裁(さば)くという事について・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回のテ-マは「裁(さば)くという事について・・・」をお届け致しますが、「裁(さば)く」という言葉を聞くと、裁判や死刑制度などを連想する方も多いかもしれませんが、私達は日常的に、また、多くが無意識的にも「裁く」という事を行っております。
つまり、ここでの「裁く」とは、

 

意識的せよ・・・

無意識的せよ・・・

私達は常に、誰かや何かに対して・・・

何らかの「判断」を下している・・・

 

という意味合いが含まれています。
勿論、裁判や死刑制度という観点からは、殺人事件や危険運転などでの被害者やご遺族の方々が断罪や極刑を求めるお気持ちを理解出来る部分などがクロ-ズアップされたりもしますが、今回は日常の身の周りの出来事などにおいても、

 

「裁きの本質」はどこにあるのか?

 

という点を考える素材として頂ければとの趣旨で進めて参ります。
そこで、まず、このTOPICSにおいても、

 

コミュニケ-ションは様々なレベルで行われている

 

という点を幾度かお伝えしておりますが、

 

「裁く」という「判断」も様々なレベルで行われている

 

という「本質」は共通しています。
では、ニュ-スなどで紹介もされておりますので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、ある一つの出来事から今回のテ-マを見ていきたいと思います。

 

それは、昨年の甲子園に出場した高校において、同校のダンス同好会が主催した有料(500円)のイベントに野球部員が参加した事により、日本学生野球憲章に定められている「野球部または部員を政治的あるいは商業的に利用しない」との規定に抵触している可能性がある事により、関係者の「処分」が検討されているとの出来事です。
これには様々な意見が出されている模様ですが、どちらかと言うと、多く出されている意見としては、

 

有料(500円)と言っても、それは借りる会場費であったり、準備の為の設営費などでもあるだろうし・・・

ダンス同好会の皆さんは、自分達のパフォ-マンスを多くの人に観て貰いたいとの願いで主催したものであり・・・

参加した野球部員も甲子園での応援をして貰った事への、恩返しの思いからの事でもあり・・・

それを処分するとは、あまりにも杓子定規に過ぎるのでは・・・???

 

との見方が多いようにも思われます。
あくまで私個人の見解ですが、私自身も先の意見と似たように、「そこまで目くじらを立てなくても良いのでは・・・?」と感じておりますが(笑)
また、今回の出来事では、野球部とダンス同好会の責任者を同じ人が兼任しているとの、妬み嫉み?などの「大人の事情?」が問題をややこしくしている面もあるのかもしれません(苦笑)

 

そして、ここ迄で「処分」という言葉も出てきましたが、「処分」というのは会社などでも行われる事もありますし、車の運転などでのスピ-ド違反や、一時停止をしなかった事などに対するものも「(行政)処分」となるように、この「処分」というのは「裁き」と同じ事になります。
これが、「裁く」という「判断」も様々なレベルで行われている、という点をご理解頂ける一つの例示にもなるかと思われます。

 

では、ここからあくまで私個人の見解としての「裁く」という「判断」の「本質」を見ていきたいと思います。
それは、

 

「裁く」とは・・・

何かをした相手に、物事の本質を「理解させる」ことであり・・・

必ずしも、相手に不利益な事を課することでもなく・・・

 

「判断」とは・・・

何かをした相手に、自分の考えている本質を「伝える」ことであり・・・

必ずしも、相手に「悪い」というレッテルを貼ることでもなく・・・

 

出来る事であるならば・・・

出来る範囲内で構わないので・・・

お互いに「理解」し合えるように努めてみる・・・

 

という点に「本質」が存在すると考えております。
そして、これはとても難しい事でもあると思いますが、

 

どのように・・・

どこまでなら・・・

相手を「赦せる」のか・・・

 

という点を考えていくのが、一つの大切な視点にもなり得るようにも感じています。
そして、それと同時に、

 

相手に対しては、「けじめ」などの「区切り」を付けさせる事も必要で大切な事でもあり・・・

「駄目なものは駄目!」と伝える事も必要で大切な事でもある・・・

 

という視点も忘れてはならないのは言うまでも無い事と思われます。
そうでなければ、「どうせ「赦して」貰えるのであれば、何をやったって構わない!」と誤解や曲解をする人も出てきてしまう事と思います(苦笑)
そして、TOPICSでも何度もお伝えしております通り、

 

自分のした事は自分に反ってくる

 

という視点が具現化したものが、世の中や社会においては、例えば車の運転における違反などでは「罰金」という「処分や判断」が下されるという意味でもあります。
ちなみに、今までのTOPICSにおいては、「自分のした事は自分に反ってくる」という視点だけでも考えて貰えればとの思いでお伝えして来ておりますが、実は、この視点には、

 

更なる「奥行き」という「深さ」に根本理由が存在している

 

というのも事実です。
なぜなら、「自分のした事が自分に反ってくるのであれば、自分で責任を取ればそれで済む話でしょ!」との反論も成り立つのですが、それが「自分だけ・・・」では通らない理由や存在もあるのですが、それは、また機会を見つけてお伝え出来ればと思っております(笑)
そして、なぜ「理解させる」ことが必要で大切かと言いますと、この世や社会においては、

 

「裁き」の裏道や抜け道を探す人が必ず出て来る

 

からです(苦笑)
笑い事では済まされませんが、この「理解させる」ことにおいて大切になるのは、

 

because(なぜなら)・・・

〇〇だから・・・

 

とキチンと相手に伝える事が必要になります。
この点に関しましては、2018年12月8日のTOPICS「「because~」が失われた2018年」においてもご紹介しておりますので、興味のある方は参照してみて下さい(笑)

 

今回のテ-マの「裁く」、あるいは、「判断」という事に対しては、それこそ、多種多様の様々な見方や見解が存在します。
どれが悪くてどれが良い、あるいは、何が間違っていて何が正しいなどは、一概に言えるものでもない事と思います。
ただ、繰り返しですが、

 

私達の誰もが・・・

日常生活において・・・

常に何かしらの「判断」を下している・・・

 

という点は、宜しければ頭の片隅にでも入れて置いてみて下さい。
なぜなら、

 

常に・・・

「あなた」も「私」も・・・

誰かから「判断」を下されている・・・

 

からです(笑)
そして、このような「処分」や「判断」という視点を考える素材というのは、私達の身の周りに常に溢れてもおります。
例えば、ここ最近とても重要で大切かつ深刻な問題でもある、厚生労働省が行っていた不正な勤労統計調査がニュ-スとして取り上げられておりますが、また、それに関する最初の調査があまりに拙速で杜撰(ずさん)なのでは?などの声が多い事から、再調査も行われる模様ですが、

 

真相の解明が充分に出来ていないのにも関わらず・・・

まるで早めの幕引きを計るかのように?・・・

(職員などへの)「処分」という「判断」を下してしまっている・・・

 

という実態からも読み取る事が出来ます。
また、今回ご紹介した高校のケ-スにおいても、ネットなどでは、「正鵠(せいこく)を射る・得る」?ような、

 

日本学生野球憲章において、商業的利用が禁止されているのであれば・・・

なぜ・・・

甲子園大会などで「入場料」を徴収するの・・・???

 

などの意見も出されているようです(笑)
勿論、このような意見も、大会運営にお金が掛かる事は充分理解した上での、皮肉?を込めた見解である事とも思います(笑)
ただ、先ほどの厚生労働省のケ-スにしても、高野連の対応にしても、

 

「大人?である側」が・・・

このような意見や見解に対して・・・

理性でもって、理解を得られるような・・・

「because(なぜなら)~」・・・

 

という説明をちゃんと出来るのかも問われている事と感じます。
そして、今回は「裁く」というテ-マを取り上げましたが、これも詰まる所、「コミュニケ-ション」との強い関連性がある事はご理解頂けるかもしれませんし、「コミュニケ-ション」においては、「様々な視点」を活用する事も効果的ですので、是非、今回も誰かからの「判断」を気にすること無く、まずは、皆さんなりの自由な心で考えるキッカケにでもして頂ければ幸いです(笑)

2019年1月26日 03:01

「はやぶさ」から見るスピリチュアルのおさらい

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

1月も終盤に差し掛かっておりますが、年末年始に掛けても、様々な出来事が引き続き起こっておりますね。
ポジティブな出来事であれば大歓迎でありますが、現在、目にしている出来事は相も変わらず?ネガティブな方面に傾いているようにも思えます。
そこで、2019年も始まったばかりという事で、今回は「「はやぶさ」から見るスピリチュアルのおさらい」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、私自身は「真実」を知りたいとの思いから、様々な出来事などから「気づく」という点を心掛けておりますが、そのような観点からは、特にスピリチュアルという言葉にこだわりもありませんし、昨年においては、魂の視点という呼び方を多く活用して参りました(笑)
そして、スピリチュアルであろうが、魂の視点であろうが、あるいは、医学や科学、また、哲学や宗教などにおいても、「命題」とも呼べる、

 

出発点となるのは・・・

私達とは・・・

どういう存在であるのか・・・?

 

という点(を自分なりに考える事)が一番大切になります。
そして、スピリチュアルな事に関心や興味をお持ちの方もそうですが、多くの方が迷いを抱えているのも実状であるかもしれません。
やはりそこには、「自分という出発点」が不明瞭になっている事も、理由の一つであるとも感じられます。
勿論、今回のテ-マも立証出来るものではありませんが、出来るだけシンプルかつ簡潔に見ていきたいと思います(笑)

 

そこで、ご存じの方も多いかと思われますが、「はやぶさ」とは生命誕生の起源を調査する為に打ち上げられた探査機です。
私はまだ観ておりませんが、以前には映画にもなった実話です。
この「はやぶさ」には、小惑星の「イトカワ」から岩石のカケラを採取し持ち帰る事がミッション(目的)として課されましたが、簡単にその「軌跡」を振り返ってみます。

 

「はやぶさ」は、2003年5月9日に打ち上げられ「イトカワ」に向かって進んでいました・・・

そして、「イトカワ」への予定通りの着地は出来ず・・・

しかも、帰還の際にはエンジンが故障するなどのトラブルに見舞われます・・・

さらに、その後の一時(いっとき)は、宇宙において行方不明ともなってしまいます・・・

 

このような状況から、今回のミッションは果たされず、誰もが「はやぶさ」の帰還を絶望視していましたが、

 

研究者などの努力により・・・

「はやぶさ」のエンジンは息を吹き返し・・・

2010年6月13日に地球に帰還する事が出来ました・・・

 

ただ、この際においても、誰もが帰還出来るだけでも充分であると感じていたのが、いざ、実際に帰還してみると、

 

見事に・・・

「イトカワ」から岩石のカケラを持ち帰る事にも・・・

成功していた!!!

 

とのスト-リ-です。
特に、関係者の方々においては「奇跡」と呼ばれるような事象でもあるそうです(笑)
では、ここ迄におけるスピリチュアルな視点のおさらいです。

 

私達は自らが決めた「目的」を携えて生まれてきます・・・

その目的は、一つの場合もあれば、複数の場合もあり・・・

その目的を達成するために・・・

様々な人々の助けや協力や寄り添いを享受して歩んでいます・・・

 

しかし・・・

時には悩み、道に「迷う」こともあります・・・

 

そして、「はやぶさ」が宇宙で迷子になった折には、地球上の研究者などが様々な試行錯誤を繰り返し、そこで導き出された情報を、何とかして「はやぶさ」に届けようと、共に手を携えて協力していきました。
では、スピリチュアルのおさらいに戻ります。

 

私達は、誰一人として・・・

絶対的な孤独という存在ではなく・・・

自らが求め、気づこうとすれば・・・

そこには、常に導きや見守りをしてくれている存在がいます・・・

 

これが、よく言われるような・・・

ガイドや守護霊という存在です・・・

 

そして、「はやぶさ」の最大のミッションである、「イトカワ」の岩石のカケラを持ち帰る事はサンプルリタ-ンと呼ばれていますが、

 

この時には・・・

「はやぶさ」本体から切り離された・・・

カケラを携えた小さなカプセルのみが・・・

地球への帰還を果たします・・・

 

そして、スピリチュアルな視点においては、私達があの世に帰還する際に持ち帰れるもの、それは、

 

様々な経験と・・・

その経験に伴う・・・

感動(感じ動く心)・・・

 

であります。
そして、「はやぶさ」においては、その帰還までをも支えてきた研究者などの誰もが、サンプルリタ-ンは無理としても、帰還出来るだけでも充分であると感じた事は、

 

生まれて来た目的を(完璧には)果たせずとも・・・

(寿命を全うして)帰還する事が出来ただけでも・・・

充分に敬意を表される事にもなる・・・

 

という点と繋がっています。
では、さらに続けて参ります(笑)

様々な苦境を乗り越えて、無事に帰還を果たした「はやぶさ」ですが、それから4年後の2014年12月3日に、新たな小惑星の「リュウグウ」を目指して「はやぶさ2」が打ち上げられました。
そして、2018年6月27日に「リュウグウ」に到着しました。

 

この「はやぶさ2」に関してのスピリチュアルな視点はもうお分かりかもしれませんが、いわゆる「前世・来世」や「生まれ変わり」という観点です(笑)
そして、ここで大事になる視点は、

 

「はやぶさ2」は・・・

「はやぶさ」の苦い経験や失敗などを糧にして・・・

「はやぶさ」の素晴らしい面を残しつつ(取り入れつつ)も・・・

新たな智慧や工夫をも兼ね備えて出発している・・・

 

という部分です。
これ以上は皆まで言うな?という感じかもしれませんので、どうぞ皆さんなりに、自由に発想して考えてみて下さい(笑)
そして、ここが最も大切な視点ですが、今回登場頂いた「はやぶさ」は探査機という機械(装置)ではありますが、

 

私達は誰もが・・・

「自立・自律」の為の・・・

「自由意思」を兼ね備えている・・・

 

という特徴です。
そして、先ほどガイドや守護霊という言葉も出てきましたが、

 

ガイドや守護霊は・・・

私達を強制したりコントロ-ルしようとする事はなく・・・

あくまで・・・

私達の「自由意思」を尊重した上で・・・

様々な導きや見守りをしてくれている・・・

 

という「姿勢」を私達自身がしっかりと意識しておく事が大切になります。
ちなみに、皆さんもSF映画などで、宇宙遊泳などの場面をご覧になった事がある方も多いかもしれませんが、この場合にも、宇宙服からガスなどを噴射する事によって、自らの「姿勢」を制御する事が、宇宙に放り出されない為にも、大切な要素になっております(笑)
そして、最初にスピリチュアルな視点の出発点として、「私達はどういう存在であるのか?」とお伝え致しましたが、これは、

 

身の周りの様々な出来事の中にスピリチュアルな視点を見つける・・・

 

とも表現出来ますが、それと同時に、

 

私達がスピリチュアルな存在であるからこそ・・・

身の周りの様々な出来事の中に・・・

自分という存在を想い出す為の・・・

様々な「兆し(という出来事)」が反映されている・・・

 

との視点も同時に兼ね備えています。
スピリチュアルな事に関心や興味をお持ちの方々においても、その過程においては色々な悩みや行き詰まりを感じるなどのご相談を私もよく受けたりします。
そのような際には、

 

スピリチュアルな視点を考察する際には・・・

「表裏一体」(だけ)ではなく・・・

「重なって」いる・・・

 

という面(共通点)に意識を向けてみて下さい(笑)

そして、現在の「はやぶさ2」は、2019年の中盤頃に予定されている、「リュウグウ」へのタッチダウン(着陸し岩石などを採取する事)に向けて様々な準備が進められています。
そして、そのタッチダウンというミッションを果たし、2019年の年末頃に「リュウグウ」から飛び立ち、そして、2年ほど掛けて地球に帰還する予定だそうです。
そして、夢占いや夢判断などでは、「はやぶさ」は、

 

あなたの夢の実現への可能性が高まっているシンボル・象徴

 

とも言われたりしています。
2019年のあなたの中の「はやぶさ」は、既に羽ばたいている事でしょうか・・・それとも、これから飛び立つ事でしょうか・・・
なお、今回のTOPICSにおいては、ヒプノセラピ-(催眠療法)における「多重装填」という手法も活用しておりますが、この手法も「重なり」という点がポイントになっております(笑)

2019年1月19日 01:01

カスハラもお客様???

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

年も明けまして、そろそろ皆さんもお仕事やご家庭の事など、普段の日常生活にお戻りになられている頃合いかもしれませんね(笑)
そして、日常生活においては買い物をするのも必須の行動の内の一つになりますが、今回は「カスハラもお客様???」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、今回の「カスハラ」という言葉を皆さんは聞いた事がありますでしょうか?
昨年もパワハラやセクハラなどが大きな問題を引き起こしましたが、このカスハラという言葉も昨年位から、ちらほらと耳にする機会も増えて来ているように思います。

そして、このカスハラも略語になりますが、「カスタマ-・カストマ-(消費者)」による、お店や店員さんなどへ行うハラスメントという行為を指していますが、大きな意味では一般的には「クレ-マ-」とも呼ばれたりもしています。

 

このように、カスハラとクレ-マ-を厳密に分類する必要性はさほど無いのかもしれませんが、ただ、クレ-マ-においては、購入された商品などに不具合があったり、提供されたサ-ビスがあまりにも広告と違う場合などの、正当な理由がある場合が前提となりますが、その際の言動が感情優位の過度になりすぎている場合などに該当するかもしれません。

一方のカスハラにおいては、正当な理由も無しに、お店や店員さんなどに乱暴な言動を行ったり、あるいは、横柄さや不躾な態度を取ってみたり、また時には、脅迫まがいとも取れるような要求をしてみたりといった点では違いがあるのかもしれません。

 

そして、やはりここでは、ある一定の年齢に達している方々の多くが(私もこの層に入りますが(笑))、また、若い年代の方も聞いた事があると感じるフレ-ズが、歌手である三波春夫 氏の、

 

お客様は神様です

 

とのイメ-ジを思い起こす事と思われます(笑)
そこで、ご覧になった事がある人もいらっしゃるかもしれませんが、2007年4月14日付けの三波春夫 氏のオフィシャルブログにおいて、長女の三波美夕紀 氏がこの点に関してコメントを掲載しておりますので、ひとまず、そちらをご紹介致します。

 

(HP掲載の原文より)
『お客様は神様です』について

「三波春夫といえば『お客様は神様です』というフレ-ズがすぐに思い浮かぶ方が少なくないようです。印象強くご記憶頂いていることを有り難く存じます。
ですが、このフレ-ズについては、三波本人の真意とは違う意味に捉えられたり使われたりしていることが多くございますので、ここにちょっとお伝えさせて頂きます。

 

三波春夫にとっての「お客様」とは、聴衆・オ-ディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客様とステ-ジに立つ演者、という形の中から生まれたフレ-ズなのです。
三波が言う「お客様」は、商店や飲食店などのお客様のことではないのですし、また、営業先のクライアントのことでもありません。

 

しかし、このフレ-ズが真意と離れて使われる時には、例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?」と、いう風になるようです。そして、店員さんは「お客様は神様です、って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」という具合。俗に言う“クレ-マ-”には恰好の言いわけ、言い分になってしまっているようです。

 

このフレ-ズへの誤解は三波春夫の生前から有り、本来の意味するところについてを、本人がインタビュ-取材の折などに尋ねられることも多くあり、その折は次のように話しておりました。

 

『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです』

 

しかし、短い説明では足りない気がするのは、生前の三波春夫も、現在の私も、でございますが・・・。」

 

とコメントされており、その締めくくりとして三波春夫 氏が「お客様は神様です」とお話された事を著述している文章(書籍)がご紹介されております。

それでは、皆さんは如何様(いかよう)に考えますでしょうか?(笑)
人それぞれの思いや考え方には違いがあって当然ですし、また、捉え方というのも人により様々です。
そして、私自身と致しましては、

 

お客様は神様ではない・・・

 

と考えております。
ただ、これは悪い意味合いで考えている訳でも全くありません(笑)

では、神様を信じる信じないも全くの自由ですし、どのような存在(形態)として神様をイメ-ジしているかも、人それぞれ多種多様である事と思います。
ただ、仮に神様が存在するとしても、

 

神様の言いなりになる必要もなく・・・

神様の要求に(全て)応えなければ天罰が下るという事もなく・・・

 

そもそも・・・

本当の神様であれば・・・

私達をコントロ-ルしようとしたり・・・

 

ましてや・・・

無理難題を押し付けることは絶対にあり得ない・・・

 

という点は、理性で考えれば多くの方がご理解頂ける事かと私自身は感じます(笑)
そして、このような事からも、

 

自らが提供出来る商品やサ-ビスに「心を尽くす」事が大切であり・・・

それを超えた範囲外のものまでを提供する必要性はない・・・

と言うよりも・・・

そのような(自分の範疇を超えた)ものは、そもそも提供出来ないであろうから・・・

 

というのが真実でもあり事実でもある事と思います。
そして、実際のお客様であろうと、

 

過度な要求や言いがかりをしてくる人に対しては・・・

それに応える必要性もなく・・・

逆に・・・

きっちりと断りや拒否を伝える必要性がある!

 

というのが、本来の健全な社会生活である事とも感じます。
勿論、この際の伝え方としては、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております、

 

感情ではなく、理性を活用

 

という面を意識して、横柄ではなく、毅然とした態度である事も必要になります。
そして、今の私のお仕事の上では、このようなカスハラ的な経験や要求をされた事は一度もありませんが、東京で行政書士の仕事をしていた時は何度か経験もしました(苦笑)

 

例えば、申請してから許可が下りるまでの標準処理期間が1ヶ月と定められているにも関わらず、1週間で許可を下ろして欲しい!や、許可要件が整っていないにも関わらず、法の裏道を探って何とかして欲しい!など・・・
勿論、全てちゃんとご説明をしてお断り致しましたが(笑)

ちなみに、当時においては、書類を偽造したり、挙げ句の果てに、役所が発行する許可通知書などを勝手に作成して逮捕された行政書士の話も何度か耳にしました(苦笑)
これは、業界全体としても「自分で自分の首を絞める」のと同じ事です・・・

 

また、このような事は、学科も実技もせずに、試験も行わないで運転免許証だけ発行してくれ!と言われているようなものです。
そのような事は幾ら大金を積まれようが出来る事ではありませんし、そもそも、そのようなケ-スがあり得るとすれば、恐くて道などを歩くことも出来なくなってしまいます(汗)
そして、私の行政書士での経験においても、カスハラにおいても、そのような事を行う人においては、

 

脅しや宥(なだ)め賺(すか)しが常套手段

 

でもあります。
ちなみに、このような常套手段は洗脳やマインド・コントロ-ルの「本質」と似通っている面が含まれております。
そして、

 

正当な理由があるものであれば・・・

お客様という消費者側においても・・・

お店や店員さんの側においても・・・

理性からの適切な対応が出来る・・・

 

のが当然でもあり自然な流れになる事と思います。

それでは、ここで、「お客様は神様です」という発想の視点を少し変形させてみます。
私が行っているカウンセリングなどでも、職場での人間関係などもそうですが、職場における環境にまつわるご相談も多いです。

そして、職場での人間関係では、同僚などの従業員同士の関係性よりも、従業員と経営陣(上司)との関係性に関するご相談の方が多いです。
そして、このご相談内容に光を当てていくと、多くのケ-スで次のような事が明らかになっていきます。
それは、会社の側や経営陣(上司)において、

 

(自社の)従業員もお客様である(お客様となり得る)・・・

という視点が欠けている(事が多い)・・・

 

という点です。
勿論、従業員の方が勤めている会社の商品やサ-ビスなどの内容においては、従業員自らで利用する事はほとんど無いというケ-スも存在はしているかと思いますが、これも光を当ててみると同じ事になります。
それは、

 

会社や経営陣(上司)は・・・

「お客様」の為・・・

との方便や言い訳を駆使している・・・

 

というケ-スが多いからです。
つまり、「お客様」の為と言いながら、従業員の方々に無理難題や過剰な要求の働かせ方を強いている、との意味合いになっています。
そして、そのような環境で働いている従業員の方々は、

 

(経営陣や上司は)「お客様」の為と言いながら・・・

実は・・・

(本心では)「お客様」ではなく「お金様」の為なんじゃないの???

 

という点をズバリと見抜いております(笑)
そして、このような状況が常態化してしまっている職場環境においては、結果的には、従業員の方々が、胸を張って自社の商品やサ-ビスの提供や売り込みが出来なくなってしまうのは、「火を見るよりも明らか」であるとも感じます。

ちなみに、私も行政書士の仕事をしていた時は、丁稚奉公のような下働きも経験しましたし、その後は経営者としての役割も経験しましたので、経営陣の方のお気持ちも分かる部分もありますし、全否定をしている訳でもありません。
しかし、そのような経験や、自戒と自省を込めた未熟な私の視点からでも、

 

お客様は神様ではないが・・・従業員はお客様でもある・・・

 

という「繋がり」の方程式が成り立つように個人的には感じています(笑)
そして、今回のテ-マにおけるカスハラにせよパワハラにせよ、何のハラスメント的なものにせよ、このTOPICSでも以前に何度かお伝えした事があります、多くの方が小さい頃に言われた事のある、

 

自分がされて嫌な事は、他の人にもしてはいけないよ

 

という視点さえ持っていれば、多くの事が防げるのみならず、より良い関係性を築き上げる事が充分可能なのでは・・・と強く感じてもおります。
如何でしょうか?
解決策はとても「シンプル」であると思われますでしょうか?(笑)
そして、裏を返せば、小さい子どもさんには大変失礼な物言いですが、

 

今の世の中や社会の大人の多くは・・・

あまりにも「幼稚」過ぎる・・・

 

という面の現れであるのかもしれません、、、勿論、「自戒と自省」も込めてですが(笑)

それと余談ですが、今回は「神様」という言葉が出てきたのと、初詣などの時期でもありますが、皆さんも「複数のお守りを身に付けると神様同士が喧嘩する(ハレ-ションを起こす)」などを耳にされた事があるかもしれません。
まず、複数のお守りを身に付けても、神様同士が喧嘩する事はあり得ません!
これも理性で考えるとご理解頂けるかと思います(笑)

 

ただ、この言い回しには、ある理由が存在するのも確かです。
と言うのは、一度に、何でもかんでも、あれもこれもとお願いするという事は、

 

自分は本当は何を願い実現したいのか・・・?

という「焦点」がずれていき・・・

それが結果としての「行動」を躊躇させて(妨げて)しまう・・・

 

という面に現れやすくなるという事です。
つまり、

 

一方的な(過度の)「依存」に陥るのを前もって防ぐ為

 

との思慮を働かせるというのが理由の一つでもあります。
なので、安心の為に複数のお守りを所有するのも全くの自由ですし、それにより何か悪い事が起こる訳でもありませんが、もし、あまりにも沢山のお守りや願掛けをしている方がいらっしゃれば、一度、自分の心の内を整理して、本当に自分が願い実現したい事は何なのか(優先順位など)?という点を見つめてみて下さい(笑)

2019年1月12日 03:01

時には「行動」があなたを導き救う

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

明けましておめでとうございます。
2019年も引き続き、ご愛顧の程をお承り頂ければ幸いですのと、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます!!!
ところで、今年最初のTOPICSとなりますが、今までのTOPICSでも同様ですが、ご紹介するテ-マや内容などにおいては、今までの私の苦い?体験や反省などの視点からも多々取り入れているのが事実でもあります(笑)
これは、

 

何かを学んだり気づく際には、様々な視点や方法が存在している!

 

という面に光を当てる事によって、このTOPICSをお読み頂いている皆さんにおかれましては、私と同じような体験をする必要性はそもそもない、という点をご活用頂ければとの思いも込められています(笑)
そこで、今回は「時には「行動」があなたを導き救う」というテ-マをお届け致します。

 

では、まず、今回のテ-マを進めるに当たりましては、「弁解や言い訳」という視点を考慮に入れる事も必要になります。
この「弁解や言い訳」というのは、私自身も勿論、皆さんも過去の出来事などにおいて経験されている事と思います。

例えば、何か新しい事を始めたい気持ちが強くありながらも、失敗したらどうしよう・・・自分には上手くいくはずはない・・・などのケ-スも多々あるかもしれません。
そして、このようなケ-スにおける「弁解や言い訳」の性質とは、

 

「行動」を(必要以上に)制限して(させて)いる

 

という部分です。
勿論、物事を進めるに当たり、計画を立てたり、慎重に検討するなどは大切な事でもあり、必要な事でもあります。
ただ、ここでの「弁解や言い訳」の性質においては、

 

本来、出来る事までをも・・・

「行動」に移さない(移させない)事で・・・

出来なくして(させて)しまう・・・

 

という意味です。
そして、これは、

 

(必要以上の)制限を自分に課す事で・・・

制限以上のものは勿論・・・

出来る事は、課した制限よりもかなり低い部分でしか達成出来なくなってしまう・・・

 

という面に繋がりやすくなります。
ここまでは、多少なりともご理解頂けるかと思います(笑)
では、時には「行動」が導き救うという面ですが、このようなケ-スにおいては、

 

その時には、思いつく限りの事を・・・

その時には、出来る限りはやってみた・・・

そして・・・

その時には、それしか出来なかった・・・それしか考えつかなかった・・・

 

などが多くの場合に当てはまる事かと思われます。
では、一つの簡単な架空のケ-スを見ていきます。

あなたはお友達との待ち合わせ場所に向かっていますが、どうも時間ギリギリの状況にいるとします。
その場所に向かっている時に、あなたは、ある年配の人から道を聞かれました。
その道は詳しくは知らないし、時間もギリギリなので、あなたは分からなくて申し訳ないと伝え、待ち合わせ場所に急ぎました。

そして、あなたは待ち合わせ場所に何とか間に合って到着しました。
すると、お友達から30分遅れるとの連絡が入りました。
フッと余裕が出来たあなたは、先ほどの出来事を振り返ります。

 

『 人助けになるんだから、その事情を話せば若干遅れたとしてもお友達は理解してくれただろうし、少し調べて教えてあげれば良かったかも・・・? 』と。

 

では、このケ-スで皆さんはどのように考えますでしょうか?
実は、このお話には抜け落ちている出来事が一つあります。
それは、あなたはその年配の人に、

 

『 この先にコンビニがあるので、そこで教えて貰ってみたらどうですか? 』

 

との言葉を掛けていたという事実です。
このお話の結末としては、その年配の人は、あなたに教えて貰った通りにコンビニに行き、そして、無事に目的地に到着しました。
そこで、「弁解と言い訳」と「導き救う」との違いに気づきましたでしょうか?(笑)

このお話に「弁解と言い訳」の視点を当てはめてみると、あなたは、

 

『 急いでいるし・・・
その道もよくは知らないし・・・
コンビニを教えたとしても、そこで知っている人がいるかどうかも分からないし・・・ 』

 

だから、分からなくて申し訳ないとだけ伝えておこう、という風になります。
つまり、コンビニで教えて貰えるかは分からないから・・・その情報すら伝えないでおこう・・・との、

 

自分の「行動」に制限をかけた

 

という結果になります。
この事により、やはり役立つかどうかは別にして、コンビニの場所は伝えておけば良かったかな?・・・あるいは・・・コンビニの場所を伝えたとしても、知っているかは分からないし逆に遠回りさせていたかも?・・・などの「堂々巡り」に陥ってしまうかもしれません。

そして、「行動」が導き救うとは、あなたがコンビニの場所を伝えるという「行動」(このケ-スでは言葉掛け)をしたという事は、

 

それが、無意識の上であれ、意識した上であれ・・・

その時に(咄嗟に)取った「行動」に・・・

全て現れている・・・

 

という事になり、後にその「行動」を振り返った時に、このケ-スでは言葉掛けをしていたという「行動」に、

 

あなた自身が気づけるかどうか!

 

という一点に集約されていきます。
そして、この一点に集約されていくという意味は、

 

その時には気づいていなかった自分自身の「行動」の内容に改めて気づく

 

という、

 

新たな視点に気づき

その「行動」に新たな意味を付加する

 

という点が「弁解や言い訳」と一線を異にする「導きと救い」に繋がっていきます。
では、ここまでは如何でしょうか?
おそらく、あまり理解し辛い、あるいは、イメ-ジが湧かないという感じる方が多いかと思われます(笑)
大丈夫です!
実は、このモヤモヤ感?を感じて貰う事も、ここまでの狙いの一つです(笑)

では、今見てきたケ-スは、時間的な余裕もほとんどなく、咄嗟に取った「行動」に現れる面を振り返ってみましたが、私達が何かを「行動」に移す前には、

 

「選択」

 

という面が最初に現れます。
そして、この「選択」には、

 

二者択一

複数の選択肢から選ぶ

これしかない!という選択肢(ただ、この場合でも、それを「選択する」のか「止めるのか」という意味では二者択一にもなり得ます)

 

などが考えられます。
「選択肢」があるという事は、それは同時に、何かを選ばなければならないという悩みや迷いとも表裏一体となります。
そして、そのような意味では、私も常に悩み迷ったりします(苦笑)

 

この「選択」で良かったのだろうか?

他には「選択肢」がなかったのだろうか?

良かれと思って取った「行動」が裏目に出てはいないだろうか?

 

など(笑)
そして、ここが今回のテ-マの本当の趣旨となる「導き救う」という点ですが、

 

物事や出来事などにおいては・・・

100%や完璧という事はあり得ない・・・

それは、そこまでの「結果」でも同様である・・・

 

という本質です。
勿論ここには、常に不満がつきまとうという意味でもなく、満足を感じてはいけないという意味でもありません。
もうお分かりの事かもしれませんが、

 

「選択」や「結果」に100%や完璧を求めると・・・

それ自体が自分を(「行動」を含め)「制限」する事に繋がる・・・

 

という事です。
そして、最初にコメントした通り、

 

(必要以上に)制限を課してしまうと・・・

出来る事は、課した制限よりもかなり低い部分でしか達成出来なくなってしまう・・・

 

という「結果」に繋がる可能性が出てくるという意味合いです。
そして、ここから出てきた「結果」のみに捕らわれてしまうと、

 

その後のあなたの「行動」を・・・

自分自身で、さらに「制限」してしまう・・・

 

という「自縄自縛(じじょうじばく)」の状態に陥りやすくなってしまいます。
繰り返しですが、

 

物事や出来事・・・

そして・・・

様々な「選択」や「行動」・・・

ましてや、それに伴う「結果」においては・・・

100%や完璧という事はあり得ない・・・

 

という面を頭の片隅にでも入れて置いてみて下さい。
そして、この視点から導かれるのが、

 

その時に出来る範囲内での最善を尽くしてみる事で大丈夫!

 

との方向性に、あなたを「導き救う」という面にも繋がっていきます。
そして、お正月に「芸能人格付けチェック」という番組が放映されておりましたが、個人連勝記録を続けているGACKT(ガクト)さんが、次のような事を述べておりました。

 

『 どちらが「正解」だったかを考えてばかりでは・・・「恐く」なってしまう 』

 

と・・・
本年最初のTOPICSは、意図した上で、敢えて、分かりづらさという手法で取り進めてきましたが、この最後のGACKT(ガクト)さんの言葉に趣旨は集約しておりますので、ここだけでも、考える素材として頂ければ、充分に(潜在意識に届けるという)目的は果たせております(笑)

本年のTOPICSにおいては、今回のような少し風変わりな進め方や、テ-マや内容なども取り上げていきたいと思っておりますので、改めまして、2019年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます!!!(笑)

2019年1月5日 02:01

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