アリ(蟻)とチョウ(蝶)との「比較」から人間を考えてみる(笑)

「百聞は一見にしかず」との言葉もありますが、私も蝶の生態については朧気ながら小学生の時に習った覚えはありますが、本当に小さな蛹(サナギ)の中で、一見するとほとんど動きもない中(実際に私が「観察」していたら、時折ピクッ!やブラッ!と動く時がありました)、その蛹の内部では、蛹の数倍ほどの大きさになる羽根(翅)等が創られていきます。
そして、卵から幼虫、そして、幾度も変化(変態)を経て、皆さんもご存じの立派な綺麗な蝶になっていきますが、私達「人間」におきましても、「人は見かけによらない」などの言葉もあります(笑)

 

そして、私自身はこの時の「観察」を通して色々な事を肌で「知り」、そして「知る」につれて「気づく」事が多くなり、蝶が巣立つ時には「愛着」が湧いていたと共に一抹の「淋しさ」も同時に感じておりました(笑)

そして、私に蛹をくれた知人の方は、卵の時から保護し、そして幼虫へ与える餌(パセリなど)も自分で育て、そしてそれを水にさらして綺麗にしたりなど、かなりの手を掛けて育てていらっしゃいますが、それでも中には一部の羽根(翅)が育たずに飛べない蝶として生まれたり、どんなにお世話をして手を尽くしても途中で死んでしまう幼虫や蛹もいると教えてくれました。

 

そして、「想像力」を活用すればお分かりになるかもしれませんが、今回の蝶を例に取っても、(人の手が入らない)自然そのものの世界においては蝶として生き残れるのはほんの一握りであり、私達「人間」の目に見え触れ合える蝶というのは、その内のごくごく一部であるという事です。

そして、全卓樹 氏はこのように自由に飛び回り、そして、住む世界を拡大していく為の蝶の羽根(翅)の存在(意義)を「人間」に擬(なぞら)えて、つまり「比較」をして、次の言葉も同時にお書きになっております。
それが、

 

『 我々は何処から来たのか。

  我々は誰であるのか。

  我々は何処に向かうのか。 』

 

と、、、
では、少々長くなってしまいましたのと、皆さんなりの何かのキーワードのようなものを思い浮かべた(連想した)かもしれませんし、ここでも同様に「潜在意識における余韻」を邪魔してはいけませんので、締め括りと致しまして少しだけコメントさせて頂きます!
それは、

 

「気づく」という事は「感動する」という事と同じである・・・

そして「感動する」とは「心が動く(動いている)」事であり・・・

 

故に・・・

「心が動く(動いている)」という状態であれば「気づき」が増していき・・・

 

逆に・・・

「心が動かない(動いていない)」という状態であれば「気づき」から遠ざかる・・・

 

という事があります。
そして、カウンセリングなどにおきましても、時折、心が(全く)動かないなどを自認!?思い込み過ぎている(頑なに手放さない)!?という方もいらっしゃいますが、もし、心が(全く)動いていない、、、と感じたりする際には、

 

感謝(の心)が足りていないのだろうか(不足していないだろうか)???

 

と、ご自身に問い掛け、そして、感謝(の心)が足りていないと思い当たる際には、

 

傲慢(な姿勢)に陥ってはいなかっただろうか???

 

との「振り省り(振り返り)」をしてみて下さい。
そして、私の妄想!?からは、

 

「人間」以外の「(全)生命」は・・・

もしかしたら・・・

『 「人間」って(傲慢で)どうしようもないよねぇ~ 』・・・

 

などの会話をしているようにも感じます!?(笑)

 

ちなみに、蝶に関する他のテーマとしては2022年7月2日の第414回目のTOPICS『 多様な生命から人間という自分を知る ~私の蝶育て奮闘記!?も(笑) 』というのもございます(笑)

 

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