【 呪いの元とは 】
そこで、金滋は宗匠に事情を聞きます。
江戸時代に広河原家の三代目は茶道の師範をしていました。
三代目はある大名の茶会に招かれ、その大名にはお抱えの茶道の茶頭がいて、その茶頭が三代目の名声を「妬み」、意地悪をしました。
その意地悪が、茶の席のお菓子としてビワを出したというものです!
宗匠は金滋に、ビワをどうやって食べるか???と尋ねると、金滋は普通に皮を剥いてかじりますと答えます。
しかし、宗匠は三代目が招かれた大名の茶会は格式も高く、茶道の師範がそのような「下品」な食べ方は出来ないと説明します。
そして、三代目は恥ずかしくない食べ方が思い浮かばず、ビワを懐(ふところ)にしまい、皆に頭を下げて帰り、その後に自害したという話でした。
それ以来、広河原家にとって、ビワは敵となりました。
金滋にとってビワは「宝」、広河原家にとってビワは「敵」となり、縁談も暗雲が立ちこめます、、、
そこで金滋は山岡に、宗匠の心を変えさせる事が出来る「ビワの食べ方」を教えてくれとの相談でした(笑)
【 呪いを解いたのは 】
それから数日後、山岡も同席し、金滋と宗匠は再び話し合いの場を持ちますが、宗匠はビワを商いにする限り、結婚は認めないと猛反対します!
すると、その場に海原雄山と、海原雄山の師匠で陶芸家の唐山唐人がやって来ます。
唐山は海原雄山と合作の鉢(入れ物)を宗匠にプレゼントし、宗匠は恐れ多い事と大層感激します!
すると、海原雄山は最高のビワも宗匠にプレゼントします(笑)
そこで唐山が山岡に、「合作の鉢を使って宗匠にビワの食べ方を教えてあげなさい」と、けしかけ!?ます(笑)
山岡:
『 上品ぶった奴は、これを切ってタネ出して皿の上にのせて出したりするけど、それは大馬鹿三太郎のすることだね! こんなにきれいなものはこうしてやる! 』
山岡はビワにかぶりつきます(笑)
山岡:
『 ビワの実はタネが大きくて果肉が薄いから、こうして歯でこそげるように食べなきゃならないけど、これがまた楽しい! 』
そして、山岡がビワを食べ終えると唐山は「タネはどうする?」と、山岡に尋ねます。
すると、山岡は合作の鉢にタネを投げ捨てます!
宗匠は大層憤慨しますが、山岡は続けます、、、
山岡:
『 何が織部の鉢か知らないけど、たかが土をこねて作った物じゃないか! こんな美味しいビワのタネを入れてもらって、ありがたいと思わなきゃ! 』
唐山は笑顔で頷き、宗匠に話します、、、
唐山:
『 宗匠、ビワの食べ方はこれで良いのではないかな。 茶の真髄は、なにものにもとらわれない自由な心ではなかったか? 食べ方とか作法とか、そんなことにとらわれるところから、茶道の堕落が始まるのではないかな。 』
こうして、広河原家の三代目以来、二百五十年の「ビワの呪い」が解けました!!!(笑)
では、メタファーも終了し、シンプルに締め括ります!