戦中写真とスパルタ教育から気づく心(内面)の狭間 ~全てを統合する真の動機~

第577回:『 戦中写真とスパルタ教育から気づく心(内面)の狭間 ~全てを統合する真の動機~ 』

【 その他参照ワード:検閲、体罰と躾 】

S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!

今年(2025年)は戦後80年という事で、特にお盆時季のテレビ等でも戦争関連の番組が、例年より多い傾向が見受けられました。

そして、その多くで、

 

戦争体験者から「直接」に話を聞く機会が・・・

失われつつある・・・

 

というテーマが多かった感もあります。

勿論、当事者から直接に話を聞かせて貰える機会は、とても貴重で大切な体験であるのは言うまでもありません。

 

ただ、

 

直接でなければ学べないとしたら・・・

それは本当の学びではない・・・

 

というのも厳しい視点でありながらも、事実であり真実です。

故に、伝承者制度などを含め、「間接」に語り継ぐ事も大切で必要です。

 

このように、TOPICSでは幾度も伝えている「過度な二者択一」に陥らない事と同時に、

 

直接と間接の狭間に存在する・・・

盲点に気づく!!!

 

という視点も役立ちます!

 

 

では、番組『 報道特集 』(TBS)から「 戦中写真 ~掲載不許可の理由~ 」の回を少し眺めます!

 

【 戦中写真の真価とは 】

毎日新聞大阪本社には、日中戦争から太平洋戦争に掛けて撮影された、約6万点以上の戦中写真が「群」として保管されています。

これらの写真は特派員657人が撮影したものですが、その内の91人が戦地で殉職しました。

 

そして、終戦を迎えると「戦争犯罪の証拠」となるのを恐れた軍部は、新聞各社に写真の廃棄を命じました。

しかし、毎日新聞の記者達は「 捨ててはダメだ! 残しておかなきゃいけない! 」との思いから、命令の直前に奈良市の王龍寺に全ての写真を運びました。

その後、王龍寺から大阪本社近くのホテルへ移送し、更に本社地下の金庫室へと移管され、「今日まで」守り抜かれました。

 

一方、他の多くの新聞社は軍部の命令に従い、写真を廃棄や焼却しました。

つまり、戦中写真とは、

 

軍部の廃棄命令に背いた事で生き残った写真であり・・・

生き残らせた真の動機を見抜く!!!

 

という視点が、最初のポイントです!

 

 

そして、当時は軍部の「検閲」で、新聞に掲載不許可となった写真も多々ありました。

そして、写真と共に保管されている台帳も残存し、中でも特筆すべき点が、

 

何の写真が掲載許可になり・・・

どのような写真が掲載不許可になったのか・・・

その記録が残されている!!!

 

という事実です!

 

【 疑う視点も同時に抱く 】

台帳を調べた所、掲載不許可になった写真の多くに軍事秘密が含まれていたり、兵士や国民の「士気を落とす」怖れという面が推測されました。

しかし、

 

掲載不許可になった理由が分からない写真も多い

 

という不可解な事実も浮かび上がりました。

そこで、更に詳しく調べた所、

 

フェイク写真も多数存在していた

 

という事実が明らかになりました!

 

 

例えば、国民の「戦意を高揚」させる為に、撮影現場には実在しなかった戦闘機を追加した合成写真。

あるいは、事実をねじ曲げ、名誉ある戦死と触れ込む「美談を捏造」したヤラセ写真。

更に、陸軍と海軍の「権力争い」から、関連の無い複数の場面を継(つ)ぎ接(は)ぎし、1枚の写真に見立てたでっち上げ写真。

 

そして、特攻隊を見送る女子学生の写真にも、疑惑が残されています。

そして、この写真の中には、

 

学校の教科書に掲載され・・・

私達が「当たり前」に教えられて来たものも含まれる・・・

 

という事です。

勿論、実際に特攻隊を見送った女子学生が、戦後に事実であるとの証言も残っているなど、全ての写真に疑惑があるという意味ではありません!

 

 

そして、残されている写真の中には、

 

軍部の「プロパガンダ(都合の良い宣伝)」として撮影

 

されたものも多々あります。