【 ヒーロー《 いろは四十八組 》の誕生 】
このように、町人が暮らす地域の火災の被害は減少しなかったので、南町奉行の大岡忠相(ただすけ)が動きました!
大岡は隅田川の西側を48の地域に分け、東側を16の地域に分けました。
こうして、地域毎に消防組織を創設すると同時に、「連携して」江戸全体を守る体制を敷きました。
これが、
町火消し《 いろは四十八組 》の誕生!!!
です!

そして、火消しを担ったのが、普段は鳶や大工などを職とする町人でした。
しかも、ほぼ無給の活動でした。
そして、当時の子ども達が遊んだオモチャに「泥メンコ」があります。
これは、今で言う所のおはじきやビー玉のようなもので、メンコには火消し組の名前などが描かれている事から、
火消しは子ども達のヒーローだった!!!
という事が分かっています(笑)

【 全ては人を守る視点から 】
当時は火災が起こっても、消火用の水は充分にありませんでした。
故に、
破壊消火が決め手!!!
となりました!
破壊消火とは、
火災現場周辺の家屋などを先回りして破壊し・・・
延焼を防ぐ消火活動!!!
です!
しかも、火は上へ上へ向かう性質があるが故に、破壊した家屋の柱などの残骸が地面に残されていても、その木材には燃え移り辛いという、
理にかなった方法
が採用されていました。

そして、出火元を指し示し、消火の目印として屋根に掲げたのが「まとい」です。
まとには「馬簾(ばれん)」と呼ばれる、多数のヒラヒラしたものが付いています。
ただ、これは飾りではありません(笑)
まといのヒラヒラには、
耐火性に優れた貝殻の粉が塗られ・・・
火の粉から火消しの身を守る為の役割!!!
があります!

更に、火消しは「刺し子半纏(ばんてん)」を着用します。
半纏は頭上から上半身のほぼ全てを覆い隠し、僅かに隙間があるのは、目の箇所だけです。
そして、鼻も口も覆われる中、火消しの前には安全策として水を全身に浴びるので、半纏の総重量は約10キロに及びます。
このような重装備での破壊消火をサポートしたのが、今で言う所のポンプ車の役割を果たす「龍吐水(りゅうどすい)」という器具でした。
ただ、この器具の目的は、
家屋などを消火する為ではなく・・・
身の安全を守る為に火消し(人)に放水!!!
する為のものでした!

ちなみに、現在では曲芸扱いの「ハシゴ上り」ですが、
ハシゴの上から火災状況や風向きを確認し・・・
破壊消火する箇所を指示する為に・・・
ハシゴ上で手を離しても動ける事が求められた!!!
というのが、本来の目的です!
こうして、江戸市中では火消し1万人体制が整うと同時に、火災現場の町人は然り、火消し当人も守る為の、
様々な創意工夫が懲らされた!!!
という事実は、「現在にも通じる」視点です!

【 役割分担という協力 】
例えば、人材の面では、吉原では遊郭で働く人達で火消しを組織しました。
あるいは、大きな橋のたもとでは、髪結い(床屋)が営業していたが故に、幕府から橋専門の消火を担う、「橋火消し」に命じられました。
更に、町作りの面では、「火よけ地」という大きな空き地が作られました。
また、延焼を防ぐ為に道の幅を広げた、「広小路」という通りも整備されました。
そして、その後に起こった明和の大火も、盗み目的の放火が原因でした。
更に、春一番と推測される、強い南風が吹き付けました。

そして、明和の大火の火元が、当時は郊外の農村地帯だった目黒区目黒辺りでした。
そして、明和の大火を描いた絵巻物には、火消しの活躍が描かれている事から、
明暦の大火の教訓を活かした!!!
という「実践」により、死者5千人・行方不明者5千人の合わせて約1万人の被害に減少しました。
更に、その後の文化の大火では、死者は約1、200人に抑える事が出来ました、、、

では、番組は終了し、ここ迄の内容の中締めです!
【 火事見舞いと村八分から 】
火事見舞いとは、
火事の被害に遭った人へ渡す見舞い金など
を意味します。
主に、火事見舞いには、
火災見舞い
類焼見舞い
近火(きんか)見舞い
という3種類があります。

火災見舞いとは、火元が自分の家であり、それに対する見舞いです。
類焼見舞いとは、火元は別であるものの、自分の家が巻き込まれた事に対する見舞いです。
近火見舞いとは、近隣で起こった火事ではあるものの、自分の家の延焼は免れた事に対する見舞いです。
つまり、近火見舞いでは、幸いにも「直接的」な被害は生じなかったとは言え、例えば煙の被害や、消火活動に伴う騒乱などの「間接的」な被害や、心身に掛かった負担などを「労(ねぎら)う」事が目的です。
そして、視点を変えると、昔にはコミュニティ内で、
村八分という制裁
が存在していました。
村八分とは、当人に原因があるとされながらも、今で言う所の無視やイジメのような、
人付き合いを断つ
という性質です。
しかし、この村八分でも、
火事と葬儀だけは除外
されていました。

そして、
人は誰もが・・・
一人切りでは生きられないが故に・・・
協力し合う事で生き残って来た・・・
というのは、「歴史が証明」しています。
故に、TOPICSでは、
賢者は歴史に学び・・・
愚者は経験に学ぶ・・・
との視点(言葉)を、幾度も伝えています、、、

では、メタファー(物語や比喩・暗喩)として『 頭のいい子を育てるおはなし366 』(主婦の友社)から、「 ネズミの相談 」(イソップ)を眺めます!