魂の器(うつわ)としての人間は・・・どこに向かおうとしているのか?

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回は「魂の器(うつわ)としての人間は・・・どこに向かおうとしているのか?」というテーマですが、ここから先の内容は、私の妄想!?からのものであるのと、何の明確な根拠もなく、全くの創作・フィクションであります(笑)

ただ、「今」に始まった話ではありませんが、特にここ最近の世の中や世界は、分断や混乱の極み、挙げ句の果てに自暴自棄の姿勢であるかのように、今まで積み上げてきた事柄を無かったものとし、各々が自分中心(自分ファースト)で様々な(例えば、条約などの)「輪」からの離脱などの傾向も顕著となってしまっています。

ちなみに全くの余談ですが、本年の2019年は、アポロ11号が月面着陸を完遂した時から50周年という事で、TVなどでも様々な特集が組まれていますが、この船長であるニール・アームストロング氏は初めて月面に降り立った人類(人間)として「ファーストマン」とも呼ばれておりますが、これは〇〇ファーストとは意味も性質も全く違うものですね(笑)
では、話を本筋に戻しますが、

 

分断に次ぐ分断の行き着く先は・・・

詰まる所、自分中心の「自分」しか存在出来なくなり・・・

「他者」が存在しない(出来ない)所では・・・

結局の所、「自分」すら存在出来なくなる・・・

 

というのが真実でもあります。
更に、このような傾向というのは、誰もが気づかぬ内に、地域や職場や周囲の人々との人間関係などにまで、あっという間に忍び込んでくる側面を持っています。
そのような視点からも、私の全くの創作・フィクションではありますが、何かしらの「気づく」キッカケにでもなれば幸いです(笑)

では、進めていくに当たりまして、最初の大前提ですが、

 

「人間」という魂が存在しているのではなく・・・

魂が「人間」(という存在)を通して表現活動をしている・・・

 

という点を踏まえる必要性があります。
スピリチュアルな事柄がお好きな方でも、この辺りは結構の誤解?も多いものですので(笑)
そして、2018年2月24日のTOPICS「ペットなどの動物の魂はどうなっているの?」で、魂の進化の過程を、

 

鉱物(霊) → 植物(霊) → 動物(霊) → 人(霊)

 

ともお伝え致しました。
しかし、これですら、

 

「今の地球上」の視点での捉え方でしかない・・・

 

という点も踏まえる事が必要になります。
なぜなら、

 

意識(魂)の表現活動に制限はない・・・

 

からであります。
この広大な宇宙の中での地球も、砂漠の中の一粒のような存在でしかありませんし、科学の学説における理論上では複数の次元が存在している事は既に証明済みですが、広大な宇宙も三次元という一つの側面の表現活動でしかありません。
どうでしょうか、、、私の妄想!?に連いて来れそうでしょうか?(笑)

では、更に進めて参りますが、先ほど魂の進化の過程に触れましたが、ここにも抜け落ちがちな視点が一つ含まれています。
それが、

 

今、「人間」という自分を意識している私達の全てが・・・

動物としての・・・植物としての・・・鉱物としての・・・

魂における経験を経て来ている・・・

 

というものです。
現に私達は、動物を食しもしますが(動物実験もしていますが)、ペットとして愛でたり、逆に動物から癒されてもいます。
同様に植物も食しながらも、お花を飾る事で癒されたりもしています。
更に、鉱物であるダイヤモンドなどの貴金属を(交換価値のある物として)重宝したりもしますし、パワーストーンを身に付けたりするのも、そのような魂としての経験の現れであるのかもしれません(笑)

 

ところで、人はなぜ争うのか???という疑問などに対しては、ダーウィンの進化論における動物の持っている属性だから、何世代か前からのDNAが受け継がれているから、人間の本能だから、などの説明がされたりもしています。

ただ、ダーウィンの進化論においては、先ほどの以前のTOPICS「ペットなどの動物の魂はどうなっているの?」でも触れましたが、「ミッシングリンク」という謎が残ってしまいます。
また、確かにDNAの研究などにおいては、3~7世代位前からの情報が引き継がれている可能性なども示唆されてはおりますが、全人類が争っていた訳でもないでしょうし、もし、これをご先祖様が聞いたらどのように思うのでしょうか?(笑)

更に、人間の本能だ!と言ってしまうのは、身勝手で都合の良い言い訳のように、私個人的には聞こえてしまいます(苦笑)
なぜなら、

 

本当に本能であるとしたら・・・

どうしようも無い・・・仕方が無い・・・変えようが無い・・・

 

という帰結を辿っているはずであり、そうであるならば、とっくの昔に人類は滅びていてもおかしくは無いと感じてしまいます。
では、ここからが、今回の私の妄想MAX全開!!!に入っていきますが、繰り返しですが、とても馬鹿げた?発想です(笑)
それは、

 

「今、この地球上」における私達のほとんど(の魂)は・・・

恐竜を「器(うつわ)」として(魂の)表現活動をしていた!?

 

というものです(笑)
どうでしょうか?
とてもとても馬鹿げたお話ですよね、、、(笑)

 

ところで、恐竜が存在していた当時の地球においては、恐竜が地球上における支配者、、、とまでは言いませんが、食物連鎖の階層においても、他の生命を凌駕して君臨していたのが恐竜であったのは、学説や論文などでも、ほぼ定説となっております。
そして、何故それが可能であったかと言うと、(強靱な)肉体面もさることながら、

 

恐竜には「知能」が備わっていた・・・

 

というのも、ほぼ定説となっております。
この恐竜の「知能」に関しては、以前に流行した映画ジュラシック・パークなどでも描かれておりましたね(笑)
そして、隕石の落下など、色々な理由が推測もされておりますが、

 

恐竜は絶滅し・・・

その後も・・・

恐竜としては復活していない・・・

 

というのは周知の事実です。
そして、恐竜を「魂の器(うつわ)」という存在として捉えてみるのならば、

 

絶滅したのにも、ちゃんと理由がある・・・

 

という事になります。
ちなみに、この理由を、神様の采配だ!などと私は言うつもりもありませんし、そのようにも全く思っておりません(笑)
それこそ、神様が存在するのであれば、神様の責任!には出来ないとも思いますし、神様はわざわざそのような事はしないと思います(苦笑)

 

では、当時の地球上で君臨し「知能」を備えていた恐竜が絶滅し、なおかつ、その後に一度たりとも復活を遂げていないのは何故なのか?を今回のテーマから考えてみると、

 

恐竜を「魂の器(うつわ)」として表現活動するには「限界」が生じたから・・・

 

となります。
勿論、これをポジティブな表現を活用すれば、

 

恐竜を「魂の器(うつわ)」として表現活動する為の「学び(目的)」を充分に遂げたから・・・

 

とも言えます(笑)
そして、知能に関する事柄と言えば、やはり、「AI(人工知能)」の関連も出てきます。
2017年には、アメリカの研究機関が開発した2つの「AI(人工知能)」が、人間には理解不能な言葉で会話をし始めた事が大きなニュースにもなっておりましたし、また、2045年問題とも呼ばれているように、

 

シンギュラリティ《 人工知能が予測不可能な速さで進化し人類の知能を超える事(技術的特異点) 》

 

の問題も取り上げられたりします。
部分的ではあるが、既にシンギュラリティは始まっている、、、と唱えている研究者もいます。
では、ここで妄想!?を活用してみると、

 

「AI(人工知能)」(などの機械)は「魂の器(うつわ)」として利用可能なのか(存在し得るのか)?

 

という問いが出てきます。
そして、当然ながら私の全くの個人的見解ですが、

 

そのような事(機械などを「魂の器(うつわ)」として活用する事)は、不可能ではないのであろうが・・・

ただ・・・

「今の地球上」でそれをしても、あまり意味がない・・・!?

 

というものです(笑)
私の子ども時分には、主人公が機械の体を手に入れる為に、様々な星への旅をしていた銀河鉄道999という漫画もありました(笑)

ちなみに、「不可能ではないのであろうが・・・」というのは、「AI(人工知能)」などの機械が「魂の器(うつわ)」として可能になる際には、「人間という魂」が入り込む訳ではないからです。
それが最初にコメント致しました「「人間」という魂が存在しているのではなく・・・」という部分です。

 

では、またまた話は飛びますが、現在、はやぶさ2が小惑星リュウグウにおいて、「鉱物」などの物質を採取する活動を行っています。
この採取の目的は、宇宙の成り立ちや生命の根源(スタート)を解き明かす為のものでもあります。
そして、

 

鉱物にせよ・・・

機械にせよ・・・

人間の「体」にせよ・・・

 

それらを分解していくと・・・

その根源は素粒子(や元素)に辿り着き・・・

比率や構成(量や種類)の違いはあっても・・・

同じ「物(質)」に行き着く・・・

 

というのが事実でもあります。
そして、これも最初にお伝え致しました、

 

仮に・・・

意識(魂)の表現活動に制限はない・・・のであれば・・・

どのような「物(質)」であれ・・・

「魂の器(うつわ)」となり得る・・・

 

のかもしれません(笑)
しかし、既に「人間」という「魂の器(うつわ)」を活用するに至った「私達」が、今から「鉱物や植物や動物」を「魂の器(うつわ)」として利用する事は出来ませんし、そもそも活用したいという方もほとんどいないかとも思います(笑)
私は貝になりたい、、、という映画もありましたが、、、

 

「私達」を「(人間ではなく)私達」と成らしめているのは・・・

「知能」なのでしょうか・・・?

「意識」なのでしょうか・・・?

 

(笑)
今回のような私の馬鹿げたお話(テーマ)に関心のある方は、2017年1月18日「意識の器(うつわ)と心のケア」や、2018年7月7日「人間は魂が無くとも生きられる?」というTOPICSでも別の視点から触れておりますので、宜しければ覗いて見て下さい。
そして、今回は私の妄想!?に最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました(笑)

2019年7月27日 04:07

「動機」を捉えるとは・・・ ~麻酔という医療特許と精神医療の身体拘束のケースから~

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回は「「動機」を捉えるとは・・・ ~麻酔という医療特許と精神医療の身体拘束のケースから~」というテーマを、二つの番組をご紹介する事によりお届け致しますが、普段のTOPICSでもそうですが、今回は特に、良い悪い、正しい間違いなどの「二者択一の判断」に焦点を(あまり)当てずに読み進めてみる事を意識してみて下さい!

そこで、まず、「動機」という言葉を聞くと、どうしても「犯行の動機」などのネガティブなイメージを伴って思い浮かべてしまう方も多いかと思いますが、より簡単に、

 

「動機」とは「思い」と同じように捉えてみる

 

という意識を持つと、今回のテーマは、より理解しやすくなっていくかもしれません(笑)
そして、今回は「考える素材」の提供に主眼を置いておりますので、私の個人的見解や視点は、最後に少しだけお伝えして参りますが、ここから先は、自由な発想や連想で味わって頂ければ、より「実りある」ものになるかもしれません(笑)

 

では、最初の番組は、このTOPICSでも幾度か取り上げております、フランケンシュタインの誘惑E+「麻酔 欲望の医療革命」からです。

そこで、この番組の冒頭において、2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑 氏と、免疫機能を高めガン細胞を攻撃する医薬品「オプジーボ」の特許(料)を巡って、共同開発をした製薬会社との交渉(これは現在も続いております)と、かつての共同研究者も特許を主張し、アメリカの地方裁判所では、この特許権が、この共同研究者にも認められた判決が紹介されて進んでいきます、、、

 

ところで、このような「医療特許」を巡る争いは「麻酔法の発明」から始まったと言われております。
日本では、1804年に外科医の華岡青洲が内服薬を使っての麻酔実験を始めていました。
ちなみに、ご存じの方も多いかもしれませんが、この人は、世界で初めて全身麻酔下での外科手術(乳がん摘出)を行った事でも有名であります。

そして、それから40年あまり後に、現在では主流となっている「吸入麻酔法」がアメリカにおいて、歯科医のホレス・ウェルズ(1815~1848)と、そのウェルズの弟子でもある、同じく歯科医のウィリアム・モートン(1819~1868)により開発されました。

そして、この二人の間で、ウェルズは吸入麻酔の最初の発明者としての「名誉」と、モートンは吸入麻酔による「医療特許(としてのお金)」を巡り、争いに入っていきます、、、

 

さて、当時の外科的治療(手術や抜歯など)では、痛みという大変な苦しみが伴っていた為に、お酒やアヘンで感覚を麻痺させたり、体から血を抜く事で失神させたり、時には、痛みへの怖れから自死する人もいた状況です。

そのような中、ウェルズは当時の見世物として流行していた「笑気ガス 吸入効果の大実演会」を見て、ヒントを見出していきます。
ちなみに、この笑気ガスとは「亜酸化窒素」の事で、現在の歯医者さんや病院などでも、患者さんの検査や治療の際に、気持ちを落ち着かせる事を目的として導入している所もあります。

 

そして、この実演会というのは、笑気ガスを吸った人々が、ハイな気分になったり、失神したりする様子を見て面白がるような「代物(しろもの)」でしたが、ウェルズは、このショーに参加していた人々が血を出したり怪我をしているにも関わらず、痛みを感じていない様子を見て驚きを受けました。

そこから、この亜酸化窒素を使えば抜歯時の痛みが消えるのでは?と考え、自らへの人体実験を含めた、様々な実験に取りかかっていきました。
そのように実験を繰り返していき、実際に何十人にも笑気ガスによる抜歯を行っていた所、痛みを訴える人がいなかった為、ウェルズはこの方法を地元の歯科医にも教えていく事になりました。

この時のウェルズに対しては、このような方法を「自分だけ」のものにするのでもなく、患者さんに「より良いサービスを提供」する為に、様々な発明をする人と好意的に捉えられていました。

 

そして、1845年にウェルズは弟子のモートンと共に、医師やハーバード大学の医学生の目の前で、無痛公開抜歯手術を企画します。
勿論、当時は医師の間においても、無痛手術は成し遂げられていませんでした。
そのように、医師等からの嘲気笑いが起こる中で手術は行われていきましたが、亜酸化窒素の投与量がわずかに足りなかった為に、このデモンストレーションは失敗に終わり、この事により、ウェルズは歯科医を辞め、失意の淵を何ケ月も彷徨うことになります、、、

 

それから半年が過ぎ、モートンがウェルズの元を訪れてきました。
色々な話をしている中で、実は、モートンが訪れた理由は、ウェルズの吸入麻酔法が莫大なお金を生み出す事に気づいており、この方法をウェルズから盗み取る事が目的でした。

 

実は・・・モートンは若い頃・・・詐欺師(ペテン師)をしていたのです・・・

 

このようにモートンの「真意」を見抜けぬままに、ウェルズは丁寧にその方法を伝授していきました。
そして、方法を授けられたモートンは、吸入麻酔法を自分の発明にしようと考え、そこで目を付けたのが、亜酸化窒素ではなく、

 

ジエチルエーテル

 

という揮発性の液体の薬品でした。
これまでも、このエーテルを吸うと吐き気や呼吸困難が治まることは知られていましたが、1846年に、モートンは自らの発明品と銘打って、公開手術を企てていきます、、、

 

そして、この公開手術の舞台となったのが、マサチューセッツ総合病院であり、以前の公開手術ではウェルズが麻酔から執刀まで自ら一人で行ったのに対し、この時のモートンは、自らは麻酔をかけるだけであり、執刀は外科医に行って貰うなど、医師にも華を持たせる(と同時に、失敗した時の自らの責任を逃れる為にも)段取りを取っていきます。

そして、この公開手術は成功に終わるのですが、この際にモートンは人目を惹きつけ、見栄えを良くするためにフラスコを利用したガラス製の吸入器まで用意していました。
そして、この公開手術の成功がキッカケとなり、

 

「無感覚」を意味するギリシャ語の「アネステイシア」を語源とする・・・

「アネスシージャ(anaesthesia)」という「麻酔」を表す言葉が生み出され・・・

 

この出来事により、モートンの名は世界に知れ渡るようになっていきます、、、
勿論、痛みのコントロールが可能になったという事象は、医学上においても、人類史においても、有益で画期的な事でありますが、これを境に、逆にウェルズがペテン師とみなされ、モートンは偉人と称えられるようになっていきました。

 

このモートンの裏切りにより、ウェルズの心は怒りに支配され、自分が第一発明者である訴えをメディアなどを通して行っていきます。
そして、この二人の争いが世間に知られると、あちらこちらからも、自分が吸入麻酔の発見者だ!との名乗りが上がり、「医療特許」の大論争を巻き起こしていきます、、、

 

その名乗り出た人の内の一人が、医師で化学者であり、化学会の権威者であったチャールズ・ジャクソンという人でした。
実は、モートンは先の公開手術に先立って、ジャクソンに様々な相談を持ちかけていました。
手術で人目を惹くために活用したガラス製の吸入器もジャクソンのアイデアでした。
そこで、モートンとジャクソンの間で、「特許」を連名にする事で「名誉」と「お金」を山分けする事で手が打たれていきます。

 

そして、公開手術の1ケ月後に、アメリカ特許庁が「吸入麻酔法」の特許を認める事になりましたが、ここに、「現代にも綿々と受け継がれている」3つのポイントが存在していました、、、
それが、

 

① エーテルという「医薬品」

② フラスコ吸入器という「医療機器」

③ 吸入麻酔法という「医療法(医療のやり方や進め方)」

 

でした。
モートンが取得した特許はアメリカ国内で14年間有効であり、その間、吸入麻酔法を行う全ての医師や歯科医は特許料を支払う事になっていきます。
この事も、更に大論争を巻き起こしていきます、、、

 

なぜなら、当時のアメリカ医学界では、医師が医療における発明を特許にする事は倫理に反しているという考えが一般的であり、特許取得により利益を得る事はあってはならない事と考えられていたからです。

と言うのも、モートンが特許を取得する50年ほど前に、医師のエドワード・ジェンナーという人が天然痘のワクチンを開発したが、特許を取得してしまうと予防接種を受けるのが困難になり、多くの人々にワクチンが行き渡らなくなると考え、敢えて特許を取得しなかったという「行動」を取っていました。

 

これにより、医学界では「医療特許」は取得すべきではない、というのが暗黙の了解になっていましたが、モートンの特許取得により、様々な「賛否」の論争が繰り広げられていきます。
しかし、モートンは批判の声に目を向け、耳を傾ける事なく、エーテルにオレンジ香料を混ぜた「リーセオン」という新たな麻酔薬などを更に売り出していきます。

なぜなら、この半年前にアメリカ・メキシコ戦争が勃発し、モートンは多数の負傷者が出る戦地は「大きな市場」になると考えていたからです、、、

 

ところが、モートンの特許を認可した張本人であるアメリカ「政府」は、この特許を無視し、エーテルを無断で戦地の負傷者の治療に活用していきました。
このような「政府の行動」は、次第に病院や個人医師、そして、全米の医学界にまで広がっていき、モートンの特許は崩壊の一途を辿り、残されたのは大量の麻酔薬の「在庫」だけでした、、、

 

一方のウェルズは、以前から無償で亜酸化窒素の使い方などを教えていた事などにより、少数ながらも支持者を得て、自らの救いの道を探していましたが、当時の医学の先進地であるフランスにおいては、吸入麻酔法の発明者はウェルズであると知られるようになっており、パリなどを訪れては自分への称賛の声を励みにしながら、新たな麻酔薬の開発に邁進していました。
それが、

 

クロロホルム

 

です。
しかし、この開発の際にも、ウェルズは自らを人体実験の対象とし、しかも、このクロロホルムには依存性がある事により、次第にクロロホルム中毒に陥っていきました。
そして、中毒による精神錯乱の症状で事件を起こし逮捕され、有罪確定の次の夜に、獄中で隠し持っていたクロロホルムで自らに麻酔をかけ、足の大動脈を切って自死した事により、その生涯の幕を閉じました、、、

 

また、もう一方のモートンは「政府」に対し、特許料の代わりに報奨金を支払うよう要求し、何度も却下されては、再度訴えるという事をしている内に、1860年に特許が期限切れを迎える事となってしまいました。

更に1862年には、ニューヨークの巡回裁判所が、モートンの特許は、そもそもの14年前に認められたその時に遡って「無効」であったとの判決を下し、その後もモートンは麻酔法による特許でお金を得る事もなく、その生涯の幕を閉じていきました、、、

 

そして、麻酔法の発見は医療が「ビジネス化」していく始まりとなり、医療研究が人助け以上に、より「利益を目的」に行われるようになった、、、との見解も存在するとの事です、、、

 

そして、現在の医療特許は巨大ビジネス市場となっており、特にアメリカでは、これが医療費の高騰に繋がり、「医薬品」が高額になっている事で患者さんが薬代を払えない(故に治療も受けられない)状況にもなり、更に、この傾向は「医療機器」でも同様であるが、その一方で、企業が開発費を回収出来なければ、新たな医療も生まれていかない、、、という現実も存在している、、、と、この番組では締め括られておりました。

 

また、現在では「医薬品」と「医療機器」の特許は広く認められる事となっているが、「医療法(治療の方法や手術の方法など)」は、それぞれの国でまちまちになっており、「医療法」に特許を認めているのは「アメリカ・オーストラリアなど」、認めていないのは「日本・イギリス・フランスなど」との情報も結びとして紹介されていました、、、

この番組からの紹介はここで終了ですが、繰り返しですが、今回は特に、良い悪い、正しい間違いなどの「二者択一の判断」に、あまり陥らないように心掛けてみて下さい。

 

では、ここでホッと一息ブレイクタイム!との、私の「思い」からと、麻酔に関してはこのTOPICSでも取り上げる機会もそうそうは無い事から、余談や雑談としての、私自身の体験談を少しお伝えして参りますので、頭の切り替え?にでも活用してみて下さい(笑)

 

私はこれ迄の人生において、3回の全身麻酔による手術を経験しております。
1回目は高校3年生の時の自然気胸の治療によるものです。
2回目と3回目は、大学1・2年生時に、右腕の骨折によるボルトの埋め込みと、同じくボルトの抜去の為の手術です。

 

まず、この全ての手術において、事前に病室でされる注射の作用もあるのでしょうが、手術室で麻酔のマスクを付けられて十数秒で意識を失い、とてもとても麻酔薬に抗(あらが)える性質のものではありませんでした(笑)
この麻酔による意識の消失を私なりに表現すると、もの凄い強烈な立ちくらみ!!!が一番言い得て妙な感じがします!
手術時の記憶も全くありませんが、その時の私の魂はどこで何をしていたのでしょうか???(笑)

 

また、1回目の手術時においては、事前に病室で尿道に管を入れたのですが、お年頃?の私はかなりの恥ずかしさもありましたが、実際に処置が始まると、もの凄い激痛!!!で恥ずかしさもぶっ飛んでしまいました(笑)
そこで学んだ?私は、2・3回目の骨折の手術の時は、手術室で麻酔をかけて貰った後の意識が消失している時に、この処置をして貰うようにしました。
でも、、、覚醒してから後に、その管を抜く際も、結構な痛み!!!でもありました(笑)

 

それと、1回目の手術前夜に、よく寝て体を休める為に睡眠薬を飲むように言われました。
それ迄も睡眠薬は飲んだ事はありませんでしたが、夜中に目が覚めてトイレに行こうとすると、もの凄くクラクラ!!!して、体の行動がほとんど利かない!!!という状態でした。
なので、これも学んだ?通り、2・3回目の手術の前夜には、処方された睡眠薬は一切飲みませんでした(笑)

 

ちなみに、その時のクラクラ感を大人になった今で表現すると、もの凄い強烈な二日酔い!!!に近いのかもしれません(笑)
なお、その後に睡眠薬を飲んだ事は一度もありませんが、今はお薬も進歩している事でしょうし、睡眠薬を服用する事を否定している訳でもございませんので!

 

なお、このような全身麻酔の体験を皆さんはする必要性もありませんが、歯医者さんでの注射の麻酔を経験した事がある方は多いかとも思います(笑)
最近では、この部分・局所麻酔(これを浸潤・伝達麻酔と呼ぶそうです)をする際の針の痛みを緩和する為に、更に(部分・局所麻酔をする前に)歯茎・歯肉に塗る麻酔(これを表面麻酔と呼ぶそうです)のようなものも行われたりしておりますが、便利な世の中になったものですね!

 

では、気を取り直して?次の番組は、ハートネットTV「身体拘束のない国へ ~ニュージーランドからの報告~」から見ていきます!

2017年の5月、日本で英語教師をしていた27歳のニュージーランドの男性の方が、以前から患っていた精神疾患が悪化した為に、日本の精神科病院に入院し、そこでベッドに身体を縛る身体拘束をされ、10日後(10日間拘束され続けた後)に心肺停止に陥り、その7日後に息を引き取った出来事が起こりました。

そして、この出来事が世界各国でも報じられ、日本の精神医療に厳しい目が向けられる契機ともなりました。
ちなみに、心肺停止に陥った理由として、ご家族には、長時間身動きが取れない状態が続いた事により血栓が出来た可能性があると告げられたとの事です。

 

ところで、現在の日本では、精神保健福祉法において、自分や他の人を傷付ける怖れなどがあり、他に代替手段が無いと医師が判断した場合に限り、身体拘束を行う事が認められています。
そして、厚生労働省の「精神保健福祉資料」によると、日本においては、約10年ほど前から身体拘束が倍増しており、現在でもおよそ1日に1万人が精神科病院で身体拘束をされているとの事です。

 

そして、先ほどの息を引き取った男性の方は、2012年に鬱状態になり、ニュージーランドの精神科病棟に入院していた時期がありました。
その病棟では、家族などともいつでも面会して話しも出来、外出も自由であるなどの環境で、その時には1ケ月あまりで回復し、退院出来、その後に来日して日本で英語教師をするに至っておりました。

では、ここで簡単にニュージーランドにおける「急性患者への対応の流れ」を見てみます。

 

① 連絡を受けた際には、医師・看護師等による危機解決サービスチームが症状などの確認を行う。

② 命に関わる緊急のケースのような場合には、約1割(10%)の人は病院への入院などが行われる。

③ 残りの約9割(90%)の人は、それぞれの地域の専門家の判断により、小規模ケア施設や在宅で必要なサービスを受ける。

④ 病院に入院した約1割(10%)の人も、出来るだけ早期に③の地域によるケアに移行出来る事を目指して、病院でのケアを受けている。

 

現在のニュージーランドではこのようなケアの仕組みや連携がなされているそうですが、ニュージーランドにおいては、約100年以上も前から身体拘束を減らす試みが続けられてきたそうです。

また、現在のニュージーランドの精神科入院病棟においては、身体拘束をする器具そのものが一切存在しておらず、首都のウエリントン市では、人口が21万人でありながらも、精神科のベッドは48床しかないそうです。
さらに、このような様々な取り組みを行っているニュージーランドでは、手で押さえつける事も身体拘束とみなし、隔離と併せて2020年までに、身体拘束も隔離も「0」にする目標が掲げられているとの事です。

 

そして、このような支援やスキームなどを扱っているテポー精神保健研究所を、精神医療を研究している日本の医師が訪れた際に、次のような質問をしていました。

 

『 日本では、急性期のケースでは、最初に身体拘束をしてあげた方が早く退院出来る、と(現場の医師等)は言うのですが、、、 』

 

と。
これに対しテポー精神保健研究所の方々は、以下のように答えておりました。

 

『 その裏(「最初に身体拘束をしてあげた方が早く退院出来る」)にあるエビデンス(根拠や証拠)を疑います。

ニュージーランドでも以前は、身体拘束や隔離は良いものだとの強い信念がありました。
しかし、その後は時間を掛けてエビデンスを示し、学会での講演や出版(物)などを通して、一生懸命に努力をしてきました。

(そのような経緯の中で)嬉しいのは、この10年で、仮に身体拘束や隔離をされた場合に、それは「医療サービスの失敗」と言われるようになった事です。

(なぜなら)それ(身体拘束や隔離)は「治療ではない」からです。 』

 

と。
そして、この番組内でインタビューを受けていた医師・看護師・医療従事者・施設のスタッフなどにおける「共通の言葉」は次のようなものでした。

 

『 (患者さんが)人生をより良く生きるための術を共に考え、そして、見つける為の手助けをしている・・・

そして、何より・・・

(患者さんを)「人間」として扱うという事(尊厳を守る事など)が一番大切で重要である・・・ 』

 

と。
では、この番組からの紹介もここで終了ですが、皆さんの中に、「動機」に関する何かしらの「思いや考え」などが浮かんで来ましたでしょうか?(笑)
ちなみに、日本に焦点を合わせた精神医療に関しては、2018年3月17日のTOPICS「精神病棟の実態・・・? ~番組「長すぎた入院 精神医療・知られざる実態」から~」でも別の視点から取り上げておりますので、関心のある方は覗いてみて下さい!

 

では、最後に「動機」の捉え方につきまして、私なりの視点の内の一つをご紹介して参りますが、まず、動機においては多種多様な捉え方があり、ある一つの出来事においても、動機が一つのみ、というケースは(かなり)少なく、動機にも「多面性」が備わっておりますが、このように、

 

動機における強弱や優先順位などの違いはあるにせよ・・・

動機には「多面性」が備わっているという性質から・・・

 

何かの出来事に対する動機を見つめていくと・・・

その出来事への「対処法」は「複数」存在している事に気づき始めていく・・・

 

そして、逆に、

 

これしか対処法(方法)はない・・・と思い込んでしまう際には・・・

自らの「内面」に存在する動機を・・・

制限していたり・・・時には、歪めてしまっている・・・というケースも存在する・・・

 

そのような制限や歪みが、対処法(方法)は一つしか存在しない・・・

という「錯覚」を起こさせる要因となっている・・・

 

という事です。
そして、冒頭部分において「「動機」とは「思い」と同じように捉えてみる」という点をお伝え致しましたが、このTOPICSで幾度もお伝えしております通り、

 

「思い」 + 「言葉」 + 「行動」 = 「人となり」

 

でもあります(笑)

なお、例えば失語症などの場合であっても、「考え(思考)」が「言葉」を補ってくれており、ご病気等で寝たきりの場合などであっても、「生きている事そのもの」が「行動」として表現されているのと同じ事になります。

ここは、障がいなどをお持ちの方などにおいては、「言葉」や「行動」が制限されているような(そのように周りの人には見える・感じられる)場合では、その人の「人となり」は充分ではないのですか?などの、ご質問が出たり、誤解を受けるケースもある事から、ここで重ねてちゃんとしたご理解を賜れるようお伝えしておきます!

 

そして、「思い」あるいは「動機」に関しては「個々人の内面(の問題・課題)」という点に焦点が当てられがちですが、これは、家庭・地域・学校・職場・国(政府)などにも当てはまっており、これが、前回のTOPICSでもお伝え致しました、別の側面からの「多面性」と「重なり」の現れでもあります。

先ほどのモートンの特許を認可しておきながら無断使用した「政府」、そして当時、どのような力学?圧力?が働いたのかは分かりませんが、裁判所が「そもそもの特許を無かった事にした(無効とした)」との判断などからも見て取る事が出来ます。
また、「現代にも綿々と受け継がれている」という事象の紹介も出て参りましたね、、、
なお、「動機」に関してのテーマは、まだまだ幾らでも出て出来ますが、かなり長くなってしまいましたので、今回はこの辺りまでとしておきます(笑)

 

ちなみに、全くの余談ですが、このTOPICSでは様々な番組からのご紹介もしておりますが、これは「考える素材」を提供する事を趣旨ともしておりますが、今回のフランケンシュタインの誘惑E+は45分、ハートネットTVは30分の番組ですが、このような番組の内容をTOPICSでご紹介するのは同時に、カウンセリングなどでクライアントの方のお話を整理したり、要点を掴んでいく際の、私においての「とても良い鍛錬法」にもなっております(笑)

2019年7月20日 03:07

鏡の法則から考える多面性と重なり ~実際のメールのやり取りから~

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、前回のTOPICS「教える・教わるという「目線」 ~新セミナー:様々な癒しのメソッドからも~」の最後の方において、『クライアントの方やセミナーを受講された方などにおかれましても、その後にご自身で復習などをして分からない点が出てきたり、他のご質問が浮かんで来たりした際などでは、メールでもちゃんとお答えするというフォローアップも「実践」しております』という旨をコメント致しましたが、その実践の「体現」として、今回は「鏡の法則から考える多面性と重なり ~実際のメールのやり取りから~」というテーマをお届け致します!

 

そこで、先日、以前にセミナー等もご受講下さったクライアントの方から、「鏡の法則」についてのご質問メールを頂戴致しました(なお、鏡の法則に関しては今回のテーマと関係しておりますので、詳細は後述して参ります)。

この鏡の法則という言葉をご存じの方もいらっしゃるかと思われますが、これは、確か私が大学生の頃によく耳にしていたものと記憶しておりますが、それから結構な?時が経過していたり、特に今のお若い世代の方々におかれましては、あまり馴染みのないものかもしれませんし、鏡の法則については、どちからと言えば一般的には「その法則の一面のみに焦点が当てられている」という傾向は私も感じておりましたので、この鏡の法則の土台と、そこから産み出される様々な視点を、このTOPICSでもご紹介しようと考えていた所、

 

そうだ!

このクライアントの方とのメールのやり取りをご紹介するのが一番分かりやすいかも!!!

 

と、パッと閃き、そこで、事前に今回ご協力頂いたクラインアントの方にご連絡を取らせて貰い、快くご理解とご快諾を頂けた事が、今回のTOPICSに繋がっております(笑)
そのような経緯から産まれた今回のTOPICSでもありますので、そのクライアントの方には、この場も借りて、改めて篤く御礼申し上げます!

 

そこで、今回のTOPICSを進めるに当たりまして、まずは、クライアントの方からのメールの内容は私の方で部分的にアレンジ・加工して今回のテーマに沿うように幾分改変させて頂いておりますが、私が返信したメールの内容については、「ほぼ」原文のママです!

ちなみに、「ほぼ」というのは、クライアントの方のプライバシーに関わる点は当然の事ながら、双方におけるご挨拶や近況報告の面などは省略させて頂いているという意味でもあります。
なので、今回は「顔文字」も出て参りますが、普段の私のクライアントの方々や受講生の方々などとの、双方におけるリラックスしたコミュニケ-ションの「体現」でもありますので、ご愛敬と思ってお見過ごし下さい(笑)
それと、

 

瀬川に(メールなどで)質問をすると・・・

自分の考えたり思っている事が、(今回のTOPICSのように)世間の目に晒されるの!?

 

などと不安に感じる方もいらっしゃるといけませんので、まず、そのような不安やご心配は一切ございません!
今回も、事前にクライアントの方に趣旨のご説明もさせて頂き、あくまで、快くご了承を頂けた部分のご紹介でもあり、また、私は行政書士もしておりましたので、個人情報やプライバシーの取扱に関しましては、それなりの心得も備えておりますので(笑)

 

では、まず、前回のTOPICSでも大切な点であるとお伝え致しました、「同じ言葉や定義を共有する(共通認識を持つ)」という視点から、最初に、鏡の法則についての一般的でシンプルな定義を改めてご紹介致します。

 

鏡の法則とは・・・

自分が「出逢う人」は皆・・・

「自分(自身)」の写し出しである・・・

 

というものです。
では、ここから、いよいよ、実際に行われたメールのやり取りに入って参りますが、クライアントの方を仮称「花子さん」と設定致しますので、宜しければ、「あなた」が「花子さん」になったつもりで、私とのメールのやり取りをしているような、疑似体験をお楽しみ???下さい(笑)
ちなみに、「(※)」の箇所は、注意書きとして今回のTOPICS用に追記しているものです。

それでは、最初に「花子さん」(あなた)からのご質問のメールです!

 

『 去年あたりから鏡の法則というものを、色々なサイトなどからも情報を得ては、それなりの理解をしてはみるのですが、その後に理解不能となり、の繰り返しをしています。

全く自分にはない生活上の癖や性格の相手を見て、なぜ?それが自分なのか、、、相手=自分という単純なものではなく、その辺りの微妙な説明が分かったり、分からなくなってしまったり、、、 』

 

との内容です。
では、これに対する私から花子さんへの返信メールに進みます!

 

『 はい!
鏡の法則的な捉え方においては、一つ抜けがちになっているのは、私達は「多面的な存在である」という点です。

勿論、私も含め未熟な面があるからこそ、この世に存在しているのですが、どうしても一般論としてのスピ系(※ スピリチュアルな視点という意味です)の鏡の法則的な捉え方では、辛くて修行的な側面からの見方しか紹介されていないケースも多いです。

 

この法則を特に日本人的な考えにそのまま当てはめてしまうと、日本人の美徳?として、自分の良い所を自分で認めて評価するという事が不慣れであるという傾向が高くなります。

なので、どうしても鏡の法則では、何か嫌な面を持っている他の人に出逢うと、それも必ず自分の写し鏡だ!という所にしか意識が向けられないような現象が起こってしまいます。

 

つまり、素敵だなぁと感じる人との出逢いも、嫌だなぁと感じる人との出逢いも、両方を自分が兼ね備えているのですが、素敵な部分を更に伸ばす鏡も、短所を少しづつ長所に変えていく鏡も、同じ事という意味合いです。

なので、出発点でもあり、同時にゴールでもあるのが、自分も「相手」も同じく多面的な存在である!という事になります。

 

これがスピ系でよく表現される、私達は宝石の原石のようなもので、「角」を丸く磨いていく事で輝きを増していく!というものです。

ただ、これは逆でも本当は同じ事になります。

 

日本では成長の比喩として、よく、金平糖作りの過程が取り上げられたりします。

金平糖は、地道に何度も何度も鍋で熱せられ、そして、ひたすら鍋を回し続ける事で、素敵な「角」を創り上げていきます。

このような「角」に対する視点を狭めてしまうと、花子さんのおっしゃる通り、迷い?や理解不能?に陥るケースも出てくるかもしれません(^-^)

 

また、表現を少し変えますと、私達の波長は、高いか?低いか?の二者択一ではなく、高く(高い部分)もあり低く(低い部分)もあるという性質が、統合(融合)されている存在であるとも言えます。

このような、どちらが正解?という二者択一に陥ると、迷いに繋がりやすくなりますので(^-^)

 

そして、このような視点に加え、もしかしたら以前にお話した事があるかもしれませんが、「成長は螺旋状に起こる」というのもポイントになります。

螺旋階段は少し登っても景色が元に戻ったように感じる為に、やはり成長出来ていない、、、などの「錯覚」を起こしやすくなりますが、必ず観ている景色の「高さ」は微妙に違っているはずです。

そこに、どう「気づくのか」?という事になりますが、ここに、自分の素敵な面も自分で認めてあげる事が出来るようになってくると、「螺旋状の成長」を実感しやすくなっていきますよ(^O^)v 』

 

とのお返事をさせて貰いました(笑)
そして、私の返答に対する花子さんからのお応えメールです!

 

『 多面的な存在~なるほどです。また、悪いと思われる点だけではなく、長所も写してるとは、盲点でした。言われてみればその通りです!(笑)

色々なサイトを見て思ったのは、例えば、約束の時間を守る自分がいて、守らない相手を見ると、自然にイラッと反応してしまうという事は、自分が時間を守らない人であるという事ではなく、時間を守る事は良い事である、という事に価値観を置く自分であると教えてくれている。

自分がどういう存在かを知る手段でもあるとか、また、自分の魂が相手を使って(写す事で)、魂と自分の関係を見せてくれる、とか。

読んだ時には、なるほどと思っても、ついまた???になってしまう事もあります。

何度も読み返して、玉ねぎの薄皮をむくように、時間を掛けて理解するようになってきました。 』

 

との内容をご返信頂きました!
それに対する私のお応えは以下の通りです!

 

『 良い機会ですので、チョットだけ補足致しますね(^-^)

例えば、毎回約束の時間に遅れてくる人がいれば、私も間違いなくイラッ!とします(*^^*)

このような時、勿論、自分では気をつけよう!というのも鏡であるのはその通りなのですが、例えば、

 

この人は私以外の人との約束にも遅刻してるみたいだな、、、

何か少しだけでも伝えてあげた方が良いのかな?、、、

いやいや、変に伝えて煩わしい人と思われたり、嫌われるのも避けたいなぁ、、、

 

など、自分を知るための「他の角度」の視点となっている事もあります(^-^)

これが、統合(融合)という「重なり」でもあります(^-^)

 

また、スピ系の書籍などでは、例えば「自分のした事は自分に反ってくる」などの色々な法則も紹介されておりますが、それもその通りなのですが、迷いに入る多くのケースでは、

 

一つの出来事に、「一つの法則だけ」を当てはめて解釈しがちになる、、、

 

という傾向がとても高くなっています。
本当は、シンプルと思われる出来事においても、「複数」の法則がそれぞれ「重なって」働いてるという面に、少しづつでも目を向けてみるようになっていくと、また新たな側面の発見や気づきにも繋がりやすくなっていきます(*^O^*)

そして、一つの手掛かりとして、

 

「感情」優位の反応をしていたら、それは、自分の中にある短所かも?

また、

さほど感情的にはならずに、「理性」で相手に伝えられそうと感じる時には、既に、自分では学び終えた課題であるが、他の側面に気づかせる為かな?

 

と捉えていくと、より自分を知る過程がスムーズになっていき、何より、楽しく感じる事が増えてもいきますので、宜しければ参考にしてみて下さい(^O^)v 』

 

との返信内容です!
「顔文字」も満載ですが、お引きになられませぬように!?(苦笑)
そして、その後の花子さんからのご返信が以下に進みます!

 

『 周りの人で、約束の時間を守らない人がいても、気にならない、という方がいました!(その人は守る方ですが、でも、他の人が守らなくても、さほど気にならないのだそうです)

これには、びっくりしました(笑)

気にならない人もいるんだな~って。

人、本当にそれぞれ。 』

 

と。
これは、「今」このTOPICSをお読み頂いている方々におかれましても、本心でうなずける人も多いかもしれませんね(笑)
そして、前回のTOPICSでは、

 

私はとても欲張り!!!

 

ともお伝え致しましたが、この時のメールのやり取りでも、再補足として次のようにご返信させて頂きました(笑)

 

『 気にならない人もいれば、少しの遅れでも激怒するような人がいるように、本当、人それぞれ様々ですよね(^-^)

では、もう一つだけ補足致しますね!

鏡の法則の神髄?と言いますか、別の視点での捉え方です。
それが、

 

「出来事や物事に対して、自分はどのような意味付けをしているのだろうか?」

 

というものです(^-^)
そして、この源になっているのが、

 

「出来事や物事において、本来(元々)定められた(絶対的に決められた)意味はない」

 

というものです(^-^)
簡単に表現すると、

 

「全ての出来事や物事は、中立である」

 

という捉え方であり、その出来事や物事に意味付けをしているのが自分自身であり、故に、人それぞれ様々であるのが自然な事で、これが最近よく言われる「多様性」とも繋がっております(^-^)

 

例えば、花子さんにおいては、飛行機で旅をしたり、知らない土地を旅するのがあまり好きではないと感じていても、そのような旅が猛烈に好き!という人もおりますよね(^-^)
(※ この点は、今回ご協力頂いたクライアントの方が、以前から私とお話していた内容で、このクライアントの方において少しでも理解しやすいようにとの例えとしてのケースを取り上げております)

ここでは、飛行機にも、知らない土地への旅にも、決められた絶対的な意味は、本来は存在していない、という事を見て取る事が出来ます(^-^)

 

また、もう一つの例えでは、鏡に写る表情を見て、落ち着いている?悲しそう?など、見え方もその時々によって「変化」していきますし、その「変化」を起こしているのが「自分が与えている意味付け」という事です(^-^)

そして、この事から、

 

「鏡の中に笑顔を見たければ、まずは、自分が笑うこと!」

 

と言われているものになります。
鏡の中の自分が先に笑ったら、それこそホラー映画になってしまいますしね(*^O^*)

 

つまり、鏡の法則においては、決められた意味を「探す」のではなく、自分が与えている意味付けに「気づく」というのがポイントにもなります(^-^)

なぜなら、自分の与えている意味付けに気づく事が出来れば、それを「変える事が可能になる!」からです(^-^)

この事から、自分の現実は自分が創り上げている!全ての答えは自分の中にある!との視点にも繋がっていきます(^-^)

 

そして、このような内容に関連しているTOPICSでは、2017年2月1日「BASHAR(バシャール)という存在・・・?〇△□∞」、2017年3月31日「見ている景色は違う・・・?」、2018年5月19日「人生はあなたを「通して」現れる」も参考になるかもしれませんので、宜しければ改めて覗いてみて下さい(^-^)  』

 

との締めくくりで、今回の鏡の法則についての、実際のメールのやり取りが終了致しました(笑)
ちなみに、このクライアントの方は、この後に、英文で書かれている鏡の法則的な捉え方の資料を私に贈って下さいまして、それもとても参考になりました!

では、如何でしたでしょうか?
メールの回を追う毎に「顔文字」が増えていましたね!?(笑)

このTOPICSにおいても、個別のメールのやり取りでも、基本的な部分ではお伝えしている内容に差異はほとんどありませんが、個別メールでのご回答の方が、より率直に、また、その人に合わせた内容をお伝え出来るという意味では、若干の違いはあるかもしれません(笑)

 

そして、今回のこのメールの複数のやり取りの中身においては、最初にお伝え致しました「鏡の法則の土台と、そこから産み出される様々な視点」が含まれております。
勿論、これ以外の様々な視点もケース・バイ・ケースで出て来るのも事実です!
そして、ここには、前回のTOPICSでお伝え致しました、

 

「教える」&「教わる」とは本質的には「全く同じ」!

「教える」&「教わる」は「重なっている」!

 

ことの「体現」ともなっております(笑)
では、最後に、「法則の重なり」のケースを見ていきましょう!

ここで活用されているのは、先ほども出て参りました「自分のした事は自分に反ってくる」というのと、「波長(波動)による惹かれ合い(引き寄せ)」ですが、これは「類は友を呼ぶ」との諺としても使われておりますが、ここまでお読みになって頂いた皆さんにおかれましては、「私達は多面的な存在である」という点からも、「類という友」は、今までのような「一側面だけの意味ではない」という事はお分かり頂けるかと思います(笑)

 

ところで、このTOPICSにおいては、イジメ・セクハラ・パワハラ・カスハラ・マイクロマネジメントな人、など「人間の醜悪さ?が体現」されてしまっている様々なケースも取り上げておりますが、子どもさんのイジメや学校に行きたがらないなどのご相談もございますが、大人における、

 

職場や人間関係などでの・・・

陰に陽に渡る・・・

からかいや嫌がらせ・・・

 

などのご相談も多くございます。
勿論、ここでの、からかいや嫌がらせとイジメというのは言葉の違いであって、その本質は全く同じものでもあります。
そして、このようなご相談の中には、

 

からかいや嫌がらせをしてくる人に対して・・・

やり返したい(復讐や、時には相手を傷付けてしまいたい)という衝動に駆られる時がある・・・

 

というケースも多いです。
そして、勿論、そのご相談者の方の個性や捉え方などにより、お一人お一人への私の対応も違ってくる事はありますが、このように、

 

相手を傷付けてしまいたいという衝動に駆られるケースにおいては・・・

綺麗事や美辞麗句・・・

社会における一部の常識などは・・・

その人の心に届かない(響かない)・・・

 

というのが、私が実感として感じている所でもあります。
そして、このような場合には、私自身「一人の人間」として、次のような「提案」をし、「共に考える」という事を行ったりします。
その「提案」というのが、

 

そのように、からかいや嫌がらせをしている人は・・・

遅かれ早かれ・・・必ず・・・

自分のした事は自分に反ってくるので・・・

やり返すのではなく・・・

放っておくのは如何でしょうか・・・?

 

との「問い掛け」です。
勿論、ここでの「放っておく」というのは、何もせずに相手の「なすがままにされている」という状態ではなく、同時に、本人への抗議や、上司や職場の部署などへの訴え、あるいは、行政を含めた法的措置なども時には考慮に入れて、出来る部分は行動に移すという事も「提案」の一部になっております。
そして、

 

相手にやり返すという事は・・・

また・・・それと同じ事が「あなた」に反ってくるのですし・・・

相手には自動的に「あなた」にした事と(それが誰であろうと事象はどうであれ)同じ事が反ってくるのですから・・

「あなた」が、わざわざ、その為の「手助けや協力」をする必要は無いのではないんでしょうか・・・?

 

との「問い掛け」も致します。
そして、

 

ある種の、このように放っておくという「行動」も・・・

それが「赦し」という先へ繋がっており・・・

その事により・・・

「あなた」には新たな素敵な出逢いという・・・

「自分のした事は自分に反ってくる」&「波長(波動)による惹かれ合い(引き寄せ)」の法則が働くようになる!

 

との、同じ法則であっても、「更なるレベル」へと移行するという出来事が起こりやすくなっていきます。
一方の、からかいや嫌がらせを続けている人は、

 

「気づかない」うちは・・・

更なる「深み」へと嵌まっていき・・・

「気づく」まで延々と「繰り返されて」いく・・・

 

という、「より低レベル」へと誘われるように法則が働いていきます。
勿論、この際には、周りの方々が諭したりアドバイスなどをする事によって、そこから抜け出す事も可能になります。
そして、

 

もし、からかいや嫌がらせをしている人が・・・

「気づき」を得て・・・

「あなた」に謝罪などの「行動」を取ってきた際には・・・

 

「あなた」が本当の「赦し」という「行動」を取る事で・・・

相手には「更なるレベル」の法則の働きがもたらされ・・・

「あなた」には「より高い更なるレベル」の法則の働きがもたらされ、それを「あなた」は享受する事が出来る!

 

というように導かれていきます。
そして、このようなケースにおいて、最初にお伝え致しましたように、鏡の法則を「その法則の一面のみに焦点が当てられている」という部分のみを当てはめたり活用しようとすると、

 

からかいや嫌がらせで困ったり悩んだりしている人は・・・

このような仕打ちを受けるのも、「自分自身の写し出し」なんだから(自分が悪いんだ)・・・

 

などのように、さらに追い詰める(追い打ちを掛ける)事に繋がってしまう怖れも出てきます。
最近のニュースでは、「制裁」や「報復」などの用語が世界中でも蔓延っています、、、

今回のTOPICSをお読みになって頂いた皆さんにおかれましては、日常の身近な事において、「多面性」と「重なり」を、ほんの少し意識して、色々な変化を「体現」してみて下さい(笑)

2019年7月13日 02:07

教える・教わるという「目線」 ~新セミナー:様々な癒しのメソッドからも~

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「教える・教わるという「目線」 ~新セミナー:様々な癒しのメソッドからも~」というテーマをお届け致しますが、2019年6月より、『 ~ 超簡単! 準備も道具も一切不要! ~ 2時間で身に付く 様々な癒しのメソッド 』という新セミナーを開設致しましたが、少しその宣伝?も兼ねて今回は進めて参りますので、ご容赦頂ければ幸いです!(笑)

 

ところで、S.Light.Mでは、現時点では、他にも『 ~ あなたの常識や思い込みを覆す!? ~ 様々な視点を活用した コミュニケ-ション メソッド』と『 誰でも理解る 心と体と行動の繋がり ~ セラピー・ヒーリング・カウンセリングから ~ 』というセミナーを開設しており、手前味噌?で大変恐縮ですが、ご受講頂いた皆様の概ねの方々からは、役に立っている!という有り難いお言葉を頂戴する事も多いですが、

 

私はとても欲張り!!!

 

なのと、また、ご受講頂く皆様の貴重なお時間とお金を割いて下さっている観点からも、一つでも、、、二つでも、、、多くの(考える)素材や視点や知識などをご提供したいとの思いから、セミナー時間が(少し?)伸びてしまう事も多々ございます(苦笑)
そのような意味からも、従来のこの2つのセミナーは内容も盛り沢山でご提供している事から、受講時間が4時間程と長めに設定しております。

 

また、そのように内容を厚めにしている点も加え、今まであまりこのような「心の分野」などに馴染みのない方におかれましては、初めて知る事も多く、もしかしたら、中には腑に落ちるまでの理解に至るまでに少し時間が掛かるケースもあるかも?などから、何か新しいセミナーを!と考えて、色々な方々からご意見を拝聴していた所、2時間程度で、基本的でありシンプルでありながらも、すぐに簡単に誰にでも日常生活において活用出来るものも良いのでは?とのご意見もあり、今回の新セミナーの開設と至っておりますが、まずは、今回のテーマになぞらえて、

 

これは・・・

私が「教わった」・・・

「お客様目線」!

 

というものに繋がっております!
このように、とても欲張り!!!な私なので、長く内容の濃いセミナーを創り上げるのは苦にならないのですが、今回は、シンプルかつ基本を重視し、しかも短時間!という意味から、あれもこれも伝えたい!という内容を削ぎ落とすのに、かなりの労力?を割きました(笑)
では、宣伝はこの位にして、本題の「前提」に入って参ります!

 

現在、S.Light.MではHPのリニューアル作業を進めておりますが、今年の4月頃から、何か検索順位が落ちている!?と感じたのがキッカケでした。
そこで、業者さんに調べて貰った所、グーグルが、HPの構成において「タブレット(スマフォ等)対応ではない」「アドレスが〖https〗ではない」という点が検索順位を(大きく)下げる要因として発表したとの事でした。
勿論、このTOPICSも含め、私自身が検索順位を上げる為の努力や研鑽を積み重ねていく必要性があるのも事実です(笑)

 

ただ、グーグル側においては、他にも住所不定の場合には検索順位を下げる要因としているそうですが、S.Light.Mの所在地である青森県五所川原市一ツ谷「505-2」においては、グーグルマップ上では、グーグル側が「一ツ谷505」までしか作成していないという理由で検索順位を下げられる一要因ともなっているそうですが、数ヶ月前からグーグルに対して、ちゃんと所在地が存在する旨を伝えて貰ってますが、未だにそれを反映してくれる素振りも返答すらもありません(苦笑)

 

同じように近くの所在地で事業を行っている他の会社さんのHPも検索順位を下げられているそうですが、グーグルのCM(コマーシャル)などでは耳障りの良い言葉も流されておりますが、このような実態や対応をされている側としては「怒!!!」という方も、全国的にもかなり多い!!!とも聞いております。
なお、別に今回はグーグル批判?をしたい訳ではありません(笑)

 

このTOPICSにおいても「(過度の)感情優位ではなく理性を!」とお伝えしておりますが、私も同じ人間ですので、ちゃんと怒りや悲しみなどの感情も持ち合わせております(笑)
なので、今回のグーグルに限らず、似たような体験をした際には、「感情」も味わい、それを否定はせずに、

 

ただ・・・

人の振り見て我が振り直せ!

反面教師!

 

という「理性」を活用するようにもしておりますが、勿論、「駄目なものは駄目!」と伝える事も同時に大切にもなります!
そこで、今回の検索順位の改善に対応すべく、業者さんとの打ち合わせを行っていた時のお話です。
まず、私はパソコン等の扱いは、からっきし駄目!!!という個性?を持っております(笑)
その最大の理由が「興味がないから!」ではありますが、お仕事に関わる事でもありますので、そうも言ってられません(苦笑)
そして、業者さんと打ち合わせをしていると、

 

クエリが・・・

そう、クエリが・・・

やはり、クエリが・・・

 

という「クエリ」という言葉が業者さんから頻繁に出てきました。
今回のHPのリニューアル化においては、私が手掛けられる部分も全くなく、ある意味「受け身的」な立場でいるしかないのですが、そのような私の姿勢?からか、

 

私は自分の思考の中で・・・

クエリ(という言葉)を・・・

 

クエリ・・・クエリ?・・・クエリ!?・・・

クリエ・・・クリエ?・・・クリエ!?・・・

 

そうか!!!

「クリエーション」の略(語)で・・・

何かを創り上げる事なんだろうな!

 

と勝手に解釈しながら打ち合わせをしておりました(苦笑)
と、そのような感じで打ち合わせは終わりましたが、後で自分なりに振り返ってみると、何か噛み合わない?部分があったかもと感じ、クエリを調べてみました。

すると、「クエリ(query)」とは「問い合わせ(る)」「訪ねる」というのが本来の意味で、パソコンやネットの世界では簡単に表現すると「検索する際のキーワード」という事が判明しました。
そして、これを元にしてデータ検索や更新が行われているという事も、朧気(おぼろげ)?ながら勉強にもなりました!
「クエリ」が「クリエ」になってしまう、、、思い込み!?と表現すれば微笑ましいのかもしれませんが、私にはこのように、お馬鹿さん!?な面も多々あります(笑)

 

では、ここから「教える・教わるという「目線」」の「本題」をシンプルにお伝えして参ります!
まず、「教わる」場合ですが、この際には、

 

分からない事や疑問点は・・・

決して遠慮や気後れする事なく・・・

何でも徹底して聞いて良い!

 

という姿勢を持つだけで大丈夫です(笑)
そして、

 

色々聞かれたり質問されたりする事に対して・・・

「教える」側の人が・・・

面倒くさがる素振りや・・・

なかなか理解して貰えない事に(イライラなどの)不遜な態度を取るようであれば・・・

 

あなたは・・・

「教わる」相手を変える事(が出来る)!

 

という対応を選択肢の一つとして考える事も大切になります。
これは、極端なケースで言えば、ご病気などでのお医者さんの説明にも当てはまりますし、ちょっとした買い物をする際などでも同様です。
なぜなら、

 

このような(面倒くさがったり不遜な態度の)コミュニケ-ションにおいては・・・

そもそも、その後の「ラポール(信頼)」を築いていくのが(かなり)難しくなる・・・

 

というのがハッキリしているからです。
ちなみに「前提」として先ほどご紹介した私と業者さんとの関係では、そもそもが私の勝手な解釈から始まって、質問しようとすら「気づかなかった」私の側の原因であり、別にこのような気まずい?わだかまり?などの関係は一切生じておりませんので(笑)

では、繰り返しですが、もし、あなたが何かを「教わる」側にいるケースでは、

 

些細と思われる事でも何でも質問して聞いても良い!

 

という姿勢を保ち、もし、それに対する応対などに不満や不安を感じる場合には、

 

「教わる」相手を選んだり変えたりする・・・という

「選択と決断」はあなたが握っている!

 

という点を想い出してみて下さい。
そして、少し大げさな(仰々しい)表現では、これがよく?言われている、

 

師は弟子を選べないが・・・

弟子は師を選べる!

 

というものでもあります(笑)
「教わる」時は、特に「シンプル」に考えてみて下さい!

では、今度は「教える」という立場になった時のケースです。
そこで、まず、「教える」側のポイントですが、実は、

 

「教わる」際には「(「教わっている」という)自覚や意識」を持ちやすいが・・・

「教える」側に立った時には・・・

そのような「(「教えている」という)自覚や意識」を意外と持っていない・・・

 

という「人間の心」の不思議さ?が結構多くの面で見受けられる事があります(笑)
これは、私のようにお仕事としてセミナーを行ったり、あるいは、職場で部下や新人の方に仕事を「教える」という面では「自覚や意識」をしやすいものですが、親が子どもさんに何かを「教え」たり、あるいは、知人や友人同士でも何かの「アドバイスを求められたり」する時でも「教える」という作業が無意識で行われています。

では、ここで、先ほどの

 

『 色々聞かれたり質問されたりする事に対して・・・

 「教える」側の人が・・・

 面倒くさがる素振りや・・・

 なかなか理解して貰えない事に(イライラなどの)不遜な態度を取るようであれば・・・ 』

 

の部分をもう一度思い返してみて下さい。
この部分が、あなたの子どもさんであったり、あるいは、知人や友人同士などの場合において、あなたが何かを教えたりアドバイスをする際に、

 

「教わる」側の人が・・・

『 でも・・・だって・・・そうは言っても(言われても)・・・ 』

 

などの言葉を繰り返されると、あなたはイライラ?などを感じないでしょうか(笑)
これが、日常のコミュニケ-ションにおいては、とても頻繁に行われている実態でもあります(笑)
このような場合、「教える」側としては、

 

なぜなら(because)~ (私であれば、そのように思ったり、考えたりするから~)

 

を、より丁寧に伝えてみる!という姿勢を保ってみて下さい。
そして、この「なぜなら(because)~」を伝える際には、

 

相手を「説得」させようとしたり・・・

「納得」させようと試みるような事は・・・

一切、不要!!!

 

という点だけを、頭に入れて置いてみて下さい。
なぜなら、「説得や納得」という点にあまり意識を向け過ぎてしまうと、「逆効果!?」にも繋がりかねませんので(苦笑)
勿論、「1+1=2」などの数式や、「1192年  鎌倉幕府創設(1192(いいくに)作ろう鎌倉幕府)」などのような、ある種の不変の事実?では、相手に覚えて貰うより方法はありませんが(笑)
そして、何よりの最大のポイントですが、

 

「教わる」側と・・・

「教える」側との間において・・・

(前もって)「同じ言葉や定義」を共有する(共通認識を持つ)事!

 

が最も大切になります。
例えば、「意識」という言葉一つにおいても、「潜在意識」と「顕在意識」では、その性質も働きも全く違うものになりますし(似たようなケースでは「自律神経」でも「交感神経」と「副交感神経」では違いがあります)、また、外国映画などでも「coma(コーマ)」という「昏睡状態(意識が無い状態)」を現す英語が、字幕の日本語では(単に)「無意識」と訳されていたりと、観ていて少々の混乱を引き起こす?ような場面も時折見受けられます。
また、これも先ほどの、私の体験談としての「クエリ(という言葉)」と同じ事です(笑)
つまり、

 

双方においての「共通認識」が保たれていない場合には・・・

必ず、どこかで・・・

コミュニケ-ションにおける「ズレ」を感じやすくなる・・・

 

という点を頭に入れて置く事で、その後のコミュニケ-ションを「修正」していく事が、より容易になっていきます!
そして、

 

「教わっている」場合でも・・・

必ず「教えている」側への「学び」などの提供にも同時になっており・・・

 

「教えている」場合でも・・・

必ず「教わっている」側から「気づき」などのキッカケ(質問など)を授けて貰っており・・・

 

「教わる」&「教える」とは・・・

「一方向性」のコミュニケーションでは決してなく・・・

必ず「双方向性」のコミュニケーションになっている!

 

つまり・・・

「教える」&「教わる」とは本質的には「全く同じ」!

 

と言える事にもなります(笑)
そして、

 

そのような素敵なコミュニケ-ションの場や機会を「共有」した両者(あるいは複数者)は・・・

それを契機として・・・

共に(それぞれが、その後に)「考える」事がとても大切な目標となり・・・

 

同時にその目標が次への出発点となって行くように・・・

「教える」&「教わる」は「重なっている」!

 

という面にほんの少し意識を向けてみて下さい。
そして、

 

「教える」際には・・・ほんの少し「謙虚」な姿勢で!

「教わる」際には・・・より「大胆」に!

 

という点を頭の片隅に入れて置くだけもで、それが、ほどよい「塩梅(あんばい)」のコミュニケ-ションにも繋がっていきやすくもなります!
そして、以前からのTOPICSでもお伝えしております点を、今回流にアレンジ致しますと、

 

教育とは・・・

教え教わる事を・・・

共に育(はぐく)んでいくもの!

 

という事にもなります(笑)

では、最後に、宣伝のついで?と言っては何ですが、S.Light.Mで行っている今回の新セミナーも然り、他のセミナーでも各種講座においても、また、勿論カウンセリングなどにおいても、「同じ言葉と定義」を共有し、一方的ではなく双方向性での「なぜなら(because)~」を大切にし、初心者の方でもちゃんと理解出来るよう最大限の配慮と努力を心掛けておりますのと、また、その後にご自身で復習などをして分からない点が出てきたり、他のご質問が浮かんで来たりした際などでは、メールでもちゃんとお答えするというフォローアップも「実践」しておりますので、興味や関心のある方は、どうぞお気軽に、そして、楽しく学ぶ機会として、どうぞ「私(瀬川)」を大いにご利用ご活用してみて下さい!(笑)

2019年7月6日 03:07

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