男性と女性&父性と母性 ~社会的暗示という常識を疑い人間を見る~

【 父性と母性とは 】

あくまで一つの例えや目安であり、これが絶対というものはありませんが、

 

父性 = 勇気、力強さ、、、

母性 = 優しさ、包容力、、、

 

のようにイメージされるかもしれません。

先ほど『 「男性」「女性」は身体的特徴の違い 』と区別しました。

男性には「有って」女性には「無い」ものもあり、女性には「有って」男性には「無い」ものもあります。

 

では、上の例のように父性」には有って「母性」には無い、あるいは、母性」には有って「父性」には無いものはあるのでしょうか???

 

 

【 人間という視点 】

「男性」「女性」の区別と違って、「父性」「母性」には本来は区別がありません。

区別が無いということは、

 

「男性」の中にも「父性」「母性」の両方が備わっていて・・・

「女性」の中にも「父性」「母性」の両方が備わっている・・・

 

ということです。

人それぞれ兼ね備えている「父性」「母性」の性質も違い、比重も違います。

そして、色々な経験を経ることで変化もしていきます。

 

つまり、「人間」には「父性」「母性」の両方が備わっているということです。

そして、「父性」「母性」のバランスの違いにより、私達の「個性」が表現されているのかもしれません。

 

 

 

【 歪みを正しバランスを取る 】

このように本来の「人間」として見るならば、「男性」「女性」の区別、そして、そこに移ろいのある社会的暗示が色々と影響を及ぼして「人間の本質」が歪められているようにも捉えられます。

 

「男性」のみでは「子ども」は生まれてきません。

「女性」のみでも「子ども」は生まれてきません。

「男性」「女性」の両方の融合があって「子ども」は生まれてきます。

 

なお、誤解しないで欲しいのは、同性カップルは「子どもを生めない」と反対している訳では全くありません!!!

「男性」「女性」、そして「父性」「母性」共々、融合の中にバランスを取っていくのが大切という意味です。

 

そして「人間」とは本来、そのような融合とバランスを取って生きていると捉えるなら、同性カップルの社会上の制約についても、同性カップルである前に「人間としてのカップル」であり、もっと社会上の制約が見直される余地が広がるかもしれませんし、そうなる必要性があります。

 

「男性」が「男性」を好きになる。

「女性」が「女性」を好きになる。

この本質は「父性」と「母性」の融合とバランスの元になっている、「人間としての個性」に惹かれ合っているのかもしれません。

 

 

「性同一性障害」などで悩み苦しんでいる人々も大勢いらっしゃいます。

 

また、「男性」なのに何で弱々しいんだろう???

あるいは、「女性」なのに何で男勝りの言動をしてしまうんだろう???

 

などの悩みを抱えている人もいるでしょう。

その際は、「男性」「女性」そして「社会的暗示」から一度心身を解放し、「父性」「母性」の視点から「自分という人間」を見つめ返してみれば、心に余裕が生まれて来るかもしれません、、、

 

 

そして、今回のTOPICSは「賛成・反対」あるいは「良い・悪い」などの意見を述べる趣旨でも全くありません!!!

誰もが「自分を知る」ために日々色々な経験をし、そして無意識ながらもその作業を行っています。

「自分を知る」際には、自分の中の「父性」「母性」を手がかりの一つとしてみては如何でしょうか、、、(笑)