パワースポットからのお持ち帰りは厳禁 ~甲子園の土とは違う?~

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

お盆休みの期間も明日までという方々が多いかもしれませんが、帰省や旅行などを満喫した方もいらっしゃるでしょうし、お仕事の方もいらっしゃるでしょうし、それぞれのお過ごし方をされている事と思います。
そのような雰囲気の中、このTOPICSも少しお休み気分?という訳ではありませんが、今はちょうど夏の甲子園大会の開催時期でもありますし、近頃では手軽な感覚でパワースポットを訪れている方々も増えている事から、今回は「パワースポットからのお持ち帰りは厳禁 ~甲子園の土とは違う?~」というテーマをお届け致します!

そのような今回のテーマに早速、水を差す?という訳ではありませんが、

 

近頃のパワースポットと喧伝されている場所(の中に)は・・・

「自称」として(というケースもある)・・・

 

という側面もありますが、勿論、好きでどこに赴くのも自由ですし、そのような事に関して否定も非難も一切する気持ちはございません!
「信ずる者は救われる」という言葉もあります(笑)
また、このような「自称」であっても、赴いたからと言って何か悪い事が起こる訳でもありませんが、ただ、一点、軽い落とし穴?的なケースに繋がる場合もありますので、それは後ほどコメントして参ります!

 

そこで、まず、本来のパワースポットとは何ぞや?という点が出発点となります。
パワースポットは、「自然(物)」と「人工(物)」との二つに大きく大別出来ますが、まずは「自然(物)」から見ていきます。
この「自然(物)」のパワースポットにおいては、

 

(その場などの)振動数(周波数や波長など)がとても高い!!!

 

という特徴があります。
そして、本当の意味での「自然(物)」のパワースポットは、言葉を換えると「エネルギーの特異地点」とも表現出来ますが、そのような事からも数多く至る所に存在する訳ではありません。
そして、このような強力なパワースポットを別の視点から捉えると、

 

そのような、とても高いエネルギーの特異地点では・・・

(多くの)人間が日常生活を送るのには馴染まない・・・

 

という性質があります。
というのも、私達は誰もが、それぞれの振動数というものを持っています。
というよりは、この振動数がなければ、私達人間というのは単なる機械のようなものになってしまいます(笑)
勿論、機械においても振動数は存在しますが、そこで使われている素材(元素など)により違いも出ますし、ほとんどは人間よりはかなり低い振動数で保たれています。

 

また、人間の振動数も常に一定ではなく、その時々の状況で変動もしますし、高い振動数の方もいらっしゃれば、比較的低めな振動数の方もいらっしゃいますし、高い振動数の人が「心の持ちよう」によっては振動数が低くなる事も往々にしてあります。
また、高いから良くて、低いから悪いという単純なものでもありません。

そして、パワースポットに赴く利点としては、

 

高い振動数に触れる事により・・・

自らの振動数が(自然と自動的に)そこに近づこうとして上がっていく・・・

 

というのが挙げられます。
これは、このTOPICSでも幾度もご紹介しております通り、「エネルギーは高い所から低い所へ流れる」という自然法則であり、これは科学でも既に証明・実証済みの現象でもあります。
そして、このような証としては、逆のケースにおける、

 

自らの振動数とあまりにも掛け離れているパワースポットに赴くと・・・

逆に心身に変調を来す(ケースも出て来る)・・・

 

という実際の現象にも現れています。
これも以前のTOPICSでも少し触れましたが、あまりにも高い振動数に触れると、私達の肉体は燃え尽きてしまう!とも言われております(笑)
では、「人工(物)」のパワースポットはと言いますと、

 

それを作成した人の(強い)念(というエネルギー)が込められており・・・

そこに更に、訪れる人々の念が積み重なって(増幅して)いく・・・

 

という経緯で振動数の違いが出て来ている場所とも言えます。
故に、高い場所もあれば低い場所もありますが、これも良し悪しというものでもなく、また、「念」というと、「呪い?」などを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、そのような怖いものでもありません(笑)

 

例えば、身近な例においては、仏像などの彫刻や絵画などの美術展でもそうですし、戦争や震災の記念館などでも同様です。
自分の好きな絵や彫刻などは何時間見ても見飽きないというケースもあれば、全く興味を惹かない展示物などもあるでしょうし、自分には合わないなぁ~、自分の好みとは違うなぁ~と感じる芸術作品などは誰にでもあります(笑)

 

また、戦争や震災の記念館などでは、悪気や不遜な気持ちからではなく、足を踏み入れて少し見て廻っただけでも、気分が優れなくなる方も数多くいらっしゃいます。
ここでは、「人工(物)」のパワースポットでは、

 

振動数の高い低いを問わず・・・

そこに込められているエネルギーの重さや軽さという性質・・・

 

が関係しています。
故に、これも良し悪しでは全くなく、

 

そのような場のエネルギーを・・・

自分がどう捉えて受け入れているのか・・・?

 

という、自分自身で「自らの内面を問う」というエネルギーの「動かし(動き)方」に違いが出てきます。
これをざっくばらんに表現すると、

 

「自然(物)」のパワースポットでは・・・

純粋にエネルギーの高い低いという流れがあるだけであり・・・

 

「人工(物)」のパワースポットでは・・・

エネルギーの高い低いに加えて・・・

(人の思いによる)重さや軽さという性質が付随してくる・・・

 

とも言えます。
そして、これをポジティブ?に表現しますと、

 

「自然(物)」のエネルギーは「シンプル」であり・・・

「人工(物)」のエネルギーは「多面性」である・・・

 

との違いがあるとも表現出来ます。
言ってみれば、「自然(物)」は「液体のように角の無い「〇」」のようなエネルギ-であり、「人工(物)」は「固体のように多面性という角の有る「△」」のようなエネルギーとも言えるかもしれません。
ちなみに「△」は例えであり、六角形でも八角形でも然りです(笑)

 

そして、このようなパワースポットにおける「自然(物)」と「人工(物)」の違いは、「気功」ともよく似ています。
気功は大きく分けて「外気功」と「内気功」に大別されますが、

 

外気功は自然の身の周りにあるエネルギーを・・・

自分を通して流すだけであり・・・

そこには意図も思念も存在せず・・・

自分のエネルギーを消耗する事もない・・・

 

という特徴がありますが、一方の、

 

内気功はその人の修練や鍛錬を通して・・・

自らの体内で醸成したエネルギーであるが故に・・・

治療をする施術者のエネルギーを消耗し・・・

そのエネルギーには施術者の意図や思念が入っているが為に・・・

合う人と合わない人が出てくる・・・

 

というものです。
ちなみに、レイキ ヒーリングは「外気功」に近い性質のものです(笑)
と、色々とパワースポットの特色を見てきましたが、ここからが今回の「お持ち帰り厳禁」に入っていきます!

まず、これは説明するまでも無い事ですが、

 

「人工(物)」のパワースポットから何かをお持ち帰りするのは・・・

窃盗になってしまう・・・

 

というのはお分かりですよね(笑)
そして、「自然(物)」でのお持ち帰りと言えば、木々やお花などの植物や、石などの鉱物がよく見受けられます。
最近では、そのような場所の管理者がお持ち帰り(持ち出し)は厳禁の旨を表示しているケースも多くなっていますが、それでも、自分だけなら分からないだろう、、、のようにお持ち帰りが後を絶たないとも耳にします。

 

では、何故、「自然(物)」のパワースポットからお持ち帰りが厳禁であるかと言いますと、まずは、管理者がいるという事は、これも窃盗に当たる可能性がある事と、先ほどご紹介致しました通り、パワースポットにある植物や鉱物も、そこでの高いエネルギーを吸収しているが故に、それを持ち帰って身に付けたり、飾ったりした時に、自らの心身に変調を来す事があるという面です。
そして何より、

 

「そこ」に存在しているという事は・・・

「そこ」に存在するだけの理由がある・・・

 

という事です。
例えば、あなたが住んでいるお家の目の前に、人通りのある道路があるとします。
そこであなたは、その道路を行き交う人々の少しでも癒しにでもなればと思い、自分のお家の前に色々なお花などを飾る事を考えました。
そして、精魂込めてお世話をし、時には、素敵なお花ですね!と道行く人から声を掛けられたりします。

 

では、そのような思いを込めて育てているお花を、誰かが自らの癒しの為と思い、勝手に持ち去ったとしたら、あなたはどのように思い、どのように感じるでしょうか?
悲しい気持ちになりませんでしょうか?
そして、そのような事が続いてしまうと、「そこ」でお花を育てる事を止めてしまわないでしょうか?

 

また、パワースポットに存在している物を仮に持ち帰ったとしても、その持ち帰る際の「動機」により、植物や鉱物などは急速にパワーを失っていくケースもありますので、結局の所は持ち帰ったとしても意味が無いという事にもなります(笑)

さらに、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております通り、「自分のした事は自分に反ってくる」という視点を想い出せば、勝手に持ち帰るという「行動」を取るのは、、、怖くないでしょうか?(笑)

ここ迄で、お持ち帰り厳禁の(複数の)意味がお分かり頂けていれば幸いです!

ちなみに、パワーストーンなどは「人の手で加工」された物が販売されていますので、その時点で内在しているエネルギーは抑えられるようになっておりますので、ご自身が身に付けていて心地よいと感じるものであれば、色々と活用するのは大丈夫ですよ(笑)

 

では、もう一つのテーマでもありますが、現在、夏の甲子園大会の真っ最中ですが、甲子園は「聖地」とも呼ばれたりしますし、負けた選手などが甲子園の土を袋に入れて持ち帰っている光景は多くの人が目にした事があるかと思います。
それでは、「聖地」と呼ばれる程の多くの人々の思いも込められている甲子園の土を持ち帰るのはOKなのでしょうか?
まず、甲子園の管理者が認めているという事が大前提となりますが、

 

持ち帰っても大丈夫!

 

というのが結論になります(笑)
なぜなら、

 

甲子園の土というのは・・・

甲子園を目指してきた・・・

自ら(選手など)の「思い」「言葉」「行動」が・・・

結晶化して「体現」されたもの・・・

 

であるからです。
また、もの凄く現実的な話をすれば、甲子園の土は売っているものでもあり、その土を購入して練習場のグラウンドに敷き詰めて活用している学校も実際にあります(笑)
これは、甲子園を目指すに当たり、その土を日常的に活用する事で、体に馴れさせたり、モチベーションを維持する為など、様々に活用されている事と思います。

 

では、ここで、先ほど「自称」パワースポットにおける「軽い落とし穴?」ともコメントした点に触れて参ります。
まず、語弊を怖れずに率直に申しますと、「自称」というのは、いわゆる「客寄せパンダ」と言われる性質のものです。
ここでは、単に多くの人を呼び寄せられるのであれば、「手段を選ばず」という発想が透けて見えてきます。
勿論、この世の経済活動ですので、多少の「(嘘も)方便」を利用するのは許される事でもありますが(笑)

 

ただ、パワースポット巡りをしている人の中においては、ネットやSNSなどで広まっている情報だけを鵜呑みにし、ひたすら「(過度な)御利益巡り」となってしまっている方もいらっしゃいます。
勿論、それもそのご本人さんの「選択と決断」ですので、周りがとやかく言う必要性もありませんが(笑)

そして、そのような姿勢が長く身に付いてしまうと、

 

自分自身で・・・

何かを見抜く目が・・・

養われなくなってしまう・・・

 

という傾向にとても繋がりやすくなってしまいます。
そして、

 

これが「依存」の始まりとなり・・・

「自ら」のコントロールを・・・

「誰か」に明け渡してしまう・・・

 

という面に繋がる怖れが出やすくもなります。
これは、自分自身では「判断」を下せない(なので誰かに決めて貰う)、、、という現象に現れやすくなります。
また、似たようなケースでは、未だに後を絶たない「開運商法」などとの「(負の)お見合いが成立」してしまう事象としても現れてきます。
そして、ここで多く見られるのが、

 

「思い」「言葉」「行動」の一貫性が薄い・・・

という事もさることながら・・・

(ほぼ全てが)「行動」に全く移せていない(移していない)・・・

 

という共通点です。
つまり、

 

幸せになりたい!との「思い」から・・・

どこかや誰かに向かって、幸せにして下さい!との「言葉」を(心の中で)発してはいるものの・・・

自分では幸せに成る為の「行動」を何も取っていない・・・

 

という「言行不一致」を「体現」してしまっているという意味でもあります。
そして、これが度を超したような「自称」パワースポットを巡る「(過度な)御利益頼み」となってしまい、そのような場においては、「自称側」と「巡る側」との「(負の)お見合いが成立」してしまうという構図でもあります。
そして、「軽い落とし穴?」の本当の意味は、

 

パワースポット巡りというのは・・・

一見すると(巡るという)「行動」を起こしているように「錯覚」させるが・・・

本来の「行動」とはなっていない・・・

 

という所にあります。
パワースポットがお好きな方は、ここ迄で充分に気分を害されている?かもしれませんので(苦笑)、この辺りで止めておきますが、パワースポット巡りが悪い訳でも効果が無い訳でもありません(笑)

もし、今まで色々とパワースポットを巡ってきたけど、あまり変化を感じられない?などと思っている場合では、ほんの少しパワースポットに対する「視点」を変え、

 

日常生活における「行動」に移す!!! という点を意識してみる!

 

という事だけでも、変化の兆しが現れやすくなるかもしれません。
ちなみに、色々な観光地などでも、お土産や飲食の売り上げを伸ばす為に、様々な「智慧や工夫」を出し合って取り組んでおられる方々も数多くいらっしゃる事と思いますが、今回の「自称」はそのような努力をされている方々に当てはまるものでは全くなく、そのような意味や趣旨でも全くありませんので、誤解の無きようご理解頂ければ幸いです(笑)
これらは、「智慧や工夫」から導き出される通常の経済活動ですので、ご利用される方々もその点も誤解の無きようお願い致します!

 

そして、自らが心地よい、楽しいと感じる場合には、どんどん色々な場所に赴いて刺激を受けてみて下さい!
また、逆に有名なパワースポットと紹介されている所でも、何か自分には合わなかったなぁ~と感じる事はよくある事ですし、その理由は先ほどコメントした、その時の自分の振動数(周波数や波長など)と違いがあるだけですので、このような時にも、ご自身の「感覚や感じ方」を尊重なさって下さい!

そして、これは誰にでも当てはまる事ですが、

 

究極的には・・・

自分自身がパワースポット(になる)!!!

 

という方向も目指してみて下さい!
何か変な宗教の教祖?みたくなってしまうのは頂けませんが、ここまでお読みになって頂いた皆さんにおかれましては、ここでのパワーや影響力というのは全く違う性質である事をご理解頂けていると思いますし、自分自身がパワースポット!!!と言うのは、傲慢な姿勢でもありません(笑)
なぜなら、

 

自分自身が本当のパワースポットであれば・・・

誰かや何かを(その人の意思に反して)コントロールしようとする必要性もありませんし・・・

 

今、現在は・・・

多くの人々が「自信」を失っている・・・

 

時(代)でもあるからです。
そのような意味でも、

ドンドンあなた自身を「大胆に表現」してみて下さい(笑)

2019年8月17日 04:08

変化を遂げるには・・・まず「安心」を

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

全国的にも気温の高い日々が続いており、台風なども相次いで発生しておりますが、熱中症も含め、体調管理や身の安全などには充分ご留意下さい。
ところで、今回は「変化を遂げるには・・・まず「安心」を」というテーマですが、日々、日々、とても「人間性」が問われるような様々な出来事などが、これも相次いで起こっております。

 

勿論、このような出来事は以前からも起こっておりましたし、「人間性」には「未熟さ」も伴っておりますので、現段階で全てを防ぐ事も出来ませんが、それにしても、近頃は乱れに乱れ切った、いわゆる「殺風景」という景色が世界的にも、日本国内においても散見される異常な「空気感」をとても感じております。

 

とは言いましても、このような状況に対して「自己憐憫」や「諦め」などの感情で向き合っても何も解決しませんし、このようなある種の異常性が伴う出来事などにおいては、ここ最近のTOPICSで幾度も取り上げております、

 

この種の出来事の全ての「源」には・・・

「動機」が関係している・・・

 

という事も、このTOPICSをお読みになって頂いている皆さんにおかれましては、薄々ながらも「気づいて」いるようにも思います(笑)
そこで今回は、「硬軟」?織り交ぜた複数の視点から進めて参ります!

 

では、まずは「軟」の視点からですが、このTOPICSでもご紹介しておりますように、私はSF映画が好きでよく観たりしますが、実際に、数十年前から電波を活用して、宇宙に人類のメッセージを届ける試みも行われております。
このような中、私は最近、次のような事をよく考える、、、妄想?しております(笑)
それが次の問い掛けです。

 

もし、あなたが宇宙人であるならば・・・

(今、現在の)地球人に・・・

自分達(あなた)を見つけて貰いたいと思うであろうか・・・???

 

というものです(笑)
この問い掛けに対しての私の本心からの率直な答えは、

 

絶対に嫌!!!

(今、現在の地球人とは)関わり合いになりたくない!!!

なので、見つけてくれるな!!!

 

というものです(笑)
国内は然り、地球規模でも様々な争いや差別、罵り合いが蔓延ってしまっているのが、残念ながら「今、現在の地球」の現状です。
勿論、「地球」に罪は全くありません!
この原因となっているのは、全て私達の「人間性」です、、、

 

あなたが宇宙人であるならば、宇宙軍の創設だ!これからは宇宙での覇権争いだ!などと叫んでいる地球人と関係性を持ちたいと思うでしょうか?(笑)
このような私の妄想の問い掛けに、あなたであれば、何と答えるでしょうか???

 

では、話題を変えますが、私は外国のTVドラマも好きでよく観ています。
アメリカ、ロシア、中国、韓国など様々です。
そして、このように様々な国のドラマを観ていると、

 

そこで描かれている・・・

人間に伴う「感情」や・・・

感情に伴った「行動」や・・・

「人間模様」などは・・・

どれも似たり寄ったり・・・

 

です。
お気づきかと思いますが、この「似たり寄ったり」はポジティブな意味合いです(笑)
確かに文化や習慣・風習の差、宗教観や表現方法の違いなどは見受けられる面もありますが、「感情」「行動」「人間模様」に関しては、ほとんど日本のドラマで描かれるものと大差はありません。
なお、私は観た事はありませんが、極端に偏った主張やメッセージなどが込められているような作品であれば、また別かと思いますが(笑)

 

では、またまた視点を移します!
2019年3月23日のTOPICS「魂の視点から見る「魂の分類」」で「グループソウル(類魂)」も取り上げました。
そして、この際に、「グループソウル(類魂)」について、以下の通りご紹介致しました。

 

「グループソウル(類魂)」とは・・・

「私」あるいは「あなた」という「ソウル(魂)」の・・・

「源」でもあり「総称」でもある・・・

 

「今」の「私」あるいは「あなた」という「ソウル(魂)」は・・・

「グループソウル(類魂)」の一部が「表現(個性)」として現れているもの・・・

 

「グループソウル(類魂)」というのは・・・

「私」あるいは「あなた」という存在・・・

「そのもの」である・・・

 

と。
そして、さらに、

 

「私」あるいは「あなた」という「グループソウル(類魂)」は・・・

「私」も「あなた」も含まれた・・・

より、大きく、幅広い「グループソウル(類魂)」と繋がっている・・・

 

さらに、その先の「グループソウル(類魂)」では・・・

「(多くの)他の魂の存在」も含まれ・・・繋がっている・・・

 

との説もご紹介した上で、さらに次の事もお伝え致しました。

 

「私」も「あなた」も「グループソウル(類魂)」という意味では・・・

その先の・・・どこかで・・・必ず・・・繋がっており・・・

 

繋がりという「リンク」があるという事は・・・

必ず、「私」と「あなた」には「共通点(項)」が存在している・・・

 

とも。
そして、2019年における地球の「人口」は約77億人と推定されています。
そして、これは明確な根拠が示されている訳では全くありませんが、この地球上には約50万の「グループソウル(類魂)」が存在しているとの説があります。
これを計算してみると、

 

77億(人) ÷ 50万(グループソウル) = 15,400

 

となります。
つまり、このような(狭義の)「グループソウル(類魂)」という視点においても、

 

「自分(誰にでも)」には・・・15,400(人・魂)もの同じ「源」の存在が・・・(今、現在でも)地球上で一緒に暮らしている・・・

 

という捉え方になります。
そして、この「グループソウル(類魂)」は、さらに大きな「グループソウル(類魂)」へと繋がっている、、、という視点です。

 

例えば、私が住んでいる五所川原市の人口を5万人と推定すると、「15、400 ☓ 3ないしは4」という計算式になりますので、五所川原市は、3ないしは4の(狭義の)「グループソウル(類魂)」の集まりで成り立っている?とも表現出来るのかもしれません。
これは五所川原市においては、例えば5人の何かしら(会議でも飲み会などでも)の集まりがある場合では、(単なる計算式上では)少なくとも、どなたかお2人は同じ「源」の人という事にもなります(笑)

 

勿論、5人では「2:2:1」「3:1:1」「4:1」「5:0」など幾つかの組み合わせも考えられますが、何かの集まりにおいて「人を観察」する際に活用してみると、意外な発見?が出来るかもしれませんよ!?
なお、「グループソウル(類魂)」とは、「味方や敵」でもありませんし、いわゆる「派閥」などとも全く違うものであり、そのような安っぽい?視点ではありません(笑)

 

では、最後は「硬軟」の「硬」の部分かもしれませんが、続けて参ります!
ご存じの方も多いかと思いますが、史上最年少でノーベル平和賞を受賞した、マララ・ユスフザイ氏という女性の方がいらっしゃいます。
彼女は15歳の時の2012年10月9日に過激派組織から銃撃を受けながらも一命を取り留め、それに屈する事なく現在も活動を続けていらっしゃる方です。

 

では、「こころの時代 ~宗教・人生~ 「武器ではなく一冊の本を」」という番組で放映されていた彼女の二つの演説を、その番組の訳語(「 」も含め)のままご紹介致します。

まず一つ目は、国連(国際連合)が2013年7月12日をマララ・デーと定めた際の演説であり、最後の一説は印象に残っている方々も多いかもしれません。

 

『 今日 久しぶりにお話しできることを光栄に思います

  最初に 私たちをすべて平等にお創りいただいた神に そして私が早く元気になり新しい生活を始められるよう祈ってくださった皆さんに感謝します

 

  親愛なる兄弟姉妹の皆さん ひとつ覚えていてほしいことがあります

  「マララ・デー」は 私の日ではありません

  今日は 権利を求めて声を上げたすべての女性 すべての少年少女の日です

  私はその一人にすぎません

  ですから 私は 多くの少女たちの一人としてここに立っています

  私の役割は 自分の権利を主張することではなく 声なき人々の声を伝えることにあります

 

  親愛なる皆さん

  私は 2012年10月9日 左の側頭部をタリバン兵に撃たれました 友だちも撃たれました

  彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです

  しかし そうはいきませんでした

  その時 沈黙の中から数千の声が上がったのです

 

  テロリストたちは 私たちの目的を変えさせ 私の意志をくじこうとしたのですが

  私の人生で変わったことは ひとつだけでした

  それは 弱さや恐怖 絶望が死に絶え

  その代わりに 強さと力 勇気が生まれたということです

  私は 今までと同じマララです 私の意志は変わっていません 私の希望も 夢もそのままです

 

  親愛なる兄弟姉妹の皆さん

  私は 誰も敵だとは思っていません

  ましてや タリバンなどのテロ集団に対して 個人的な復讐心はありません

  私は あらゆる子どもの教育を受ける権利を訴えているのです

  タリバンなど過激派の息子や娘にも教育を受けてほしいと思っています

  私を撃ったタリバン兵さえ憎んでいません

  銃を持つ私の目の前に彼が立っても 私は撃たないでしょう

 

  それこそ 私が 慈悲深い予言者ムハンマド イエス・キリスト ブッダから学んだ思いやりの心です

  それこそ 私が マーティン・ルーサー・キング ネルソン・マンデラ ムハンマド・アリ・ジンナーから受け継いだ変革の伝統です

  ガンジー バーシャ・ハーン マザー・テレサから学んだ非暴力の哲学です

  そして それこそ 私が父と母から学んだ寛容の心です

  「平和を愛し 万人を愛しなさい」という心の声が聞こえてきます

 

  親愛なる兄弟姉妹の皆さん

  光の大切さが分かるのは 暗闇に閉ざされた時です

  声の大切さが分かるのは 沈黙を強いられた時です

 

  私たちは同じようにパキスタン北部のスワートで 銃を目にした時

  ペンと本の大切さに気づいたのです

  「ペンは剣よりも強し」ということわざは本当でした

  過激派が 昔も今も怖れているのは 本とペンです

  教育の力は 彼らにとって脅威なのです 彼らが日ごとに学校を爆破しているのは

  彼らが 昔も今も変化を恐れ 私たちが社会に持ち込む平等を恐れているからです

 

  私たちは 言葉の力と強さを信じています

  私たちの言葉は 世界を変えることができます

  私たちはともに手を取り合って教育を求めているからです

  その目的を達成するために 「知識」を武器にして 連帯と団結を盾として身を守っていこうではありませんか

  ですから 本とペンを手に取り 全世界の無学 貧困 テロに立ち向かいましょう

  それこそ 私たちにとって最も強力な武器だからです

 

  一人の子ども

  一人の教師

  一冊の本

  そして 一本のペンが世界を変えるのです

  教育だけが解決策です

  教育こそが最優先です 』

 

そして、二つ目は2014年12月のノーベル平和賞受賞スピーチのものです。

 

『 今日は私にとってすばらしく幸せな日です

  皆さんの絶え間ない支援と愛に感謝します 両親の無条件の愛に感謝します

  父は 私の翼を切り取らず羽ばたかせてくれました

  母は 忍耐強く いつも真実だけを語ろうという気にさせてくれます

  これこそ 私たちが強く信じているイスラムの真のメッセージです

 

  愛する故郷スワートでは 私はいつも 学校に通って新たなことを学ぶのが大好きでした

  しかし それは続きませんでした

  観光地でもある美しいスワートが 突如 テロリズムの地と化したのです

 

  私には二つの選択肢がありました

  一つは黙って殺されるのを待つこと

  二つ目は声を上げ そして殺されることです

 

  私は後者を選びました

  声を上げようと決めたのです

  テロリストがいう正義を ただ傍観することはできませんでした

  すべての権利を認めず 無慈悲に人を殺し イスラムを悪用するものだったからです

 

  私たちは声を上げ そして 彼らに言おうと決めたのです

  「コーランで アッラーがおっしゃっていることを学ばなかったのですか」

  アッラーは「一人の人間を殺すことは 全人類を殺すのと同じである」と語り

  ムハンマドはこう語っています「自分を傷つけるな 他人も傷つけるな」と

  コーランの最初に出てくる「イクラ」という言葉を知っていますか

  それは 「読め」という意味なのです

 

  私が 自分のことを話すのは特別だからではありません

  どこにでもある話だからです 多くの少女に起こっている話なのです

  私は 学校に行けない6600万人の女の子なのです

  今日 私は自分の声を上げているわけではなく

  6600万人の女の子の声を代弁しているのです

 

  人々は聞いてきます 「なぜ女の子が学校に行くことが大切なのか」

  しかし 「なぜ行けないのか」という問いの方が重要です

  なぜ女の子が学校に行ってはいけないのでしょうか

  今こそ躍進するときです

 

  もはや指導者たちに教育の大切さを説く時ではないのです

  彼らはすでに そのことを知っており自分の子を良い学校に入れています

  今は 世界の子どもたちのために行動を起こす時なのです

  初等教育だけしていれば十分というのも違います

 

  途上国の子どもたちは初等教育だけで十分だと世界の指導者たちは思わないでください

  自分たちの子には 数学や科学 物理などをやらせていますよね

  指導者たちは すべての子どもに 無料で質の高い教育を行き渡らせてください

 

  親愛なる兄弟姉妹の皆さん

  大人の世界では理解されているのかもしれませんが

  私たち子どもには分かりません

 

  なぜ「強い」といわれる国々は戦争を生み出す力がとてもあるのに

  平和をもたらすことにかけては弱いのでしょうか

  どうして

 

  なぜ 銃を与えることは とても簡単なのに

  本を与えることは とても難しいのでしょうか

  どうして

 

  どうして戦車を作ることは とても簡単なのに

  学校を建てることは とても難しいのでしょうか

 

  私たちは これで終わりにしようと決める 最初の世代になりましょう

  これで終わりにしようと決意する 最初の世代になりましょう

 

  誰もいない教室も 子どもとして過ごせなかった時も 奪われた可能性も終わりにしましょう

  幼い男の子も女の子も 工場で過ごす時は もうこれで終わりにしましょう

  女の子が幼いうちに 強制的に結婚させられることも

  戦争で 子どもの命が失われることも

  子どもが 学校に通えないことも

 

  これで終わりにしましょう

  私たちで終わらせましょう

  この「終わり」を始めましょう

  皆で一緒に 今ここから 「終わり」を始めましょう 』

 

では、マララさんの二つのスピーチはここで終了ですが、ここでも「賛否」を問うている訳でもなく、私は無宗教ですので皆さんの宗教観などを問い掛けている訳でも全くありません(笑)

 

そして、今回のTOPICSは最初においては気軽さを込めて宇宙人やグループソウル(類魂)などを取り上げましたが、今回のテーマには、私なりにですが、「より大きな理由」を込めてお伝えしております。
さらに正直に申しますと、出来るだけ気軽な感じでお伝えしようとした、前回、前々回、前々々回のTOPICSも同様です、、、

 

世界規模の出来事では「考える」のが難し過ぎると感じる方は、日本国内の出来事でも構いませんので、目を向けるようにしてみて下さい。
なぜなら、

 

現状は・・・かなり切羽詰まった所まで・・・私達は自らで・・・自らを追い詰めている

 

からです。
ここには、例えば、日本国内においては、間もなく終戦の日を迎える事も含まれておりますし、近頃では、表現の不自由展という催し物において、脅迫予告のようなものがあり中止になったとの出来事に対して、また、世界各国における貿易や経済に名を借りた?争いに対して、先ほどからのマララさんもおっしゃっている指導者と言われる政治家などの様々な言動も、どこか「重なって(同じように)」見えませんでしょうか?

そして、表現の自由に関しては、2014年10月24日のTOPICS「小説「鹿の王」」で、5年前の当時の私は以下のようにコメントもしております。

 

『 映画化もされました「図書館戦争」(有川 浩:角川文庫)も好きで読んでいましたが、内容は日本が思想・言論弾圧を行う国になったため、図書館が思想・言論の自由を守るために武装せざるを得なくなった、という荒唐無稽な発想にも思えますが、現在の日本の状況を考えると、そのような事態もあながち荒唐無稽ではないのかな?と考えさせられるように変化していきているとも感じます。 』

 

と。
そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております通り、

 

教育とは・・・お互いに・・・教えや学びを・・・育(はぐく)み合うもの

 

と。
そして、このような教育とは、「教師から生徒へ」「大人から子どもへ」「親から子へ」という「一方的」なものではなく、同時に、「生徒から教師へ」「子どもから大人へ」「子から親へ」というように「双方向的」なものです。
そして、これは「コミュニケ-ションそのもの」とも表現出来ます、、、

皆さんの職場などでも、業務命令だから!それが仕事だから!などのように、「なぜなら~」という説明も一切なく、ただ行うように強いられているという状況になっておりませんでしょうか?
そのような際に、あなたが相手にちゃんと「考えや意見」を伝えられるような「空気感」が、そこ(職場)にありますでしょうか?
勿論、職場は一つのケースであって、このような「空気感」は様々な状況においても当てはめる事が出来ます。

一時であれば「無関心」の為せる技、とも言い逃れも出来ましたが、今回の一連のテーマにおける、そもそもの根本にあるのは、

 

変化を遂げるには「恐れ」を伴う・・・

 

という間違った「錯覚」を起こさせるロジックやトリックの悪用が世の中や社会において暴走し始めているのが、その原因の一端を担ってもいます。
そして、これが、

 

「動機」における「限度を超えた嘘」

 

という意味です。
勿論、私自身も同様ですが、「自分を守りたい」という本音の部分というのは誰にでも存在しますし、ある程度の「動機」における心の揺れと言うのは自然な事でもありますので、そこまで自分を厳しく追い詰める必要性もありません。

ただ、「限度を超えた嘘」から導かれる「動機」にまで達してしまうと、真実としての、そして、シンプルなスタンスとしても、

 

変化を遂げても「安心」である!!!

 

という点を、「なぜなら~」を含め、個人個人が深く自分なりに見つめ「考えて」いく事が必要不可欠になってきます。
かなり、最後の方は重ためな内容と私の上から目線?的な物言いに聞こえたかもしれませんが、そのような趣旨でもなく、私は運命論者でも悲観論者でもありません(笑)

勿論、悲観的やネガティブな捉え方をするのは、私も同じ「人間」ですので、そのような時もあります(笑)
ただ、そのように浸っていると、私自身は次第に飽きてもきますし、何より、心身にとても疲労感を覚えたりもします(苦笑)

 

そして、今回のテーマにある「安心」というのは、皆さんご自身について、そして、皆さんの身近な出来事や「人間模様」に当てはめていく以外に方法が無い、、、というより、それが一番安全であり近道にもなっております(笑)
そして、

 

「この世」の物事や出来事においては・・・

絶対的な「手遅れ」などは存在しておらず・・・

必ず光に照らされた「道」が存在している!

 

という点だけは、いつでも取り出せるように、頭の片隅に常備(あるいは備蓄)しておいて下さい!(笑)
そうすると、いつの日にか、

 

自分自身が・・・「道」そのものであった!

 

という事を気づかせてくれる出来事が増えていきますので!
そして、自分自身が「道」そのものである、、、これが「安心」というものになっていきますので!(笑)

2019年8月10日 02:08

AI(人工知能)から考える・・・自分という私達

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「AI(人工知能)から考える・・・自分という私達」というテーマをお届け致しますが、これはある意味、前回のTOPICS「魂の器(うつわ)としての人間は・・・どこに向かおうとしているのか?」の続編ともなっております。

ところで、AI(人工知能)に関しては、日進月歩、、、と言うより、瞬間瞬間に「変化」を遂げていると言った方が実情にも合致していると感じますが、今までのTOPICSでも何度かAI(人工知能)に関しては取り上げて来ております。

ただ、今回はお読みになって頂くと、おそらく「AI(人工知能)には否定的?」と感じられる方々もいらっしゃるかと思いますが、これも「賛否」という意味ではなく、「少し慎重に考えてみる姿勢」も大切なのではないか?との視点からお伝えするものであります。

なので、前半はAI(人工知能)の最近の実用例を幾つか取り上げ、それに付随して後半は、このTOPICSをお読みになって頂いている「皆さんへの問い掛け」と言うよりは、「私の中の、私自身への問い掛けやつぶやき」といった感じで進めて参りますので、そのようなニュアンスからも、今回は従来のTOPICSとは少し違った感じを受けるかもしれませんが、その辺りをご理解頂ければ幸いです(笑)

では、前回のTOPICSの締め括りにおいて、

 

「私達」を「(人間ではなく)私達」と成らしめているのは・・・

「知能」なのでしょうか・・・?

「意識」なのでしょうか・・・?

 

とコメント致しましたが、このTOPICSを継続してお読みになって頂いてる方々におかれましては、これも「二者択一」という問題では無いという点は既にご理解頂けているかもしれません(笑)
ちなみに、前回も今回のテーマでも、「知能」は「知性」と置き換えて理解頂いても大丈夫です!

 

それでは、最近のAI(人工知能)の実用例として、サイエンスZERO「人工知能 そのとき あなたは?」という番組から少しご紹介して進めて参ります!

まず1つ目のケースは、タクシーの乗車率アップの為!です。
これは、携帯電話などのGPSの位置情報サービスなどのデータを活用して、地域を複数の区域に区分し、区域毎に予測乗車人数が計算され、タクシー内のナビに表示される機能です。
そして、これにより予測乗車人数の多い区域にタクシーが向かう事で、乗車率のアップが実証されたとの事でした。
この番組内では、「今までの経験や勘は(もはや)不要?」とも紹介されていました。
ちなみに、

 

『 もし、自分(瀬川)が・・・

  AI(人工知能)の計算において予測乗車人数の低い区域に居るとすれば・・・

  (そこに居る限りは)なかなかタクシーは掴まらない!? 』

 

などと「私自身への問い掛けやつぶやき」として感じたりもしました。
勿論、電話をして配車の依頼をすれば事足りることではありますが(笑)

 

では、2つ目のケースは、退(離)職する人の予兆を掴み、退(離)職者を減らす為!です。
ここで紹介されていたのは、労働者との色々なアンケートや面談記録からAI(人工知能)が退(離)職可能性が高いと判断した人に対して、より手厚いサポートやフォローアップを行い、退(離)職率を減らす効果がある事が紹介されていました。

 

次の3つ目のケースは、婚活支援の為!です。
ここでは、双方のプロフィールや趣味などからAI(人工知能)が判断してお似合い(上手く行きそうなという意味です(笑))の組み合わせを提示するそうですが、婚活もそうですが、ハローワークなどの職探しにおいても、仲介者という第3者が入るマッチングにおいては、その第3者の思い込みの影響を少なくするのに有効かも!?と紹介されておりました。

確かに、例えば見た目や経歴などにおいても、それをどう評価したり判断するのかに際しては、その第3者の人の「主観」というものは入ってしまいますし、その主観を取り除いてしまう事が出来るとすれば、その第3者の方はもはや「人間」ではありませんよね(笑)
このケースでは、

 

『 主観が入り込むのを怖れ過ぎるあまりに・・・

  AI(人工知能)の判断結果が絶対的に正しい!

  という「新たな思い込み」を生み出さないのかな・・・? 』

 

と「私自身への問い掛けやつぶやき」が囁(ささや)いておりました。
ちなみに、私も45歳独身で、過去に結婚歴も無い事から、世間一般的には、何か欠点?欠陥?を持っていると思われるのかもしれませんね(笑)
冗談?はさておき、このように後半では「私自身への問い掛けやつぶやき」が主となって参りますので、少しづつ馴れていってみて下さい!

 

次の4つ目のケースは、健康診断のデータから、その人の将来罹(かか)りそうな病気の種類や、罹った時の医療費などを予測する為!というものです。
これも実際に生命保険会社が導入しているAI(人工知能)の活用事例です。
この導入により、以前であれば(例えば高血圧の持病があるという理由だけで)生命保険に加入出来なかった人が、逆にAI(人工知能)が病気罹患率を低く判断する事により、加入出来る人が増えているというケースも多くなって来ているとの事です。

一方で、病気のリスクが高いとAI(人工知能)が判断した際には、(将来の事は誰にも分からないという前提がありながらも)保険料が高くなったり、加入出来ないというケースも出て来る事から、番組で紹介されていた生命保険会社においては、この点も重々考慮に入れて慎重に判断しているそうです。

 

では、最後のケースは以前のTOPICSでも取り上げた事がありますが、アメリカでの心臓移植医療に活用する為!です。
これは、誰に移植をすれば、より延命率が高くなるかをAI(人工知能)が判断し、移植を待っている患者さんの「優先順位」を決めているというものです。
勿論、この判断には医師個人の見立ても含めて決めているそうですが、概ねはAI(人工知能)の判断と同じになる事が多いそうです。

先ほどの生命保険のケースと同様に、「将来の事は誰にも分からないという前提がありながらも」という点が、とてもとても問われている事例の最たるものかと感じます。
これは、「優先順位という判断」をご自身やご家族等の身近な人に当てはめてみると、かなりの「賛否」が割れるのは目に見えている活用例でもあります。

 

では、ここで、AI(人工知能)と言っても千差万別に様々な種類や性質がありますし、そもそも、何となくのイメージしか分からない、、、という方も多いかもしれませんので、一般的なAI(人工知能)の仕組みの幾つかを、簡単にご紹介致します!

 

① AI(人工知能)は入力された膨大な「データ」の蓄積の中から「特徴」と「共通点」を活用して判断する

② その入力するデータは「人間(開発者)」が選別している

③ ①と②から、AI(人工知能)には「人間(開発者)」の価値観が(どうしても)反映されてしまう

 

これが大まかな仕組みとなっていますが、②に関しては「ブラックボックス問題」と呼ばれているものです。
つまり、価値判断を提示するAI(人工知能)に入力するデータそのものが、どのような価値判断で選ばれているのかは分からないというものです。
また、③における価値判断では、当然の事ながら、国、文化や宗教観の違いなどの様々な影響も及んできます。

では、ここからは「私自身への問い掛けやつぶやき」を『 』の部分に込める事で進めて参ります!

 

『 確かにAI(人工知能)の「情報処理能力」には「人間」では及ばないのかもしれないけど・・・

  それが賢さの「特徴」なのだろうか・・・?

  解を導くのも賢さであるならば・・・

  発達障がいなどの場合であっても、時間は多少掛かるにせよ、解を導く事は出来ているのだし・・・

  そもそも「情報処理能力」も人それぞれ千差万別だしなぁ~・・・ 』

 

ちなみに、前回のTOPICSでも少し触れましたが、アポロ11号の月面着陸をサポートしていたコンピュ-タ-の性能(情報処理能力)は、現在のスマフォよりも低い性能しかなかったそうです(笑)

 

『 (このTOPICSでも幾度か触れている)賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶとも言うけれど・・・

  AI(人工知能)は「経験」という体験はしない(出来ない)のかもしれない・・・

  その意味では歴史という「データ」に学ぶのは賢いのかもしれないけど・・・

  世の「歴史(書)」の多くが「勝者の(側が書いた)歴史(書)」であるのも事実だしなぁ~

 

  そもそもデータに間違いや「嘘」が入り込んでいたら・・・

  AI(人工知能)そのものが「嘘」を学び・・・

  AI(人工知能)が「嘘」をつく事も起こり得るのかな・・・?

  そうだとすると「私達」は、その嘘を見抜く事が出来るのだろうか・・・? 』

 

『 AI(人工知能)の判断基準という活動範囲は、おそらく「動物や植物など」にも及んでいくのだろうけど・・・

  そもそもデータを入力をする「私達」が「動物や植物など」をちゃんと理解出来ているのかな・・・?

  その場合に、何かのケース(絶滅危惧種を防ぐなど)において、AI(人工知能)が「私達(人間)」より「動物や植物など」を優先する判断はあり得るのだろうか・・・? 』

 

『 AI(人工知能)は「美しさ」や「醜(みにく)さ」というものを、どのように捉えるのだろうか・・・?

  そう言えば、映画のフランケンシュタインでは、一緒に遊んでいた少女が可愛くて、この少女を池に浮かべたら、それこそ花のように「美しい」だろうと考えて、フランケンシュタインは少女を池に落としたんだよなぁ・・・ 』

 

『 「私」が「A」というAI(人工知能)の判断を尊重し・・・

  「相手」が「B」というAI(人工知能)の判断を尊重したら・・・

  これを判断する「第3のAI(人工知能)」が新たな判断を導くのだろうか・・・?

 

  この判断の相違では「人間同士」であれば双方の妥協や折衷案なども考えられるけど・・・

  「AI(人工知能)同士」であれば「対立」となるのだろうか・・・?

  はたまた、「人間」VS「AI(人工知能)」という構図になってしまうのだろうか・・・? 』

 

『 AI(人工知能)は判断した際に考慮した「理由(なぜなら~)」もちゃんと提示してくれるのかな・・・?

  確かに(先ほどの)心臓移植医療では「より延命率が高くなるか」というのが「理由(なぜなら~)」なのかもしれないけど・・・

  仮に、その優先順位が実際に違っていた場合に、その(違っていたという)データも新たに入力すると・・・

  AI(人工知能)は「新たな」理由(なぜなら~)を提示出来るものなのかな・・・? 』

 

『 (2019年7月13日のTOPICS「鏡の法則から考える多面性と重なり ~実際のメールのやり取りから~」で取り上げた)

  鏡の法則というのもあるけど・・・

  これからは、この鏡に写る(写す)のは・・・

  「人間」ではなく「AI(人工知能)」になるの・・・? 』

 

『 ん・・・? ちょっと待てよ! 何か分からなくなってきたぞ!?

  AI(人工知能)の判断(や理由)に人間が「納得」出来ないような場合では・・・

  AI(人工知能)の判断を「採用」する事はないのだろうから・・・

  そうすると、結局の所、「判断をするのが人間」であれば・・・

  AI(人工知能)は、選択肢を提示する、とてもとても、もの凄く高性能な自動計算機みたいなもの・・・??? 』

 

では、キリが無いので、ここらで「私自身への問い掛けやつぶやき」は終わりに致します!
このように、AI(人工知能)に関する事柄では、科学、医学、心理学、工学、経済学、哲学、倫理学、宗教学など、現代の(ほぼ)全分野を網羅するほどの、「人類」が直面している「唯一の命題」となりつつあるのかもしれません、、、
「~学」と高尚?な例えを挙げましたが、料理でも然り、車の運転でも然り、学校の授業でも然りなど、それこそ何でも、どの分野でも有りの問い掛けでもあります。

ちなみに、身近な例では、言語の翻訳機能におけるAI(人工知能)では、その国の言葉を知らなくても気軽に安心してコミュニケ-ションを取れるなど、旅行などでも大いに活用され始めてもいます。
そのうち「津軽弁」などの方言も翻訳出来るようになるのかもしれませんね(笑)

 

では、ここからは今回のAI(人工知能)というテーマから導き出される様々な視点の内の幾つかを少しご紹介して参ります!

ところで、2020年から小学校ではプログラミングの授業が始まる模様ですが、私も同様ですが、30歳や40歳の世代ではそのような授業を受けた事がなく、親世代の大人側がどうすればいいの?との悩みも多いそうです(笑)
そして、このような学校における授業内容においては「理系あるいは文系」という風に別れる事が今でも多いです。

 

私は大学時代は法学部でしたので文系に属するのでしょうが、この当時は就職氷河期の始まりの頃でもありましたので、「文系は潰しはきくが、一方で、人の取り替えも幾らでも可能」などと言われており、就職には理系の方が有利?だったように記憶しています。
そして、このような捉え方も、ある意味での「二者択一」と似ているのかもしれません(笑)

 

そして、多くの場合に、「理系 = 理性(理論)」「文系 = 感情」という区分けの図式が無意識の内に行われてきているとも感じています。
別にこのような事が悪い訳ではありませんが、このTOPICSでも「感情よりも理性を」と幾度もお伝えしておりますが、ここに誤解?を生じているケースも、もしかしたらあるといけませんので、改めてお伝えすると、

 

理性も感情もどちらも必要で大切

 

です(笑)
例えば、理系のモデルとして医師を挙げ、文系のモデルとして小説家を挙げてみたいと思います。
理系=理性のモデルである医師に感情が不要かと言えばそうでは無いでしょうし、文系のモデルである小説家に理性という、いわゆる理論構築(文章構成)の能力が全く無いとしたら、その小説には何が書かれていて、何を伝えたいのかがサッパリ分からなくなってしまう事でしょう。

そして、このような視点を今回のテーマになぞらえると、

 

「AI(人工知能) = 理性」 / 「人間 = 感情」

 

という図式に近くなるのかもしれません。
そして、この最たる例としては、先程から出てきている心臓移植医療が該当してくるのかもしれません。
そして、

 

「人間」には理性と感情の両方が備わっているが・・・

「AI(人工知能)」に備わっているのは理性のみ・・・???

 

という辺りが、AI(人工知能)を活用する(し過ぎる)事への怖れに繋がっているのかもしれません。
では、このような課題に解決策はあるのでしょうか?

それでは、少し視点を変化させてみます。
例えとして、以下のような図式を活用してみます。

 

「男性 = AI(人工知能)」 / 「女性 = 人間」

 

と。
ちなみに、男性と女性を逆に入れ替えしても構いません(同じ事です)し、ここに他意は全くありませんので(笑)
そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております、

 

男性あるいは女性という視点は「二者択一」になってしまうが・・・

この両方(男性と女性と共に)・・・

「父性&母性」という「繋がり(重なり)」が存在しており・・・

 

「父性&母性」を「繋げて(重ねて)」くれているのが・・・

「人間性」・・・

 

という事にもなります。
また、最初に「意識」という言葉も出てきましたが、意識は顕在意識と潜在意識の2つに区分されておりますが、

 

顕在意識・・・潜在意識・・・という「意識」を捉えるには・・・

「第3の何か(意識)」という存在が必要不可欠になる・・・

 

のが真実でもあります。
これは、「私達」が「自分」では「自分自身の真の姿」を見る事は出来ないのと一緒でもあります(笑)
では、ここから、もしかしたら、先ほどのAI(人工知能)を活用する事への解決策となり得るかも?、、、という視点を活用して参ります!

私が行っているカウンセリングなどでも、

 

どういう自分になっていきたいのか?

どういう人生にしていきたいのか?

 

との問い掛けを行い、一緒に考えていきます。
勿論、この世や社会においては「(種々の)制約」もありますので、全てが自分の思い通りになる訳ではない事も事実です。
そして、先ほどのカウンセリングなどにおいては、もう一歩進めた問い掛けも行います。
それが、

 

「動機」が何であるのか?

 

というものです。
そして、

 

この「動機」を見つめていく事で・・・

これしか実現の方法が無い!との思い込みの「錯覚」から逃れる事が出来るようになり・・・

実現に向けての「新たな(別の)方法」が見つかりやすくなる・・・

 

という方向に繋がっていきます。
勿論、ここでも全てが自分の思い通りになる訳ではないという更なる問い掛けが出て来るケースもありますし、物理的・物質的側面から難しいと判断される場合があるのも事実です。

 

そして、AI(人工知能)の活用への怖れに挙げられる最大の理由が、前回のTOPICSでもお伝え致しました、2045年問題と言われている「シンギュラリティ 《 人工知能が予測不可能な速さで進化し人類の知能を超える事(技術的特異点) 》」がありますが、

 

このシンギュラリティ(という怖れ)は・・・

「人間」が(全ての)「選択と決断」を・・・

AI(人工知能)の「判断」に明け渡してしまう事・・・

 

と、私個人的には考えております(笑)
そして、AI(人工知能)を活用して、どのような世の中や社会にしていきたいのか?という問い掛けも勿論ですが、

 

AI(人工知能)の「判断」を受け入れるにせよ・・・受け入れないにせよ・・・

その「自分という私達(人間)」が「選択と決断」をする際の・・・

「動機」に目を向ける・・・

 

という事が必要になり、とても大切になってくると感じます。
この世や社会においては、その時は「最善」と思った事も違っていたという事はよくありますし、そもそも、何が「最善」である(であった)のかは、「この世」にいる限りは「判断」の下しようもありません(笑)
そのような視点からは、

 

「答え(や正解)」のみを追い求めるだけではなく・・・

「動機」を捉える際に必ず必要になってくる・・・

「考え続ける」という姿勢・・・

 

が、これからの先を見据えて行く際には役立つようにも個人的には感じております。
そして、このTOPICSでも物事や出来事は「シンプル」に捉えてみる、、、ともお伝えしておりますが、

 

シンプルとは・・・

「単純」・・・

という意味(だけ)ではない・・・

 

という点を「考えて」みて下さい(笑)
今回も長くなってしまい申し訳ございませんのと、このTOPICSこそ「シンプルに(短めに)!」という視点が大切で必要かもしれませんが(苦笑)、「AI(人工知能)は入力された膨大なデータの蓄積の中から「特徴」と「共通点」を活用して判断する」とお伝え致しましたが、このTOPICSもそれぞれのテーマという「特徴」と、様々なテーマを結び付ける「共通点」という視点を活用しておりますが、もしかしたら、、、このTOPICSを書いているのは、、、「私(瀬川)」ではなく、、、「AI(人工知能)」かもしれませんよ、、、???(笑)

2019年8月3日 05:08

TOPへ戻る

プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ