【 止まらない負の歴史 】
敗北が続く中、海軍は神風特攻隊を出撃させました。
すると、同じく陸軍も特攻隊を出撃させるようになりました。
しかし、
戦局は変わらないどころか・・・
陸海軍双方の無謀な作戦はその後も続き・・・
多くの若者達の命が失われた・・・
というのは周知の事実です。

そして、1945年(昭和20年)8月、広島と長崎に原爆が投下されました。
更に、ソ連が満州国に侵攻し、日本の敗北は決定的となりました。
そして、海軍では即時降伏の声が上がり始める中、
中国大陸に大兵力を温存していた陸軍は・・・
この期に及んでも徹底抗戦を主張する・・・
という体たらくでした。
そして、御前会議の議論も紛糾する中、
天皇が慣例を打ち破り・・・
最後は天皇自らで降伏を決断した・・・
という結末を迎えました。

そして、日本が降伏した後、戦争を主導した軍の幹部達は戦犯として、極東国際軍事裁判に掛けられました。
しかし、裁判の場でも、
陸海軍双方の主張は相容れなかった
という状況でした。
なぜなら、
陸軍は戦争遂行の正当性を主張する一方・・・
海軍は戦争回避の外交を重視したと主張する・・・
という、双方が責任回避の動きを取ったからです。
そして、東条英機を筆頭に、
陸軍の戦犯に多くの死刑が言い渡されるものの・・・
海軍では死刑判決が一人も出なかった・・・
という命運を分けました。

【 いい年&目上の大人達にも関わらず 】
終戦から31年が経過した、1976年(昭和51年)10月27日、
防衛研修所に陸軍と海軍の元幹部達が集まり・・・
太平洋戦争の責任に関し・・・
お互いに議論を交わす・・・
という会合が開かれました。
しかし、
いい年&目上の大人達とは・・・
名ばかりで・・・
話が噛み合わないどころか・・・
正しいのは自分達であり・・・
悪いのは相手の一点張りという・・・
責任のなすり合いの応酬が続き・・・
当時からの根深い対立は・・・
未だに続いている・・・
という事実と真実が、白日の下に晒される結果に終わりました。

【 歴史を直視する 】
敗戦と終戦をキッカケとし、陸海軍共に解体されました。
そして、特に軍の幹部達は、
国を破滅に導いた存在
と、見做されるようになりました。
しかし、それから僅か5年後の1950年(昭和25年)、
朝鮮戦争にアメリカ軍が出動したが故に・・・
日本の治安維持が手薄になったとの方便が使われ・・・
警察予備隊が発足し・・・
陸上戦力が復活する・・・
という動きになりました。
そして、
同じく隊員育成が急務との方便が使われ・・・
元陸軍の軍人が幹部に重用される・・・
という流れになりました。

更に、2年後の1952年(昭和27年)、
旧海軍の軍人の働き掛けにより・・・
海上警備隊が発足し・・・
海上戦力が同じく復活する・・・
という流れになりました。
そして、海上警備隊に至っては、
志願者のほとんどが・・・
旧海軍の出身者で占められる・・・
という結果になりました。
こうして、
再び陸と海の2つの組織が並び立つ事になり・・・
1954年(昭和29年)に自衛隊が発足し・・・
現在に引き継がれる・・・
という歴史です。

【 全ては「地続き」の意味 】
その後の日本では、
高度経済成長を迎える中・・・
多くの企業が軍で培われた統率力を評価し・・・
戦争を指揮した軍の幹部達の多くは・・・
上場会社を含む企業の役員等に積極的に招聘される・・・
という動きが加速しました。
そして、自らに都合の良い「上意下達」を実現した企業の多くが、
組織に身を捧げる事を社員に誓わせ・・・
競争社会を勝ち抜く事だけを美徳と見做したが故に・・・
全てが組織優先の論理で動かされ・・・
経済戦争を引き起こした・・・
と、分析されています。

そして、同じく経済戦争に勝ち残った大企業の多くが、
社員の人権を無視し・・・
意図的にモーレツ社員を作り出した社員教育は然り・・・
「ガラスの天井」も含めた男尊女卑に象徴される・・・
戦後昭和の過酷で劣悪な社会と労働環境などを・・・
構築&統率する・・・
という流れになりました。
また、民間企業に限らず、霞ヶ関に代表される中央省庁に関しても、
弊害と呼ばれる「縦」割り行政と・・・
「横」の縄張り意識が巣窟する・・・
という実態が生み出されました。
そして、このような動きは、
戦後昭和だけに留まらず・・・
様々に形を変えて受け継がれ・・・
同じ事は今も続いている・・・
と、指摘されています。

そして、指摘をする一人が、作家の山本七平さんです。
かつての山本さんは陸軍に徴兵され、戦場も体験しました。
そして、それらの体験を元に、
日本の組織における責任の曖昧さを問い続ける
という活動に取り組みました。
そして、山本さんは、
戦後の日本の社会では・・・
敗戦で消えたはずの日本軍の影を・・・
機敏に感じ取っていた・・・
と、評されています。
そして、その証として、山本さんは次の通り話しています、、、
山本さん:
『 確かに戦争は終わった。 だが、私はいつも奇妙な “戦時中の顔” が、こちらを覗いている事に気づかない訳にはいかなかった。 全てが「タテ」だけで動き、横の協同は出来ない。 (組織への)責任の追求は消失し、無責任体制となる。 日本軍を貫いていた、あの力が、未だに我々を拘束している。 組織の名誉が絶対化すれば、常に同じ事の繰り返しとなるであろう。 』

では、番組は終了ですが、視点を変えてメタファー(物語や比喩・暗喩)として、『 頭のいい子を育てるおはなし366 』(主婦の友社)から、イソップの「 二匹の子ヤギ 」を眺めます!