冬至という初夢に贈る物語(メタファー) ~パート10~:幸せの鍵を握る子ども目線

第593回:『 冬至という初夢に贈る物語(メタファー) ~パート10~:幸せの鍵を握る子ども目線 』

【 その他参照ワード:潜在意識 】

S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!

本年(2025年)の冬至は12月22日(月)です!

そして、今回のテーマも「パート10」になりますが、

 

希望に満ちたポジティブな初夢を見たい!!!

 

というのが本音でしょう(笑)

そして、「出鼻を挫(くじ)く」訳ではありませんが、

 

本年に起こった様々な出来事を「振り返る」につれ・・・

そこには昨年から「引き継がれた」出来事も多々あり・・・

更に、来年も引き継がれる出来事を「見通す」につれ・・・

「目を背けて」はいけない初夢がもたらされる・・・

 

かもしれません、、、

 

 

ただ、

 

ここにある真意は・・・

ネガティブなものでは全くなく・・・

あなたの心身を護る為の・・・

大切で必要な視点の贈り物であるが故に・・・

初夢にどのような意味付けをするのか・・・

全てはあなた次第!!!

 

というのが事実であり真実です!

 

では、メタファー(物語や比喩・暗喩)として『 頭のいい子を育てるおはなし 366 』(主婦の友社)から、3つの物語を眺めつつ、大切で必要な視点を当てはめます!

 

 

一つ目の物語は《 すっぱいぶどう 》(イソップ)です!

 

【 物語 】

お腹を空かせたキツネが、森の道を歩いていました。

『 どこかに何か食べ物はないかなあ。 お腹がペコペコだよ。 それに、喉もカラカラだ。 』

 

キツネがきょろきょろ、食べ物を探していると、大きなぶどうの木を見つけました。

木には、よく実った美味しそうなぶどうが、たくさんなっていました。

『 いいいものを見つけたぞ。 甘い汁がタップリのぶどうが、たくさんなっている。 これを食べたら、お腹もいっぱいになるし、喉が乾いたのもなおるぞ。 よーし、いただきまーす。 』

キツネは大喜びで、ぶどうの房にかぶりつこうと飛びつきました。

 

 

ところが、口は全くぶどうの房に届きません。

キツネが思っていたよりも、ぶどうの房は、ずっと高い所にあったのです。

『 あれ、届かない。 よし、もう一回やってみよう。 』

キツネは思い切り、飛びつきました。

 

今度も、口はぶどうの房に届きません。

『 なんで届かないんだよ! 』

キツネは、足でぶどうの木を蹴って、とても悔しがりました。

『 ようし、今度こそ。 』

 

また力いっぱいぶどうに飛びつきましたが、今度もダメ。

『 うーん、悔しい。 絶対に食べてやるぞ。 』

キツネは何度も何度もぶどうの房に飛びつきました。

けれども、何度飛びついても、キツネの口はぶどうの房の先にも触りません。

 

 

『 それなら、これではどうだ! 』

キツネは遠くから走って来て、勢いをつけて飛んでみました。

それでも、口はぶどうの房に届きません。

 

そればかりか、勢いをつけ過ぎたので、お尻からどさっと、地面に落ちてしまいました。

『 いたたたた。 』

キツネは、とうとう、怒り出しました。

『 ちぇっ。 なんだ。 こんなぶどう。 美味しそうに見えるけど、食べたら不味いに決まってるさ。 』

 

 

キツネは、ぶどうを食べることを諦め、ぶつぶつ文句を言い始めました。

『 俺は、ぶどうなんか大嫌いなんだからな。 始めから食べたくなんてなかったんだ。 すっぱくて、虫食いだらけのぶどうなんか、食べてくれって頼まれても、お断りだね。 』

 

前よりもっともっとお腹を空かせたキツネは、負け惜しみを言いながら、元来た道を帰って行きましたとさ。

 

 

【 幸せの「循環」を創造する 】

TOPICSでは、

 

幸せな人はイジワルな気持ちにならない

 

との視点を伝えています。

勿論、何を幸せと感じるかは、人それぞれです(笑)

 

そして、物語のキツネの姿勢には、多くの視点が当てはまりますが、

 

独りよがり(独善)

 

という面が見られます。

そして、例えばボランティア活動に関しても、

 

時に善意の押し付け

 

になるケースもあります。

日常では「ありがた迷惑」と呼ばれる性質です。

 

 

ただ、私個人としては、ボランティア活動に限らず、

 

出来ない言い訳を探す暇があったら・・・

やらないよりは、やった方が良い!!!

 

と考えます(笑)

そして、

 

困っている時に支援をお願い出来る事も・・・

真の強さの一つ!!!

 

です!

 

そして、

 

利己主義と利他主義は矛盾しない

 

という視点を見失うケースも多いです。

 

 

故に、

 

利己主義を活用して、まずは自分の幸せを実現し・・・

幸せが実現した事で心に余裕が生まれ・・・

幸せのお裾分けという利他主義が実践出来る!!!

 

という視点を想い出して下さい!

これが、

 

成長は螺旋状に進む!!!

 

の真意です(笑)

 

 

では、二つ目の物語は《 ヒナギクの幸せ 》(アンデルセン)です!

 

【 物語 】

道端に一輪のヒナギクが咲いていました。

近くには大きなお屋敷があって、綺麗な庭にチューリップやシャクヤクが咲いていました。

でも、ヒナギクは羨ましいとは思いませんでした。

 

私はこの道端で充分幸せよ

お日様は光を降り注いでくれるし、風は優しくしてくれる。

それに、ヒバリさんは美しい歌を唄ってくれるんですもの。

 

すると、ヒバリがやって来て、歌を唄ってくれました。

『 ヒナギクさん、君はなんて可愛いんだろう。 』

ヒナギクは本当に幸せでした。

 

 

その時、一人の少女がハサミを持ってお屋敷の庭に出て来ました。

そして、綺麗に咲いていたチューリップを切って持っていってしまいました。

ヒナギクはチューリップが可哀想でなりませんでした。

 

次の朝。

ヒナギクが幸せそうにお日様を浴びていると、聞き覚えのある声がしました。

『 ぴいぴい、ぴい! 』

とても悲しげなヒバリの声です。

 

ヒバリは、人間の子どもに捕らえられて窓際の鳥カゴに入れられていました。

『 ぴい、助けておくれ。 広い空を飛びたいよ。 』

ヒバリは、悲しみに暮れて鳴き続けました。

 

 

可哀想なヒバリさん。

何とか助けることが出来ないかしら。

ヒナギクはそのことばかり考えていました。

 

その時、男の子が二人、道に出て来ました。

『 この芝生をヒバリに取っていってやろうぜ。 』

二人は、ヒナギクの周りの芝生を切り始めました。

 

一人の男の子が、『 こんな花、ひっこ抜いちゃえ。 』と、ヒナギクを見て言いました。

すると、もう一人が『 芝生と一緒にヒバリに見せてやろうよ。 こんなに綺麗に咲いているんだもの。 』と言って、芝生と一緒にヒナギクを鳥カゴに入れたのです。

 

 

ヒバリは、羽を鳥カゴに打ちつけながら、悲しい声で呟いていました。

『 皆、僕に水をくれるのを忘れてしまっているんだ。 ああ、喉がカラカラだ。 』

ヒバリは冷たい芝生にくちばしを突き刺しました。

 

その時、芝生に紛れたヒナギクに気がつきました。

『 やあ、君だったのか! 可哀想に。 人間が君と芝生をカゴに入れたのは、ここを広々とした世界の代わりにしろってことなのさ。 でも、僕は外の世界を想い出して悲しくなるだけなんだよ。 』

 

 

夜になってもヒバリに水をあげる者はいませんでした。

明くる朝、男の子たちはヒバリが死んでいることに気づき、泣きました。

そして、小さなお墓を作ってやりました。

 

ヒナギクは芝生と一緒に道端に捨てられました。

このしなびたヒナギクがなによりヒバリを想っていたことなど、誰も知る由がありませんでした。

 

 

【 「傲慢」を回避するコミュニケーション&想像力 】

TOPICSでは、

 

人それぞれ、見ている景色や光景は違う

 

との視点を伝えています。

そして、特にSNSでの誹謗中傷に関し、

 

自分が見ている景色や光景の全てが・・・

正しいと思い込むのは傲慢・・・

 

という点に原因があります。

 

 

そして、

 

思い込みを打破するのがコミュニケーション

 

という事です。

そして、

 

コミュニケーションを円滑にするのが想像力の活用

 

という事です。

 

そして、同じくTOPICSでは、

 

外交の失敗が戦争

 

と伝えています。

そして、

 

「諦める」の語源は・・・

明らかに「見究める(見極める)」・・・

 

です、、、

 

つまり、

 

何事も人任せ(他人事)にせず・・・

涙目で物事を見ないように実践すると・・・

不幸に陥る3つの落とし穴(自己憐憫・共依存・責任転嫁)も・・・

回避出来る!!!

 

という事です!

 

 

では、最後の三つ目の物語は《 カニ母さん 》(イソップ)です!