多重人格ビリー・ミリガンから学ぶ自分との対話&真の五感の活用:後半

第590回:『 多重人格ビリー・ミリガンから学ぶ自分との対話&真の五感の活用:後半 』

【 その他参照ワード:解離性同一性障害、心理療法 】

S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!

前回の前半では、

 

○ 多重人格の特徴

○ ビリー・ミリガンの過去から解き明かす

○ 続々と現れる別人格と、その理由

 

などの流れを眺めました!

そして、最後の24番目の人格となる《 教師 》の存在が明らかになり、

 

ビリーと教師を「統合」すれば・・・

万事解決するのでは???

 

との場面で終了となりました(笑)

 

 

そして、以下に前回の冒頭部分を再掲載しますので、今回の内容も「意識」して眺めて下さい!

 

TOPICSでは、

 

私達は誰もが、多面多層な存在!!!

 

との視点を、幾度も伝えています!

そして、言葉を変えると、

 

私達は誰もが、色々な顔を持っている!!!

 

という事です!

そして、

 

顔には、全ての五感が集まっている!!!

 

という「事実」を、考えた事はありますか???(笑)

 

 

では、前回と同じく番組『 ダークサイドミステリー 』(NHK BS)から、「 多重人格者 ビリー・ミリガン ~人の心の謎に迫る~ 」の回を眺めます!

 

【 主人格はどっち!? 】

1979年1月、ビリーは教師を呼び出そうと試みます。

すると、

 

ビリー自身が教師となり・・・

失っていた記憶の全てを想い出した・・・

 

という出来事が起こりました。

つまり、

 

ビリーが教師に統合した事で・・・

24番目の人格が生まれた・・・

 

と考えられました。

 

しかし、病院内ではビリーが嘘を付いている、あるいは、演技しているなど、疑念の声も数多く存在していました。

そして、教師に関しては、

 

精神科医達の期待に応える為に生み出した可能性・・・

あるいは、自分(ビリー)を更に守る為に現れた可能性・・・

 

なども捨て切れませんでした、、、

 

 

【 崩壊を始めるビリー 】

ビリーの精神状態も安定し始め、外出も認められるようになり、社会復帰も間近と考えられていました。

しかし、教師との統合から数ヶ月後、次第に粗野な言動を含む、問題行動を起こし始めました。

更に、無断で大量の薬も服用(オーバードーズ)していました。

故に、閉鎖病棟へ収容されると同時に、無罪判決は間違いだったなどの、世間の声も大きくなりました。

 

1979年10月、裁判所は最高レベルの警備システムを備えた病院へ、ビリーを移送する命令を下しました。

そこはライマ州立病院と呼ばれ、殺人などの重大犯罪を犯し、精神障害の治療が必要とされる犯人を収容する施設でした。

 

監視人は患者(犯人)を暴力的に扱い、時には電気ショックを与えるなど、悪評高き病院でした。

そして、ビリーは多重人格では無く、幻聴や妄想症状という新たな診断を下され、効き目の無い抗精神病薬が投与されました。

しかし、一向に改善せず、その後も幾つもの病院を転々とさせられました、、、

 

 

【 ビリーは自由を感じられたのか!? 】

1986年7月4日、ビリーは病院から逃亡します!!!

警察の捜索にも関わらず、なかなか見つからない中、再びビリーが犯罪を犯すのでは!?などの報道も過熱しました。

そして、逃亡中のビリーは、学生のマイケル・マッデンと親しくなりました。

 

しかし、そのマイケルが行方不明になりました。

すると、逃亡中に過ごしていたビリーの部屋から、マイケルの小切手帳が見つかるなど、ビリーに殺人の嫌疑が掛けられました。

4ヶ月後の1986年11月20日、病院から1600キロ離れたフロリダで、ビリーは逮捕されました。

 

しかし、ビリーはマイケルの殺害を否定すると同時に、マイケルの遺体も見つからない事から、釈放されました。

ただ、

 

ビリーに対する世間の目は殺人犯・・・

 

という疑惑のままでした、、、

 

 

5年後の1991年8月1日、問題行動を起こさなくなったビリーに対し、裁判所は一つの人格の元で、完全に責任能力があると判断しました。

こうして、ビリーは治療から解放され、自由の身となり、晩年は家族との付き合いに留め、静かな時を過ごしました。

 

そして、2014年12月12日に死去しました、、、

そして、生前のビリーは受けさせられた治療に関し、以下の通り話していました、、、

 

ビリー:
『 僕は多重人格を無くして貰うよりも、多重人格者としての機能を持って生活する事を教えて欲しかった。 巧みに作り上げた防衛手段を取り除かれ、無防備になり、身を守れなくなってしまった。 』

 

 

では、番組の紹介は終了ですが、

 

証明も出来ないと同時に・・・

疑えば切りが無い・・・

 

というのが本音かもしれません(笑)

 

では、メタファー(物語や比喩・暗喩)として、ドラマ『 明日はもっと、いい日になる 』(フジテレビ)の第11話(最終話)を少しだけ眺めます!

 

 

【 SNS拡散という世間の口撃(攻撃) 】

児童相談所に男の子が虐待されているとの通報が入り、職員達が調査をしていました。

そして、男の子の家に出頭要求の手紙を出したものの、両親から何の応答もありませんでした。

 

そこで、家に出向き、男の子の安否確認と共に、両親から事情を聞く事にしました。

そして、家の中を調べさせて欲しいと母親にお願いした所、了承を得る事が出来ました。

職員達は男の子を探すと共に、調査記録を残す為に録画を始めます。

 

しかし、家の中に入るや否や、父親は「不法侵入だ!!!」と激怒し、母親も手の平を返して「不法侵入だ!!!」と言い出しました。

職員の一部が激怒した父親に対処しつつ、他の職員が無事に男の子を発見しました。

そして、男の子を保護する旨を両親に告げると、父親は「誘拐だ!!!」と更に騒ぎ始めました。

そして、職員達が父親に事情と状況を説明し、理解して貰う為に暴れる父親を制止していた所、その場面を母親が撮影していました。

 

その後も、両親を呼び出して話を聞き出そうとするものの、子どもを虐待した事は無いと嘘を付き続け、埒が明かない状況が続いていました。

すると、突如として、児童相談所に苦情と抗議の電話が続々と入り始めます!!!

なぜなら、母親が撮影していた動画を「児相による誘拐と暴力の現場」と称し、SNSにアップし、拡散されていたからです、、、

 

 

【 真に大切なものを見落とさない 】

児童相談所も調査時の記録動画を撮影していたとは言え、個人情報等の問題から証拠として公表出来ませんでした。

そして、職員達は電話対応と謝罪に追われる始末となり、通常業務が出来ない状態に加え、緊急の虐待通報の電話も繋がらない状態に陥りました。

 

一方、保護した男の子は虐待による内臓破損が見つかり、病院に入院していました。

そして、所長以下、全職員で電話に対応している中、両親が男の子を病院から無断で連れ去り、男の子の命が危ぶまれる状況になりました。

 

一刻も早く男の子を見つけなければならない中、母親が撮影した動画が、更にYouTuberやネットニュースに取り上げられ、苦情と抗議の電話は益々増加し、過激化の一途を辿りました。

そして、男の子への対応に関し「保護ではなく、拉致と同じだ!!!」との電話が入り、所長が対応します、、、

 

所長:
『 そんなどうでもいい内容で、電話してこないで下さいっ!!! こっちはね、子どもの命が掛かってるんですよっ!!! これじゃ、本当にSOSを出してる子どもの声が、聞こえなくなるだろっ!!! 』

 

 

そして、今は現場で保育士をしている、元所長も電話に対応していました、、、

 

元所長:
『 は~い、すみません、検討します。 失礼しま~す。 』

 

それだけ話し、電話を切りました、、、

そして、職員達へ話します、、、

 

元所長:
『 クレームだと分かった時点で、所長に確認しますと言って、すぐ切るように。 僕らが聞くべき声を、一つもこぼさない為にもね!!! 』

 

 

では、メタファーも終了し、締め括りに入ります!