ヒプノ(催眠)と魂の視点から考える「HSC(HSP)」

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回は「ヒプノ(催眠)と魂の視点から考える「HSC(HSP)」」というテーマをお届け致しますが、皆さんは、この「HSC(HSP)」という言葉をお聞きになった事はありますでしょうか?
この言葉は、ここ数年で少しずつ聞かれるようになって来ているものでもありますが、ご存じ無い方も多くいらっしゃるかと思いますので、まずは最初に、「HSC(HSP)」の簡単なご説明から進めて参ります!

この言葉は、米国の心理学者であるエレイン・N・アーロン博士が提唱した概念であり、

 

「HSC」とは、「ハイリー センシティブ チャイルド(Highly Sensitive Child)」と言われ

「ひといちばい敏感な子ども」と日本語で訳されている

 

ものです。
ちなみに「HSP」とは、「HSC」の「C(Child)」を「P(Person)」に置き換えたものであり、「ひといちばい敏感な大人(人)」と捉えて頂ければ理解しやすくなるかと思います。
そして、この分野の研究においては、

 

この「HSC(HSP)」には「5人に1人」が該当する(と言われている)

 

との報告がされているそうです。
また、これは医学的な概念では無い為に、(現在の所では)「治療の対象」とはなっていないとの事でもあります。
そして、ここでの「敏感」については、程度の差も含まれてきますが、様々な表現がされていますので、イメージとして捉えやすくなるように、幾つかの実際によく見られる(現れる)ケースを列挙してみます。

 

〇 (赤ちゃんの時に)あまり寝られずに、よく泣く
〇 音や言葉(の刺激)に敏感で傷付きやすい(傾向が高い)
〇 強いこだわりを持っている
〇 思い通りにならない時に癇癪(かんしゃく)を起こしがちになる
〇 感受性が豊か

 

などがよく言われているものです。
そして、このようなケースなどから「我が儘であるなどの誤解を受けやすい」という事も多々起こるそうです。

また、このようなケースでは「発達障害」とも「重なる(似ている)」面もある事から、医師の中でも「HSC(HSP)」を知らない場合では「発達障害」と診断されているケースもあるとの報告もされております。

そして、「HSC(HSP)」と「発達障害」の一般的な線引きとしては、

 

「発達障害」では、(他の)人の気持ちを考えるのが苦手(な傾向が高い)

と言われているのに対し、逆に、

「HSC(HSP)」では、(他の)人の気持ちを(ある意味、必要以上に)推し量る(傾向が高い)

 

という基準が用いられているそうです。
そして、この基準においては、語弊があるかもしれませんが、世の中や社会においては、「空気を読む・読めない」などと言われている事象と似通っているようにも感じます。

ちなみに、「発達障害」に関しては、2018年6月16日のTOPICS「発達障害から学ぶ様々な視点」でも取り上げておりますので、関心のある方は、宜しければそちらも参考にしてみて下さい。

 

そして、「HSC(HSP)」の特徴(傾向)と考えられているのが、以下の「DOES」として挙げられている、4つの指標となっているそうです。

 

【 D 】:深く考える(Depth of processing)

【 O 】:過剰に刺激を受けやすい(being easily of Overstimulated)

【 E 】:感情の反応が強く、共感力が高い(being both Emotionally reactive generally and having high Empathy in particular)

【 S 】:些細な刺激を察知する(being aware of Subtle Stimuli)

 

では、ここ迄において、「HSC(HSP)」の大体のイメージは捉えられてきている事かと思います。

「HSC(HSP)」においては共感力が高い、人の気持ちを推し量れるなど、逆に、いわゆる「普通」の人にもっと備わっていて欲しい?あるいは、ちゃんと気づいて欲しい?とも思えるような、「素晴らしい個性」も含まれておりますし、芸術性が高いなどでは「発達障害」における「個性」とも「重なって」いる面も見受けられます。

 

ところで、このような「HSC(HSP)」や「発達障害」に関しても、その情報や対応法などは、ネットやSNSなどにおいては沢山の紹介がされておりますし、役立つものもあるかと思われます。
そのような中で、ご自身(あるいはご家族など)において活用出来そうだと思われるものは、取り入れて試してみるのも宜しいかと感じます。

 

そのように、様々な捉え方や対応法がある中で、今回のTOPICSにおいては、あくまで「私自身の個性を表現」するという観点からも、ここからは「HSC(HSP)」における「ヒプノ(催眠)と魂の視点」を当てはめて考えてみます!
なので、正解や正しい方法という趣旨では無いという点をご了承頂ければと思います。

 

そして、このように様々な情報や対応法が紹介されている中で、(あまりにも多すぎて)何を取り入れたら良いのか分からなくなってしまう、あるいは、多くの事を取り入れてみたけれどあまり効果が感じられない、などの感想をお持ちの方もいらっしゃるかと思われます。
そこで、ここからご紹介するのは「ヒプノ(催眠)と魂の視点」からのものではありますが、

 

様々な情報や対応法がある中において・・・

それらの「土台・基盤」となり得る・・・

(自分の中の)「心持ち(焦点の向け方)」に活用してみる・・・

 

という面を少し考えてみます。
では、まず、ここ迄においても出てきましたように、「HSC(HSP)」においては、

 

「敏感」

 

というのがキーワードになり得る事と感じます。
ところで、ヒプノセラピー(催眠療法)においては、「年齢退行療法(インナーチャイルド)」という手法も有名ですが、これは、幼い時分に遡って出来事や物事から「気づき」を得る事により、現在の自分を癒したり、症状等の改善に活用したり、新たな視点を身に付けたりといった幅広い効果が認められております。

そして、この「年齢退行療法(インナーチャイルド)」を行うと、

 

「胎内(記憶)」にまで遡る・・・

 

という方も結構いらっしゃいます(笑)
そして、そのように「胎内(記憶)」にまで遡るケースにおいて、意外にも?多くの方が発言するのが、

 

(この世に)産まれる直前(出産間近の産道の辺り)になって・・・

尻込みをした・・・躊躇いを覚えた・・・怖じ気づいた感覚があった(恐怖を感じた)・・・

 

というものです。
ちなみに、私自身もヒプノセラピストの認定を受ける為の講義と実技において、練習台としてこの「年齢退行療法(インナーチャイルド)」を幾度も受けましたが、その際の一つのテーマとして「焦り」を試してみた事があります。

と言いますのも、周りからどのように見られているかは分かりませんが、私は結構「せっかち」な方に当たります(笑)
何か、物事や出来事の向かう先やゴールが見えてくると、妙に?無性に?「焦りを覚える」という感覚があったからです(笑)
そこで、試しに行ってみた所、

 

産まれる直前になって・・・

少し、足止めを喰らった・・・???

 

ような「胎内記憶」が出てきて、(出産時に)自分では早く産まれて楽になりたい!!!と感じているのですが、なかなか(胎内の)外に出る事が出来ずに、ヒプノの最中に息苦しさを感じました(笑)
既に母は他界しておりますので事の真相は分かりませんが、この時からは、先に向かう際にもそれほど焦りを覚える事もなく、焦りを感じている時でも、その焦りに「気づく事が出来る」ようになっていきました(笑)

 

少し話が逸れたので元に戻しますね!
そこで、

 

産まれる前の私達は・・・

意識(魂)そのものであり・・・

その意識(魂)の振動数(波動)は、かなり高い・・・

 

という本質が備わっております。
しかし、

 

産まれ着いた・・・

この世の振動数(波動)は、かなり低い・・・

 

ものであります。
そして、

 

この産まれる「前と後」の振動数(波動)の違いにより・・・

『尻込みをした・・・躊躇いを覚えた・・・怖じ気づいた感覚があった(恐怖を感じた)・・・』

 

という「感受性」に繋がっている可能性は(かなり)高いと感じています。
そして、多くの場合では、この振動数(波動)の違いに自然に慣れたり、また、その後の成長と共に「潜在意識」への周りの人々からの働きかけ(一部の常識などを教えられる)が為される事で、ある意味、この世や社会において「生きやすくする」為に振動数(波動)を低くする方向性に向かっていく、という仕組みが活用されたりもします。
勿論、周りの人々からの働きかけというのは、善意からのものでもあり、無意識の上での行動でもありますが、、、(笑)

 

しかし、中には、比較的、産まれたままの振動数(波動)を保ちつつ成長を遂げていく人もいらっしゃいますので、このような場合では「敏感」になるというのも、自然な流れでもある事です。

では、ここで、赤ちゃんや小学生低学年頃までの対応法の一つをお伝え致します。
それは、

 

赤ちゃんの場合では、「肉声」での子守歌などを聴かせてあげる

小学生低学年頃の場合では、「歌詞の入っていない」メロディーを聴かせてあげる

 

というものです。
なぜなら、

 

発せられる「言葉」や「音」には・・・

固有の振動数(波動)が伴っている・・・

 

からです。
皆さんも、好きな(歌)声や、心地よく感じる音などは実感としてある事と思います(笑)
川のせせらぎであったり、焚き火のパチパチする音などなど、、、
なお、好きな(歌)声というのは、高い声や低い声、あるいは、シブ~イ声などの、「単に感覚器官に届く」という性質とは若干違いますので(笑)

そして、何故「肉声」かと言いますと、これは、「胎教」などでも知られている通り、

 

産まれる前から既に・・・

親御さんなどの「声」の振動数(波動)に親しみを感じている・・・

 

からであり、

 

親しみを感じるというのは・・・

「安心感」に繋がっている・・・

 

からです。
そして、「歌詞の入っていない」メロディーというのは、「言葉の持つ意味の響き(という振動数(波動))」が関係してくるからです。
例えば、誰かから「ガミガミ」怒られた、あるいは、「チクリチクリ」と嫌みを言われた、などの経験は皆さんもあると思います(笑)
そのような観点からは、小学生低学年頃にまでなると、(多少の)言葉(の意味)も理解出来ているようになりますので、「絵本の読み聞かせ」なども効果を上げる対応法となっていきます。

そして、このTOPICSでも幾度も取り上げております、20世紀最大の催眠療法家であるエリクソンは、

 

クライアントが大人であれ子どもであれ・・・

クライアントの「潜在意識」に(直接)語り掛ける・・・

 

という事を行っておりました。
でも、ここで、「潜在意識に(直接)語り掛けるって、、、どうやって行えば良いの?」というご質問が真っ先に出てきますよね(笑)
では、この誰にでも出来る簡単な方法とは、

 

出来る範囲内で構わないので・・・

発する一言一言に・・・

心(という思い)を込める・・・

 

というものです!
なぜなら、

 

このように心掛けているだけで・・・

語り掛けるペースは自然と緩やかになり・・・

そこには無意識の上でのメロディーライン(話すテンポ)が自然と出来上がっていく・・・

 

からです。
これは、絵本の読み聞かせでも普段の会話でも同じ事です。
大体にして、怒っていたり、感情優位になっている時には、誰もが自分でも気づかぬ内に「早口でまくし立てる」という「行動」を取っているものですし、絵本の読み聞かせを「早口でまくし立てる」というやり方は誰もしないですよね(笑)
そして、

 

エリクソンの「潜在意識」に(直接)語り掛けるというのは・・・

「潜在意識」という「魂」に(直接)語り掛けている・・・

 

のと同じ事になります(笑)
そして、

 

この「込める」という姿勢が・・・

自然とあなたの振動数(波動)を高める事に繋がっており・・・

それにより「(相手が感じる)安心感」にも繋がっていく・・・

 

という仕組みでもあります。
そして、このような「姿勢」というのは、「祈り」にも「重なって」きます。
なお、ここでの「祈り」とは、神や仏に対してではなく、宗教的な要素や儀式でもなく、ましてや、片膝をついたり地面にひれ伏すようなものでは全くありません(笑)

 

以前のTOPICSでも少し触れた事がありますが、この「祈りの効果」というのは、海外の大学病院などではご病気の方々に向けて、何度も実証実験が試みられており、「祈りの仕組みの証明」は出来ていないが、確かに祈られた方々は治癒率が高まったり、早く回復していくというのが統計上でも明らかになっており、その幾度もの結果から「祈りには何かしらの効果がある」との結論付けもなされております。
ちなみに、ここでの実験の「祈り」は宗教などの宗派に関わらず(そのような宗教的関与を含めずに行われており)、医学的にも効果が認められているものでもあります。

 

そして、先ほど、『これ(「HSC(HSP)」)は医学的な概念では無い為に、(現在の所では)「治療の対象」とはなっていない』との説もご紹介致しましたが、

 

個性や性格は・・・

「治す」ものではなく・・・

(変えたければ)「変えて」いくもの(変えていけるもの)・・・

 

でもあります。
特に日本においては、世界各国と比較しても、精神に関する事柄においては「過剰薬物投与」が深刻な問題になっております。
勿論、私は医師ではありませんので、薬物投与の是非などにコメントは出来ませんし、する気持ちもありません。
また、症状を少しでも和らげていく為に薬物投与が必要な場合もあるでしょうし、それを否定も非難もしておりませんし、有効に活用するので良いとも思います。

 

ただ、これも先ほどご紹介致しました、『医師の中でも「HSC(HSP)」を知らない場合では「発達障害」と診断されているケースもあるとの報告もされております』のように、疑問などはちゃんと医師の方に訊ねてみて下さい。
その際に、医師の方の説明が「早口でまくし立てる」ような感じでなければ、信頼を置ける医師の方であるかもしれません(笑)

ここでも話が逸れてしまい申し訳ございませんが、では、この「祈り」をどのように活用するのかと言いますと、

 

〇〇さん(お子さんや知り合いの方など)にとって・・・

「最善の」学び(あるいは状況など)として進みますように・・・

 

などで大丈夫です。
ここでは、例えば「落ち着いて欲しい」「変わって欲しい」「治って欲しい」などの内容になってしまいますと、「祈る側のエゴ」が含まれてきますし、結果的には「祈られる側の人をコントロールする」事にも繋がりかねませんので、「最善の〇〇として」という点は意識に入れて置いて下さい!

なお、この祈りには「回数」も「やり方」もありませんし、何時でも何処でも、ほんの数秒で構いませんし、「込める」事が行われていれば充分ですので、「どういう方法が良いの?」などのように、「頭で考え過ぎない」ようにするのがコツでもありポイントです(笑)

 

では、ここ迄はどちらかと言うと「C(Child)」という子どもさんの方々に向けてではありましたが、「P(Person)」の方々においても同様に活用出来るものでもあります。
そして、「P(Person)」という大人の方々に向けては(なお、「一緒に考える事が出来る」という意味で、ここでの大人には小学生高学年以降の方も含めます)、

 

卑屈にならない(卑屈になる必要性は全くない)!

 

という点を、まずは、しっかりと心に刻み込んでみて下さい。
そして、その上で、

 

コミュニケ-ションと創意工夫を活用する

 

という面に意識を向けてみて下さい。
これも「発達障害」においても、例えば、周囲の音が入り過ぎてしまう事により、大学などの講義の場では、ノイズキャンセリングのイヤホンを活用したり、また、光や情報などの刺激が目から大量に入って来るが為に、誰かとお話したり会議の場などでサングラスを活用するのと同じ事です。

そして、これは私からのお願いとでも言えるのかもしれませんが、

 

どうぞ、「普通」と言われている人々に・・・

ご自身の感じている事を伝えて上げて下さい・・・

 

なぜなら、

 

「普通」と言われている人々は・・・

教えて貰わないと・・・

(なかなか)「気づけない」・・・

 

からです。
伝えても理解出来ない、あるいは、理解しようとしない人もいらっしゃる事も事実ですが、どうぞ、私を含め、是非教えて下さい!
必ず、理解し、そして、必要な際には手助けしてくれる人はおりますし、何より、(失礼な物言いかもしれませんが)お手伝いをさせて貰う事で、私を含め色々と学ばせて貰ってもいるからです!

 

では、最後に今回のテーマに魂の視点を当てはめてみます!
それは、

 

子どもは親を選んで産まれてくる・・・

そこには・・・

この親なら「安心して」自分の学びが出来る!

 

という魂の視点からの「信頼」が存在し、それと同時に、

 

子どもが選んだ学びを・・・

親自身の魂の視点でも「同意」している・・・

 

という事があります。
この視点により、

 

親としては・・・

どうして我が子が・・・

どうして私(達)の家だけが・・・

 

とのスパイラルに陥るのを防いでくれる事になります。
そして、子どもは大人という「人(間)」に成長していきますが、そして、先ほどの「卑屈にならない」事の繋がりとしても、

 

いわゆる「普通」と言われる人々では・・・

世の中や社会の振動数(波動)の乱れを感じ取る事が出来ず・・・

その乱れの原因や理由から「目を逸らして(無関心で)」いるが故に・・・

「鈍感」になり過ぎている・・・

 

のが現状における事実です。
それに対し、「敏感」であるという事は、陰にも陽にも「気づける」ように光を当ててくれているという役割をお持ちの方々でもあります。

このような「学びや役割」という表現をすると、誤解を生むのも承知の上ですし、(辛く苦しい思いをされている)障がいやご気をそのように捉える事に非難が出るお気持ちも分かりますし、ましてや、運命論などと言うものでもありません。
ただ、繰り返しになりますが、

 

変えていける(可能性のある)もの

 

でもあるからです。
勿論、産まれつきの先天性の場合や、後発的な障がいなどの場合でも、中には、「充分に満足出来る」迄には変えていく事が難しいケースが実際に存在するのも承知の上です。
ただ、

 

「生き辛い」と感じるものは・・・

世の中や社会の一人一人が・・・

思いやりや・・・想像力や・・・考えるという事で・・・

必ず「変化を遂げる(状況や環境を変えていける)」事が可能なもの・・・

 

でもあるからです。
そして、このような世の中や社会に対する「特効薬」というものはありません。
やはり、

 

池に波紋が広がり・・・

その波紋が相互に干渉し合う事により・・・

波紋はドンドン広がっていく・・・

 

のと同じで、一人一人が「考える」事が、「急がば回れ」のように「一番の近道」になっています。
そして、今回の「HSC(HSP)」や「発達障害」であっても、あるいは、その他の何かしらの障がいやご病気と呼べるようなものにしても、

 

そのような方々が「生きやすい!」と感じられる世の中や社会であれば・・・

いわゆる「普通」と言われる人々においても・・・

同じく「生きやすい!」と感じる!

 

のは、「子ども」でも「大人」でも、同じ「人(間)」として簡単に理解可能だと思うのですが、、、
そして、「生きやすい!」と感じる「下ごしらえ(土台・基盤)」には、「安心感」というキーワードも深く関与しておりますので!

ちなみに、お気づきになられましたでしょうか?、、、『その波紋が相互に干渉し合う事により・・・波紋はドンドン広がっていく・・・』というのは、、、「一人一人の振動数(波動)が高くなっていく」、、、という「潜在意識」に届きやすくなる、ヒプノセラピーにおける簡単な「メタファー(比喩)」という手法が活用されている事に(笑)

と、解説している、『お気づきになられましたでしょうか?』という「問い掛け」を最初に持ってくるのも、「意識の焦点を絞る」為のヒプノの手法でもあります(笑)

2019年9月21日 05:09

私自身のブラック企業!?体験談(笑)

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、前回、前々回のTOPICSでは、青森(五所川原)でS.Light.Mを開設する以前である、東京在住時における6~7年程前のカウンセリング、ヒプノセラピー(催眠療法)、レイキ ヒーリング(遠隔ヒーリング)からの「実例」をご紹介して参りました。
そして、何故、このような「実例」も紹介しているのかと言いますと、

 

このTOPICSにおいて、お伝えしている内容は・・・

理想論や空想論でもなく(時にはそのようなテーマもありますが(笑))・・・

日常生活に活かす(役立たせる)為の視点!!!

 

を重視しており、「魂の視点」(やスピリチュアルな観点)も多々ご紹介しておりますが、それも現実逃避の手段とするものではなく、やはり少しでも「日常や人生」に結び付けて活用して頂ければとの「思い」から様々なテーマを設定しております。

 

そこで、今回は「私自身のブラック企業!?体験談(笑)」をお届け致しますが、私が行っているカウンセリングなどにおいても、やはり「人間関係」にまつわるご相談がとても多いです。
そして、「人間関係」ですので、これは会社や職場に限られず、夫婦や親子などの家族関係など、幅広く当てはまるものでもあります。
また、体調不良や体の症状などのご相談においても、「源」を探していくと「人間関係」に行き着く事も(往々にして)あります。

 

ところで、近頃では権利(人権)意識の高まりなどから、セクハラやパワハラやイジメなどに対しては、それなりの対策も取られつつあるようになって来ているように見受けられる面もあり、これはこれで素晴らしい事ではあるのですが、ただ、

 

物事や出来事には・・・

揺り戻し(反動)という事象も(時には)発生する事からも・・・

 

最近では、以前にも増して輪を掛けて・・・

開き直り???とでも呼べるような・・・

逆行に向かっている事象も(多々)見受けられる・・・

 

ようになって来ている側面も、残念ながら、よく見聞きします。
いわゆる、加害者側の逆ギレ状態です(苦笑)
そこで今回は、会社や職場に焦点を合わせつつも、「人間関係」の視点から私自身の体験談をお伝えして参りますが、私の体験談など興味も関心も無い!という方々もいらっしゃるかと思いますが、一つの「実例」としての「物語(メタファー)」として捉えて頂いても構いませんので(笑)

 

それと、「体験談」である事からも、お伝えする内容は多少の「削ぎ落とし(緩やかな表現にしている)」という側面はありますが、「話を盛っている」という側面は全くございません(笑)
そして、ここはとても大切な点ですので、予めご理解頂きたい所ですが、

 

今回の体験談(という内容)をお伝えするのは・・・

その当時の悪口でもなく、過去への愚痴でもなく・・・

「今まで」も役立って来ており・・・

「今ここから」も更に役立てていく為に!!!

 

という「思い」から発しているものですので、その点は誤解の無きよう、宜しくお願い申し上げます(笑)

では、進めて参りますが、今回初めてこのTOPICSをお読みになる方もいらっしゃるでしょうし、私がまだお目に掛かっていない方々も多くいらっしゃるかと思いますので、最初に少しだけ経緯としての「私の物語」を簡単に語らせて頂きますので、少々のお時間、お付き合い頂ければ幸甚です!

 

私は2浪の末、1994年に大学に入学しました。
そこでの大学生活は、それはそれは楽しくて楽しくて、サークル活動やら合コンやらと遊び呆けておりました(笑)

そして、その入学した年の8月に、父がクリニックを開業する事になっていました。
私は車の運転免許の取得も兼ねて、7月から8月末頃迄、夏休みで五所川原に戻っていましたが、その間、多くの方々が同じ方向を向き、共にクリニックの開業の為に、尽力頂いている姿や光景を数多く目にしていました。

東京に戻った私は、そろそろ遊ぶのも飽きてきたなぁ~と感じ、一応?将来も考え、何かを始めたい気持ちにも駆られるようになっていきました、、、

 

そして、夏休みの光景も想い出しながら、「一から何かを創り上げていく」という仕事をしてみたいと思い始め、そこで浮上してきたのが「行政書士」というものでした。
ただ、これはやりたいから出来るというものでもなく、国家試験に通る必要性がある事が分かりましたので、その年の秋口から少しづつ勉強し始めました。
ちなみに、この当時は大学での勉強は、ほとんどしておりませんが(笑)

 

そして翌年の大学2年生時の秋の試験日に向けて進めていきましたが、その試験が行われる数ヶ月前に、野球で腕を骨折して入院・手術となった事から、その年の行政書士試験は断念せざるを得なくなりました(苦笑)
また、その翌年の大学3年生時の試験では、見事な成績!で不合格となりました(笑)

そして、大学3年生の秋口では、周りの友達が就職活動に勤(いそ)しむ様子も目の当たりにしながら、色々と考えて?あるいは、賭けにも近いもので?就職活動は一切せずに、大学4年生の秋の行政書士試験と、大学院の入試へと同時に取り組む事を決意し、卒業目前の大学4年生の冬に、どうにかこうにか両方の試験に合格する事が出来ました(冷汗)

 

その後、大学院2年生(なお、大学院の修士課程は2年で修了になります)のGW明けから、行政書士事務所への就職活動に取りかかりましたが、その頃の東京でも求人募集は皆無であり、自筆で100通近くのお手紙を書いて、片っ端から送る手段を取りました。
その中で、求人はしていないがお話を聞くだけならとの有り難いお返事も幾つか頂き、色々と出向いてお話を聞かせて頂いておりましたが、ようやく卒業間近の冬の頃に、今回のテーマでもある行政書士事務所の所長が求人という意味で面接してくれる事となりました。

 

そして、晴れて?採用となったのですが、その時の面接を受けた部屋の壁に、ニュースウィークという雑誌が掲げられており、その表紙の写真には、その所長がスッポリと収まっておりました。
それを見て私は、凄いものだなぁ~と感心したのを覚えておりますが、、、

ちなみに、この時に、お手紙にお返事を頂き、色々お話を聞いて頂いた方々の中に、後の2番目の事務所となる先生も含まれており、その時、既に「ご縁」というものを築かせて貰ってもおりましたが、「その当時の私」には知る由もありませんでした(笑)

 

このような経緯を辿り、今から20年程前の2000年の春に、1番目となる行政書士事務所で働く事と相成りました!

そして、働き出す事になりましたが、その事務所には、私より年齢は2~3歳ほど若いですが、二人の男性先輩社員がおりました。
では、ここで、少し時間を早めて、初給料日の事です。
その日の朝、先輩社員から『給料を欲しいと言わないと貰えないよ』と言われました。

それを聞いた私は当然の事ながら???になりました。
すると、その先輩社員も『仕事を覚えさせてやるんだから、給料なんて要らないだろ』と言われたとの事でした。
確かに、面接の際にも給与などの事は話が出ませんでしたし、正直な所、私自身も給与などの話を自分から持ちかける事は出来なかったのが、当時の偽らざる私の本音です(苦笑)

 

しかし、そこまで私も弱く?はありませんので、朝礼が終わった後に給与の事を所長に尋ねてみました。
色々と、う~ん、どうかな~などと言われましたが、生活に直結する事でもあり、給与は貰える事となりました。
そして、4月1日から日割り計算として、頂いたのは5万ちょっとの現金でした。
ちなみに、健康保険も厚生年金も掛けられておりませんでしたので、手取りで5万ちょっとではなく、まさしく、5万ちょっとです(笑)

そして、給与に関しては、試用期間の3ケ月は月10万円となり、その後は交渉次第という事になりましたが、結果的には1年半ほど働いた上での最後は月15万円か13万円だったかと記憶しています。
なお、この当時は、月曜から土曜(午前8時~午後6時)迄の週6日勤務でもありました(笑)

 

ここから、まだまだ続いていきますが、もうお忘れになっている頃?かもしれませんので、今回は「その当時の悪口でもなく、過去への愚痴でもなく・・・」という点を改めてお伝えしておきます!

そのように、チョコチョコと先輩社員から仕事を教えて貰いながらやっておりましたが、この事務所では、不動産業(宅建業)もやっておりました。
そうこうしていると、よく近くの銀行の人が所長に会いにやってくるのですが、その度に所長からは『不在と伝えて』と言われるのです。
私は全く訳が分かりませんでしたが、言う通りにしてました、、、

 

そして、このような状況を観察していた所、年配の数人の男性がよく事務所に来訪してくる事も分かりました。
それで、いつも、何やらヒソヒソと話をしていました。
気になったので先輩社員に聞いてみた所、その地区の不動産業での支部長選挙があるとの事で、所長が当選する為に怪文書を流す文章を練るために集まっているとの事でした。
そして、その選挙資金の為に銀行からお金を借りている事も分かり、、、ここで『不在と伝えて』の意味も分かりました。
手っ取り早く言えば、銀行の取り立てです(笑)

 

では、ここまでは如何でしょうか?
よくありがちのブラック企業!?でしょうか?(笑)

 

では、進めて参りましょう!
そのように働いていると、一人目の先輩社員が、2週間置き位に所長と口論(という喧嘩)をしており、時には事務所内で取っ組み合いになる事もありました。
その都度『表に出ろ!』となるのですが、向かいのファミレスで話をして戻ってくるのが落ちでもありました(笑)

しかし、その一人目の先輩社員が愛想を尽かして辞めた後、その矛先?が二人目の先輩社員に向き始め、程なくして、その方も辞める事となりました。
このようにして、入所僅か3ケ月足らずで、私一人が残り、当然ながら私が一番の古株となってしまいました(笑)

 

しかし、行政書士試験を通っているからと言って、それで仕事が出来る訳では全くありませんし、それほど甘い世界でもありません。
そこで、私は以下のように決意しました。

 

早く仕事を覚えて、早く独立出来る力をつけて、一刻も早く今の事務所を辞めてやるぞ!

 

と(笑)
そして、「人間万事塞翁が馬」や「禍福は糾える縄の如し」などの諺もありますが、このような私にとっての最大の幸せな環境?というのが、

 

その所長は・・・全くと言っていいほど・・・仕事が出来なかった!!!

 

というものです(笑)
繰り返しですが「悪口」ではないですよ(笑)
そこで、私は書籍を読み漁ったり、役所の人から教えて貰ったりなど、自己流で経験を積んでいきました。
なぜなら、お仕事を依頼してくれる方々にとっては、結果を出すのが当たり前であり、事務所の「内情」などは知ったこっちゃない!からです(笑)

 

ところで、法律職においては、弁護士・公認会計士・司法書士・社会保険労務士などが存在していますが、それぞれの職分(領域)は法律で定められております。
なので、他の職分の仕事は、その資格を持っていないと出来ません。
しかし、その事務所では、税理士の職分である確定申告や、司法書士の領域である登記業務なども請け負っていました。

そして、行政書士業務においても、決算書の見方や、登記簿謄本の仕組みなどを知らなければ円滑に業務を遂行していく事は出来ません。
そこで、当時の私は、このような職域範囲外の業務を請け負っているのは所長であり、その責任も所長にあるのだからと開き直り?、

 

(他資格者の職域であろうが無かろうが)片っ端から出来る事と経験を積んでいく!

 

という事をしてました。
勿論、これは決してお勧め出来ない、、、と言うより法律違反でもありますし、今で言えば「内部告発」などの範疇に入るのでしょうが、当時の社会環境も、「私の考え」もそこまで追いついてはおりませんでした。
また、当然ながら?社員の私には、所長から言われる仕事を断ったり拒否する事も出来ない状況でもありました。
ちなみに、私のこのような行動もいわゆる「カルマ(業)」にはなりますが、それに関しては、果たし終えた!?、、、とも思っております(笑)

 

ここ迄においても、色々な事が出て参りましたが、もしかしたら、皆さんの参考?になっていくのが、ここから先の辺りになっていくかもしれません!?

 

このように他の社員が辞めた事で、私一人で仕事をする事になっていきましたが、その間も、新しい人が入っては「辞めて」、入っては「辞めさせられて」の状況が続いていました。

ところで、この事務所に入った時から、時折一人の女性の方が出入りをしておりました。
先輩社員に聞いたら、所長とお付き合いしている人(事務所内の私達は、俗に言う愛人と呼んでおりましたが(笑))という事であり、先ほどの「入っては「辞めさせられて」」の中には、新しく入ってきた女性社員の方も含まれております、、、

 

そして、穿った見方かもしれませんが、朝礼や会議の場などでは、(ざっくばらんに、ここからは愛人と表現して参りますのでご了承下さい)いつしか、その愛人の方も参加する事になり、特に会議では、新しく入った女性社員の方が発言をすると、『人生経験が足りないくせに!あるいは、所長に反論するの?』などで発言が遮られたり、また、所長に色目を使っているなど、何とも子どもじみた嫉妬やイビリなどが原因で、女性社員の方は数ヶ月後に辞めさせられる事(と言うよりも、居るにいれない状況)になってしまいました。

ちなみに、この愛人の方は、私を怖い?と思っていたのか、あるいは、「今」辞められては困る?と思っていたのかは分かりませんが、私には面と向かって何かを言ってくる事はありませんでした。
が、私が「不在」の所では、生意気だ!などの、なかなか?の事を話していたのは私の耳にも入っておりました(笑)

 

そして、これもそうこうしている内に、事務所内にその愛人の方が介護会社を設立するとの話が湧いてきました。
その立ち上げに際して、多くは女性の方々が加わっていき、そちらはそちらで進んでいる中で、行政書士の事務所としては、私よりも年配の方が幾人か入ってきて仕事を回していくようになりました。

そして、私は入所して1年3ケ月程経った頃に、『3ケ月後の10月末で退職させて下さい』と申し出ました。
勿論、これ以上、このような環境の中では良い仕事が出来ないと感じていた事もあり、また、先ほどコメントした「ご縁」のあった先生が私を採用してくれる話も進んでいたのも一つの理由でした。

 

それで、辞める迄の残り3ケ月の中で、他の人に仕事を覚えて貰うのも勿論ですが、『私が扱われた状況(給与や休日面など)では、この先も同じように人が集まらないし、集まってもすぐに辞めていきますよ』などの話も、退職話と同時に、率直にさせて貰いました。
別に自分を良く見せようという事では全くありませんが、なぜなら、

 

誰かが言わないと・・・何も変わらない(変わっていかない)・・・

 

からでもあります。
そして、何より、

 

このような環境が変わらないままであれば・・・

(行政書士という仕事に)夢や希望を持って入ってくる人々の・・・

落胆を誘う・・・

 

事にも繋がるからです。
このようにして、私は退職と相成りましたが、当時の私としても「立つ鳥跡を濁さず」の言葉にあるように、自分なりにはちゃんと退職までの期間も設け、喧嘩をする事も一度もなく、また、10月末での退職でしたので、その年末の事務所の大掃除には参加させて貰いました。
これは、あくまで「自分の心の中」をスッキリさせたいという、ある意味の「自己中心」でした事であり、このTOPICSで自分を良く見せよう!との趣旨では全くありませんので、誤解の無きようお願い申し上げます(笑)

 

そして、その後は採用して頂いた2番目の事務所に移る事となりましたが、実は、私がその2番目の事務所で社員として働いている時も、そして、その2番目の事務所の経営者となった時も、この1番目の事務所で出逢った(年齢は上ですが)後輩の方々に入所して頂いて一緒に働いたり、独立した後輩でも、その人の得意な分野などで仕事をお願いしたりといった、自分で言うのも変ですが、素敵な関係を築かせて貰い、それぞれ遠くに離れてはいますが、今でもお付き合いをさせて貰っています(笑)

そして、「ご縁」があって私を採用してくれた、その先生においては、私は未だに感服と言いますか、自分も見習わねば!と忘れずに敬意を持っている「姿勢」を常に想い出しますが、それが、

 

私を引き抜いてくれた(実際には救ってくれた)、その先生は・・・

その後に、お一人で・・・

私が在職していた1番目の事務所の所長の元に出向き・・・

(私を引き抜いた(採用した)事に対する)「筋」(という謝罪)を通した(そのような「行動」をした)・・・

 

という所です。
『私の都合で勝手に(1番目の)事務所を辞めたのですから、そのような事は本来は必要ないのでは?』との旨も、その先生にはお伝えも致しましたが、この先生の「姿勢」というのは、一生涯?いえいえ、来世を含めて忘れる事は無いと感じています(笑)

また、この先生は、私の母の一周忌の際も、自発的にわざわざ東京からお越しになられたりと、とてもお世話になった先生でもあります。
寂しい事に、この先生は数年前に他界されてしまいましたが、その他界後も、2018年3月3日のTOPICS「一人で簡単に出来る「年齢退行(インナーチャイルド)療法」」においても、当時の「実例」としてご登場頂き、そのような意味からも、今回のTOPICSも含め、「今でも」お世話になり続けている次第です(笑)

 

と、まあ、長々とした私の体験談となってしまいましたが、お伝え出来る?お伝え出来そうな?範囲内では書き連ねてきましたが、他にも書けない内容はまだまだありますが、ブラック企業!?という観点から、皆さんはどのように感じましたでしょうか?
「腐っても鯛」という言葉もありますが、また、20年程前の出来事とは言え、法律を扱う職場でもありました(笑)
そして、繰り返しですが、今回は「その当時の悪口でもなく、過去への愚痴でもなく・・・」という事ですので!

 

ちなみに、この1番目の職場は、今でこそ韓流の聖地とも呼ばれている大久保にありましたが、また、これはブラック企業とも関連はありませんが、その当時の大久保には、今で言う反社会的勢力(の会社)が多数存在していました。
私も風俗営業許可関連で仕事をしましたし(先ほどコメントしましたように、社員の私には断る権限もありませんし)、これは以前のTOPICSでも少し触れた事がありますが、そのような仕事においては脅しなども受けた事があります(苦笑)

また、たかだが1年半程の職場ではありましたが、事務所の前で発砲事件が起こった事もありますし、他には、許認可を取得する事で、補助金や助成金を搾取(詐欺)する為に利用された事もあり、報酬を貰えないまま、その会社が夜逃げしてしまったケースもありました(苦笑)
このような事も含め、良い経験!とまでは言えませんが、「今では」それなりの体験をさせて貰ったとも感じています(笑)

 

では、今回のテーマの本当の趣旨に入って参りますね!
お仕事をされている方々におかれましては「釈迦に説法」ですが、やはり、

 

(社員などの)人の出入りがしょっちゅう変わる(出入りが多い)職場では・・・

何かしらの「問題」を抱えている・・・

 

のは事実です。
私も行政書士の仕事において、直接間接を含めると、数千程の色々な会社や職場の状況を見聞きしてきましたが、そのような経験からも、この「問題」を抱えているというのは、事実として捉えて頂いて構いません。
また、社員に限らず、取引先がしょっちゅう変わるケースでも同様です。
ちなみに、先ほどの愛人の方が設立した介護会社の立ち上げに関わった方々とのお付き合いも、私が退職した後も数年間続いてましたが、私が退職してから1年程で、その方々のほとんどが、その介護会社を辞めていきました(笑)

 

そして、会社や職場などでの「人間関係」に悩みをお持ちの方々も多いかと思われます。
そして、今回のTOPICSのように、ブラック企業!?を形成しているのも、結局は「人間」です。
そして、昨今の少子高齢化というのは、一朝一夕に解決出来るものでもありません。
そして、様々な状況や環境をポジティブに活用するという意味では、

 

少子高齢化による人手不足は・・・

この先も加速度を増して続いていく・・・

 

のが実情でもあります。
勿論、行き過ぎた「堪(こら)え性の無さ」などから、頻繁に転職を繰り返すのは、また別の問題になりますのと、わざわざ転職する事を勧めている訳でも決してありませんが、視点を変えるという意味では、

 

私達は「仕事」をする為に産まれてきたのではなく・・・

「生きる」一部に仕事も関係している(部分がある)・・・

 

という点を、今一度、想い出してみて下さい。
そして、出来るのであれば、

 

仕事の中に「喜び」を見出す事も大切であるが・・・

「自分の喜び」が(部分的にでも構わないので)含まれている仕事を選択する・・・

 

という「姿勢」も、やはり、今後は特に大切になってきます。
なぜなら、

 

「今」仕事をしている私達(大人)を・・・

子ども達や若い世代が・・・

私達という大人が・・・

どのように(仕事を通して)自分自身を「体現」しているのか・・・?

 

という「姿勢」をちゃんと見ているからです。
これが先ほどコメントした「落胆を誘う・・・事にも繋がるからです」の部分と大きく関係してきます。
なお、ここでの「喜び」においては、ご病気などで働けない方々や、あるいは、既にお仕事を引退された方々が「喜び」を見い出せないという意味では決してございませんので、この点も誤解の無きようお願い致します!

 

今回は私自身の長々とした体験談発表みたくなってしまい、大変申し訳ございませんが、私のような体験を皆さんはする必要性もありませんし、ましてや、子ども達や若い世代の方々でも同様です!

また、今回のテーマにおける私自身のブラック企業!?体験談よりも、より過酷な状況にある方々も多いかと思われますし、私の体験談ほどでは無いという方々もいらっしゃるかもしれませんが、敢えて、繰り返しですが、

 

誰かが言わないと・・・何も変わらない(変わっていかない)・・・

 

という点と、それでも(仮に言ったとしても)体質が変わらない会社や職場があるのも事実でもありますので、そのような際には、

 

「自分の喜び」を考え・・・

それを「体現」出来る(出来そうな)選択肢(職場)・・・

 

は必ずありますので、

 

「今(の場所)」であれ・・・「その先の別(の場所)」であれ・・・

あなた自身が「夢や希望を持って入ってくる人々」の体現!!!

 

との心持ちを持って臨んでみて下さい!

そして、今回の内容においては、その渦中にいた「過去(当時)の私」では気づけていませんでしたが、「今の私」では、それなりには気づけている様々な視点が含まれておりますので、その辺りも探してみて頂いて、そして、「今の皆さん」自身に当てはめて活用してみて下さい!

ちなみに、前半部分に出て参りました、「ニュースウィークという雑誌が掲げられており、その表紙の写真には、その所長がスッポリと収まっておりました」の箇所は覚えておりますでしょうか?
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この写真は「フェイク(ニセモノ)」であり、所長自身が遊びで?勝手に創作した写真でありました、、、
そして、当時の依頼者の中には、当然ながら、この写真が「嘘」と気づかず、また、「嘘」と知らされないままになっている方々もいらっしゃいました(苦笑)

2019年9月14日 03:09

遠隔ヒーリングから考えさせられた「寿命」 ~実例から~

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、前回のTOPICSでは、今から6~7年程前、私が青森に戻って来る前の、東京で色々と準備をしていた当時のカウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)に関する実例をご紹介致しました。

ちなみに、前回のTOPICSをお読みになって頂けた方の中には、お分かりになった方も、もしくは、お分かりにならなかった方もいらっしゃるかと思われますが、このTOPICSでも繰り返しお伝えしておりますように、ヒプノセラピーとは必ずしも目を瞑(つぶ)ったり、リラックスチェアで受けたり、静かで薄暗い?環境でなければ出来ないというものではありません。

 

ヒプノセラピーの本質は「コミュニケ-ションを活用したセラピー」でもあり、私の場合では、クライアントの方に役立つ面を感じ、そして、望んでいる方向性への後押しのような感じで、通常のカウンセリングの中にも取り入れたりしております。
勿論、クライアントの方は、私と話している会話の中にヒプノセラピーの手法が活用されている事には気づきませんし、単に普通に話しているようにしか感じていない事が圧倒的に多いかとも思いますし、それで全く構いません(笑)

なお、クライアントの方の意思に反するような、また、クライアントの方をコントロールする(操る)ような目的では一切活用しておりませんので(また、そのような事は不可能でもありますので)、どうぞご安心下さい!!!

 

少し話が逸れましたが、この当時は、同時にレイキ ヒーリングに関しても、1年程の期間を掛けて、色々な講義や実践・修練を積んでいた時期でもありました。

そのような中、レイキ ヒーリングにおいては、直接のヒーリングも数多くさせて貰いましたが、遠隔ヒーリングの方がご依頼もしやすい(遠方である、体調が悪く外出が難しい、自分ではなくご家族にして欲しい)などの理由で、結構な数の遠隔ヒーリングもさせて頂きました。
そこでの遠隔ヒーリングの実例において、私が深く「寿命」というものを考えさせられた、お二人のケースがございますので、今回は「遠隔ヒーリングから考えさせられた「寿命」 ~実例から~」というテーマをお届け致しますが、皆さんも何かの折の考える素材としてみて下さい!

 

なお、今回の実例に関しては、「死」との直面という性質のものが含まれますが、そこで「(笑)」の表現を用いるのは不適切感を免れないかもしれませんが、このような「死」との直面を避ける方向性に向かってしまうと、結局は、何も考えたりしなくなる事こそが一番の損失?とも呼べるものでもありますので、出来るだけ皆さんのご心情を損なう事の無きよう、また、可能な範囲内で今回も今までのTOPICS同様、「(笑)」の表現も活用して参りますので、是非、皆さんも、あまり肩肘張って固くなる必要性もございませんので、いつも通りお読み進め頂ければ幸いです!

また、「寿命」というテーマではありますが、今回は「魂の視点」は活用致しませんので(笑)

では、まず、最初に、

 

「寿命」に関しては・・・

私にも未だに答えのようなものは見つかっておらず・・・

日々、考え続けている所・・・

 

というのが、正直な本音でもあり、事実でもあります(笑)
ただ、あくまで、「今の私」が感じる部分ではありますが、

 

生命(活動)においては・・・

「入り口」と「出口」があるのではなく・・・

「入り口」と「出口」は同じものであり・・・

「双方向性」で繋がっている・・・???

 

というような感触を受けています。
勿論、この先には、この感触も変わる事もあるかもしれませんが(笑)
では、ここからは、有り難く遠隔ヒーリングをさせて頂いた、お二人の実例からご紹介して参ります。

 

なお、ここでの遠隔ヒーリングの実例においては、私一人だけが行ったものではなく、複数の方々が関与され、故に、遠隔ヒーリングが施された時間や回数なども、関与された人それぞれで違いもあるのが前提の上で相成った結果(事象)である事は、正確性を期す為にも、事前にご理解頂ければと思います。

また、今回のお二人に関しては、私は、ほぼ毎日、30分~1時間程の遠隔ヒーリングをさせて頂いたものでもあり、それと、遠隔ヒーリングをさせて頂いたお二人に関しては、そのご本人様は遠隔ヒーリングを受けている事は全く知らないという状況のものです。

 

では、まず、お一人目は、お母様が長年脳腫瘍を患っている事による、娘さんからのご依頼でした。
そのお母様は脳腫瘍の影響で、次第に両目が失明の状態になり、体調も悪化して入院した所、医師からは、ほぼ保たないでしょう、、、と告げられ、治癒を望んでいるのではなく、『母に僅かでも(目に)光を取り戻させてあげたい』とのお話でした。

 

そのような状況の中、3~4日ほど遠隔ヒーリングをさせて頂き、娘さんからお母様の状態のご連絡を頂きました。
すると、お母様が『以前のような真っ暗闇ではなく、ここ何日かは、(目の中に)時折チラチラしたものを感じる』とお話されているとの内容でした。
そこで、お互いに喜ばしくも感じ、引き続き遠隔ヒーリングを続けさせて貰う事となりました。

 

そして、期間の定かな記憶は忘れましたが、2~3週間ほど経った頃に、お母様が確か緑膿菌による院内感染を発症し、医師からは菌の数値を下げる治療に変更するとの方針になったと、娘さんからご連絡を受けました。
そこで、私も遠隔ヒーリングの内容を(目から菌へと)変更して続けて行う事に致しました。

 

そして、1~2週間ほどヒーリングを行っていた所、菌の数値は正常に近づきつつあり、娘さんと共に安堵しておりました。
が、しかし、その直後、心不全か肺炎だったかは定かではありませんが、お母様は他界されました。
このように(勿論、全く関連性が無いとは言えないケースもある事と思いますが)元になっている病気が原因ではなく、別の(あるいは重なったのかもしれない)と思われる原因で他界されるというのは、確かに起こりがちであるのかもしれませんが、これが一つ目の実例です。

 

では、次のお二人目は、これもお母様に持病があり、在宅療養をされていた所、体調が悪化して寝たきりになり、訪問医に診察して貰った所、ここ1週間ほどかもしれません、、、とのお話で、幾分かでも救いになればとの娘さんからのご依頼によるものでした。
そこで、2~3日の遠隔ヒーリングをさせて頂いた所、布団から起き上がれるようになったのみならず、大好きな家事や洗濯までして、お母様は活き活きし出したとの嬉しいご連絡を貰いました。

 

そして、その数日後に、、、ご自宅にて、お母様は他界されました。
その死因の診断をした訪問医によると、虚血性心疾患による血栓が原因であり、『これは予期する事がほとんど出来ないものですが、おそらく寝ている間の出来事で、お母様は気づく事も、苦しむ事もなかったと思いますよ』とお話されたとの事でした。

 

そして、このお二人の娘さんからは、感謝のご連絡を頂き、そして、悲しく寂しくはあるものの、この先のご自身の人生を精一杯生きていきます!との、力強いお言葉も添えられておりました。

では、今回の二つの実例はここで終了ですが、このような実例からの「寿命」の捉え方においては、ともすると、

 

治ったのであれば、それは「寿命」ではなかっただけ・・・

(結果として)他界したのであれば、それは「寿命」と(都合良く?)解釈しているだけ・・・

 

との見方も成り立ちますし、そのようなご意見の方が多いのかもしれません。
これはこれで、良し悪しの問題でもなく、また、言い訳や弁解の類いとも違う性質のものでもある事でしょう。
ただ、私個人としては、

 

治ったから「寿命」ではなく・・・他界したから「寿命」である・・・

 

との見解は取らないように心掛けております。
なぜなら、「治る = 寿命ではない」「治らなかった(他界された) = 寿命であった」と捉えてしまうと、

 

これも・・・

「二者択一」という視点に陥りやすくなる・・・

 

と捉えているからです。
そして、何故、この「二者択一」に陥るのを防ぐのかと言いますと、

 

(「二者択一」にこだわり過ぎると)次第に「考える」事を放棄する事に繋がりやすくなるから・・・

 

です。
つまり、

 

治ったとしたら、それはとても喜ばしい事ではあるが・・・

仮に、治らなかったら・・・どうしよう・・・

という「怖れ」が・・・二の足を踏ませる・・・

 

という不作為の「行動」にも繋がりやすくなるからです。
つまり、

 

「過程」には目を向けようとしなくなり・・・

「結果」のみに目を向け過ぎてしまうが為に・・・

何かしらの「行動」に移し辛くなっていく・・・

 

という事です。
勿論、死んだら寿命!治ったら寿命じゃない!との、「大胆な割り切り」も役立つ事でしょうし、それもそれで良いと思います(笑)

また、現代では、多くの場合に、医師による治療は基本でもあり最低限として受けるケースが圧倒的に多いでしょうから、この「二者択一」においては、「治療そのものの有無」というよりも、例えば、抗癌剤の投与や延命治療などの「治療内容に関わる有無」というケースで考える事の方が多いかとも感じます。

なお、この「二者択一」に陥らないという意味においては、ヒーリングなどの活用の是非や推奨をしている訳では全くありませんので、その辺りも誤解の無きようお願い申し上げます(笑)

そして、ここが先ほどの、

 

「過程」に目を向けるとは、「考える」事と繋がり・・・

「結果」のみに着目するとは、「考える」事から遠ざかっていく・・・

 

という意味になります。
そして、ここ迄で、充分にお気づきかと思いますが、「寿命」という命題については、「理路整然」には、、、なかなか進まない、、、という点です。
書いている私も、その辺り(理路整然としない点)は充分な「自覚」を持って今回は進めております(笑)

そして、

 

「寿命」に答えや正解が有るのか無いのかは分からないし・・・

答えや正解があったとしても・・・

それは複数(人の数ほど)あるのかもしれないし・・・

それこそ、間違いはそもそも存在していない・・・

 

のかもしれません。
ただ、いつの時代であっても、どのような時代であっても、答えの無い?最大の命題というのが「寿命」というテーマであるのかもしれません。
そして、答えが無い(見つからない)からといって「考える」事を放棄するのではなく、

 

答えの無い(無さそう)なテーマに行き着いた時には・・・

「考え続ける」・・・

という「姿勢」そのものが・・・

「答え」となる(なっている)・・・

 

のかもしれません。
そして、ここには、希望や生きる勇気や生き甲斐などの、ポジティブな意味での「諦めない!」という「姿勢」も含まれております!
なお、ここ迄の内容において、誤解を生じさせているといけませんので、改めてお断り申し上げます。

それは、「二者択一」に陥らないという視点と、「諦めない!」という視点においては、ご病気などの際に、何か他の色々な治療法などを積極的に試みたり導入する事を推奨している訳では決してありませんし(それの裏返しとして、新たな治療法などを否定している訳でもありません)、また、色々と考えた上で(他の治療法は選択せずに)現状の治療などに専念する姿勢などを否定する趣旨でも全くありません。

「心と体は繋がっている」との観点における、「考える」という「姿勢」についての視点でもあり、また、あくまでご本人様の意思(ご本人様が意思表示を出来ない状況ではご家族などの意思)を尊重する事が大切であり、その上で、「出来る事と出来ない事」などを「考えていく」という観点でもありますので、その辺りの趣旨に関しまして、重々取り違えの無いよう、重ねてご了承とご理解頂ければ幸いです!

そして、今回のようなテーマにおいては、

 

「寿命や死」を考えるという事は・・・

決してネガティブなものではなく・・・

逆に・・・

「今の生」を充実させる為に他ならない!

 

という点だけは、常に頭の片隅に入れて置いて頂き、そして、考える際の「出発点」としてみて下さい!
なぜなら、「寿命や死」というのは、特殊なテーマに思えるかもしれませんが、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております通り、

 

物事や出来事は・・・大なり小なり・・・それぞれを反映している

 

という側面があり、

 

「寿命や死」を自分なりに考えてみる事で・・・

全く関連性が無い(と思い込んでいた)日常の問題や課題についての・・・

「ヒントや気づき」がもたらされる事が(往々にして)ある!

 

からです。
そして、今回のTOPICSの内容は、なかなか捉えづらくもあり、読みにくさを感じた部分もあるかとも思います(笑)
そこで、今回のような答えの無い(見つけ辛い)テーマにおいて、「今の私」が考える道具?としているのが、

 

創造の源は・・・

「3(トリニティー)」にある・・・

 

という素材です(笑)
つまり、

 

これか?・・・あれか?・・・という二者択一ではなく・・・

これも!・・・あれも!・・・という発想に繋げてくれる・・・

第3の「何か」が・・・「何で」あるのか???

 

というものです。
益々、訳が分からなくなったかもしれませんね(笑)
この先は、皆さんなりの自由な発想で、今回は「寿命」という重めのテーマではありましたが、それに限らずとも、「今の生」を充実させるという観点からも、色々と考えてみて下さい!

ちなみに、今回のテーマと深い関連性があるのが、2018年5月5日のTOPICS「200回目のTOPICS ~「死」に「理由」は必要か?~」も参考になるかもしれませんので、興味のある方は覗いてみて下さい(笑)

 

それと、チョットだけ余談ですが、私は先ほど「「寿命」という命題については、「理路整然」には、、、なかなか進まない、、、」とコメント致しましたが、これが何故なのか?というのは「あらゆる面」に応用可能ですので、それをお伝え致します。
では、何故、「理路整然」に進み辛いかと言いますと、

 

(様々な事象や視点が)「重なって」いる

 

からです。
例えば、皆さんも小さい頃に、絵の具で「青色」と「黄色」を混ぜて、「緑色」を作った事があるかと思います。
しかし、

 

「緑色」という事象(現象)を目の前にして・・・

その「緑色」そのものから・・・

「青色」と「黄色」を表現(説明)するには、なかなかの困難が伴う・・・???

 

ような感じです(笑)
あるいは、ジグソーパズルの「全体(完成)像」と、それを彩っている「一片のピース」との関係とも似ています!

どのようなケースでも表現や説明が不可能という事では決してありませんが、単に、今回のテーマに関しては、私がまだ「理路整然」にお伝えする事の出来る境地?に至ってないだけの事ですので(笑)

2019年9月7日 12:09

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