幽霊になる方法???とゲノム編集(食品)から

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

間もなく4月に入りますが、今回は、奇天烈(きてれつ)?な「幽霊になる方法???とゲノム編集(食品)から」というテーマをお届け致しますが、一体何のことやら?という感じかもしれませんね(笑)
ちなみに、真実や根拠は分かりませんが、よく、春になるとおかしな行動を取る人が増える?などとも囁かれたりしますが、今回のテーマはそのようなものでもありません(笑)
なので、今回のテーマは、あまり杓子定規に、かつ、真剣に捉えて頂く必要性はありませんが、

 

逆もまた真なり

 

という言葉もあるように、

 

幽霊になる方法を知っておくという事は・・・

それは、同時に・・・

幽霊にならずに済む方法でもある・・・

 

という事を意味しておりますので、とうとう瀬川の頭もおかしくなったのかな?という視点ではなく(笑)、あくまで、お気軽な感じで読み進めて頂ければ幸いです!
ちなみに、逆もまた真なり、というと難しく感じるかもしれませんが、

 

あ!・・・忘れてた!

というのと、

あ!・・・想い出した!

 

というのは「同じ」である、という気軽さで感じてみて下さい。
そして、今回のテーマの前半部分は、敢えて、理路整然とはしておりませんのと、浮かんできたものをポンポンと紡ぎ出して参ります!

 

そこで、まず、幽霊と聞くと、多くの方が、恐い、気持ち悪い、幽霊なんて存在しない!など、様々なご意見や見解がある事と思います。
では、幽霊になる方法としての最初の第一関門ですが、これは多くの方がイメージとしてご存じの通り、

 

未練や執着を持つ

 

という事です。
ただ、未練や執着と言っても、幼いお子さんを残して旅立たれたり、、、などといった状況や人間関係は、今回のテ-マにおいては、敢えて含めません。
このようなケースを、未練や執着と言ってしまうと、やはり、お気持ちを損ねたり、失礼(無礼)な面もございますし、何より、当然で自然な感情でもあるからです。
また、「恨み辛(つら)み」も今回は除きます。
なお、それほど未練や執着の範囲というのは「幅広い」という点だけ、頭の片隅にでも入れて置いて頂ければ幸いです。

では、幽霊になる為の第二関門ですが、未練や執着を持つと言っても、何に持てば良いの?という事に繋がりますが、それは、例えば、

 

物(質)、お金、名誉(や権力)など・・・

 

になります。
ここまでは、おそらく、何となくそうであろうな~というイメージや感想をお持ちかもしれませんね(笑)
では、幽霊になる為の、最後の関門であり、これが一番難しい?と思われるものですが、それは、

 

自らを全て捧げて・・・

過度に、徹底的に・・・

他の人の事(幸せなど)は棚上げにして・・・

ひたすらに自分だけの事(幸せなど)を・・・

追い求め、守り抜き、大切にする事・・・

 

です(笑)
これは、生半可な気持ちでは駄目です!
とにかく、ひたすらに、自らの幸せのみを追求する!という姿勢でなければ、どこかで「挫折」してしまいます(笑)
そして、

 

この3つの事を・・・

「今、ここから」徹底的に行っていけば・・・

あなたは必ず幽霊になる事が出来る!!!

 

というのが、その方法になります!
どうでしょうでか?
あなたは立派な幽霊になる事が出来そうですか?(笑)

 

では、ここで、2019年3月16日のTOPICS「スピリチュアルの本質&そこに神は存在するのか?」において、締めくくりとしてシルバーバーチの言葉に少しのアレンジを加えてお伝えしたものを、再度お知らせ致します。
それは、

 

あなたは・・・

「死んでから」霊になるのではありません・・・

このTOPICSを読む事が出来ている・・・

「今そのもの」が・・・

あなたは既に(常に)霊という存在である証でもあります・・・

 

と。
では、冗談めかした?内容はここ迄に致しまして、本題に入って参ります!
先ほど、幽霊になる為には、未練や執着が必要で、その未練や執着の対象として、「物(質)、お金、名誉(や権力)など・・・」とお伝え致しました。
ただ、

 

衣食住などの身の周りの物(質)は・・・

必要なものでもあり、大切な面もある・・・

それは、お金も同様であり・・・

名誉は「人の役に立っている」という「行動」から生まれている(評価された)面もある・・・

 

というのも真実です。
そして、もうお分かりかと思われますが、幽霊になる為には、「過度に、徹底的に・・・」とお伝えしたように、

 

「調和とバランス」を意識する事が(幽霊にならない為の)鍵となる!

 

という事です。
そして、実は、この辺りが誤解がとても多い部分なのですが、

 

快適な暮らしを追求しても良いし・・・

(あくまで、誰かから奪ったり、誰かを陥(おとしい)れたりなどが無い事が前提ですが)
お金も沢山稼いでも良いし・・・

名誉や誉れを喜びや幸せの対象にしても良い・・・

 

というのも真実です。
そして、繰り返しですが、未練や執着の対象として、

 

ここでの「調和とバランス」とは・・・

自分の身の丈以上の豊かさを得ていると感じるのであれば・・・

自分に出来る範囲内で構わないので・・・

(ほんの少しでも)世の中や社会に還元すれば良い・・・

 

という点を心掛けているだけでも、幽霊になることを防いでくれます(笑)
これには、よく次のような言葉の使われ方もします。

 

〇〇の「亡者(もうじゃ)」

 

など(笑)
そして、「物(質)、お金、名誉(や権力)など・・・」と再度お伝え致しましたが、

 

名誉や誉れを喜びや幸せの対象にしても良い・・・

とは、お伝え致しましたが、そこには、

「権力」を含めていない・・・

 

という点に、お気づきになられましたでしょうか?
実は、

 

「権力」などというものは・・・

本来は「存在」していない・・・

 

からです。
皆さんも「年功序列」という言葉は聞いた事があるかと思いますが、これは仏陀が伝えた仕組みとも言われており、その仏陀の真意としては、

 

人が集まって組織になると・・・

「権力」争いが起きがちになるので・・・

「年功序列」を組み入れる事で・・・

事前に不毛な争いの芽を摘み取るため・・・

 

とも言われております。
これは会社組織などでは、社長、役員、部長、課長などと分類されるイメージをお持ちかと思いますが、これらは、

 

「権力」の度合いを指し示めたりしているものではなく・・・

単に・・・

「役割の違い」を表しているだけ・・・

 

というのが、「本来」の役目です。
そして、

 

「権力」とは・・・

「権力」を振るいたいと思っている者が・・・

「存在」していない「権力」を・・・

あたかも「存在」しているかのように・・・

思わせているだけ・・・

 

というのも「本質」です。
そして、これも既に皆さんもご存じの通り、

 

「権力」を振るいたい者は・・・

自分に「力やパワー」が「存在」していないという思い(劣等感やコンプレックス)を持っているが故に・・・

(他の)人をコントロールする(しようとする)事で・・・

自分に「力やパワー」が「存在」している、と思いたいだけ・・・

 

というのが「裸の王様」ではないですが、真の姿でもあります(笑)
そして、

 

物(質)・・・お金・・・名誉など・・・を手に入れた行き着く先が・・・

「権力」となってしまう・・・

 

のが、「歴史の常?」であるのかもしれません。
つまり、

 

本来は「存在」していない「権力」を・・・

「手に入れた!」と思っているという事は・・・

それを「手放す」際の「未練や執着」というのは、幾ばくのものであるか・・・?

 

という面も併せて考えてみて下さい。
ちなみに、私は出世する事などが悪いと言っている訳ではありませんので、誤解の無きようお願い申し上げます(笑)
では、ここからは後半のテーマに入って参ります!
そして、前半と後半のテーマが、どのように絡み合っていくのでしょうか?(笑)

 

ところで、皆さんも最近になって、ゲノム編集(食品)などの言葉を耳にする機会が増えた方もいらっしゃるかもしれません。
と言いますのも、先頃、厚生労働省がこのゲノム編集食品を、従来の品種改良と同じとの理由で、「安全審査無し」で今年の夏頃から、国への届け出をするだけで販売可能にする(見通し)との報道がなされております。

 

ゲノムとは「生命の設計図」とも言われておりますが、ここで、まず、「ゲノム編集(食品)」と「遺伝子組み換え(食品)」の違いを簡単にご説明致します。
では、ある食品の、

 

遺伝子の配列を『 A・B・C・D・E 』

 

と仮定します。
ゲノム編集(食品)では、この遺伝子の配列において、

 

遺伝子『 C 』を切り取り・・・

遺伝子の配列を『 A・B・D・E 』とする・・・

 

というものです。
一方の遺伝子組み換え(食品)では、

 

遺伝子『 C 』を『 Z 』に置き換え(組み込み)・・・

遺伝子の配列を『 A・B・Z・D・E 』とする・・・

 

というものです。
このように、ゲノム編集と遺伝子組み換えでは、遺伝子の配列の仕方に違いが生じてきますが、遺伝子組み換えには慎重な意見が多々見受けられますが、「ゲノム編集は米の収量を多くさせたり、野菜の栄養価を高めたり、といった目的であり、また、動物の疾病予防(豚コレラや鳥インフルエンザなど)にも役立つとの見解もあり、また、そのような意味では従来の品種改良と基本的には同じものである」と考えている研究者が多いとの事です。

 

そして、養殖がなかなか上手くいかないとされている、魚に対するゲノム編集の研究ケースを2つご紹介致します。
まずはサバ(鯖)ですが、サバは神経質でストレスに弱いと言われている所から、養殖の水槽に入れると共食いをしてしまう為、

 

「優しい」サバを作り出そう

 

と試みられているそうです。
そして、マグロ(鮪)は刺激に対してとても敏感で、水槽内で衝突死するのを避ける為に、

 

「大人しくて、鈍感な」マグロを作り出そう

 

と試みられているそうです。
つまり、どちらのケースにおいても、ゲノム編集によって、

 

(魚の)「性格」を変える

 

という目的の元で行われているそうです。
これは、

 

(魚の)本来の「個性」(・「本能」)・「生き方」を変える・・・

 

という表現をしても差し支えないかと思われます。
「他の生命への介入」という面や、「動物実験の是非」などについては、また別の機会に取り上げてみようと思っておりますが、昨年においては、「真偽」の程は定かではありませんが、中国のある研究者が、ゲノム編集を使って「人間の双子」を誕生させたとの発表をし、世界規模での物議を醸し出しました。

 

これは、多くの方が危惧を抱くように、このような技術においては、最初は「植物や動物」が実験対象とされ、そして、やがては、「人間」へと手が伸びてくる(誘惑に駆られる)のは、容易に想像出来る事かもしれません。
このような技術の進展?においては、

 

「動機」がどこにあるのか?

 

が鍵となっています。
そして、極論?を言えば、

 

私達の「身体(肉体)」も・・・

「物(質)」である・・・

 

という点は共通してきます。
今回のテーマにおいては、「幽霊」、「未練や執着」、「ゲノム編集」などを素材と致しましたが、また、ついでと言っては何ですが、重ねておかしな?話を最後にご紹介致しますが、

 

「あの世」の人達から言わせると・・・

「この世」の人達の方が・・・

よっぽど「死んだ状態」で生きている・・・

 

と、よく言われたりしています。
そして、ゲノム編集により「性格」を変えられた「生き方」になってしまう魚からと、先ほどのシルバーバーチの「「死んでから」霊になるのではありません・・・」の言葉を当てはめますと、

 

(あなたの周りの)世の中や社会を見渡してみると・・・

(その人)本来の「個性」や「生き方」という自分を見失った・・・

(目に見える)「幽霊」という存在を・・・

 

実際には、結構多く?目撃しているのかもしれませんね・・・!?(笑)

2019年3月30日 05:03

魂の視点から見る「魂の分類」

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

例年になく、雪解けも早く、春の陽気が駆け足で近づいておりますね(笑)
また、春という季節は、ご多聞に漏れず、出逢いと別れの多い時期でもあります。
そこで今回は「魂の視点から見る「魂の分類」」というテーマをお届け致します!

 

ところで、「魂の分類」においては、書籍などでも様々な用語が紹介されていたり、あるいは、書籍により違った使われ方がされているケースも見受けられます。
「魂(という概念)」そのものが学問分野として定着しているものでもありませんし、当然の事ながら決まった定義がある訳でもありませんので、ある意味、自然な事なのかもしれませんが、このような用語や使い方の違いにより、混乱や迷ってしまわれる人がいらっしゃるのも時折見受けられます(笑)

そこで、今回は私が活用している「魂の分類」をお伝えして参りますが、これが絶対的なものでもありませんし、正しいというものでもありませんが、

 

「魂の分類」においても・・・

「用語や呼び名」が大事なのではなく・・・

 

大切なのは・・・

どのように「捉えて」いるのか・・・?

 

という点に存在し、そして、それを日常生活において、

 

どのように役立てるのか(落とし込むのか)・・・?

が、同時に必要な視点ともなる・・・

 

という面も、継続してこのTOPICSをお読みになって頂いている皆さんにおかれましては、もうお気づきの事かとも思われます(笑)
では、進めて参りましょう!

 

まずは、『ソウル(魂)』です。
これは、「私」あるいは「あなた」という「一つの個性(人格)」として存在しているのはご承知の通りであり、これ以上のご説明も不要と思われます(笑)

 

次は、『ソウルメイト』です。
これはとてもよく使われており、多くの方が耳にした事のある用語でもありますね!
ソウルメイトとは、「私」あるいは「あなた」以外の「他の魂の存在」という意味ですが、「(深い)縁のある魂」との見方も多く、ロマンチックなイメージを伴って感じている方も多い事と思われます。

 

このようなイメージが間違っている訳でもありませんし、どのように「捉えて」もそれぞれの方々の自由なのですが、ロマンチックな面のみに焦点を当ててしまうと、どうしても、この用語の「本来の意味」が狭められてしまう傾向も見受けられます。
つまり、

 

ソウルメイトの本来の意味は・・・

「私」あるいは「あなた」が出逢う「全て」の人々・・・

 

であるという点です。
また、より大きな「魂」という視点では、

 

この「全て」には・・・

動物や植物などの「魂」も含まれる・・・

 

という意味にもなります。
ペットを飼われている方は、実感として伴いやすいかもしれませんね(笑)
そして、「人々」という点に焦点を合わせると、

 

「私」あるいは「あなた」が・・・

今世(という一生)で・・・

全ての「人々」と出逢う事は出来ない・・・

 

というのも、また真実でもあります。
ただ、これこそ時代背景と共に変遷していく面があるものですが、

 

現在における、この視点は・・・

「より大きな広がり」を見せている・・・

 

のも、真実です。
と言うのは、

 

「私」あるいは「あなた」が直接の面識がない人(あるいは全く知らない人)であっても・・・

「相手(という他の魂の存在)」が、「私」あるいは「あなた」を知っていれば・・・

それもソウルメイトである・・・

 

という視点に繋がっていきます。
これは、SNSなどで、「私」あるいは「あなた」が発信した情報を、「(多くの)他の魂の存在」が受け取っているケースを想像すれば、容易に?ご理解頂けるかもしれません(笑)
そして、ここには、

 

親和性(という「自然法則」)が働いている

 

という事から導き出す事が出来ます。
なぜなら、

 

どちらか一方が、間接的であれ、直接的であれ・・・

「繋がり」を持とうとする「意識」が働く事によって・・・

そこに「リンク」が出来上がり・・・

その「リンク」は、その後に「消えて」しまう事はない・・・

 

という「自然法則」から生まれているからでもあります。
これは、(遠隔)ヒーリングなどを行っている方々においては、より実感しやすいかもしれません(笑)

 

では、次は『ツインソウル』です。
これは日本語では、「双子霊(魂)」などとも呼ばれたりしています。
そして、ツインソウルとは、一番最初にコメント致しました、

 

「私」あるいは「あなた」という「ソウル(魂)」が別れて・・・

「学び」を高める(加速させる)ために・・・

それぞれの人生経験を(同時期に)送っている・・・

「パートナー」・・・

 

とも呼べる性質のものです。
このような性質がある事から、

 

ツインソウル同士が出逢う事は・・・

あまり・・・

ない・・・

 

とも言われております(笑)
なぜなら、

 

(お互いに)出逢ってしまうような・・・

「同じ(似たような)環境」に存在して(経験して)いるのならば・・・

「学び」を高める(加速させる)という目的の上では(あまり)役に立たない・・・

 

からでもあります。
なお、「ツイン・双子」などと呼ばれておりますが、あくまで私個人としては、「3つ(ないしは、それ以上の複数)」のケースも、かなり稀にではあるが存在しているようにも感じております(笑)

ちなみに、「ソウルメイト」と「ツインソウル」に関しましては、2018年6月9日のTOPICS「ソウルメイトに出逢うには・・・~ツインソウルとの違い~」においても、別の視点からご紹介しておりますので、興味や関心のある方は覗いてみて下さい(笑)

 

では、次は、スピリチュアルに関心のある方は聞いた事があるかと思われますが、『グループソウル(類魂)』です。
なお、この辺りの「分類」からは、「人間」としての知覚や感じ方においては、段々と理解し難く、また、実感として伴うケースはかなり少なくなっていく事と思います。
この「グループソウル(類魂)」とは、

 

「私」あるいは「あなた」という「ソウル(魂)」の・・・

「源」でもあり「総称」でもある・・・

 

というものです。
つまり、

 

「今」の「私」あるいは「あなた」という「ソウル(魂)」は・・・

「グループソウル(類魂)」の一部が「表現(個性)」として現れているもの・・・

 

でもある、という「分類」です。
どうでしょうか?
なかなか分かりづらいかもしれませんね(笑)
そして、ここで一番大切になるのは、

 

「グループソウル(類魂)」というのは・・・

「私」あるいは「あなた」という存在・・・

「そのもの」である・・・

 

という点です。
「本来の(より大きな)自分自身」と「捉えて」頂いても良いかもしれません(笑)

ちなみに、少し余談ですが、この「グループソウル(類魂)」の中には、「(全ての)前世の自分」が存在する(含まれる)とも言われておりますが、このような「捉え方」から、「生まれ変わり説」には、「全部再生説」と「一部(部分)再生説」との両説が存在しています。

 

「全部再生説」とは、「今」の「自分」がそのままの個性を携えて生まれ変わる

という説であり、

「一部(部分)再生説」とは、「今」の「自分」がそのまま生まれ変わるのではなく、

「グループソウル(類魂)」の中の「別(の側面として)」の「自分」とも融合して生まれ変わる

 

というものです。
「全部再生説」では「今の自分」という意識であるため、分かりやすさがありますが、「一部(部分)再生説」は少し分かりづらいかと思いますので、次のようにイメージしてみて下さい。

(何歳でも構いませんが)「今のあなた」から、「5歳の頃のあなた」を思い返してみた時、確かに「5歳の頃のあなた」も「自分自身」ではあるが、「今のあなた」という「自分自身」とは、少し違う(当時とは別の考え方をしている、など)というニュアンスで「捉えて」頂けると、少しだけ?イメージが掴みやすくなるかもしれません(笑)

 

最後は、ほとんど馴染みのない用語かと思われますが、『アフィニティ(affinity)』です。
これには様々な説や見解があり、正直な所、私もよくは分かりません(笑)
ある説においては、この「アフィニティ」と先ほどの「ツインソウル」は同じものである、という見解も存在しますし、「グループソウル(類魂)」が(複数に)別れて生まれてきたもの、という見解も存在します。

 

そして、これに関しては全くの私の個人的な「捉え方」になりますが、この「アフィニティ」も「グループソウル(類魂)」と深い関係がありますし、そのような視点からは「アフィニティ」も「ツインソウル」も、どちらも「自分自身である」という点は同じであるとも言えます。

ただ、私の「捉え方」においては、やはり「アフィニティ」と「ツインソウル」とでは、幾分かの差異?があるようにも感じておりますので、少し補足してご説明してみます(笑)

まず、この英単語である「アフィニティ(affinity)」の意味としては、

 

「近似・類似」性

 

というのが含まれております。
では、「ツインソウル」と「アフィニティ」の差異?を、数字とアルファベットを活用して、イメージを「捉えて」みたいと思います。
まず、数字は仮のものですが、「ツインソウル」を数式で表してみます。

 

「ソウル(魂):1」 = 「(ツインの)一方の魂:0.5」 + 「(ツインの)もう一方の魂:0.5」

 

というものです。
つまり、これが、先ほど「ツインソウル」は「ソウル(魂)が別れて・・・」とコメントした部分です。

では、「アフィニティ」をアルファベットで表してみます。
「アフィニティ」が「グループソウル(類魂)」から生まれていると仮定し、

 

(仮に)「グループソウル(類魂)」の中に「A,B,C,D,E」というそれぞれの「資質(という個性)」が存在しているとすると・・・

その中から・・・

 

「Aという資質(個性)」と・・・

「Eという資質(個性)」とが・・・

(同時に)この世に生まれ出てきたもの・・・

 

という「捉え方」です(笑)
繰り返しですが、「ソウル(魂)」も「グループソウル(類魂)」も、どちらも「自分自身である」という「捉え方」においては、極論すれば、このように「分類」する事にさほど意味はないのかもしれませんが、私個人の感覚としましては、

 

「ツインソウル」 ≦ 「アフィニティ」

 

のように、「不等号」で表すと、若干「アフィニティ」の方が、「捉え方」としては「幅が広い」という感じがしております。
どうでしょうか?
ほとんど訳が分からないかもしれませんね(笑)

これは、私達「人間」における、ある種の「制限された知覚」においては自然な事でもありますので、あくまで参考程度に「捉えて」みて下さい!
そして、現在の所、

 

「私」あるいは「あなた」という「グループソウル(類魂)」は・・・

「私」も「あなた」も含まれた・・・

より、大きく、幅広い「グループソウル(類魂)」と繋がっている・・・

 

さらに、その先の「グループソウル(類魂)」では・・・

「(多くの)他の魂の存在」も含まれ・・・繋がっている・・・

 

という説が採られてもおります。
と、ここまで「魂の分類」を色々とご紹介して参りましたが、今回のTOPICSの趣旨はここからが本題です(笑)
先ほど、春は出逢いと別れの時期ともコメント致しましたが、この出逢いと別れの季節を魂の視点から眺めて見ますと、

 

「別れ」とは・・・

(その後に)「今世」での「再会」の可能性もあり・・・

「来世」での「再会」の可能性も高くあり・・・

 

そして、

 

「出逢い」とは・・・

「今世」で「初めて」訪れる出逢いもあれば・・・

「前世」以来の「再会」という出逢いもある・・・

 

という多面的な意味合いが含まれております。
そして、これも魂の視点においては、

 

「私」も「あなた」も「グループソウル(類魂)」という意味では・・・

その先の・・・どこかで・・・必ず・・・繋がっており・・・

 

繋がりという「リンク」があるという事は・・・

必ず、「私」と「あなた」には「共通点(項)」が存在している・・・

 

という事も意味しておりますのと、

 

(少なくとも)あなたが「直接的」に出逢う全ての人々とは・・・

必ず、この「リンク」という繋がりが(既に)生まれており・・・

どこかに、必ず「共通点(項)」が存在している・・・

 

という事になりますので、この「共通点(項)」を手掛かりとして、様々なコミュニケーションを楽しんでみて下さい!
きっと、素敵な「親和性(という自然法則)」が働いてくれる事と思います(笑)
今回は「魂」という「無限の世界」を「有限な言葉」で表現するという、自ずと限界が生じる?テーマでしたが、如何でしたでしょうか(笑)

 

そして、出逢いと別れという今回のテーマにおいては、少し余談になりますが、つい先日、メジャーリーガーのイチロー選手が引退を表明しました。
私はイチロー選手とは同じ年齢でありますが、「残念」という思いではないものの、ポジティブな思いを含めてですが、やはり、一抹の「寂しさ」を感じるのも正直な所ですが、イチロー選手に関しては、ある一つの話を想い出します・・・

 

それは、彼が日本球界において、絶頂の時期に入り始めて少し経った頃の事です。
彼は、なかなか「空振り」の三振をしない事が話題となってもいましたが、それは、どんなボールでもバットに当てる事が出来るという、それはとても凄い事なのですが、ある時期から「空振り」の三振をするケースが多くなっていきました。
そして、イチロー選手も原因を追及すべく悩んでいたそうですが、実は、その原因・・・理由とは・・・

 

バットを振るスイング スピードが「速く」なったため・・・

「今まで」であればバットに当たっていたものが・・・

(タイミング合わなくなって)バットに当たらなくなったため・・・

 

とのものでした。
一見すると、ネガティブに見え、また、そのように思える現象というのが、

 

実は・・・「成長の証」であった・・・

 

とのお話を今でも覚えています(笑)

2019年3月23日 03:03

スピリチュアルの本質&そこに神は存在するのか?

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、本年に入ってからの、ここ数回のTOPICSにおいては、比較的重めの内容をお伝えして参りましたのと、私が行っている各種セミナーや講座、あるいは、カウンセリングなどにおいても、スピリチュアルな観点のご質問やご相談なども、年々増えてきているように感じております。
そこで、今回は「スピリチュアルの本質&そこに神は存在するのか?」というテーマをお届け致しますが、ある意味、今回は気軽に読み進めてみて下さい!

 

なお、今回お届けする内容におきましても、あくまで「今の私が到達している理解度」がベースとなっておりますので、お伝えする内容が正しいという意味でもありませんし、山頂に至る道は人の数ほど無数に存在しておりますので、皆さんは皆さんなりの「考えや発想・着眼点」を活用して、自由に思いを巡らせてみて下さい(笑)

そこで、まず、私が理解しているスピリチュアルの本質においては、

 

一つの「前提条件」と・・・

それに対する・・・

一つの「問い掛け」・・・

 

が存在していると捉えております。
それは、

 

私達「人間」というのは、どのような存在なのだろうか・・・?

 

という「前提条件」から導かれる、

 

私達「人間」というのは、魂としての存在である・・・

 

という観点が「出発点」となり、それに対する「問い掛け」というのが、

 

では、私達「人間」というのが、魂という存在であるのならば・・・

私達「人間」は・・・

どのような「生き方」をするのであろうか・・・?

 

との本質です。
では、ここで、もう一つの「そこ(スピリチュアルの本質)に神は存在するのか?」というテーマですが、これも「今の私が到達している理解度」からは、

 

敢えて神という表現を使うのならば・・・

神は存在しているとも表現出来るが・・・

 

それは・・・「人間」のような姿や形を持った「擬人化」された存在ではなく・・・

また・・・「人間」のような特定の個性を持った存在でもなく・・・

 

神とは・・・

「自然法則」のこと・・・

 

という視点です。
そして、このような視点というのは、

 

四季折々に変化している自然現象や・・・

宇宙が(崩壊する事もなく)機能している面など・・・

 

からも見て取る事が出来ます。
また、スピリチュアルな視点において、「生命のサイクル」の象徴とされている、サナギが蝶へと変化を遂げるのも同じ現象でもあり光景でもあります(笑)

なお、この「自然法則」とは、例えば科学や医学などで発見されているものも含まれてはおりますが、当然の事ながら、それに限定される訳でもありません。
この世においては、現在判明している、あるいは、理解していると思えている事柄よりも、もっと膨大な未知の事柄で満たされているのは、真摯な姿勢を保った科学者や医学者などであれば同意頂ける事かと思われます(笑)
そして、

 

「自然法則」とは・・・

信じる信じないに関わらず・・・

知っている知らないに関わらず・・・

常に機能し働いているもの・・・

 

でもあります。
なぜなら、自然や宇宙や様々な生命活動において、当たり前?に思えてしまう現象や光景において、

 

私達の身の周りを見渡してみても・・・

欠けている(欠落している)「現実」というのは・・・

存在していない・・・

 

からです。
少なくとも私個人としては、周囲を見渡してみても、どこかがポッカリと欠けている(抜け落ちている)「現実」を見た事はありません(笑)
そして、このような視点からは、ある一つの迷いや疑問を生み出している傾向も見て取れます。
それは、

 

欠けている(欠落している)部分や面が無いという事は・・・

それは「完璧」を意味するはずなのに・・・

なぜ・・・イジメや犯罪や、時には戦争などが存在するのか・・・?

 

というものです。
そして、この答え?においては、

 

イジメや犯罪や戦争などは・・・

「人間」の未熟さが引き起こしているものであり・・・

神という「自然法則」とは関係ない・・・

 

との視点です。
勿論、「自然法則」としての「自分のした事は自分に反ってくる」という働きは常に機能しておりますが、このような世の中や社会における、所謂、正義とは思えないと感じている現象を神と結び付けて捉えてしまう所に、やはり、どこか神を「擬人化」している傾向が高いという面が見受けられます。

なお、「自然法則」という視点においては、地震や台風などの自然現象なども含まれますが、このような現象は一義的には、地球が自らを調整する事による側面がある一方で、「人間」による「環境破壊」や、「人間」の「意識(波動)」も関係しているのでは?などの研究も進められておりますが、だからと言って、自然災害などで人が傷付いたり他界したりする事を肯定している趣旨でもありませんし、致し方ないという諦めの趣旨でもございませんので、その点は重々ご了承頂ければと思います。

そして、このような観点からは、スピリチュアルの本質とは、

 

スピリチュアルとは、そもそもが「自然法則」を意味しており・・・

私達が「どのような生き方をするのか?」・・・

という思索における「(役立たてる為の)基盤・ベース・指針」を意味している・・・

 

という事にもなります。
また、先ほどコメント致しましたように、私がご質問やご相談を受ける内容においては、スピリチュアルな観点に今まで馴染みがあまりなかったので分からない、あるいは、よく知らない部分がある、というケースも勿論多いですが、中には、

 

数十冊、あるいは、数百冊ものスピリチュアル関連の書籍を読んできたけれども・・・

「学べば学ぶほど」・・・

迷いに入って、分からなくなってきている・・・

 

という方も結構いらっしゃいます。
そして、このようなケースにおける視点としましては、先ほど来から、スピリチュアルとは「自然法則」の事とお伝えしておりますように、書籍などを通して、ほんの幾つかの「自然法則」を学ぶ事は役立つ事でもあり、理解を進める上では必要になるものではあります。
しかし、この、ほんの幾つかの「自然法則」に触れた後においても、

 

数十冊、数百冊の関連書籍を読み進めたけれど、迷いに入ってしまうという事は・・・

実は・・・

「(ほんの幾つかの)自然法則」を様々な表現(書籍など)から「知る」という作業を(延々と)続けている事で・・・

日常の実生活において「活用・行動・実践」する(落とし込む)という「学び」に繋がっていない・・・

 

という面から来ております。
つまり、

 

「知る」事と「学ぶ」事が混同されてしまい・・・

ひたすら「知る」事が「学ぶ」事だと思い込んでいる事により・・・

本当の意味での「学ぶ」事における・・・

一番大切な「活用・行動・実践」という、日常生活への落とし込みが出来ていない・・・

 

という面を意味しております。
少々手厳しい見解かもしれませんが、この点を理解しておかないと、いくら「知る」という作業を続けていても、

 

その中から生ずる迷いなどが・・・

いつしか、あらぬ方向性へ向かってしまい・・・

「現実」から乖離(浮遊)した・・・

本末転倒なスピリチュアルな観点(本質)として捉えてしまう(可能性が高くなる)・・・

 

という「危険性」をも孕んでしまいます。
つまり、本来のスピリチュアルな本質が伝えている事は、矛盾するように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、

 

スピリチュアルな観点も・・・

目の前に広がっている世の中や社会も・・・

どちらもが「現実」である・・・

 

という側面から「目を背ける」方向性への「危険性」という意味でもあります。

では、ここで少し視点を転換してみます!
これも今までのTOPICSにおいて繰り返しお伝えしておりますが、私はキリスト教徒でもありませんし、無宗教ですが、また、ここからは私の全くの個人的な解釈でもあり、「今の私が到達している理解度」でもあり、正しいのか間違っているのかも分かりません(笑)
そこで、キリスト教における「三位一体(さんみいったい)」というものがあります。

なお、ここでお断りを入れますが、聖書においても旧約と新約とが存在しておりますのと、聖書そのものも後世の人々が書き連ねたり、改変もされているのは史実が明らかにしておりますので、そのような意味からも、現在までに伝えられているのは「キリストの言葉通りではない」事と、解釈(真意)においても、その作られた時代における人々(権力者など)の「都合」が混ざっているものでもあります。

では、この「三位一体」とは、

 

「父(である神)」と「子(であるキリスト)」と「聖霊」

 

である、と解釈されております。
そこで、キリストの真意?を私の勝手な憶測と推測で解釈してみます(笑)
キリストが伝えたかった「三位一体」とは、

 

「父(という自然法則)」と「子(という自分・自我)」と「聖霊(という(自分以外の)人間や動物や植物などの生命)」

 

であると捉えています。
しかし、ここで、何故、「聖霊」が「(自分以外の)人間や動物や植物などの生命」であるの?という疑問が湧くかもしれません(笑)
では、ご説明致します。

 

「私(という個人)」が「どういう生き方するのか?」という思索において・・・

「自分を知る(理解する)」ためには「他者(などの他の生命活動)」を知る事がとても役に立ちます・・・

そのような「自分の鏡」という役割を果たしてくれている「(自分以外の)人間や動物や植物などの生命」は・・・

まさに・・・「聖なる霊という存在」・・・

 

と言えるのかもしれない?という視点ですが、ここでの本当の意味は、締めくくりにも繋がっておりますので、宜しければ、このままお読み進め下さい(笑)
そして、この「三位一体」を、「私・自分」という一つの個体(個性)に当てはめますと

 

「心(精神)」と「体(肉体)」と「魂(霊)」

 

と呼べるのかもしれません。
そして、「三位一体」とは、

 

この「三(者)」は本質的に全く同じもの

 

と解釈されているように、

 

私達「人間」においては・・・

「心(精神)」と「体(肉体)」と「魂(霊)」とのように・・・

それぞれが、個別に分離して存在出来るものではなく・・・

 

私達「人間」とは・・・

この「三(者)」の全てが溶け合って(融合して)こそ・・・

初めて「人間」として存在出来る・・・

 

という事を意味しているようにも感じます。
そして、(大乗)仏教における仏の三種類の在り方としても、「法身・報身・応身」という「三身(さんしん)」が伝えられたりしております。

また、唯一神を崇拝の対象としている他の宗教においては、このような「三(位・身)」という概念が取り入れられているのは、ほとんどありません。
なお、これも誤解の無きようお伝え致しますが、「三(位・身)」を取り入れているから、あるいは、取り入れていないから「良いの?悪いの?」という趣旨では全くありませんし、それぞれの特色があるかと思いますので、そこに他意も悪意も全くございませんので。

それと、神社などにおいては、先ほどの「自然法則」そのものとして、例えば「岩木山というお山そのものをご神体」としている場合もありますし、また、「人間」として生きた(生活した)経験は持っていない、所謂「自然霊」という一種のエネルギー体をご神体として奉っている場合もあります(笑)

 

では、ここでも少し視点を転換してみます!
スピリチュアルな観点に興味を抱き、関連書籍などを読み進めていくと、「シルバーバーチ」の言葉(霊言)に出逢う方も多いかと思われます。

このシルバーバーチとは、何千年も前に地上で「人間」として暮らしていた存在が、あるミーディアム(霊媒)の口を通して語った「生きる智慧や叡智」などを伝えているものです。
ちなみに、このシルバーバーチとは本名ではなく、ご本人は「私の名前など、どうでも宜しい」と伝えておりましたが、会話をしていくのには呼び名はあった方がスムーズに進行するという意味合いで名付けられた仮の名称です(笑)

 

そして、確かに語られている内容においては、現在の世の中や社会を生きて行く上での役立つ視点も多いですが、スピリチュアルな観点に迷い、そして、分からなくなってしまう方々の中には、このシルバーバーチの言葉を「金科玉条」、あるいは、唯一無二の教典などのように扱い、シルバーバーチそのものを「崇拝の対象」にしてしまっているケースも見受けられます(なお、シルバーバーチは、「自分を崇拝の対象にしてはいけない」とも伝えております)。

では、ここで、シルバーバーチが首尾一貫して伝えている幾つかの視点を、簡潔に少しだけご紹介致します。
それは、

 

『 (どのようなものであれ)「誰(有名人など)が」話しているかではなく、その「中身(内容)」で判断して下さい・・・

 

私(シルバーバーチ)はスピリチュアリズムや〇〇教(という宗教)などの、「肩書きやラベルや名称」には(全く)興味はありません・・・

 

私(シルバーバーチ)の話している内容を、受け入れるも受け入れないのも、皆さんの「理性」で判断して下さい(拒否するのも、その人の自由なので、それで構いません)・・・

 

人の役に立つ「行動・実践」をする事が、最も大切な事です・・・ 』

 

と。
なお、この「人の役に立つ」という点ですが、様々な賛否や見解もあり、なかなか理解し難い感情も含まれている事をも踏まえた上でですが、これは、ご病気などで寝たきりの方などであっても、周囲の方々への「生きる姿勢」というのを学び取って貰うという視点も含まれ、スピリチュアルな本質においては、ちゃんと人の役に立っているという視点に沿っている事にもなります。
そして、言わばスピリチュアルの代表例とも称される、このようなシルバーバーチの言葉においても、

 

「理性」で判断するという、お一人お一人が「考える」という事が必要な事であり・・・

そして・・・

「知った」事を、自分にも、他の人にも役立つような「行動・実践」をする事が大切であり・・・

それが・・・

「学ぶ」という事・・・

 

と伝えているように私には感じております。
そして、再三再四の繰り返しですが、今回の内容は、あくまで「今の私が到達している理解度」からの視点でもあり、正しいという意味合いでは全くございません(笑)

では、皆さんにおけるスピリチュアルな本質と神の存在とは・・・どのように考えますでしょうか???

ちなみに、今回のテーマを設定した当初においては、「三位一体」の箇所は私自身も全く予想や書こうと思っていなかった部分であります(笑)

そして、今回のテ-マの締めくくりとして、シルバーバーチの言葉に、少しのアレンジを加えてお伝え致します!
それは、シルバーバーチが私達「人間」に向けて贈った言葉です。

 

あなたは・・・

「死んでから」霊になるのではありません・・・

このTOPICSを読む事が出来ている・・・

「今そのもの」が・・・

あなたは既に(常に)霊という存在である証でもあります・・・(笑)

2019年3月16日 03:03

「フラッシュ フォワード」を震災関連死と共に考えてみます

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

間もなく、東日本大震災から8年が経過しようとしております。
そして、つい先日の3月2日に放映された、ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」という番組を観ておりました。
そこで、今回は「「フラッシュ フォワード」を震災関連死と共に考えてみます」というテーマをお届け致します。

そこで、まず、改めて「震災関連死」とは、東日本大震災などにおいては、

 

地震や津波による「直接の被害」ではなく、避難生活などにおけるストレス等の「間接的な要因」で死亡に至ること

 

と定義されております。
では、この番組で放映されていた内容を元に、現在の状況を捉えてみたいと思います。

福島県では、現在においても、未だに「4万2、000人」もの方々が故郷に帰れずに避難生活を強いられております。
そして、2019年2月までの累計における、福島県内における「震災関連死」の方々は「2,267人」、「直接死」の方々は「1,605人」と報告されております。

 

そして、宮城県と岩手県においては「震災関連死」の増加はほぼ止まっているが、福島県においてはその人数が(当初から)突出して多くなっており、かつ、緩やかになってきてはいるものの、未だに増え続けているというのが現状であります。

そして、この番組冒頭では、原発事故により避難生活が始まったのが発端となり、未だに帰れないという故郷の喪失がもたらす深刻なストレスという一貫したテーマの元に紹介されていきます。

 

では、この番組で放映されておりました、東日本大震災後に福島県に赴いてトラウマ等の診察を行ってきた、ある精神科医の方のコメントをご紹介致します。
それは、

 

『 帰る所がない人達の心のケアは、日本ではやった事がない、、、

かつて経験した、どの災害よりも、メンタルなトラウマのリスクは高い、、、 』

 

と、それと同時に、

 

『 原発避難の人達は、前を向けば向くほど絶望しか見えなかった、、、

そういう未来に向くようにって、逆に過酷なこと、、、

とんでもない矛盾、絶望を含んだこと、、、

未来が(見え)ない事に対して、どう対応するか、サポートするか、ケアするか、といった事は、私(達)は全く未経験だったので、そこ  は大変申し訳ないというか、、、

未知の時代に遭遇したんだと思っている、、、 』

 

と。
では、ここで、少し整理をしたいと思います。

 

「フラッシュ バック」とは、「過去」の出来事などにおけるトラウマを思い出してしまう

 

という、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)と言われているものです。
その一方の、

 

「フラッシュ フォワード」とは、不安などで先が見えない「未来(将来)」を思い煩ってしまう

 

というものです。
なお、この「フラッシュ フォワード」とは、現在の精神医学では広く認知された考え方ではありませんが、どのような名称で呼ばれようとも、実際にこのような症状で苦しんでいる方々が大勢いらっしゃいます・・・

そして、先ほどの精神科医の方は、このような観点から、次のようにもコメントしておりました。

 

『 福島県の方々は、「過去」への「フラッシュ バック」と、「未来(将来)」への「フラッシュ フォワード」という、「二重の苦しみ」にある、、、 』

 

と。
ところで、この「フラッシュ フォワード」というのは、1986年にチェルノブイリで起きた原発事故での、「リクビダートル(チェルノブイリ原発事故処理の作業員)」の方々への聞き取りで頻繁に起こっていた事から発見に繋がったと言われているものです。

 

そして、ここでの事故処理作業員の方々においては、「フラッシュ バック」は起きておらず、被爆した事などにおける「未来(将来)」への恐怖が見出され、また、作業員のみならず、故郷であるチェルノブイリから避難せざるを得なかった人達にも同様の症状が見られた事が裏付けとなっています。

そして、福島県の方々においては、「二重の苦しみ」でもある事に加え、このような「フラッシュ フォワード」による様々な症状により、「依存症」へも繋がってしまったり、「自死」を選択してしまった方々も大勢いらっしゃるのが実情でもあります。

 

そして、これも番組内で紹介されておりました、「フラッシュ フォワード」で苦しんでいらっしゃるお二人のコメントをお伝え致します。
ある方は、次のように述べておりました。

 

『 宙ぶらりんみたいな感じ、、、

今は生きてるって感じ(がしない)、、、

(身体的には)生きてはいるけれど、、、 』

 

また、ある方は、

 

『 「(他の周りの人からは)そんな先の事を考えてどうするの?」と(言われるし)、「今の楽しい事を考えればいいんだよ」と言われたけ  ど、それが出来ない、、、 』

 

と心情を吐露されておりました。
このように番組は進んでいきますが、私はこの番組を観て考えさせられました・・・と言うより・・・

 

未だに考え続けている・・・

 

というのが率直な気持ちです。
確かに、このような「フラッシュ フォワード」にアプローチするに際しての、色々な手法や方法は今でも存在はしているでしょうし、これからも様々と生み出されていく事とも思います。
と、同時に、

 

着飾った、あるいは、取り繕った、上辺(うわべ)だけの「言葉」・・・

いわゆる「美辞麗句」では届かないであろうし・・・

逆に、そのような「言葉」で、お気持ちを更に動揺させたり、時には、傷付けてしまうケースもあるのでは・・・

 

なども強く感じている面もあります。
そして、色々と考え続けた、「今の時点での私」においては、やはり、

 

どのような症状や状況であろうとも・・・

「言葉」の力を信じているし・・・

「心・精神・意識・魂」の底力を信じている・・・

 

というのが、現時点での私の考え方であり、捉え方でもありますので、ここから先は、その点を踏まえ、そして、そのような観点をご了承頂けるものとして、「私なりの視点」をお伝えして参ります。
まず、

 

「フラッシュ バック」では、「過去」の出来事の、ある「(一)点」に焦点が向いてしまう

という特徴と、

 

「フラッシュ フォワード」では、「未来(将来)」への不安などの、ある「円」に焦点が向いてしまう

という特徴があると考えます。
つまり、焦点が向いてしまうのが、

 

「フラッシュ バック」では「点」であるのに対し・・・

「フラッシュ フォワード」では「円」という・・・

「幅広さ」に違いが生じている・・・

 

という側面があるかもしれないという視点です。
そして、このような傾向から、

 

「フラッシュ バック」、あるいは、「フラッシュ フォワード」の、どちらか一つの症状でさえ・・・

「今、ここ」に存在するのを難しくさせるのみならず・・・

この「両方(という二重の苦しみ)」が同時に起こってしまう事が・・・

さらに「今、ここ」に存在する事を難しくさせている・・・

 

というものです。
そして、少しでも支えや救いになるかは分かりませんが、また、現在苦しみの最中にある方々の心の中では、そのように思えない、出来ないという心情である事も踏まえた上でですが、それでも、やはり、私なりの視点をお伝え致します。
それは、

 

「過去」を「過去」として感じる事は出来ない・・・

「過去」を感じられるのは「今」だけだから・・・

そして・・・

「未来」を「未来」として感じる事は出来ない・・・

「未来」はどこまで行っても「今」という瞬間の事だから・・・

 

になります。
そして、これも難しい、出来ないという心情を踏まえた上でもありますが、先ほどからの私なりの「信じている」という視点と致しまして、

 

一日に一つで良いので・・・

自分なりの「幸せ」を見つけて下さい・・・

 

その「幸せ」は、ささやかなものでも、どのようなものでも構いません・・・

毎日同じ「幸せ」でも構いません・・・

あるいは、毎日違った「幸せ」でも構いません・・・

 

このような「幸せ」を見つける事が・・・

「今」は苦しく思えるかもしれません・・・

「今」は出来ないと感じてしまうかもしれません・・・

 

そして・・・

頑張る必要性も、焦る必要性もありません・・・

 

それでも・・・

「毎日」そして「一日に一度」で良いのでやり続けてみて下さい・・・

 

それが、きっと・・・

いえ・・・

必ずや、「今、ここ」に導いて、そして、気づかせてくれる力となって現れてくれます・・・

 

そして、この番組では、独自調査を元に、ある一つの結びもしておりましたが、ここまで今回のTOPICSをお読みになって頂いた皆さんは、併せて、次の事も考えてみて下さい。
それは、福島県の「震災関連死」2,267人の内、195人分のデータを分析した所、

 

避難や移動の回数が・・・

宮城県と岩手県では平均「2.7回」であった事に対し・・・

福島県では平均「6.7回」であった事から・・・

この避難や移動の回数の差異は・・・

原発事故によるものである・・・

 

との見解でした。
そして、この番組を通して私が抱いたものも、今回ご紹介した「フラッシュ フォワード」や「震災関連死」の発端となっている多くが、同じく「原発事故による避難」です。

 

原発事故とは・・・

自然災害が引き起こしたものではなく・・・

「私(瀬川 瑞之)」も含めた・・・

「人間」が引き起こした災害である・・・

 

という点を、今一度、深く考える事が必要なものでもあり、そのような姿勢を保ち続ける事こそ、現在、苦しみの最中にある被災者や避難者の方々の思いに寄り添う事にも繋がるのかもしれません、、、

2019年3月9日 02:03

潜在意識と魂の視点から考える「ゲーム障害」

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、本年1月19日の「報道特集」という番組内において、「ゲーム障害(Gaming disorder)」という話題が取り上げられておりました。
私も小さい頃から時折ゲームはしておりますし、今でも時には、ついつい止めようと思っている時間を超えて遊んでしまう事もあります(苦笑)

 

また、最近では、このようなゲームは「eスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)」とも呼ばれるようにもなり、プロゲーマーとして賞金を獲得している人もおりますし、2022年のアジア競技大会(アジア版オリンピック)では正式種目として採用されている模様でもあり、2024年のパリ五輪では追加種目として検討されているそうです。
そこで、今回は「潜在意識と魂の視点から考える「ゲーム障害」」というテーマを、この番組で紹介されていた事例などを元にして考えてみたいと思います!

 

では、まず、現在の世界のゲーム人口は、おおよそ24億人と推測されているそうです。
そして、この番組では、幾つかの「ゲーム障害」の事例が取り上げられておりましたが、その中には、指を動かす時に使う「腱」が、ゲームのやり過ぎで出来たとされている、手の甲に出来たガングリオン(こぶ)の写真も紹介されていました。

 

そして、ある一人の高校生の事例も紹介されておりました。
その高校生は、ゲームを取り上げられると我慢出来なくなって暴力を振るう一方で、ゲームをしていてもイライラするし、でも、ゲームも止められない状態が続き、それから無気力感が生じて、死んだ方が楽ではないか、、、、、と、引きこもりの状況になっていきました。

 

そして、このままでは死んでしまうのではないかと切羽詰まり、親御さんとご親戚の方など大人7人掛かりで、その高校生の体を縛り付けて病院へ運んだそうです。
その際に運ばれた病院が神奈川県にある久里浜医療センターという所ですが、この病院では8年前から「ネット依存外来」を開設しているとの事でした。
そして、この高校生の方はそのまま入院となりましたが、長時間(期間)に渡って体を動かさずにゲームをし続けていた為に、足などに出来た血栓が肺の血管に詰まる「エコノミークラス症候群」も同時に発症していました。

 

そして、この病院の医師は、「ネット依存外来」の9割以上の患者さんが「ゲーム障害」と診断され、そして、「ゲーム障害」の7割が未成年者であり、特に、中・高校生が多いとコメントしておりました。
なお、この「ゲーム障害」は大人でも発症します。

 

では、この番組では韓国での事例も放映されておりましたので、それを少しご紹介致します。
韓国においては、2002年にオンラインゲームを長時間続けた24歳の男性が、重いエコノミークラス症候群を発症してお亡くなりになりました。
また、2010年には、14歳の男子中学生がネットゲームを巡って口論となり、家族を殺害したという痛ましい事件も起こりました。

 

このような背景から、韓国では社会問題となり、2011年から「シャットダウン制度」という政策を導入しました。
この「シャットダウン制度」とは、満16歳未満の人は、午前0時前になると画面に警告が表示され、朝の6時までは自動的にゲームを出来なくさせるというものです。

 

そして、同時にもう一つの制度として、ネットやゲームへの深刻な依存を抱えた少年少女を専門的に治療する、「国立青少年インターネット依存治療センター」を開設し、この施設では、カウンセリング、心理療法、運動療法、音楽療法などが治療として取り入れられております。
そして、この施設を運営している人のお話では、この施設では、

 

『 自分の心の内面を深く見つめる事を行っている 』

 

とのコメントと同時に、

 

『 (この施設に治療を受けに来る少年少女の皆さんは)仮想現実(VR:バーチャル・リアリティ)の世界に嵌(は)まっていたから、現実的な感覚が(かなり)低下している 』

 

ともお話されておりました。
そして、このような「ゲーム障害」においては、「脳への影響(脳の機能低下)」という側面の研究も行われております。

その研究では、「ゲーム障害」の患者さんの多くの脳では、血流が悪くなり、「理性」を司る前頭前野の働きが低下している事が明らかになり、海外の研究論文の中には、「ゲーム障害」においては脳の一部が「萎縮」しているとの警鐘も鳴らされております。
つまり、この「(脳の)萎縮」とは、脳の神経細胞が壊れてしまい、その壊れてしまった神経細胞の分だけ、脳の「体積」が小さくなっているという現象です。

 

そして、このような様々な流れから、2019年5月頃にも、WHO(世界保健機関)は「ゲーム障害」を正式な「病気」と認定する予定で進んでいるそうです。
これは、WHOの推測においては、「少なめ」に見積もっておきながらも、ゲームをする人の内で、「ゲーム障害」を発症する人の率が2~3%位は存在しているとの見解が元になっているそうです(ゲーム人口の24億人☓3%でも、7千200万人の計算になります)。

ちなみに、WHOにおいても、ゲーム自体が悪いものではなく、「ゲームをする事が病気」と伝えている訳ではありません。
また、このWHOの見解に対して、アメリカのゲーム業界は、「病気の定義」に当てはまる科学的根拠が存在しないと反論しているとの事でもあります。

 

では、ここから今回のテーマの一つである「潜在意識」の観点から見ていきます。
このTOPICSにおいても繰り返しお伝えしております通り、

 

潜在意識は現実とイメージ・想像を区別出来ない

 

という特徴があります。
そして、この観点からも、この番組内でも、ゲームを連想するもの、例えばゲームのキャラクター名や、ゲーム内で流れている音などが、目に入り耳にするだけで、その(ゲームの)世界に(一瞬にして、かつ、無意識的に)入り込んでしまう、という点が紹介されております。
つまり、これを脳という機能の側面だけから考えてみても、「ゲーム障害」などにおいては、

 

(身の周りの日常生活において)絶えず・・・刺激に・・・晒(さら)され続けている・・・

 

という状況と状態になってしまっている、という事を意味しております。
では、例えば、このような状況と状態というのが、どのようなものなのかを少しでも理解しやすくする為に、「寝ている時の夢」を元に考えてみます。
私達が夢を見ている時は、

 

夢の中の光景や状況は・・・一瞬にして切り替わっている(切り替わる)

 

というのは、誰もが経験のある事と思います。
そして、この「絶えず・・・刺激に・・・晒(さら)され続けている・・・」というのは、

 

寝ている時の夢のように・・・

今、現実に目の前に起こっている、身の周りの日常生活の光景や状況が・・・

自分の意思とは無関係に(無意識的に)・・・

一瞬にして切り替わってしまう・・・

という体験を、潜在意識においては、現実と捉えている・・・

 

という意味になります。
そして、このような事が、私達の日常生活における、いわゆる「現実(リアル)」に起こる事があるならば、

 

私達の「心」と「体(肉体)」は・・・

(正常な状態を)保(たも)てなくなってしまう・・・

 

というのは、火を見るより明らかです。
なお、魂の視点においては、このような「心」と「体(肉体)」が保てなくなる傾向というのは、「今の所は・・・」という前提条件が付きますが、これに関しては今回のテーマの趣旨からは外れてしまいますので、また別の機会にでも触れてみたいと思います(笑)
そして、繰り返しですが、

 

それ(夢の中で起こるような光景や状況)を・・・潜在意識は・・・現実に起こっているもの・・・と、捉えている・・・

 

という点が大切になります。
では、少し観点を変えてみますが、

 

「ゲーム障害」も「(各種)依存症」と同じ本質が存在している

 

というのは、皆さんも何となくご理解頂ける面があるかと思われます。
それは、ギャンブル依存、アルコール依存、買い物依存など様々です。
そして、魂の視点が現実のこの世の中に現れている一つの言葉があります。
もうお気づきかもしれませんが、それが、

 

過ぎたるは猶及ばざるが如し

 

です。
これは、ギャンブルをしたりお酒を飲むのが悪いという意味でもなく、ましてや、買い物などに関しては必要であり日常的に行っている通常の「行動」です。
そして、これも皆さんもご存じの通り、もの凄く極端な表現を用いますと、

 

(あくまで)程度の差

 

でしかない、とも言えるのかもしれません。
なお、違法薬物に関しては「程度の差」では済まされませんので、決して手を染めてはいけません!
では、ここから「依存(症)」に関して、魂の視点を当てはめていきます。
それは、

 

「依存(症)」とは・・・

自分の中の「何か」を・・・

埋められていない・・・

 

という「叫び」から起こるという視点です。
つまり、

 

自分の中の埋められていない「何か」を・・・

自分の「外側にあるもの」で埋めようとしても・・・

それで埋まっていく事はない・・・

 

という面に繋がり、しかし、

 

その事に「気づいていない」が故に・・・

絶えず・・・

自分の「外側にあるもの」を求め欲し続けている・・・

 

という状態という事です。
そして、魂の視点においては、

 

埋められていない「何か」とは・・・

必ず「自分の中にあるもの」・・・

 

というのが「答え」になります。
そして、このような傾向というのは、

 

「人間関係」にも多々反映されている

 

という側面も存在しています。
そして、更なる魂の視点においては、

 

自分に足りない「何か」を・・・

「埋めてもらう」事と・・・

「補ってもらう(補い合う)」事とでは・・・

全く違う・・・

 

というものになります。
そして、この「埋めてもらう」事と「補ってもらう(補い合う)」事との違いについては、私が一概にここで「答え」をお伝え出来る性質のものではありません。
なぜなら、先ほどコメントした通り、

 

その「答え」というものは・・・

必ず「自分(その人)の中にあるもの」であり・・・

人それぞれに、今までの「経験」や「知識」といったものが違う・・・

 

からです。
なお、ここでの「知識」というのは「学歴」などでは全くありません。
ただ、ここで一つの「ヒント」を差し上げる事は可能です(笑)
それは、

 

「調和とバランス」

 

です。
でも、でも、でも、これは「程度の差」が問題なのだとすると、それに対して「調和とバランス」は当たり前では?と思われるかもしれません(笑)
では、これに対する「答え」というものは、これもこのTOPICSで繰り返しお伝えしておりますが、

 

「調和とバランス」というのは・・・

絶対的に「5:5(50%と50%)」と決められているものではなく・・・

人それぞれに「違い」(例えば、「3:7」や「6:4」など)があるのが自然でもあり・・・

同じ対象にしても、時と場合によっては「変動」するもの(「変動」しても良いもの)・・・

 

という視点です。
そして、この「調和とバランス」を探し出す際には、

 

自分が「心地よい」と感じるものを「鍵」として活用する

 

という事です。
でも、でも、でも、そもそも「心地よさ」を感じているから「依存(症)」になっているのでは?とのご質問が当然ながら出て来る事かと思います(笑)
実は、これに対する「答え」も既にここまでの内容で出て来ております。
それは、私は最初の方において、今回の番組内における高校生のコメントを紹介致しました。
もう一度ご紹介致します。

 

『 ゲームを取り上げられると我慢出来なくなって暴力を振るう一方で、ゲームをしていてもイライラするし、でも、ゲームも止められない状態が続き、それから無気力感が生じて・・・ 』

 

と。
これが「心地よさ」に当てはまっているでしょうか?
では、ここでも更なる魂の視点を当てはめていきます。
それは、

 

自分なりの「調和とバランス」を知るという事は・・・

「自分の中」で「分離」を起こしているものを知る事でもあり・・・

この「分離」を起こしているものを知る事こそが・・・

(「分離」を起こしているそれぞれのものを)「統合」に向けていく第一歩となっている・・・

 

というものです。
そして、

 

このような作業を(絶えず)繰り返し行っているという事こそが・・・

「自分を知る(理解する)」という事であり・・・

これこそが「産まれて来た目的(の内の一つ)」・・・

 

という魂の視点に繋がっています。
そして、今回のテーマにおいては、他の魂の視点がこの世に現れている、もう一つの言葉があります。
もしかしたら、既に疑問に思って考えていた方もいらっしゃるかもしれません(笑)
それは、

 

寝食を忘れる

 

という言葉です。
この言葉もポジティブな方面での活用においては、何かに没頭している研究者などの姿勢が思い浮かべられるかもしれません。
そして、確かにこのような研究者においても、あるいは「ゲーム障害」においても、

 

(ある一定までは)「楽しさ(という感情)」も共通している

 

というのも事実です。
では、ここで「違いを生む」魂の視点とは、それは、

 

「動機」の違い

 

です。
これは、100%当てはまる訳ではありませんが、

 

もしかしたら研究者などにおいては・・・

「人様や社会のお役に立ちたい」との「思い」かもしれませんし・・・

 

あるいは、先ほど私がコメントした通り、

 

もしかしたら「ゲーム障害」などの場合においては・・・

自分の中の足りないものを「埋めるため」という「思い」かもしれません・・・

 

という「動機の違い」が存在している・・・

 

というものです。
そして、最初に近頃においては、「ゲーム」は「eスポーツ」とも称されるようになり、各種の世界大会まで開催されるようになって来ているとお伝え致しました。
これには賛否などを含めた、様々なご意見や見解があろう事かと思います。
そして、中には、

 

このように「ゲーム障害」が社会問題になっている今・・・

スポーツのように捉えてしまうと・・・

問題を益々悪化させてしまうのでは・・・?

 

との懸念は充分に予想されます。
私は否定も賛成もしないというのが、「今の所」の正直な本音ですが(笑)、

 

本物のアスリートであるならば・・・

「体(肉体)」を徹底的に鍛え抜く事もするが・・・

 

それと同時に・・・

「体(肉体)」を休める事の大切さも充分に理解しており・・・

 

それと同時に・・・

「心(精神)」も向上させていく事(メンタルトレーニングなど)も行っている・・・

 

というのは、皆さんもよく目にし耳にしている事かと思います(笑)
そして、今回のテーマに魂の視点を当てはめた「答え」というのを導いていきますと、先ほどコメントした通り、

 

「調和とバランス」&「分離と統合」

 

という面が活用出来るかもしれません(笑)
そして、今回は魂の視点を多用して参りましたが、余談として皆さんも考えてみて下さい。
魂の視点とはスピリチュアルな観点と捉えて頂いても構いませんが、スピリチュアルな観点というのは、それこそ古来から存在し語り継がれて来ているものでもあります。

 

そして、このようなスピリチュアルな観点にメスを入れる?という科学的検証が行われ始めたのは、ここ100年程の事であります。
そして、科学も同時に、ここ100年程から更なる進化を遂げてきているのも周知の事実です。

例えば通信手段一つ取っても、ポケベル、大きな移動用電話、PHS、ガラケー、スマフォなどは、ここ30年程で飛躍的に加速してきました。
今では、半年も経たない内に、新たな機種が続々と発売されているのもご存じの通りです。
では、

 

私達の心(精神)は・・・

果たして・・・

機器類の発展の加速度に・・・

対応しきれているのでしょうか・・・?

 

これを考える際も、「調和とバランス」&「分離と統合」、そして、「動機(の違い)」を手掛かりとして、自由に考えてみて下さい(笑)

2019年3月2日 03:03

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