材が「鍋料理」に決まりました。
そこで、海原雄山は山岡に挑発を仕掛けます、、、
海原雄山:
『 鍋料理はそれぞれの地域の郷土自慢でもある・・・
ある地域の人間に、別の地域の鍋料理を・・・
これこそが究極とか至高とか言ったらどうなるか・・・
自分達の愛する鍋料理以外のものが・・・
究極とか至高とか言われて、果たして納得するだろうか・・・? (不快感は残るだろうが・・・) 』
山岡は勝負を受けたは良いが、様々な人が自分なりに愛着を抱く、多種多様な鍋料理を持っている事を思い知らされ、迷いに嵌まっていきます、、、
既に鍋料理では、色々な調味料も、食材も出し尽くされていて、そして、何より、
鍋で煮るという料理法も同じ
という面も、山岡を悩ませます、、、
【 茶の道に活路を見つけるが 】
山岡が料理の思案を練っている中、一人の老人が「お茶会」をする光景を見る機会が訪れました。
何を隠そう、この老人は大わびの本物の茶人、丿貫(へちかん)先生でした!!!
そして、お茶会はホームレスの人々と、寒空の橋の下で行われた交流でした、、、
お茶会を陰から見ていた山岡は、
相手の人間の社会的な地位なんか目に映らない・・・
自由自在、一切の虚飾なし・・・
(ホームレスの人々と)何のわだかまりもなく、楽しげにお茶を飲む、自由で柔らかな心・・・
お茶を振る舞う人、振る舞われる人、両方の心が自然に一つになっている・・・
と感じ入りました、、、
そこで、山岡は丿貫先生のお茶をご馳走になる為に、自宅に赴きます!
すると、お湯を沸かす為の釜で焚いた「塩だけのお粥」や、特別で高価とは「真逆の器(うつわ)」で進ぜられたお茶など、何もかも八方破れで、形式や作法に囚われない振る舞いでした、、、