ななつ星に見る日常と非日常の共通点&奇跡?

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、先日『「ななつ星in九州」でめぐる 絶品 絶景 出会い旅 ~九州回廊~』という番組を録画して観ておりました。
私は鉄道好きでは全くありませんが、小さい頃に、福井県にいる親戚の元に向かう寝台列車に乗る時にはワクワクしましたし、また、深夜の津軽海峡を横断する青函連絡船に乗船した際などには、暗闇の恐怖?などを感じながらも、胸躍るような気持ちになったのを、今でも覚えております(笑)

 

そこで、今回は「ななつ星に見る日常と非日常の共通点&奇跡?」というテーマをお届け致します!
なお、最近のTOPICSは長めになっておりましたので、今回はシンプルかつ短めを心掛けて参ります(笑)

 

この、ななつ星とは、JR九州が運行するクルーズ トレインですが、2名で3泊4日の旅では、最高額が190万円だそうです!
勿論、それに相応しいおもてなし等も行われておりますし、抽選で乗車が決まるとの事で、なかなかの高嶺の花ではありますが、本音では、一度いいから乗ってみたい!というのが正直な所でもあります(笑)

そして、この番組では、他にも様々な示唆に富む視点も紹介されておりましたが、今回は、その内の2点をご紹介して参りますので、そこで語られている言葉に、様々な思いを馳せて味わってみて下さい!

 

まず一点目は、ななつ星をデザインした、水戸岡 鋭治 氏のインタビューからです。
なお、番組内では繰り返しや聞き取りづらい点がありましたので、ご紹介する言葉は一言一句そのままではありませんのと、「カギ括弧」は強調の意味で私が付けたものですので、ご了承下さい。

 

『 (ななつ星の車両内の部屋は)狭いんですよ・・・4畳半の大きさです・・・

(しかし)お客様が「狭い」といった意見を言った人は、未だかつて1人もいない・・・

「広い」か「狭い」かという「価値観」は、一番人間が分かりやすい価値観で、それは、すぐに分かるが・・・

 

クオリティや豊かであるといった・・・

とてつもなく、人間が手間暇掛けたエネルギーがある「空間」にいると、広い狭いの感覚はなくなる・・・

その満足感に浸る・・・

 

なので、広さではなくて、豊かな「体と心」で満足する・・・

それが「感動」するという事かもしれませんけど・・・

それを求めて皆生きているので・・・

それを瞬間的に「体現」できるのかもしれませんね・・・ 』

 

と。
そして、水戸岡 氏は、車両のデザインをする時は、まず、椅子を一番最初にデザインする点に関して、椅子は唯一自分(その人間)が占有できる、リラックスできる場所である旨を言及し、言葉は続いていきます。

 

『 そして、椅子に座った際に、この椅子は座り心地が良いとか思ったり・・・

この椅子の生地って、私(その人間)が好きなものだと思ったり・・・

そうすると「気づき」のスイッチが入る!

 

そして、「気づく」というスイッチが入ると、興味とか好奇心とかと一緒で・・・

今まで見ていなかった(車両内の)床のデザインを見てみたり・・・

窓には障子も入っているし、カーテンも張っているし・・・

 

今度は、(車両内の)廊下に出てみると、廊下に絵が飾られていたり・・・

そして、(車両内で)食事をして・・・お茶を飲んで・・・話しをして・・・

ずんずん、ずんずん、「気づき」が広がって・・・

 

自分が心地良いように「時間」を過ごせるように「学習」していく・・・

そこに(車両内に)、「学習」していくだけのカリキュラムがちゃんとある・・・

(自分は)カリキュラムを隠してある・・・

 

頑張れば頑張るほど、それが見つかって「感動的」な気持ちになれたり・・・

自分が発見した事を「喜んだり」できるように・・・

端々(はしばし)まで「デザイン」してある・・・ 』

 

と、コメントしておりました。
では、このまま続けて二点目に進みます!
それは、ななつ星に乗車している女性のクルーの方が、忘れられない出来事としてお話していた言葉です。

 

『 (あるお客様が)ご病気の影響で、歩くとしたら杖で一生懸命に歩かれていて・・・

車両内でも、観光地のご移動も、ずっと車椅子をお使いになっていたんですけれども・・・

 

(旅の最終日に・・・)

 

全く支えもなしで、杖もなしで・・・

ご自身の足でお立ちになって歩かれた・・・

そして、しかも全然きつそうではなくて、むしろ自分(そのお客様)でも・・・

 

《 あ! 車椅子に乗らなくても歩けている! 》

 

という感じの・・・

何かご自身でもビックリされているような感じで・・・ 』

 

と。
では、この番組からの言葉のご紹介は、ここで終了です!

ところで、「非日常」でもある旅は、「日常(生活)」の喧噪などから少し距離を置く事によって、心の洗濯にもなる素敵な体験でもあります。
そして、旅先においては、少し優しい気持ちになってみたり、心が解放されたりといった感覚を味わう事もあるでしょうし、逆に、旅の道中において、心ない一言や行動を投げ掛けられたりで、その旅の全てが台無しにされてしまう事もあるかもしれません。
そして、

 

「日常」でも「非日常」でも・・・

どちらにも共通しているのは・・・

「心 & 体 & コミュニケーション」!

 

です!
旅先においては、初めての人との出逢いや、景色や料理などの、「他者(外部)」とのコミュニケーションも勿論含まれますが、

 

特に「非日常」においては・・・

私達は自然に無意識ながらも・・・

「自分自身」とのコミュニケーションを深めている・・・

 

というのが当てはまります。
例えば、見知らぬ土地においては少し注意深くなってみたり、あるいは、旅先で美味しいものをたくさん食べたいので、旅に出る少し前にダイエットや節酒をしてみたりなども同じ事です(笑)

そして、先ほどのクルーの方の忘れられない出来事というのは、もしかしたら、

 

「非日常」における心地よい「時間」と「空間」で・・・

様々な「気づき」のスイッチが入り・・・

それが様々な「感動」に繋がり・・・

 

その「感動」を・・・

「体と心」で「体現」できた・・・

それが・・・奇跡?

 

と言えるのかもしれません。
そして、繰り返しですが、「日常」でも「非日常」における奇跡?においても、

 

常に共通して存在し続けているもの・・・

それが・・・

「心 & 体 & コミュニケーション」!

 

です!
そして、クルーの方が体験した先ほどの奇跡?の箇所の私のコメントにおける「カギ括弧」の部分は、私の言葉ではなく、水戸岡 氏の言葉をそのまま拝借したものである事は、お読み返し頂ければお気づきになるかと思われます(笑)
このように、このTOPICSでお伝えしている「魂の視点」という言葉をわざわざ使わなくとも、

 

私達の「日常」を見渡してみると・・・

「学習」できるだけのカリキュラムが・・・

ちゃんと「デザイン」されている・・・

 

のかもしれません。
そして、

 

その中には・・・

当然の事ながら・・・

奇跡?・・・というカリキュラムも・・・(笑)

 

では、最後に少しだけ余談ですが、この番組では熊本城の復興の様子も取り上げられておりましたし、現在行われている弘前城の石垣の修復工事も同じ事ですが、そこで行われているのは、

 

取り出した石一つ一つに番号を付し・・・

それを元の場所に戻していく・・・

 

という作業です。
これは、小さいお子さんにおける片付けも同じですし、積み木遊びでも同じ事です(笑)
そして、このTOPICSでも何度か触れておりますが、現在量子テレポーテーションという研究が続けられております。
そして、最近においては、

 

理論上では・・・

人間の体を(素粒子レベルで)分解する事は可能になりそうだが・・・

それを復元する(元の人体の場所に戻す)方法がまだ分からない・・・

 

という所まで来ているそうです。
量子テレポーテーションというと難しく感じるかもしれませんが、ドラえもんのどこでもドアが発明される!といったら分かりやすいかもしれませんね(笑)

 

そして・・・もし・・・

これが可能になった暁には・・・

今回のような電車などの旅の醍醐味?は・・・

変わっていくのでしょうか・・・?(笑)

 

ちなみに、私達が「日常(生活)」を送っている、この地球も含め、

 

「時間と空間」は・・・

固くて絶対的なものではなく・・・

柔らかく「歪(ゆが)み」が生じている・・・

 

のは、既に何度も証明されている事実でもあり真実でもあります(笑)

2019年5月25日 02:05

モテる要素は・・・魂(心)に?それとも、容姿(外見)に?

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、前回のTOPICS「超難問?な性(教育)の問い ~あなたなら、どう答えますか?~」においては、このTOPICSで取り上げているテーマの中でも、恋愛関係や性に関する事柄が手薄がちになっている旨をコメント致しましたが、恋愛関係のテーマにおいては、

 

詰まる所・・・

恋愛関係も・・・

人間関係の一部・・・

 

とも言えますが、やはり、それだけでは「味気ない」面があるのも事実です(笑)
そこで、今回は、恋愛関係のスタート地点?とも言えるかもしれない「モテる要素は・・・魂(心)に?それとも、容姿(外見)に?」というテーマをお届け致します。

 

そこで、何が普通?で、何が人並み?かは分かりませんが、私自身も、それなりには恋愛経験も積んできましたが、私自身には特段のモテる要素も無いのはちゃんと自覚!もしておりますのと、そのような意味からも、今回はモテるメソッドのご紹介という訳ではありませんし、私自身もそのようなメソッドは知りませんので、もし知っていたら教えて下さい!(笑)

 

そして、そのような観点からも、また、テーマからも既にお気づきかと思いますが、やはり、私自身の「個性」を通してお伝え出来そうな内容として、魂の視点を活用して考えて参ります!
なお、今回の内容におきましては、「女性」「男性」の視点に限られるものでは当然なく、そこでの「本質」においては、LGBTの方々なども同様に活用出来るものでもあります。

 

では、誰かを好きになる、あるいは、好意や思いを寄せるようになる要素としては、様々な見解や見方が存在しているのは間違いございません。
そこには、

 

「心(気持ち)」と「容姿(外見や見た目)」

 

も大きく関与しているのは、長い人類の歴史においても、言わずもがな?でもあるかもしれません。
ちなみに、このような関与は、動物においても当てはまっているのかもしれませんね!?(笑)
そして、このような様々な見方においては、

 

断然「容姿」派!

「心」が通い合わなければ、その先の発展は難しそう・・・

「容姿」派とまでは言わないけど、やはり好みの「容姿」は確かに存在するし・・・

「心」は「容姿(外見や身だしなみ)」に現れるとも言うし・・・

「容姿」だけで恋愛を渡り歩いて来た人には中身(という「心」)がなさそう・・・?

 

など、数え上げたらキリが無い程のご意見が出て来るかと思います。
そのような中でも、それなりの人の実感としては、

 

「心」と「容姿」の比重や割合などの基準を持っている訳ではないけれど・・・

好きになる時には・・・

「心」と「容姿」のバランスが取れている?と感じているからかも・・・

でも、どのようにバランスが取れているのか?と聞かれても答えようがないけど・・・

 

という側面も多いのかもしれません(笑)
誰かを好きになる時に、わざわざ、「心」か?「容姿」か?などの「二者択一」を迫られるものでもありませんし、正解が存在するものでもありませんので、「心」も「容姿」もどちらも大切という無難な意見?に落ちつくのかもしれません。

 

ちなみに、私個人としては、この「二者択一」を「暗に」迫られている?と思われる言葉が浮かんできます。
それが、女性の方には大変失礼ながら「美人は三日で飽きる」というフレーズです(苦笑)
また、映画などにおける「美女と野獣」はそれと反対なのかもしれませんね!?(笑)

そして、このような様々な見方というのは、

 

私達一人一人の個人の内面でも同じ事が起こっている

 

とも言えるかもしれません。
つまり、自分で自分自身の事を振り返ったり評価してみようとする際に、

 

「心(動機)」のみが大事!

「容姿(行動)」のみが大切!

 

といった、「二者択一」までには「(なかなか)割り切れない」という側面です。
そして、このような要素に加え、人それぞれの考え方や、今までの育って来た環境などから、好きになる要素として、年齢や仕事(や収入)、趣味、ご家庭の状況なども含まれてくるかもしれませんし、「心」や「容姿」以上に、このような要素を大切にする方々もいらっしゃるかと思います。
このような事も全ては自由ですので、それで構わないと思います。

 

そして、ここ迄でお気づきかとも思いますが、今回のテーマにおいても、前回のTOPICSと同様に、私にも明確な方向性が見えている?掴んでいる?というものでは全くありません!
なので、ここから先は、杓子定規に捉える必要もありませんし、身を固くして考える性質のものでもなく、魂の視点を少し活用しながらのものでありますので、あくまで、皆さんの考える素材として、気軽にお読み進めてみて下さい(笑)

では、まずは一つ目の魂の視点です。
それは、

 

魂においては「女性」「男性」という「性別(区別)」はない

 

というものです。
でも、このような視点からは次のようなご質問?叫び?嘆き?も出て来るかもしれません。

 

魂に「性別」が存在しないとしたら・・・

この世で深く惹かれ合っている二人(男女に限りません)が・・・

あの世で再会し、(再び)結ばれる事はないの・・・?

 

と。
皆が皆、100%ではありませんが、ちゃんと、あの世で再会し、時には、この世の延長としてあの世でも結ばれるケースは勿論あります(笑)
一方には、他界してからまで、一緒のお墓には入りたくない!という声も聞かれますが(笑)
そして、あの世においては当然の事ながら肉体は存在しない(そもそも必要ない)という事になりますが、しかし、

 

あの世においても・・・

自らの「魂(心)」を表現する為に・・・

(最初の頃のほとんどは)この世と同じように「容姿(外見)」も表現手段として活用する・・・

 

という面が存在しています。
なお、このようにお伝えすると、瀬川は「魂(心)」が大切だ!という方向に持って行きたいのでは!?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありませんので(笑)

では、二つ目の魂の視点に移ります。
それは、

 

(この世の)私達は・・・

「肉体」が「魂」を携(たずさ)えているのではなく・・・

「魂」の表現活動(の一部)として「肉体」を活用している・・・

 

という点です。
この「肉体」が「容姿(外見)」と同じ意味です。
つまり、

 

「今、現在」の私達も・・・

あの世に赴いてからではなく・・・既に・・・

「魂」としての表現を活用しながら「人生」を送っている・・・

 

という観点に繋がっていきます。
これは、あの世においては、自らの「容姿(外見)」をどのようにでも、いつでも、自分の好きなように変える事が出来る!という事も意味しております。
ここ迄は、付いて来れておりますでしょうか?(笑)

 

では、三つ目の魂の視点に移ります。
ちなみに、個人的には、この三つ目の視点がモテる要素?の比重の多くを占めているようにも感じます。
それは、

 

魂には「親和力」というパワーが備わっている!

 

というものです。
この「親和力」というのは、「引き寄せるパワー」や「引き付ける魅力」でも良いですし、そこから派生して「協調」という面に繋がってくるものでもあります。
では、何故これがモテる要素?なのかと考えますと、2017年9月16日のTOPICS「本来の意味の「終活」と、あの世という「区別世界」」において、

 

『 あの世とは・・・Lv(レベル)や階層などで区分けされた・・・純然たる「区別世界」・・・ 』

 

とお伝え致しました。
これは、

 

あの世においては・・・

自らの「境地」と同じ(似通った)人との交流しか出来ない・・・

 

という事をも意味しております。
そして、

 

『 あの世ではなかなか交流する事が出来ない様々なLvの人(魂)と・・・

この世であるからこそ、交流する事が出来、切磋琢磨する事が出来る・・・ 』

 

ともお伝え致しました。
では、あくまで仮のケースとして、「今、現在」において、「容姿(外見)」に全く自信が持てない人が、

 

この世では「容姿(外見)」を変える事も出来そうにないし・・・

それでは、この世ではいつまで経ってもモテそうにないから・・・

あの世ではモテモテになるぞ!

 

と決意した際に、果たして、これは可能になると考えますでしょうか?(笑)
では、この点を補足して参ります!
2017年10月7日のTOPICS「私達を悩ます?・・・6つの感情 ~タイムラインセラピーから~」において、次のようにお伝え致しました。
それは、私達の多くが抱えていると言われている感情について、割合の大きい感情から順番に、

 

『  ①「怒り」  ②「悲しみ」  ③「恐怖」  ④「傷心」  ⑤「罪悪感」  ⑥「制限された決定(思い込み)」 』

 

になっている、と。
そして、私個人が感じる、ここ最近の傾向としては、この順番が次のように変わりつつある、、、

 

『  ①「制限された決定(思い込み)」  ②「怒り」  ③「悲しみ」  ④「恐怖」  ⑤「罪悪感」  ⑥「傷心」 』

 

と。
勘の鋭い方は、ここでお気づきになっている方もいらっしゃるかもしれません。
この時のTOPICSでもお伝え致しましたが、再度、コメント致します。

 

現在の傾向として「傷心」が最後の六番目に位置しているのは・・・

「傷心」を経験したくないが為に・・・

自らで人間関係を希薄にしているから・・・

 

という「本質」です。
では、ここでもう一度考えてみます!

 

あの世では自分と似通った人(魂)とのコミュニケーションに限定されるという事は・・・

いくらでも「容姿(外見)」を変えられるという面を活用して、あの世でモテモテになろう!と試みても・・・

コミュニケーションの相手も、同様に「容姿(外見)」を頻繁に変えてくる(可能性がかなり高い)・・・

 

という方向に導かれていきます(笑)
しかし、あの世においても当然の事ながら、恋愛を体験する事は可能です!
そして、これも2019年5月4日のTOPICS「「令和」という時代を魂の視点で描いてみる」で、もうハッキリとお伝え致しますがと宣言した通り、

 

『 「心(精神)」が「主」であり、「身体」は「従」である 』

 

と、さらに、

 

『 「主」と「従」の関係というのは・・・「上下」や「優劣」という関係ではなく・・・

「主」を存在たらしめているのは「従」でもあり・・・
「従」を存在たらしめているのは「主」でもある・・・ 』

 

と。
そして、これは今回のテ-マにおいては、

 

「主」=「魂(心)」・・・?
「従」=「容姿(外見)」・・・?

 

とも捉える事も可能ですが、

 

「魂(心)」を奮い起こす事で、「容姿(外見)」における新たな洋服やメイクや髪型にチャレンジしてみる!

 

という事も可能になりますし、

 

「容姿(外見)」における新たな洋服やメイクや髪型をしてみる事で「魂(心)」が奮い立つ!

 

という事も可能になります。
そして、「主」と「従」という関係性を深めて活用してみると、

 

「魂(心)」を輝かせれば・・・

自ずと・・・

「容姿(外見)」もそれに従ってくれる(付いて来てくれる)・・・

 

とも表現出来ます。
勿論、この世においては、「魂(心)」を輝かせたからと言って、即座に好みの「容姿(外見)」に変化する訳ではありません(笑)
ただ、このような現象は、最近ではよく耳にするようになった、

 

あの人にはオーラがある!

 

という事を言い当ててもおります。
昔であれば、「貫禄がある」「威厳がある」などの表現でもありました(笑)
つまり、

 

「魂(心)」を輝かせると・・・「親和力」がパワーアップする!!!

 

という事に繋がっていきます!
では、どうやって「魂(心)」を輝かせるのかと言いますと、一番簡単なのが、

 

ワクワク感や心地よさを感じる事を大切にし「行動」に移す!

 

という事です。
そして、この「行動」というのが、

 

様々な人(魂)と交流出来るのは、この世であるからこそ可能となる!

 

という事でもあります。
この辺りを、ポジティブな表現?を活用すると「宝クジは買わなきゃ当たらない」とも言えるかもしれませんし、ネガティブな表現?を活用すると「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」と言えるのかもしれません!?(笑)

勿論、ワクワク感や心地よさを感じる「行動」においては、趣味やスポーツや料理など、ご自身が好きなものや興味があるものも当然ながら含まれます(一人で行える可能な事も立派な「行動」に含まれます)!
ちなみに、交流可能と言っても、ストーカー行為などは絶対に駄目ですよ!

 

また、近頃において結構多いのが、恋愛関係に発展してみようとする際に、「世間体」や「相手との釣り合い」を考え過ぎてしまう人も増えております。
これも最近ではある意味、もう時代にそぐわない古い考え方と思われるようになってきたものが、再度、考え過ぎてしまうという「揺り戻し」の現象でもありますので、その「落とし穴?」に陥らないよう、そのような際には、「ニュートラル(中立)」という視点を活用して、「考え」そして「行動」に移してみて下さい。
そして、先ほどの、新たな洋服やメイクや髪型などの例えにおいても、

 

チャレンジしてみよう!という湧き上がる気持ちは・・・

「主たる魂(心)」でも「従たる容姿(外見)」でも・・・

どちらにも「共通」し当てはまる事!

 

でもあります。
「鶏が先か?卵が先か?」ではありませんが、

 

この「共通」というのは・・・

どちらも「同時に成り立つ(成り立たせる)」事が可能!

 

という意味であります。
ここ迄において、ほらほら!瀬川はやっぱり「魂(心)」が大切だ!という方向に持って行きたいんだ!と思われる方がほとんどかもしれませんし、ここでは、それも強くは否定は致しません(笑)

なぜなら、、、私も「容姿(外見)」には自信がないからこそ、それを補う為にも「魂(心)」を活用するからです(笑)
ただ、今回のテーマのような「二者択一」を私は選択しておりませんが、その意味は最後にお伝え致します!
そのような私の「容姿(外見)」の冗談?はともかくと致しまして、

 

「本当の自分の容姿(外見)」は「自分」では見る事が「不可能」でもあり・・・

「他の人」が「あなた(という多種多様な側面)」を見る目は「無限」にある・・・

 

というのが真実でもありますので、あなたなりのモテる要素を色々と考えて「表現」してみて下さい!
なお、今回のテーマにおいては「容姿(外見)」が出て参りましたが、美容整形などの是非を問うている訳では全くありませんので、ご了承頂ければ幸いです!

ちなみに、ここ最近のTOPICSにおいては、過去のTOPICSも敢えてご紹介する機会が増えておりますが、これはネタ切れだからではありません(笑)
それは、

 

一見すると違って感じる状況やケースにおいても・・・

そこでの当てはまる「共通点」を見つけようと試みる事が・・・

「統合」という意味でもある・・・

 

からです。
そして、今回初めて、このTOPICSをたまたま?見つけたという方も、

 

「親和力」が働いたから!?

 

かもしれません(笑)
そして、全てに対応可能という訳にはいかないかもしれませんが、もし、興味のあるテーマなどがございましたら、メールでも構いませんのでご一報下さい!
なぜなら、

 

「あなた」が興味や関心を持っている事柄というのは・・・

必ず「他の人」にも当てはまり、興味や関心を持っている「他の人」が必ず存在しているからでもあり・・・

これが・・・「親和力」!!!、、、というものです(笑)

 

そして、先ほど最後にお伝え致しますとコメントした、今回のテーマの裏に隠されているもの、それは、

 

人生の全てが「二者択一」ではなく・・・

時には・・・あるいは・・・疲れなどを感じた時には・・・

自分にとっての静かな「隠れ家(逃げ場)」を設ける事をしても良い・・・

 

という意味合いです(笑)
これも、2019年のキーワード「3(という数字)」にも繋がっております!

2019年5月18日 02:05

超難問?な性(教育)の問い ~あなたなら、どう答えますか?~

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

史上初!のGW10連休も終了し、如何お過ごしでしょうか?
10連休だった方もいらっしゃれば、そこ迄ではない連休を過ごされた方、お仕事でお休みが全く無かった方など、様々なお過ごし方であった事と思います。
そこで、連休後という事もあり、TVなどでは相も変わらず?五月病などが取り上げられておりますが、今回は史上初!の連休の長さという事で、私個人としては不可解?な五月病の報道もされておりましたので、これに関しましては最後にお伝えして参ります(笑)

 

ところで、このTOPICSにおいても、やはり手薄がちになるのが恋愛関係や性に関する事柄が挙げられますが、今回は「超難問?な性(教育)の問い ~あなたなら、どう答えますか~」というテーマをお届け致しますが、実は、このテーマを取り上げようと思った最大の動機は、今回の問いに対して、

 

私も・・・

方向性が・・・

あまり見えていない・・・

 

という面から来ております(苦笑)
なので、今回のTOPICSをお読みになって頂いて、もし、何かご自身なりの方向性などを見つけた方は、是非、私にも教えて下さい(笑)

 

そこで、今回のテーマを進めるに当たりまして、以前に「鈴木先生」というドラマを観ておりました。
これは、シン・ゴジラでも主演を務めた長谷河博己さん演じる教師と、中学生が舞台となっているドラマです。
と言っても、金八先生ともテイストが違い、いわゆる学園ドラマなどとも趣向が違っています。
結構、斜め?からの視点と言いますか、面白い観点から描かれているドラマです。
ここで描かれているのは、中学生における課題も含まれておりますが、どちらかと言えば、私が焦点を当てていたのは、

 

教師も人間であり・・・

教師という大人を通して・・・

大人側の問題?恥部?闇?・・・

 

などが問われている側面であります。
かと言って、扱っている内容はかなりシビアな面もありますが、コメディー要素もふんだんに盛り込まれておりますのと、毒舌のようなブラックユーモアとしての「大人や教師の心の声」なども取り上げられており、気軽に観られる内容にもなっております。

もし、興味のある方はご覧になってみても面白いかと思いますが、このドラマで結論付けられている方向性と、私個人の方向性が(全て)一致しているという訳ではありませんので、もしご覧になる方は、自分自身ではどう考えるか?という点を踏まえてみて下さい(笑)

 

では、今回のテーマを進めるに当たりまして、まずは、次の事を頭に入れてから読み進めてみて下さい!
それは、

 

答え・・・正解・・・でもなく・・・

善い・・・悪い・・・という視点でもなく・・・

 

それより少し緩いニュアンスとしての、

 

是か・・・非か・・・

あるいは・・・

そのどちらとも言えない・・・

 

などの、「幅を持たせた視点」の活用と、そして、ここが一番のポイントになりますが、

 

もし・・・あなたが・・・この問いを投げ掛けられたら・・・

どのように・・・答えるのか・・・?

 

そして、最も大切になる、

 

なぜなら(because)・・・

「〇〇」だから(そのように考えるから)~

 

という点を最も意識してみて下さい!
では、最初に、今回の超難問?のテーマに進む前に、よくドラマや映画などでも描かれている次の問いを、頭の体操と思って考えてみて下さい。
それは、

 

教師と生徒が恋愛関係になるのは・・・如何か?

 

というものです。
これは、以前に放映されていたドラマなどでも、生徒が「男性」の場合も「女性」の場合も取り上げられたりしておりましたので、ご覧になったり、考えたり、想像したり、妄想?したりした方も多いかもしれません(笑)
そこで、この問いに関しては、あくまで私の個人的な見解を述べるに留めます。

 

私の知り合いでも担任やクラブ顧問などの教師と結婚した方もいらっしゃいますし、私が習っていた教師が教え子と結婚したケ-スもあります。
まず前提として、

 

恋愛感情は自然で素敵なものであり・・・

そこに年齢というものは(本来は)介在しない・・・

 

というのは、昨今よく見られる「歳の差婚」などからも、受け入れやすくなってきているのが世の流れかもしれません。
ただ、教師の側においては、それこそ「成人年齢」に達している事もあり、また、親御さんや保護者の方などから、お子さんを預かっているという側面もやはり無視できない性質のものでもありますので、

 

生徒が卒業するまでは・・・

お互いに・・・

待つ・・・

 

という「姿勢と学び」が大切になろうかと思います。
なお、ここでの「卒業」の意味の前提としては、一応「高校卒業」と致しますのと、中学時代の教え子と大人になって再会し、恋愛関係に結び付くなどの場合もある事でしょうし、それは当人同士の自由ですので自然なものでもあります。
そのような意味でも、先ほどの私の知り合いの場合でも、在学中に恋愛感情や関係性があったかどうかは分かりませんが、中学や高校卒業後に結婚という関係性に発展するのも自然な事でもあると感じます(笑)

 

このような問いにおいては、現在検討されている、「成人年齢」を20歳から18歳に引き下げ、現状では「女性」は16歳から結婚可能であるのを18歳に引き上げ、「男女共」に結婚年齢を18歳からとするなどの、法的な視点も関与してくるかもしれませんが、やはり、

 

教師という「大人」の視点からは・・・

親御さんや保護者の方などの心情も汲み取り・・・

そこ(学校)での自らを律する為の「立場」を加味し・・・

 

という視点は必要になってくるかと思われます。
勿論、

 

好きという感情の・・・

内心までは・・・

抑えさせる事は出来ない・・・

 

というのも真実でもあると思いますが(笑)
これにも賛否や是非や様々な見解があろうかと感じますが、

 

ポイントは・・・

教師の側が・・・

いわゆる「大人」であるという「立場」・・・

 

という視点から色々と考えてみて下さい。
では、この問いはここ迄に致しまして、今回の本当のテーマである超難問?の問いを一緒に考えて参りましょう!
この「鈴木先生」というドラマの第1話で、次のような出来事が起こりました。
それは、

 

中学2年生の男子と・・・

小学4年生の女子が・・・

性行為を行った・・・

 

というものであり、これを巡って、

 

その性行為に関して・・・

大人の側が・・・

どのように考え・・・

どのように説明出来るのか・・・?

 

というものです。
そして、この性行為を行った前提として、

 

どちらも真剣に愛している!

 

というのが存在しております(なお、ドラマ内での結論としては、この前提が少し変化していきますが、その点は省略致します)。
つまり、興味本位?という面は多少否めない部分もあるのかもしれませんが、無理矢理でもなく、「性行為の時点」においては、「両者共」に、心の底からの「同意」があったというケ-スです。
あなたなら、どのように考えますか、、、?

 

おそらく、年齢などから見ても、ほとんどの人が駄目!という方向性に向かうのかもしれませんね(笑)
では、その際の、駄目!の「理由」を幾つか考えていきましょう。

 

〇 判断能力が不足している子ども同士だから

〇 法律や条令や校則などで禁止されているから

〇 成長段階の子どもの身体の発育に悪影響を与えるから

〇 仮に子どもが出来てしまったら育てられない、責任が取れないから

〇 常識や倫理面から考えて駄目に決まっている

〇 ちゃんと避妊教育をしない学校や親などが悪い

 

など、勿論、これ以外にも様々な意見が出て来る事かと思います。
至極、最もな意見でもあると感じる方も多いかもしれませんね(笑)
では、私達が「子ども」の側であると想像して考えてみます。

 

〇 判断能力が不足している子ども同士だから
→ では、判断能力というのは、いつの年齢から備わって大丈夫と言えるの?

〇 法律や条令や校則などで禁止されているから
→ でも、禁止されていると言っても、判断能力があると言われている大人の犯罪なども実際に行われているんじゃないの?

〇 常識や倫理面から考えて駄目に決まっている
→ 駄目と言っても、それならば、どうして大人の世界にイジメやパワハラがあるの?

〇 ちゃんと避妊教育をしない学校や親などが悪い
→ それなら、ちゃんと避妊すれば大丈夫だよね!

 

などの意見が出るかもしれません。
また、

 

〇 仮に子どもが出来てしまったら育てられない、責任が取れないから
→ だったら、なぜ離婚は良いの?認知しない男性もいるよね?育児放棄や虐待はどうなるの?

 

そして、「〇 成長段階の子どもの身体の発育に悪影響を与えるから」の意見に関しては、さらに深めてみまして、今回のケースを「逆の立場」で考えた時に、

 

中学2年生の女子と、小学4年生の男子の場合であったならば・・・

 

というケースでは如何でしょうか?
以前に金八先生で扱われていたのは、同じ中学生の同級生同士の性行為(妊娠)でした、、、

 

ここ迄に想像した際の「子どもの意見」では、多少、「屁理屈」的な要素もあるかもしれませんが、一見すると「大人」の私達であれば、それこそ「問答無用!」的な教育や躾という見方からの強圧的な教え方をする人もいらっしゃるかもしれませんし、「子ども」の将来を考えての上で、という心情もある事かもしれません。

そして、先ほどの教師と生徒の場合では、「待つ」という基準がある意味(ある程度)明確になるのかもしれませんが、

 

愛し合っている者同士が・・・

いつまで「待て」ば・・・

性行為をしても良いの・・・?

 

という問い掛けや、

 

中学校を卒業して働いている人もたくさんいるのだから・・・

ちゃんと育てられるし、責任も果たせるのでは?

 

という問い掛けをされるのも想像に難くない?かもしれません(笑)
如何でしょうか?
このような様々な問い掛けに対して、そして、性行為に関して、例えば、駄目!という意見であっても、あるいは、良いとは言えない、という意見であっても、

 

あなたであれば・・・

どのように・・・・

なぜなら(because)・・・

「〇〇」だから(そのように考えるから)~

 

とお答えになりますでしょうか?(笑)
そして、「今」の子どもさんにおいては、どのような世界になっているのかは分かりませんが、私の中学生時代においては少数ですが性行為を行っていた人もおりましたし、高校生になると、その割合は少し増えていたとも感じます。

また、最近の30代においては、性行為が未経験という割合も1割以上に昇るとの調査も出されているそうです。
勿論、性行為そのものの良し悪しを問い掛けている訳でもありませんし、年齢に関係しての体験などに触れている訳でもありませんし、このような性質の事柄は、すべからくご本人の全くの自由です!
また、自律した大人同士の性行為については、ここで、私があれこれ言う必要性もありませんので(笑)

 

ここ迄では、もしかしたら、善悪でも是非でもなく、ただ、望ましく(好ましく)はない、、、と考える方に気持ちが傾きつつある?という人もいらっしゃるかもしれません。
しかし、一番大切なのは、このような問い掛けをされた際には、

 

逃げるのでもなく・・・

(身勝手な)答えや正解という性質を押し付けるのでもなく・・・

 

私であれば、このように考えるが、、、という提案をし・・・

それについて本人に考える素材を提供し・・・

一緒に考えてみる・・・

 

という事は、「大人側」の姿勢であるようにも感じます。
そして、今回の性行為のケースにおいては、「男女」という関係を前提と致しましたが、このような性の営みにおいては、LGBTの方々においても、同様に当てはまり、同じ視点から考えるというのは充分に可能であるとも感じます。
そして、今回の超難問?のテーマに対して、私も魂の視点を活用して考えてみましたが、

 

魂の年齢と肉体の年齢は違うのだから・・・

早熟というケースも充分にあり得・・・

 

また、真剣に愛し合っているという気持ちにおいては・・・

肉体の年齢よりも、前世(での関係)を覚えている魂の年齢では・・・

より実感が伴うケースも充分に考えられ・・・

 

性行為というのは・・・

お互いのオーラを融合し合う事で・・・

お互いの理解をより深めていくのも事実であるし・・・

 

子どもが親を選んで産まれてくるという視点では・・・

妊娠するからには・・・

それなりの理由がちゃんと存在している・・・

 

など、魂の視点を活用すればするほど、明確に「駄目!」という根拠や理由が見つからなくなっていくのが、「今」の私の未熟?な視点でもあります(笑)
ただ、魂の視点においては、

 

高齢で他界された方も・・・

幼くして他界された方も・・・

あの世では、どちらも・・・

人間的な年齢で言えば・・・

概ね16~18歳前後の姿で自分を(再)表現していく・・・

 

と捉えられておりますので、肉体的な面で言えば、その辺りに何かの方向性が見つけやすくなるのかもしれませんし、また、

 

そもそも・・・

「問い」があるというのは・・・

「答え」が存在しているから・・・

 

とも捉えられますし、この場合においては、(正解という意味ではなく)答えは複数である事も「ざら」にあります(笑)
そして、現実的な面に魂の視点を向けて見ますと、

 

過剰な性行為の氾濫(濫用)は・・・

最終的には・・・

「他人」を信じられなくなっていき・・・

「自分」しか信じられなくなっていく・・・

 

という傾向が高くなる可能性は当てはまります。
なお、お仕事としての性風俗産業等については視点が異なる部分もありますので、これについては、また別の機会を捉えてみたいと思います。
そして、以前に「繰り返される浮気」でもコメント致しましたが、

 

浮気を繰り返す人は・・・

本当は「相手」を愛しているのではなく・・・

「自分」を愛しているだけ・・・

 

と。
しかし、依存症にせよ、繰り返される浮気にせよ、度を超したものにおいては、

 

「自分」を愛する(信じる)とは・・・

どのような事なのか・・・?

 

という「本当の視点」が欠落していきます。
勿論、度を超さない?浮気を「是」とも「非」ともしている訳でも何でもありませんので、この点は皆さんのそれぞれのお考えを尊重して下さい(笑)

そして最初にコメントした通り、今までのTOPICSにおいて、ここまで私自身も方向性が見えていない?テ-マを扱うのは初めてかもしれませんが、これには、私が独身で子どもがいないという「私自身の現在の体験」も関わっている事でしょうから、是非、皆さんもそれぞれのお立場で、

 

あなたであれば・・・

どのように答えるのか・・・?

 

と考えてみて下さい!
そして、何かに気づいた際には、私にも教えて下さい(笑)

そして、今回のようなテーマは、もしかしたら、お年頃のお子さんがいらっしゃる親御さんなどにおいては、「見ないように目を瞑りたい」という思いもあるかもしれませんが、性に関する事柄というのは、子どもにおいても大人においても、大切な視点でもあり、避けて通るようなものでもなく、ましてや、穢らわしいものでもなく、ごくごく自然な生命の営みでもあります!

 

では、余談ですが、最初にコメントした不可解な?五月病に関して簡潔にお伝え致します。
それは、TVなどの報道において、

 

今回は史上初の10連休なので、五月病の症状も重篤化する可能性が高い・・・

 

などと言われているものです。
そして、これに関して私の立場としては、

 

このような根拠のない報道を・・・

真に受けてはならない!

 

というものです(笑)

 

なぜなら・・・

今回のような長い「非日常」の連休であっても・・・

それまで積み重ねてきた「日常」の生活に「戻る」のは・・・

潜在意識にとっては馴染みのある得意な分野だから!

 

です(笑)
勿論、意識の中で長い連休だったなぁ~と感じる方は、従来よりも、ほんの少しだけ調整に時間を要するかもしれませんが、それも潜在意識にとっては微々たるものです。
また、このような報道の内容は、とってもネガティブな方面への「暗示」となってしまいます!
なので、

 

耳を貸す必要性はありません!

 

との結論ですが、もし、五月病と感じ、それが重篤化している?と感じる方においては、

 

原因や理由は・・・

連休の長さ(五月病)にではなく・・・

連休以前の「別の側面」に存在している・・・

 

という点を、しっかりと頭に入れて意識してみて下さい。
そうすると、そこでの「課題」を見誤る事なく、ちゃんと改善していきますので、大丈夫です!

また、最近のTVなどにおいては、番組への興味を引くために、様々な「怖れ」を煽り活用した伝え方をされておりますが、情報が氾濫している時代だからこそ、「他の人にとっての」ではなく、「あなたにとっての真実」を探し、それを信頼して下さい!
なので、私がお伝えしております、このTOPICSは信頼するに足らない!と感じるのも全くの自由ですので(笑)

2019年5月11日 02:05

「令和」という時代を魂の視点で描いてみる

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

「令和」という時代の幕が開きましたね(笑)
今回は「平成」からの私の天の邪鬼?も封印し、「令和」最初のTOPICSという事で、「「令和」という時代を魂の視点で描いてみる」というテーマをお届け致します!

 

ところで、今回の改元に際しては、元号についての様々な見解も見受けられました。
グローバル化の世の中なのだから西暦に統一した方が良いのでは?あるいは、元号は現在では日本でしか採用されていないのだから、使い分けながら残していても良いのでは?など。

 

これもどちらが良くてどちらが悪いというものでもなく、元号を採用すると、その都度に色々な改変が必要になるなどの手間もあるでしょうし、西暦においては、なかなか時代の区切りという節目が見え辛くなるというのも確かに一理あると感じます。

元号においては、ほぼ数十年という区切りで、時代の変遷を振り返る事も出来ますが、西暦ではおそらく短い区切りでも100年単位となるのかもしれません。
そして、このような事は意見を対立させるものでもありませんし、

 

現に「今」存在しているのであれば、それをどのように活かしていくのか?

 

という視点も大切になろうかと思います。
そして、時代により移り変わるものもあれば、変わらずに大切にされるものもあるのが事実でもありますし、移り変わるものが真実ではないという訳でもありませんし、残り続けるものの中には、真実の一面を現しているものが存在しているのも、また事実でもあります。
そして、このTOPICSにおいても、「平成」から「令和」という移り変わりにおいても、やはり、私自身が感じている魂の視点や、カウンセリングなどでも大切にしている「原点(源)」は、これからも変わらずにお伝えして参ります!

 

では、このTOPICSをお読み頂いているほとんどの皆様は、「昭和」か「平成」のどちらかの時代に生を受けた方々であろうと思われます。
そして、

 

時代には区切りもある一方で・・・

繋がっている側面も多々ある・・・

 

というのは、少なくとも「昭和」世代の方は実感が伴う事でしょうし、「平成」世代の方はこれから楽しみに実感される事かとも思います(笑)
しかし、

 

どのような時代であろうとも・・・

一つだけ一朝一夕に進まないものがある・・・

それが・・・

少子化・・・

 

です。
少子高齢化と言われて久しくなりますが、少子化と高齢化は相対立するものではありませんし、そもそもの性質が全く違います。
今、言われている少子高齢化は、少数の若者世代が多数の高齢化世代を担う、という意味での課題の面に向けられておりますが、これは、そのような仕組みを、将来を見通す事もなく、熟考する事もなく、延々と「不作為」を続けてきた政治などの姿勢の問題が現れているに過ぎません。
勿論、無関心や人任せの姿勢を保ってきた、私達自身の反映でもあります。

 

そして、少子化においては、経済的理由や、身体的事情などから、お子さんを授かりたいのに、なかなか授からないという方々もいらっしゃるでしょうし、そもそもが産む自由も産まない自由もあります。
これは、また、産む産まないという問題だけではなく、どのように人生を彩っていくかなどの、LGBTの方々などにおいても、同様の自由があります。

 

そして、この少子化においては、賛否は別として、次のような意見も成り立つのかもしれません。
それは、そもそもが今ぐらいの出生率が適当であるのかもしれないし、少子高齢化とは「今」現在における、若者世代と高齢化世代の人数のギャップが大きい為であり、一過性のものなのかもしれない、、、など。
そして、先ほどの、

 

少子化(を変化させていく事)は一朝一夕には進まないが・・・

「人間」が引き起こしているその他の諸々の事柄は・・・

(さほど)時間を掛けずとも解決出来る性質のもの・・・

 

でもあります。
戦争や争いなどは止めよう!と決めさえすれば実現出来る(可能な)ものですし、不要になる軍事費などを考えれば、世界中の人々に食料なども充分に行き渡る下地があるのは、既に科学や統計学的にも証明されているものです。
これは、日本における少子高齢化での社会保障費でも同様です。

 

また、戦争をなくせば、軍人などの雇用がなくなり、兵器産業もなくなって失業者が大量に出るなどの反論?もある模様です。
これは、どこか、日本国内における原発立地(誘致)の地域事情や、諸外国における銃規制の問題と同じ臭いを感じます。
しかし、戦争や争いがなくなれば、国境も必要なくなり、どこの場所へも自由に行き来して、人生の幅を広げる事が可能になります。

また、ではエネルギーはどうするのか?などもよく言われますが、「帯に短し襷(たすき)に長し」という言葉は「役に立たない」という意味で使われますが、

 

そもそもが・・・

帯と襷という活用法に限定している為に・・・

視野が狭くなっているだけ・・・

 

という事も言えます。
この視点は、待機児童問題にも繋がっております。
話しが逸れてしまいましたので、本筋に戻します(笑)
では、少子化においては何が課題になるのかと言うと、

 

「待ち」と「加速」

 

です。
では、一見すると、この「相矛盾」する性質をどのように活用していけば良いのかという視点に繋がりますが、

 

「昭和」世代は・・・「待つ」という学びを体験してきた・・・

一方・・・

「平成」世代は・・・いかに「加速」させる事が出来るのかという学びを体験をしてきた・・・

 

という一面が読み取れます。
そして、ここから魂の視点を活用してみます(笑)

 

「待ち」と「加速」を「統合」していく方法は・・・

「昭和」世代と「平成」世代が・・・

お互いに手を繋ぎ合うこと・・・

 

です。
勿論、「手を繋ぐ」とは比喩的な表現であり、この方法は様々あります。
そして、手を繋いでいくと、不思議?な方向に導かれていきます。
それは、

 

「令和」に産まれてくるお子さんにおいては・・・

(一時的には・・・)

「心(精神)」が「身体」よりも先の(進んだ)方向性へと歩み出していく・・・

 

という光景が見られるようになります。
これは、「早熟」とも言えるかもしれませんし、かつての「神童」のように捉える事も可能かもしれませんが、「昭和」や「平成」の時代とは違った意味合いになっていきます。
そして、一時的には、、、とコメント致しましたが、

 

このようなお子さんにおいては・・・

素早く・・・自然と・・・

「心(精神)」と「身体」が「統合」されていく・・・

 

ので、心配するような要素ではありません。
そんな事はあり得ない!と思われているかもしれませんが、「平成」の終盤には、既に、このような事を体現している子どもさんをTVなどでも、よくお見かけしているのに気づいておりますか?(笑)

 

では、ここで少し視点を変えてみます。
現在の少子化傾向を魂の視点で捉えると、現在の日本(地球)に産まれてくる動機や選択肢を持たなくなってきているのが、「あの世」における魂の存在としての流行りなのかもしれません(笑)
しかし、やはり、

 

魂とは・・・

様々な体験をする為に・・・

「この世」に赴いてくる・・・

 

というのが「本質」に存在しています。
そして、その為には、

 

「この世」の私達も幸せを感じられる・・・

「地ならし」を・・・

「この世」の私達が行う必要がある・・・

 

という事を意味しております。
これは、どこか最近の外国からの観光客の誘致と似て非なる?面が存在していると感じませんでしょうか(笑)
つまり、

 

今までにおいては「目に見える」購買物などを対象とした誘客であったものが・・・

最近では「目に見えない」・・・

「体験(型)」の誘客と要望が増え続けている・・・

 

という面に現れてきております。
そして、先ほど、「心(精神)」と「身体」が「統合」されていくとコメント致しましたが、「平成」までのこのTOPICSにおいては、

 

「心(精神)」と「身体」は繋がっている

 

とお伝えして参りました。
そして、「令和」においては、

 

「心(精神)」が「主」であり

「身体」は「従」である

 

というのは、もうハッキリとお伝え致しますが、間違いございません!(笑)
そして、魂の視点においては、「あの世」が「主」であり、「この世」が「従」という関係になりますが、

 

「主」と「従」の関係というのは・・・

「上下」や「優劣」という関係ではない・・・

 

という点は、誤解の無きよう捉えて下さい。
つまり、

 

「主」を存在たらしめているのは「従」でもあり・・・

「従」を存在たらしめているのは「主」でもある・・・

 

という関係です。
そして、これを先ほどの「心(精神)」と「身体」に当てはめてみると、

 

「心(精神)」が感じたものの表現を可能にしてくれるのが「身体」でもあり・・・

「身体」で捉えた様々なものを、どのように感じているのか?という「心(精神)」の働きとしての学びに繋がっていき・・・

 

という風に、どんどん循環の輪を描いていきます。
そして、これも先ほども出て参りましたし、「平成」のTOPICSでも繰り返しお伝えしております「統合」と「分離」のテーマとも繋がっていきます。
そこで、まず、

 

「分離」は「統合」から別れた側面である

 

という前提が出発点となります。
しかし、「統合」から別れた「分離」を、仮に「分離A」とすると、

 

「分離A」は自らが・・・

「分離」という存在であるのか・・・

「統合」という存在であるのか・・・

分かりようがない・・・

 

という現象が発生します。
そこで、

 

「分離A」は・・・

「分離B」と出逢う事により・・・

自らの存在の「本質」を知り得る・・・

 

ようになっていきます。
そして、

 

「分離A」も「分離B」も・・・

自らが「分離」という存在であると知り・・・

お互いの「違い」に気づく事によって・・・

再度「統合」へと向かっていく・・・

 

という道のりを辿っていきます。
詰まる所、

 

「分離」とは決して切り離された存在ではなく・・・

「統合」と常に繋がっているからこそ・・・

「分離」という「体験」をする事が可能になっている・・・

 

という事です。
少し難しかったですかね?(笑)
そして、このような現象というのは、

 

「心(精神)」と「身体」においても・・・

「あの世」と「この世」においても・・・

第三の目とも呼べるような・・・

両者を常に繋ぎ留めてくれている・・・

「統合」が存在しているからこそ可能となる・・・

 

という事を現してもおります。
そして、これが、2019年のキーワードとして、「3」という数字を取り上げた一つの側面でもあります(笑)
そして、「子ども」においても、(必ずしも両親や親という意味では無くとも)「女性」と「男性」との「統合」から産み出される存在でもあります。
そして、「平成」から「令和」においても、

 

これを「分離」(あるいは時代の分断)という視点のみで捉えるのではなく・・・

「平成」と「令和」を繋ぎ留めてくれている・・・

第3の「統合」という存在を・・・

 

探してみては如何でしょうか?(笑)
そして、「共通点」を見出すのも、新たなものを「産み出す」のも、「統合」のシンボルとでも言うような、「重なり」なのかもしれません(笑)

2019年5月4日 02:05

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