その通りになるかどうかは分かりませんが、各種販売員、調理人、スポーツ審判員などが例として挙げられていました。

 

しかし、仮に「人工知能」が人間の職業に取って代わることとなれば、私達は「人工知能」へ対価を提供することになります。
勿論「人工知能」を開発した「人」にはその前に対価が支払われるでしょうし、「人工知能」を導入している「会社や人」へ私達が対価を支払うという表現は可能ですが、ここには決定的な違いが産まれます。

それは、

 

提供するのが「人間の技能・才能」ではなくなってしまう

 

ということです。
先の借金にせよ、遺産相続にせよ、私達は人間関係の上でも「お金」を通して学んでいます。
しかし、相手が「人工知能」になると、そこから私達は何を学んでいくのでしょうか?
そして、「人工知能」にとって、支払われる「お金」は「価値」があるのでしょうか?

 

私自身も「お金」は大切なものと認識しています。
しかし、「お金」に振り回されないよう、同時に何かを学ぶ「道具」としての認識も保っています。

 

余談ですが、先月放送されていた日本TV系列の24時間TVにおける、8月23日までの募金総額は「2億3千700万円」ほどだそうです。
そして、同日の23日に行われた2時間ほどの自衛隊の富士総合火力演習では、弾薬のみで「3億6千万円」ほど費用が掛かっているそうです。

 

東京オリンピックにまつわる、新国立競技場、そしてエンブレムでも徒労の結果となった多額の「お金」が存在しています。
私達は「お金」とどのように付き合い、そして、どのように活用していけば良いのでしょうか、、、、、