【 ハーレムの英雄:(ドッジ) 】
オランダは、海よりも低い場所がたくさんある国です。
だから、水路を整え、高い土手で土地をぐるりと囲んで、水が入り込むのを防いでいます。
そんなオランダのハーレムという町に、ある男の子がいました。
男の子は八才で、優しい心の持ち主でした。
お父さんは、水路の門を開けたり、締めたりして、水の流れを調節する仕事をしています。
もし、急に水が増えて、水路が溢れたら、家も、畑も、水に飲まれてしまうでしょう。
秋の日の午後、男の子は水路の向こうに住んでいる、目の見えないおじいさんの家に、ケーキを届けに行く事になりました。
おじいさんは、男の子が来るのを、とても楽しみにしています。
土手を歩いて行くと、水路の水が増えている事に気づきました。
秋にはよく雨が降るので、水がたくさん流れ込んでいるのです。
おじいさんと楽しくおしゃべりをして、一時間ほど経った後、男の子は帰る事にしました。
帰り道、タンポポの綿毛を吹いて飛ばしたり、ウサギの足音を聞いたりしている内、気づけば夕暮れになっていました。
男の子はゾッとしました。
暗くなるまで森で遊んでいて、恐ろしい目に遭った子ども達の話が、頭に浮かんで来ます。
その時です。
どこかで、チョロチョロと水の流れる音がしました。
見れば、土手のふもとから、水が漏れ出しているではありませんか。
男の子は、水の出ている穴を見つけると、とっさに指を突っ込みました。
小さな水漏れを放っておくと、やがて水は土手をえぐって、崩してしまいます。
オランダでは、どんな子どもだって知っています。
そうはさせないぞ!
男の子は勇敢でした。
指で水を止めたまま、大人が通りかかるのを待ったのです。
ところが、辺りはすっかり暗くなり、人は誰も通りません。
「 誰か、来て! 誰か! 」
叫んでも、誰にも声は届きません。
辺りはとても寒くなり、指から腕まで、しびれてしまいました。
全身が痛くなり、もう、指を抜こうとしても、抜けるかどうか分かりません。
朝までこうしているしかない、と、男の子は気づきました。
どれだけ心細かったでしょう。
どれだけ家に帰りたかったでしょう。
でも、だめだ。
この場を離れたら、水は怒って、土手を突き崩し、町を飲み込んでしまう。
僕が守らなきゃ。
翌朝、ようやく教会の牧師さんが土手を通りかかって、苦しんでいる男の子を見つけました。
「 大丈夫か? こんな所で、どうした? 」
「 水漏れを止めているんです。 人を呼んで下さい、急いで・・・・・ 」
男の子はそれだけ伝えると、力尽きました。
男の子はたった一人で、町と町の皆を救ったのでした。