疑心暗鬼を味方に付ける方法 ~生活図画事件とカルトの回避も~

第596回:『 疑心暗鬼を味方に付ける方法 ~生活図画事件とカルトの回避も~ 』

【 その他参照ワード:治安維持法、菱谷良一、マインドコントロール、洗脳、オウム真理教、江川紹子 】

S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!

改めて、TOPICSでは、

 

時代は自然と向こうから到来するのではなく・・・

一人一人が創り上げるもの・・・

 

との視点を「幾度も」伝えています。

そして、それと同時に、

 

二度と同じ過ちを繰り返さない事が大切で必要!!!

 

という「当たり前」も伝えています!

 

 

ただ、2026年も始まったばかりにも関わらず、

 

世界を見渡すと人間同士が疑心暗鬼

 

という渦中にいます。

しかし、疑心暗鬼もネガティブな側面のみならず、

 

真の動機次第では・・・

ポジティブな側面に活用出来る!!!

 

というのも事実であり真実です!

 

 

では、2024年放映の番組『 102歳のことば ~生活図画事件 最後の生き証人~ 』(HBC北海道放送)を少し眺めます!

 

【 生活図画事件とは 】

北海道旭川市在住の菱谷良一さんは、番組放映当時102歳(1921年生まれ)で、2014年11月から取材が始まりました。

菱谷さんは子どもの頃から絵を描くのが趣味で、旭川師範学校(現:北海道教育大学旭川校)に入学後も、美術部員として絵を描く事に没頭していました。

そして、当時の時代背景では、

 

生活図画運動

 

が流行していました。

これは、

 

《 日常生活をありのまま絵に表現し、より良い生き方を考える教育手法 》

 

という運動でした。

 

 

しかし、1941年9月8日、

 

理由も全く分からない中・・・

特別高等警察(通称:特高)により・・・

教師と学生26人が一斉に逮捕される・・・

 

という事件が起こりました。

これが、

 

生活図画事件

 

と呼ばれます。

 

そして、この時19歳だった菱谷さんも逮捕されました。

そして、菱谷さんは事件の関係者の中で、

 

唯一生き残っている・・・

最後の生き証人・・・

 

という事です、、、

 

 

【 全ては治安維持法が関係 】

菱谷さんは逮捕の理由が全く分からない中、

 

治安維持法に違反したから

 

と、特高は理由を告げました。

 

治安維持法は1925年に制定・施行され、1945年まで運用されました。

そして、治安維持法が制定された目的は、

 

海外から流入する社会主義思想・共産主義思想が・・・

国内で拡大するのを恐れたから・・・

 

というものです。

そして、治安維持法の施行に際し、

 

取り締まりと摘発(逮捕)を容易にする為に・・・

様々なレッテルを貼った・・・

 

という手法を取りました。

そして、

 

逮捕者は数十万人に及び・・・

1、600人以上が拷問等により死亡した・・・

 

との調査結果が出ています、、、

 

 

【 暴走する治安維持法 】

国内の共産党が「事実上・実態上」も壊滅した事で、

 

治安維持法の目的を達したにも関わらず・・・

取り締まりと摘発(逮捕)は続けられた・・・

 

という歯止めが利かない状態になりました。

更に、1941年に治安維持法が改正され、

 

法律の適用範囲が・・・

学問・思想・芸術にまで広げられた・・・

 

という暴走を始めました。

そして、改正の真の目的は、

 

政府そして戦争に対する・・・

批判の目・芽を摘む事・・・

 

という目論見でした、、、

 

 

実は、菱谷さんは一冊の本を挟んで、学生が話し合っている光景の絵を描いただけでした。

しかも、絵に描いた一冊の本は白紙であり、何の意図も無かったにも関わらず、

 

特高は共産党関連の本を描いたと勝手に決め付けた

 

というのが逮捕の実態でした。

菱谷さんは取り調べに際し、脅迫と暴行を受けると同時に、アメとムチの如くの宥(なだ)めすかしもあり、

 

最初から結論ありきで・・・

身に覚えの無い自白をさせられた・・・

 

という事態に陥(おとしい)れられました。

 

 

その後、旭川刑務所に約1年3ヶ月収監された後に、ようやく解放されました。

しかし、懲役1年6ケ月・執行猶予3年の判決を言い渡され、

 

学校も退学処分になり・・・

憧れの教師になる道も絶たれた・・・

 

という荊(いばら)の道のり(人生)になりました。

そして、会社員になったものの、間もなく戦争に召集され、遺書まで書き残しました、、、