こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日、コメディアンである志村けん さんが帰幽されましたが、驚きや衝撃、また、ショックや悲しみを覚えている方々も多い事かと存じます。
私も物心の付いた時には既に、ザ・ドリフターズの八時だヨ!全員集合を好きでよく観ておりましたし、小学校の頃などは、時折土曜日のお昼からドリフ大爆笑が放映(なお、青森県ではフジテレビ系列がない為)されていた時などは、急いで帰宅したりといった想い出もあり、今回の件はとても寂しく感じております。

 

そのような、私の幼き頃からの側面もありまして、今回は「志村けん さんに学ぶ「志」 ~感謝と追悼、そして、その先へ~」というテーマをお届け致しますが、やはり、湿っぽい進め方では志村さんのご意向?にもそぐわないと感じ、今回も普段通りの「(笑)」も活用して進めて参ります!

ところで、そのように幼き頃から好きでよく観ていた志村さん(そして、ザ・ドリフターズ含め)ですが、記憶は定かではありませんが、おそらく、私の20代の頃かと思いますが、私の中では、

 

志村さんの「人となり」

 

にとても興味や関心を持っていたのを覚えております。
なので?先ほどの八時だヨ!全員集合のDVDボックスなども、大人買いで全て集めておりました(笑)

そして、ここでの「人となり」というのは、「性格」や「個性」や「お人柄」という表現よりも、私の中では志村さんの「本質」という面に焦点が当たっていた感が強いです。
そこで、先ほどの20代の頃かと思いますが、タモリさんの笑っていいとも!という番組に志村さんが出演する事が分かり、私はその回の放映を録画して観てました。

 

それはタモリさんとのトークのコーナーでしたが、そこに出演された志村さんは、被(かぶ)り物をして、そして、小さめの声で、とても緊張しているように見受けられ(実際にその番組内でも、志村さんは何度も緊張しているとおっしゃっていたように記憶しておりますが)、また、あれだけ笑わせてくれている姿の志村さんからは、ほど遠い?ような感じで、トークも途切れ途切れで早めにお帰りになったようにも記憶しております。

 

このように、当時の私が感じた志村さんへの興味や関心や印象は残り続けておりましたが、その後も色々な番組を通してであったり、あるいは先ほどのDVDなどを時折観たりといった感じでした。
そして、ここ十数年で、志村さんは被り物や扮装をせずに、色々なバラエティ番組にも出演されたり、ご自身の冠番組も持たれたりとしておりましたが、ここ最近においては、時折、ご自身の事を語る番組にも出演される機会が見受けられ、私は気づいた番組を録画して、幾つかはDVDに保存して、これも時折見返したりしておりました(笑)

では、私個人の前置きが長くなってしまいましたが、今回のテーマである、

 

「志」は・・・

「こころざし」と読むが・・・

その「本質や内容」については・・・

是非、皆さんの「自由で柔軟」な感性でお受け取り頂ければ!!!

 

との趣旨となっております!
なので、今回は特に、「私(瀬川)」が何かを伝えているというよりも、

 

「志村さん」の姿から・・・

「自由に柔軟」に・・・

皆さんなりの「何か」を発見して貰えれば!!!

 

との思いからのものでありますので、特にここからは、どうぞ皆さんの気の向くまま、また、志村さんの姿をイメージや思い返して読み進めて頂ければ、きっと、「何か」通じるものがある事と感じます(笑)

 

そこで、今回ここからご紹介して参ります素材は、2015年にEテレで放映された『 SWITCH インタビュー 達人達(たち) 』から、テクノポップユニットのPerfume(3人組の女性歌手)さんとの対談から引用と抜粋をしてお届けして参りますが、志村さんがどのようにお考えになられていたかは分かりませんが、その対談の印象などから、ほんの少しだけ私なりの視点も付け加えて進めて参ります!

 

なお、対談という形式の番組ですので、ご紹介する内容におきましては、一字一句全てが番組内の通りではありません事と、「( )」などを活用して補足なども行い、また、「(中略)」部分も存在しております点は、予めご理解とご了承頂ければと思います。
また、志村さんの発言部分に「(笑)」も付いておりますが、これは番組内で志村さんが「笑顔」で答えていた姿を、私なりに反映させて頂いたものであります。

それと、Perfumeさんは3人組ですが、そこでの発言等は一括して『 P 』と表記させて頂きます点と、志村さんは『 志 』と表記させて頂きます点も含め、予めご了承下さい。
さらに、「項目」別にご紹介して参りますが、この「項目」とは私が付け加えたテーマのようなものですので、番組内ではこのような項目別に進行されていた訳ではございませんので(笑)

では、志村さんへの感謝と追悼、そして、その先へというテーマの世界の扉を開けて参ります!

まず最初は、「経験と緊張」に関するものです。

P:「 志村さんも緊張されるんですか? 舞台(など)の前に? 」

志:「 僕は凄い緊張しぃですよ。
さっきも僕、(Perfumeとの対談の場所に)入って来るまで、凄い緊張してたの。
ダメダメ、ドキドキしちゃうの。 」

P:「 (長く経験を積んできた)今でも緊張されるんですね、、、 」

志:「 でもね、基本的に仕事をやる時は緊張してないとダメだと思うのね。
緊張を、それを、いい方に持っていく事だから。

緊張しないで舞台に出るとかって、そんな奴(人)信じられないもん、俺。

あとは、なるべく緊張をなくすのが、唯一、どれだけ自分が練習して、稽古して、あ、もうOK!となっていれば、そんなに緊張しないんだよね。
あそこの部分がやだなぁ(嫌だな)とかって残っていると、その所(場面)が来ると、ドンドン緊張しちゃうんだよね。
だから、どの部分も、どの部分も、全部、自信が持てるぐらいまで、いっていけば(練習や稽古をしていれば)、緊張しないはずなんだよね。

でも、緊張する、、、 」

 

私自身も含め、『 あ、もうOK! 』という境地にまで持って行く事は、なかなか出来る事ではありませんが、「(自分の出来る範囲内で)最善を尽くす」という面においても、また、「緊張しても良い!!!」という面でも、大いに活用出来る「心持ち」かもしれません(笑)

 

次は「理想」についてです。

P:「 この間、(志村さんの)舞台を拝見させて頂きまして、ビックリしたのが、(お客さんの)年齢の幅が、子ども達の声がしてるかと思ったら、大人の声で『 志村、後ろ! 』って言ってたりとか、大人も子どもになっているというか、、、 」

志:「 僕が一番、それが、狙っている所なんですよ。
お子様から年輩の方のおじいちゃん、おばあちゃんまでも楽しめるという舞台を理想としてるんで。
だから今は全く、ある意味、理想通りの狙いですね。 」

 

昨今は「分断(や分離)」、そして「コミュニケ-ションの阻害」が目に余るものがありますが、志村さんの「狙い」の中にある、「世代間」を「繋げる(繋がる)」という役割は、とても大きい力があるように感じます(笑)

 

次は「キャラクター(個性)」についてです。

P:「 (コントなどで色々なキャラクターを演じている事に関して)それ位、本当に人を観察されてると、色んな人を見て、分析されてますよね? 」

志:「 なんか、知らないうちに、そういうクセになっちゃった、職業病でしょうね。
人の動きをずっと見てたりするもんね。

前に、お金ない時なんか、喫茶店でジーッと窓の外を見て、その人の歩きを見て、『 あ、この人は、多分こうであれで 』って設定を勝手につけるんだよね、(例えば、その人が)家に帰ったら、こうでこうでとかって。

で、あんまり理解出来ない人がいたので、ついて行きましたもん、その人に。
『 この人、どんな人なんだろう? 』みたいな。 」

 

『 観察 』という言葉も出てきましたが、これは「(他の人も自分も含め)人間」というものに「関心」がなければ、なかなか出来ない事でもあります。
また、お金がない中でも、志村さんなりの「智恵や工夫」を活用して「観察」の機会を創り出していたエピソードですが、さずがに、知らない人に勝手について行くという「行動」は一般的には出来ませんが、「行動力の大切さ」という面にも光が当てられていそうですね(笑)

 

次は「発想(着眼点)」についてです。

P:「 他のキャラクターも、こうやって(人を観察する事で)産まれてくるんですか? 」

志:「 酔っぱらいとかは、けっこう観察して、こうだなぁとかってあるけど、『 変なおじさん 』だけはね、あれは、自分の願望でね。
願望なんですよ、あれは。

で、僕のコントの中で、これはずーっとやろう、毎回やろうと決めてやったのは、『 変なおじさん 』だけなんですよ。
それ以外は、何回もやろうと思って作ってないんですよね。

(自分の)発想が子どもなんで、子どもの時に、小学校でも「好きな子の縦笛とか吹いてみたい」じゃないですか。
そういう発想だけ(から)なんですよ、あれ(『 変なおじさん 』は)。

だから、アイドルの子のストローを吸いたいとか、そういう願望がある。
今でもあるんですけど、、、(Perfumeに向けて)もしよかったら箸(はし)ください(笑)
そういう感じなんですよ(笑)
それをただ(『 変なおじさん 』は)見つかっちゃうだけなんだよね(笑)

でも、ちゃんと自分で言ってるからね。
『 そうです、私が変なおじさんです 』ってね。
言ってるからね。

そう、(自分で)認めてるんだよね。
始めから、そう言ってるんだからしょうがないよね。
じゃあ、しょうがないかってなるじゃない(笑) 』

 

自らの願望などを「率直に表現する」のは、特に日本人(日本の文化)においては不得意な面が多々見受けられます。
勿論、(冗談を含めた)志村さんの願望も、それを実際の世の中や社会において行動に移せば、時には犯罪(やセクハラなど)近くになってしまうでしょうから、リップサービスを含めての意味合いでしょうが、昨今は「嘘や詭弁」がまかり通っているのが残念ながら実状でもありますし、更に「誰も責任を取らない」という姿勢を鑑みると、言い得て妙?かもしれませんが「潔(いさぎよ)さ」という視点にも繋がっていきそうですね(笑)

 

次は「求められる事」についてです。

志:「 (変なおじさん以外で)『 バカ殿様 』はねぇ~ あれは30年以上やってるからねぇ~。
こんなに長くやるとは思わなかった。
あれ、いつも顔でこうやって塗っている(白いメイクをしている)時に、『 なんで、こんなメイクにしちゃったかなぁ!? 』と思うもん(笑) 」

P:「 (それを受けて)もしかしたら続かなっかたものが、どうして今まで続いているんですかね? 」

志:「 要望があるからでしょうね。
昔から、あの~、全員集合とかって番組やっている頃からでも、ヒゲダンスとか、あんなものも皆ね、これを毎週やろうと思ってやった事は一回もないんだよね。
あれ生放送でお客さんの前でやってるから、やってみて、あれ!?これもう一回いけるんじゃない!?ってやってる事が、だんだん1年とか1年半とか2年とか、なっちゃったんだよね。

だから、狙ってはいないんだよね。
これを流行らせようとかって気持ちは全くないよね。 」

 

ここ最近の技術の急速な発展で、ネットやAIなどの活用においても、遠隔診療や自動運転なども開発されてきております。
勿論、現在の新型コロナウイルス対策の一つとして、遠隔医療や遠隔授業なども役立つ面も多々ある事と感じます。

ただ、志村さんの『 あれ生放送でお客さんの前でやってるから 』というコメントからも、直接あるいは間接も含め、「コミュニケーション」における「調和とバランス」をどのように活用し、役立てていくのかというヒントにもなっているのかもしれません。

そして、「コミュニケ-ション」とは「自己」も「他者」も含まれますが、どちらにおいても「自らが主体的に取り組む」事が出発点でもあり、また、それと同時に「求められてこそ」という面があるのも、同様の出発点にもなっております(笑)

 

次は「動機」についてです。

P:「 コントってものを好きになったのは、いつからなんですか? 」

志:「 コントって、、、う~ん コントが何かよく分からないんだけど、何か、あの~、素では俺そんなに面白くないんですよ。
普段そんなにワァワァしゃべる訳でもないし、それか、なんか、こう、カツラとか、何か、役に、その人になると、何か出来るのね。
大胆な事もいける気がするのね。

それからだね、役に扮すると、こうなるっていうのがね。
だから、普段は凄いマジメなんですよ、こう見えて(笑)

俺、だから、最初の頃はトーク番組でも扮装して出ましたもん(笑)
ダメなんだよ、素を見られると(笑)
でも、最近少し成長したんだね(笑) 」

 

ここでは、最初に私がコメント致しました『 志村さんの「人となり」にとても興味や関心を持っていたのを覚えております 』に対するある種の答えが現れておりますが、このTOPICSにおいても「大切なのは真の動機」という事をお伝えもしておりますが、その「真の動機」を探す為には、「自分を知る」という作業も同時に必要になってくるのが、ここでの志村さんのコメントにも表現されているようにも感じます。

その「なぜなら~」は、『 でも、最近少し成長したんだね(笑) 』という部分に「反映」されているのかもしれません(笑)

 

次は「内面(側)と外面(側)」についてです。

P:「 (長く同じキャラクターなどをやり続けている事に関して)飽きたりする事はないですか? 」

志:「 飽きはしないね、大事にしてる。
この人(キャラクター)に今度、何やらせようか?と思うの、ネタを考える時に。
今度このおじさんに、何させてやろうかな?って考えるから。 」

P:「 じゃあ、客観的に、その、自分で演じられているけど、客観的にそのキャラクターを見ているんですね? 」

志:「 常にそう。

自分でやっている事は、上からもう一人の自分が見ていないと。

(観客などに)どう受けとめられているかってのは、自分でもう一回見ないといけないからね。

この人はこういう事やるけど、このキャラクターの人は、こういう事やらないよっていうのは、ちゃんと、一応、自分の中では分けてる。 」

 

ここでの「内面(側)と外面(側)」という視点はもうお分かりかと思われますが、言葉を変えれば「主観と客観」も同じ意味です。
前回のTOPICSにおいては、湯川秀樹 氏の言葉をお借りした「離見の見」も同様です。
そして、「お天道様は見ている」「壁に耳あり障子に目あり」という言葉もありますが、昨今はこのような視点がかなり失われつつある社会や世の中です。
この「誰かが」見ている、あるいは「自分は」見ているという視点は、「自律・自立」には欠かせない要素となっております(笑)

 

次は「笑いと悲哀」についてですが、これは、コントで、キャラクターを作って臨むのではなく、敢えて『 普通のおじさん、お父さん 』を演じた事についてのものです。

志:「 これも狙いがあるんだよ。
お父さんは一生懸命頑張っているのに、今はあんまりね、、、ちゃんとしてくれる家庭もあるだろうけど、わりと寂しいじゃない。

でも、お父さんが頑張っているのを、家族がもうちょっと、たまには感謝しようよ、とかいうのがあるから、ああいう(いわゆる、家庭内での冷遇?されているおじさんやお父さんという姿の)寂しいコントを見せると、何か見てた人が、あ、お父さんに今度、優しい言葉でもかけようかな、ってなるじゃないですか(という狙い)。 」

 

ここでは勿論の事、「男性」と「女性」や「お父さん」と「お母さん」という「区別」を設けている趣旨ではないのはお分かり頂けるかと思います。
現に、全員集合などでの志村さんは、主婦や子どもなどのキャラクターも、その当時の様相を反映して演じておりましたのはご存じの通りです。
リーダーのいかりや長介さん扮する「お母さん」の光景は多くの方が目にしていた事かとも思いますし(笑)

そして、この番組内では触れられておりませんでしたが、最近私が観た別の番組では、先ほどの志村さんがライフワークとしてやっている舞台においては「笑いと悲哀」の「重なり」と「繋がり」とを表現しようと試みていたフシが多々見受けられます。
そして、ここでは、「(他の)人を変えようとする前に、まずは、自分が変わること」という視点との、「繋がり」と「重なり」も見受けられるように感じます(笑)

 

次は「考える(考え続ける)」についてです。

P:「 こういう時に思いつくとかってあるんですか? キャラクターとか、台本の内容とか、ハッ!て閃く時とか、どういう時とかあるんですか? 」

志:「 う~ん、どこっていうのはないけども、常にあるから、(頭を指して)この辺に、どうしよう?どうしよう?って。
それがあんまり重なってくると、イライラしてくるんだけど、ずーっと人間こうやって、台本作ろう作ろうって考えてても、集中力って20分くらいしかないんだよね、基本的に。

あとは、もう考えているフリしてるだけで、本当、皆そうよ、俺の周りにいる人って。
もう、なんだろうね~

だから、基本的に考えるのが一番辛いから、それが嫌だから、今の人はそれをやらないんだよね。

セット作ってコントなんかやらないじゃないですか、他の人も、皆おしゃべりの方で、僕はおしゃべりが下手だから、おしゃべり上手い人の方が凄いと思うの。
本番30分前に行って、パァ~っと出来る訳じゃない。
僕は3日くらい掛けて台本作って、セットをチェックして、色々全部やってやる(本番に臨む)から、大変な、結構労力がいるのね。

だから、皆それを避けて通るんだよね。

でも俺はそれがクセになってるから、40年もやっているから、それをやるから、なんか、生き残っているのかなぁ。
人が嫌がる事を、、、だと思うね(笑) 」

 

勿論、志村さんは他の芸人の方々などを「否定や非難」しての趣旨でない事はお分かり頂けるかと思います。
そして、『 集中力って20分くらいしかないんだよね、基本的に。 』という視点を持てているという事は、「常に考え続ける(常に考え続けられる)」為にはどうしようか?という視点も「源」に持ち続けているからこそ、出て来る発想でもあります。
多くの人が「考えない」、これが「無関心」を産みだしている最大の原因であるのは、論を待たずです(笑)

 

次は「本心」についてです。

志:「 (子どもの頃から)人と同じ事をするのが、あまり好きじゃないね(笑)
あとは基本的に自分の中で、自分がまず凄い面白いと思った事しかやらないですね。
そこは昔からそうですね。

P:「 それは何でですか? ご自分の中に違和感があるからなのか、お客さんにバレちゃうからなのか? 」

志:「 いや、バレちゃうというか、自分が得意な事しかやらないっていう事だね。
人がこれやっているけど、じゃあ、それをやってみようとかは、あまり思わないです。

無理して、そんな、ね~、自分に合わない事をやってウケないよりは、自分の得意分野でウケた方がいいじゃないですか。 」

P:「 って事は、その得意分野っていう所が、結構、志村さんはハッキリされてるんですか? ここが自分がシックリくる、得意だって? 」

志:「 自分の中ではね、昔からそうだけど、僕は動き「7」で、しゃべり「3」なのね。
だから、ずーっと、しゃべって笑わせる人は凄いと思う。
でも、自分は出来ないから、表情とか、体技で笑わせているのね。
(中略)
しんどいけど、この歳までやっている事が嬉しいね。
でも、まだまだだなぁ、っていうのもあるしね、、、 」

 

私達の世の中や社会においては、特に日本においては、「(他の)人と違う」という面を「忌み嫌う」傾向が未だに高いです。
勿論、迷惑を掛けないように一定のルールや常識などは必要なものもあります。

しかし、幼き頃から、「(他の)人と違わない」ように教育されたり、あるいは、そのような「社会的風潮」があるのは皆さんもご存じの通りです。
また、「好きな事をしていては生活出来ない」「幸せになる為には何かの犠牲が必要」などの「観念」も植え込まれてしまうケースがとても多いです。

そして、志村さんにおいても、「自分を知った」上で、そこに「自分なりの創意工夫」という「味」を加味しているという面があってこその「姿」であるのは、「多様性」という面からも参考になるかもしれません(笑)

 

次は、これまでの所でも幾度か出て参りましたが、「コミュニケ-ション」についてです。
先ほどからの志村さんのライフワークとしての舞台は56歳から毎年続けてきたものです。
その舞台では、コントあり人情喜劇もありの、、、

志:「 舞台は、一体感は結構出ますね。
それが舞台の一番いい所ですよね。
お客さんと呼吸してるってのがね。 」

P:「 舞台みたいにお客さんがいるのと、カメラの前でコントするのと、どっちがやりやすいですか? 」

志:「 それは、もう、お客さんがいる方が、やっていて、、、

だから僕は年に一回だけは(舞台を)やらせてくれって、10年やってるんだけど、テレビだけだと、その中のスタッフは笑ったりするんだけど、う~ん、自分が面白いと思ったものしかやってないんだけど、ちょっと不安になるんだよね。

もともと全員集合って番組で、いつも毎週お客さんの前でやってたから、反応がすぐ分かるから、それで教わる訳ね。

で、今度ずーっとテレビのスタジオでやるのも、それもスタジオでなきゃ出来ないコントもあるから、それはそれで面白いんだけど、で、実際、舞台でやるとお客さんの反応と拍手と笑い声が、凄い自分の中の勇気と自信になってくるのね。

う~ん、じゃ、やっててよかった、これでもう1年このままでいけるなって、思う訳ね、間違ってなかったなと思うの、自分が。

この違いは、でも、大きいですね。

お客さんの前って好きだねぇ~、緊張するけど、あの興奮度と終わった後の満足度、、、やっぱり、代えがたいねぇ、あれはね、、、

終わってからの、嬉しいのと、テンション上がってるのが、分かるじゃないですか、自分で。

(中略)

(でも)、あんだけ興奮してて気持ちよかったものが、ファって家に帰って一人でいると、、、さっきまで、あんなだったのに、なんで、こんな今、独りで、こんな寂しく酒飲んでるんだろ?って思っちゃうと、寂しくなるよなぁ(笑)
やっぱ、家族が必要なんだな(笑) 」

 

最後は志村さんなりの「落ち」で締め括ってくれておりますが(笑)、「コミュニケ-ション」を避ける要因の一つに、「耳に痛い事は聞きたくない」というのがあります。
そして、現在の新型コロナウイルスにおいても、「コミュニケ-ション」における「呼吸」というのが阻害されてしまいます。

志村さんはテレビカメラの前だけだと『 ちょっと不安になるんだよね。 』との思いを持ちつつも、 『 お客さんの前って好きだねぇ~、緊張するけど 』『 いつも毎週お客さんの前でやってたから、反応がすぐ分かるから、それで教わる訳ね。 』『 実際、舞台でやるとお客さんの反応と拍手と笑い声が、凄い自分の中の勇気と自信になってくるのね。 』との思いからも、ご自身なりに「コミュニケ-ション」の大切さに、そこに「調和とバランス」を加味する楽しさも、それまでの「経験」から(無意識ながらも)「会得」していた事であるかもしれません。

なぜなら、お客さんから『 教わり 』、教わったものから何かを産み出し、それにお客さんが『 拍手と笑い声 』で応えてくれて、志村さんの中における『 勇気と自信 』に繋がっているという、正(ポジティブ)のスパイラル(循環)が産み出されている事が、ちゃんと「コミュニケ-ション」が築かれている、何よりの証となっています。

長くなってしまいましたが、次が最後の項目になりますので、いかりや長介さんのように、『 次、行ってみよう! 』で最後までお付き合い頂ければ幸いです(笑)

 

では、最後は「進歩や発展」についてです。

P:「 志村さんの最終形っていうヴィジョンはありますか? (自分達には)もうこれ以上ないだろうなっていう目標を叶えてしまった時の不安感(があるんだけど)というか? 」

志:「 でも、今までやってきた事が、逆に、自信になってきているでしょ。
もの凄い大きな自信になってきているから、そうなってから、今度、急に、そんなステップアップは出来ないよね。
する必要もないし。

あとは、それをどう維持するか、、、チョットでもいいから、右肩上がりで、薄くてもいいから、と(自分は)思うんだよね。
(中略)
チョットでもいいから、チョットでも、1㎜でいいから右肩上がっていけばいいっていう気持ちくらいの、ゆとりを持ってやった方がいいと思うよ。

あのぉ~ 勢いでやっている時よりも、何か、う~ん!?っていう、チョット深みがあるっぽいものが、出来る気がするよね。

そういったものを、(更に)重ねて、、、 」

 

意外!?に思われるかもしれませんが、私達が何か新しい事を始めようと考える時、あるいは、何かを変えてみようと思う時、「二の足を踏ませる」一つとして、「最終形(という完璧さ)」に辿り着いてしまったら、自分はどうなってしまうんだろう???という「怖れ」を抱えている事が、かなり多くのケースで見受けられます。
しかし、そのような事(そのような「完璧」という境地に至る事)は(この世で生きている限りでは)「不可能」でありますので、安心して下さい(笑)

ただ、いつまでも過去のバブルの幻影を追い求め、ひたすら経済のみを右肩上がりに出来る訳でないのは、もう周知の通りです。
これは志村さんのコメントをお借りすると『 あのぉ~ 勢いでやっている時よりも 』という表現に当てはまるようにも感じますし、また、私達は「成長し続ける」という意味合いには、 『 チョットでもいいから、チョットでも、1㎜でいいから右肩上がっていけばいいっていう気持ちくらいの、ゆとりを持ってやった方がいいと思うよ。』における「ゆとり」が必要であるのと、実は、その先の右肩上がりの真意は『 何か、う~ん!?っていう、チョット深みがあるっぽいものが、出来る気がするよね。』のように「深み」というものに「答え(という繋がり)」を見出しているようにも感じます。

なぜなら、『 そういったものを、(更に)重ねて、、、 』のコメントにあるように、「線」のように現す事が出来ないのが「深み」でもあり、「深み」を現す事が出来るのは「重ねて」という事だからです、、、更に、『 薄くてもいいから 』というコメントにも如実?に現れているようにも感じます(笑)

 

では、改めて長くなってしまい申し訳ございませんが、今回素材として取り上げた番組は1時間ほどのものですが、志村さんのパートは30分ほどであり、今回ご紹介出来た部分も、その中の引用と抜粋ですので、この他にも色々な言葉を伝えられておりました。

そして、そのような面も含め、また、当然ながら志村さんの「本質(本意)」を私が正確に汲み取る事が出来ている訳でもありませんし、もしかしたら、全く違う意味でおっしゃっていた部分もあるかもしれませんが、その辺りは、志村さんを含め、ここ迄お読みになって頂きました皆さんにおかれましても、ご理解とご了承を頂ければと思います(笑)

そして、やはり、

 

あの世(という天国)から・・・

志村さんが「笑顔」で・・・

「だいじょうぶだぁ~」!!!

 

って伝えてくれるような世の中や社会にしていく事が、この世に残され、そして、まだまだ生き続けねばならない私達においての最高最善の供養となるかもしれませんし、その為には、

 

考える(考え続ける)

 

という視点が、絶対的に欠かせないという事に、私自身も含め、少しでも「気づいて」いけますように!!!