生前葬から考える魂の視点

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、来年の天皇陛下の「生前」退位に伴い、平成最後の年という観点がニュ-スなどでも次第に取り上げられつつありますが、2019年に入ると、この傾向には更に拍車が掛かっていく事であろうとも思われます。
私は昭和生まれですが、平成の終盤は、日本を含め世界的に見渡してみても、様々な事柄が大きく変わった・・・と言うよりも、変わってしまった・・・との感が拭(ぬぐ)えません。
良い方向への変化であるならともかく、どうも全く逆の方向への変化のように私には感じられます・・・
そこで、今回は「生前葬から考える魂の視点」というテ-マをお届け致します。

 

「生前葬」という言葉は皆さんもお聞きになった事があろうかと思われますが、いわゆる「生きている間」に「お葬式」を執り行うという事でもあります。
近頃では「生きている間」にお墓を購入したり、また、「終活」や「断捨離」なども含め、高齢化社会の一端でもある事でしょうが、以前であれば「禁忌やタブ-」とみなされていた事が、ある意味、普通?に行われるようにもなってきています。

ただ、私の目には、このような現象の中には、時にはポジティブな側面からの行動には映らないケ-スも感じられる事があります。
勿論、「生前」にお墓を購入するも、「生前葬」を行うのも、人それぞれの全くの自由です。
そして、「生前葬」においては、

 

従来であれば「他界後」に執り行われるもの(を「生前」に行う)

 

という特徴があります。
では、まず、魂の視点からの「お葬式」を考えてみます。
すると、「お葬式」には二つの視点が同時に含まれているのが垣間見えます。
それは、

 

「他界した人」に向けて「死」を「気づかせて」あげる面・・・

そして・・・

「生きている(残された)人」に向けて「嘆きや悲しみ(など)」を「和らげて」くれる面・・・

 

というのが「重なって」含まれています。
では、ここはとても大切な事ですので、皆さんも考えてみて下さい。

ここでの「他界した人」に「気づかせて」あげる面と、「生きている(残された)人」を「和らげて」くれる面を「相互に」繋げてくれる、一つの「共通点」が存在しています。
その「共通点」は何であると思われますか?
それは、

 

(お互いへの)感謝

 

です。
そして、この「感謝」を繋げてきてくれたものが、いわゆる、

 

縁(「えん」や「ゆかり」)

 

というものにもなります。
そこで、「生前葬」というものを魂の視点で考えてみます。

「生前葬」を行う際にも、様々な思いや動機がある事と思われますし、勿論、感謝という面も含まれている事であろうかと思います。
また、ご病気による余命を考えたり、あるいは、(ご病気も含め)事故やケガなどでお体が不自由になった(なってきた)面などを考慮して、直接お逢い出来る内に感謝を伝える意味での「生前葬」というケ-スも多々ある事かと思います。
なので、私は「生前葬」を否定や非難をしている訳では決してございません。

 

ただ、TVなどで紹介されている「生前葬」の中には、私個人の感覚としては、少し首をひねらざるを得ない?ようなケ-スも時折見受けられます。
そのケ-スとは、

 

お体も「健康で元気」な人が・・・

知人などを「招いて」執り行う・・・

 

「生前葬」です。
では、このようなケ-スが、どうして首をひねらざるを得ない?と私が感じるかを、皆さんはどのようにお考えになりますでしょうか?

勿論、このようなケ-スの「生前葬」においても、「今までの感謝」をお伝えするお気持ちもある事でしょうし、「これからも宜しく」という意味合いも込められているのかもしれません。
そして、ほとんどの「生前葬」の動機となっている、「他界後」に執り行われる「お葬式」などに対してのご足労など、

 

(相手に)「手間」を掛けさせたくない為・・・

 

というのも偽らざる本音である事かと思います。
また、ここには、ある種の優しさや思いやりなども込められている事かもしれません。
ただ、

 

本当に今までの「感謝」をお伝えしたいのであれば・・・

しかも、「健康で元気」で、「生前葬」を行えるだけの経済的余裕もあるのであれば・・・

自分の方から「出向く」・・・

 

というのが「本来の筋」であろうと私には思えます。
そして、もし、このようなケ-スの「生前葬」であるのであれば、

 

(相手の元へ「出向く」という)自分の「手間」を惜しんでいる・・・

 

という思いがどこかに潜んでいるのでは?と、敢えて穿(うが)った見方も成り立ってしまうかもしれません。
なぜなら、このような「生前葬」においては、最初にご紹介した魂の視点の「お葬式」からの、

 

「生きている(残された)人」に向けて「嘆きや悲しみ(など)」を「和らげて」くれる面・・・

という視点が完全に欠落している・・・

 

からです。
これでは、良かれと思って執り行う「生前葬」が、「自己満足」や「自分本位」と捉えられかねない可能性も含まれてしまいます。

また、感謝をお伝えしたいのであれば、わざわざ「生前葬」ではなくとも、「お手紙」でも構いませんし、「これからも宜しく」という面を考えると、パ-ティ-や宴会などでも構わないようにも感じます。
そして、パ-ティ-や宴会と称するならば、「招かれる人」も「出欠」などを色々と自由に考える余地が与えられますが、「生前葬」と銘打ってしまわれると、なかなか「欠席」とは申し出辛くなるようにも感じます。

 

なお、あくまで私個人が思う所ですが、「お葬式」は法律などで義務づけられているものでもありませんし、「お葬式」をしないからといって「死」に「気づけない」という事もありませんし、いわゆる成仏や浄化とも直接の関係はありません。
これは「お墓」も同様です。

なので、その時々の状況なども考慮して、「お葬式」を執り行うも行わないのも、どちらでも構わないとも思います。
また、遺言などで「お葬式」を執り行わないようになどの「ご遺志」が示されている場合であっても、ご遺族の方々が、ここから先の「自分達の心」を整えるために「お葬式」を執り行う場合などでは、誰かに非難されるような性質のものでもありませんし、「他界されたご本人」も理解してくれる事でもありますので、それも自由で良いと感じます。

 

そして、知人などから「生前葬」の「ご招待」を受けた時は、ここまで深く考えたり穿った見方?をする必要性はありませんが、もし、今後、誰かを「ご招待」した上での、ご自身の「生前葬」などを考えている方がいらっしゃれば、

 

(「他界後」に相手が「出向く」という)「手間」を掛けさせたくない為なのか・・・?

それとも・・・

(「生前」に自分が「出向く」という)「手間」を惜しんでいる面はないのか・・・?

 

という思いや動機の上での視点を取り入れて考えてみて下さい。
繰り返しですが、私は「生前葬」を否定や非難をしている訳でもございませんし、全くの自由です。
そして、「生前葬」を考える多くの思いや動機の上では、

 

今までの人生における・・・

節目や一区切りを付けて・・・

新たな気持ちで出発したい・・・

 

という側面が、本心の上では大きいのでは?とも感じます。
そして、もし、そのような新たな前向きな心持ちという思いや動機があるようでしたら、必ずしも「生前葬」に限られる必要性もない事と、「他の場など」でも可能なのでは?と発想を少し柔らかくするチャンスと捉える事も出来るかもしれません(笑)
そして、もし、それでも迷いが生じるようでしたら、

 

一期一会(いちごいちえ)

 

という言葉からヒントを探してみて下さい(笑)
そして、魂の視点、あるいは、スピリチュアルな視点など、呼び名は何でも構いませんが、

 

このような視点の本質とは・・・

日常生活の様々な身の周りの状況や出来事などに当てはめて(「考える」という実践をして)こそ・・・

初めて身になる(意味が大きくなる)もの・・・

 

でもあります。
そこで、私は最初に、『平成の終盤は、日本を含め世界的に見渡してみても、様々な事柄が大きく変わった・・・と言うよりも、変わってしまった・・・との感が拭(ぬぐ)えない』とコメントしましたが、その「原因」というのは、既にご紹介致しましたが、お気づきになられましたでしょうか?(笑)
それは、

 

コミュニケ-ションをする(取る)「手間」を(あまりにも)惜しみ過ぎている・・・

 

という事です。
極端に表現すると、昨今の状況というのは、先程からの「手間」を惜しむという観点から、

 

「他者」とのコミュニケ-ションをする(取る)のが面倒くさい!!!

 

と、多くの方が感じ、あらゆる面において、その傾向が顕著になり過ぎている、というのが一端となっています。
そして、このような傾向に拍車を掛けている大きな要因の一つには、

 

「自分自身」とのコミュニケ-ションをする(取る)のすら億劫だ!!!

 

という面も多分に含まれております。
そして、このような近頃の状況においては「表現の自由」も関連しています。
「表現の自由」と聞くと、おそらく多くの方が、

 

「言葉」に着目する

 

事かと思われますが、これも自然で当然な観点でもありますが、

 

「表現の自由」には・・・

「思い」と「行動」も含まれる・・・

 

というのが魂の視点での「本質」になります。
そして、「思い」というのは、言わば「内心や思想の自由」とも言われますが、これは、あくまでご本人の中のものですので、正確な所を外から見極める事も不可能ですし、そこでの「自由」は尊重されるものでもあります。

そして、これも最初にコメントしました、『日本を含め世界的に見渡してみても』という観点では、この一年に起こった様々な事件や出来事などを振り返ってみても、

 

「言葉」によるコミュニケ-ションの「手間」を惜しみ・・・

いきなり・・・

「思い」(と言っても、ここでの「思い」は「理性」ではなく「(利己的な)感情」という意味ですが)を即「行動」に(短絡的に)結び付けている・・・

 

という結果で引き起こされている(引き起こしている)面が多々見受けられます。
例えば、自分とは違う意見を封じ込める為に、ネットなどで(しかも匿名で)炎上させるなどは、残念ながら近頃ではよく目にし耳にする光景ともなってしまっています。
そして、

 

「行動」というのは・・・

「する」行動もあれば・・・

「しない」という行動も含まれる・・・

 

という視点も併せて、12月に入ると、今年1年の様々なニュ-スなどがTVなどでも溢れ返ってくる事かと思われますので、そのような機会をチャンス!と捉えて、是非、今回の「本当のテ-マ」としての、「手間」と「コミュニケ-ション」を惜しみ過ぎてはいないか?との視点から考えてみて下さい。
なぜなら、

 

今なら・・・まだ・・・間に合うから・・・

 

です(笑)
そして、少しだけ余談ですが、それこそスピリチュアルな視点を前面に押し出せば、

 

この世(生前)で出来る事のほとんどは、あの世(他界後)でも出来る事であり・・・

この世(生前)で出来ない事でも、あの世(他界後)では出来るようになり・・・

 

という面が現れてきますが、

 

この世(生前)で出来て、あの世(他界後)では出来ない事・・・

それは・・・

「様々」な人(魂)との交流(コミュニケ-ション)・・・

 

です。
これはポジティブな視点からの「生前葬」にも当てはめる事が出来ますので(笑)
ちなみに、この視点は、2017年9月16日のTOPICS「本来の意味の「終活」と、あの世という「区別世界」」で詳しく触れておりますので、興味のある方は参照してみて下さい(笑)

2018年11月24日 02:11

父性&母性へのウルトラマンからのメッセ-ジ

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、S.Light.Mにお越しになられる方々、つまり、カウンセリングやセラピ-やヒ-リングをご活用頂いている9割以上が「女性」の方々です。
これは、裏返すと「男性」のご活用は1割にも満たないという意味でもあります。
そして、この傾向は各種セミナ-や講座でも同様です。
あくまで私の所の傾向ですので、他の所では違った面もあるのかもしれませんが、この傾向というのは全国的に見ても当てはまっている感が高いものでもあります。

 

そこで、今回のテ-マは、普段のTOPICSにも増して?かなり唐突で突拍子もないものですが、「父性&母性へのウルトラマンからのメッセ-ジ」というものです(笑)
ただ、これは「男性」の方々へお届けするという意味ではなく、同様に「女性」の方々への「メッセ-ジ」という側面も多分に含まれております。
そして、このTOPICSの多くは、まず「テ-マ」を見つけて(気づいて)、そこから「思いを馳せて」という流れで出来上がっていく事がほとんどですが、時には今回のテ-マのように、

 

(ほぼ)完成形(出来上がった状態)で降りてくる???

 

というケ-スも少なからず存在しています(笑)
なので、今回のようなテ-マでは、私はそれを補足したり、出来るだけ理解しやすいように素材を調べたり、ある種の翻訳作業?(例えば「モナリザの絵」を「言葉だけ」で伝えるようなイメ-ジかもしれません)のような感じですので、今回お届けする内容については、普段よりも、(あくまで良い意味ですが)ある種の違和感を感じたり、捉え方も様々に出てくる事かと思われます(笑)

 

そして、本文中には「ヒント」も散りばめて進めて参りますので、興味のある方は、その「ヒント」がどのように「父性&母性」という「メッセ-ジ」に繋がっていくのかを、謎解きのように楽しんで読み進めて頂ければ幸いです!
ちなみに、その「ヒント」の中には、「潜在意識(の働き)」も含まれております!
では、進めて参ります(笑)

 

まず、ウルトラマンに関しては「男性」の方が慣れ親しんでいる感もあるかもしれませんが、「女性」の方も好きで観ていた、また、お子さんと一緒に観るようになった、などの方もいらっしゃるかもしれません。
そして、ウルトラマンは「日本」発祥の特撮ですが、今回のテ-マに関係するウルトラマンは以下を主な対象としております。
最近のウルトラマンは私もほとんど分からない面もありますので(笑)

 

① (初代)ウルトラマン(1966年:昭和41年)
② ウルトラセブン(1967年:昭和42年)
③ 帰ってきたウルトラマン(1971年:昭和46年)
④ ウルトラマンA(1972年:昭和47年)
⑤ ウルトラマンタロウ(1973年:昭和48年)
⑥ ウルトラマンレオ(1974年:昭和49年)

 

ここ迄で既に幾つかの「ヒント」は散りばめられておりますが、この「年代」の紹介も「潜在意識(の働き)」の面での「ヒント」となっております(笑)
では、次にそれぞれのウルトラマンを象徴している面もある、主題歌の1番のみを少しご紹介していきますので、聞き覚えのある方などは、想い出したり、口ずさんだりしながら目を通して頂いても大丈夫です!
そして、この「歌詞」の中にも「ヒント」が散りばめられておりますので(笑)

 

① (初代)ウルトラマン
『 胸につけてる マ-クは流星 自慢のジェットで 敵をうつ 光の国から ぼくらのために 来たぞ 我等のウルトラマン ・・・ 』

 

② ウルトラセブン
『 セブン セブン、、、 セブン セブン、、、 はるかな星が郷里(ふるさと)だ ウルトラセブン ファイタ-セブン ウルトラセブン セブン セブン 進め! 銀河のはてまでも ウルトラアイでスパ-ク! ・・・ 』

 

③ 帰ったきたウルトラマン
『 君にも見える ウルトラの星 遠くはなれて 地球にひとり 怪獣退治に 使命をかけて 燃える街に あとわずか とどろく叫びを 耳にして 帰ってきたぞ 帰ってきたぞ ウルトラマン ・・・ 』

 

④ ウルトラマンA
『 遠くかがやく 夜空の星に ぼくらの願いが とどく時 銀河連峰 はるかに超えて 光とともに やってくる 今だ変身 北斗と南 戦え戦え ウルトラマン・エ-ス 宇宙のエ-ス ・・・ 』

 

⑤ ウルトラマンタロウ
『 タロウ ウルトラマン No.6 ウルトラの父がいる ウルトラの母がいる そしてタロウが ここにいる 空を見ろ 星を見ろ 宇宙を見ろ 彼方から 迫り来る 赤い火を 何かが地球に おきる時 胸のバッジが 輝いて タロウがとびたつ タロウがたたかう タロウ タロウ タロウ ウルトラマンタロウ ・・・ 』

 

⑥ ウルトラマンレオ
『 宇宙にきらめく エメラルド 地球の最後が 来るという 誰かが起たねば ならぬ時 誰かが行かねば ならぬ時 今この平和を こわしちゃいけない みんなの未来を こわしちゃいけない 獅子の瞳が輝いて ウルトラマンレオ レオ レオ レオ レオ レオ 燃えろ レオ 燃えろよ ・・・ 』

 

では、「歌詞」は、ここで終了です。
ここ迄で、何かにお気づきになられましたでしょうか?
もしかしたら、今回のテ-マは「父性&母性」であるため、ウルトラマンタロウの「父と母」に目が留まった方もいらっしゃるかもしれませんし、ウルトラマンAに至っては、「男性の北斗隊員」と「女性の南隊員」が合体(融合)する事により変身する面を思い浮かべた方もいらっしゃるかもしれません(笑)
では、まずは、この主題歌からの「ヒント」ですが、ウルトラマンの「本質」から考えると、至極当然の事でもありますが、それは、「歌詞」の中には、

 

「日本」という言葉は出て来ず・・・

「地球、宇宙」などの言葉が出て来る・・・

 

というものです。
ここでは、この点のみを押さえて頂ければ大丈夫です。
なぜなら、これが後ほどの「潜在意識(の働き)」に関与してくるからです(笑)

 

では、少し観点を変えていきますが、特にここ最近の「女性」の方々はとても頑張っていらっしゃいます。
これは、お仕事のみならず、家事や育児、時には介護など、それこそ人生全般に派生しております。
勿論、いわゆる「シングルマザ-」と呼ばれたりする方々や「独身の女性」の方々も同様です。
しかし、まだまだ世の中や社会においては、「女性」というだけで、不遇の面や決めつけ(レッテル)、時には差別などが存在しているのも残念ながら事実でもあります。
そして、それが故に・・・「女性」の方々は・・・さらに頑張る(頑張らねばならぬ、、、)・・・と。

 

また、近頃ではいわゆる婦人科系の病というのも増加傾向を辿っています。
ところで、セラピ-やヒ-リングの世界においては、よく、次のような事が言われ続けています。

 

エイズという病は・・・世の中や社会が生み出したものである・・・

 

と。
これは、

 

凝り固まった「性に対する意識」がエイズの原因である・・・

 

とも言われていますが、言わば、「偏見」や「性差別」などとも大いに重なって関係しています。
そして、これも近頃では少しづつではありますが、LGBTの方々に対する見方も変化をしてきています。
つまり、

 

同じ「人間」である

 

という部分に、ようやく目が向けられつつある、とも言えるかもしれません。
このように、世の中や社会の視点が少しづつ変化してきている現在では、エイズの発症を抑えるお薬が生み出されています。
そして、このような傾向は医学や科学などの視点からは一顧だにされておりませんが、もし、このような世の中や社会の視点の変化により、様々な面への影響というものを考慮するならば、

 

一生懸命に頑張っている「女性」の方々は・・・

(あまり)頑張り過ぎないで下さい・・・

 

そして、これの本当の趣旨は、

 

(世の中や社会において認めて貰える為に)「男性」に近づこうと頑張り過ぎないで下さい・・・

 

という意味です。
つまり、「女性」の方々が、皆それぞれお持ちの個性を抑え、「男性」に近づこうとすると、

 

父性と母性のバランスが(大きく)崩れる怖れが生じてくる・・・

 

という事です。
そして、同じくセラピ-やヒ-リングからの視点を当てはめると、

 

父性と母性のバランスの(大きな)崩れが・・・

婦人科系の病に関係してくる・・・

 

という見方を取っています。
そして、「女性」が「男性」に近づこうとする傾向を、より大きな表現でお伝え致しますと、

 

なりたい「自分」になろうとしているのではなく・・・

本来の自分とは違った「誰か」になろうとしている・・・

 

という面とも重なっていきます。
そして、このように「男性」に近づこう・・・、あるいは、「男性」と同じように働いたり出来なければならない・・・と感じている「女性」の方々がいらっしゃれば、

 

自分の中の父性と母性の調和とバランスを保つ

 

という点を心掛けて下さい。
婦人科系の病、そして、今回のテ-マではウルトラマンなどを出しておりますが、これは、浮ついた気持ちから表現しているのではありません。
私の母も婦人科系の病で数年前に他界しているからです・・・

 

そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしておりますが、父性と母性の調和とバランスを保つとは、「5:5」である必然性も必要性もありません。
あくまで、皆それぞれの個性は違って当然ですので、「9:1」の場合もあれば、「7:3」などの場合もある事でしょうし、あくまで、「自分に合った(シックリ感じる)」点を意識して下さい。
なお、この父性と母性の調和とバランスは、同じように「男性」にも当てはまるものでもあります・・・

 

このように、現在の世の中や社会においては、「男性」「女性」という観点のバランスが大きく崩れている傾向が見て取れますが、このような状況を変化させていくには、

 

「男性」の側が変わる必要性がある・・・

 

極端に表現すると、

 

(変えていく為に)頑張る必要性があるのは「男性」の方である・・・

 

という事になります。
しかし、最初にコメントしたように、カウンセリングやセラピ-やヒ-リングに限らず、このような観点や視点を「考えたり取り入れてみる」という事は、多くの「男性」において面倒くさい、受け入れない(受け入れたくない)、そして、拒否し非難するという極みにまで及んでいる側面があるのも事実です。
つまり、

 

「男性」の方が・・・「女性」より・・・圧倒的に「変化」を怖れている・・・

 

という傾向が(とても)強いという事です。
ただ、これにも理由があります。
それは、

 

「男性」はこうあるべし!・・・と、世の中や社会から教わってきたから・・・

 

という「観念」が介在しているからです。
この「観念」というのは「常識」と捉えて頂けると、様々な社会的事象からも理解しやすくなるかもしれません。
そして、現在の世の中や社会において「軸」となっている「男性」の多くは、

 

60代、50代、40代・・・

 

であろうかと思われます。
では、この「年代」を眺めて見て下さい・・・
先ほどご紹介した今回のウルトラマンの歴面と、ほぼ、重なっている「年代」です・・・

 

ウルトラマンのドラマにおける闘いのほとんどは「日本」が舞台として描かれております。
しかし、これも先程からご紹介している主題歌においては「日本」という言葉は出て来ていません。
しかし、ウルトラマンにワクワクした方であれば実感として伴うでしょうが、

 

ドラマという「視覚」を通したイメ-ジと・・・

主題歌という「聴覚」を通したイメ-ジとが・・・

ちゃんと(矛盾なく)「重なって」いる・・・

 

事かと感じます。
もの凄く理屈で考え過ぎる人の場合であれば、主題歌が間違っている!守っているのは「地球」ではなく「日本」だ!などと、その時点でウルトラマンの世界(観)から興味や関心を逸らしている事と思います(笑)
そして、このように、小さい頃にワクワクした感じ方などは、

 

大人になった今でも・・・

ちゃんと「潜在意識(の働き)」では覚えている・・・

 

という事を意味し、これが結び付く所は、

 

変化を怖れる「男性」においても・・・

その本質においては「潜在意識(の働き)」により・・・

「幅広く」物事を捉える事が(本来は)出来ている(はず)・・・

 

という面に無意識ながらも繋がっています。
ウルトラマンにおいては、時には怪獣を「倒す」だけではなく、「本来の場所」に戻してあげたり、また、怪獣とは「本当に(倒すべき)敵であるのか?」などの「自問自答」のシ-ンも数多く描かれております。
また、ウルトラマンレオに至っては、他のウルトラマンとは違い、ウルトラの国の出身ではありません。
にも関わらず?地球や宇宙を一緒に守ってくれる存在として描かれております・・・
つまり、このように「男性」の側においても、

 

「女性」「男性」という枠組のみで捉えるのではなく・・・

父性と母性という視点や観点を・・・

「女性」に対してのみならず・・・

「自分自身」に対しても当てはめられるだけの・・・

「資質」は既に備わっている(学んでいる)・・・

 

という事です。
そして、繰り返しですが、

 

「女性」の方は「男性」に近づこうと頑張り過ぎる事なく・・・

(「女性」に頑張りを強いてきた)「男性」の方は・・・

今こそ、「男性」の側が変わる必要性がある!

 

という面を意識して頂くと同時に、「女性」も「男性」も双方が、

 

父性と母性の調和とバランスを心掛けてみる

 

という事で、今の世の中や社会が、より安心して生きやすい方向へと変化していく事と感じております。
今回はかなり風変わりなテ-マと進め具合である事は私も自覚しております(笑)が、「頭や理屈」で考えるというよりも、「感じてみる」という方が「シックリ感」を感じやすくなると同時に、「今はまだ」あまり感じられなくとも、この種のテ-マというのは、時を経て、「その時が来たら」・・・「これか!」と閃(ひらめ)きやすくなる傾向もありますので(笑)

 

ちなみに余談ですが、いわゆる「メッセ-ジ」というのは、自分にとっての興味や関心のある事柄からもたらされる傾向が高くなります。
なぜなら、興味や関心のある事柄に「目を向け行動」している、言わば、「何かに没頭」している時には、

 

より、リラックスしており・・・

無意識の上で「受け入れる素地」が広がっているから・・・

 

です。
そして何よりも、

 

「気づき」やすくなる!

 

からです。
今回のウルトラマンというのは、私自身の「シンボル・象徴」を通してもたらされたものですが、是非、皆さんも、趣味でもお稽古事でも何でも大丈夫ですので、好きな事や興味や関心のある事に「時間を割く」ことを惜しまず、「気を許し」て、楽しみながら色々な「気づき」をご自身のものとしてみて下さい(笑)

2018年11月17日 01:11

マイクロマネジメント・・・な人

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

11月も中盤に向かうと、青森県内の方々は、さほど悩む必要性もない?にも関わらず、車のタイヤ交換の時期に悩む?今日この頃であるかと思います(笑)
かく言う私もその一人です(笑)
そこで・・・とは言っても、車のタイヤ「交換」などとは全く関係ありませんが、今回は「マイクロマネジメント・・・な人」というテ-マをお届け致します。

 

そこで、皆さんは、この「マイクロマネジメント」という言葉をご存じ、あるいは、聞いた事があるでしょうか?
ちなみに、IT関連の企業名などではありません(笑)
このマイクロマネジメントを簡単に表現すると、

 

(職場などの)上司が部下に対して、とても強烈な(細かな)指示・監督を行う「過干渉」

 

という意味です。
例えば、資料の文字が小さ過ぎると言われて、次は大きめの文字で資料を作成した所、今度は、文字を大きくしたから資料が数ペ-ジになり、逆に見づらくなった!はたまた、コピ-を取ったら数㎜ずれている!などと言われたりするような、平たく言えば、

 

(超)厄介な上司

 

とも表現出来ます(笑)
もしかしたら、(出来るのであれば)「交換」したい上司の顔が、既に思い浮かんでいる方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)

人の行う事ですから、どこの職場においても「程度の差」はあれ、見受けられるケ-スでもあるかもしれません。
しかし、これが度を越してくると、部下の方ではトラウマになったり、職場に行けなくなったり、時には鬱的な症状を生み出してしまう可能性もある事から、笑い話では済まされないケ-スも最近では多くなってきております。
このような面がある事からも、マイクロマネジメントは「パラノイア(偏執病)」という観点から取り上げられる事もあります。

 

また、敢えて誤解を産み出し、そして非難囂々(ごうごう)?な表現を用いれば、嫁と姑の関係性でも、似たようなケ-スは起こりやすいかもしれません。
この場合では、

 

やることなすこと全てにケチを付けてくる!

 

との表現になりやすいかもしれませんね(笑)
そして、仕事を教える、また、仕事のやり方を覚えて貰う為の指示や監督というのも必要な面があるのも確かです。
そして、この仕事に必要な面も含まれる、あるいは、重なっている事から、マイクロマネジメントであるかどうかの、一つの厄介?な線引きが生じてきます。
それが、

 

様々な指示・監督が・・・

一見すると・・・

仕事の成果などに直結している部分もある・・・???

 

という点です。
ここが、

 

どのようにパワハラとは違うのか・・・???

 

という境目をも分かりにくくさせている要因ともなっています。
行き過ぎている点に問題がありそうなのは皆さんもお分かり頂けているかと思いますが、この「程度の差」というのが、実に悩ましい部分にもなっている印象もお持ちかと思います。

 

では、このマイクロマネジメントへの対処につきましては、ネットなどでは様々な対応法なども紹介されておりますが、個々のケ-スはそれぞれ違いますし、ある人においては当てはめられる方法もあれば、自分には到底使えない手法など様々出て来る事かと思われます。
そこで、このTOPICSの趣旨と致しましては、「本質」をお伝えする事をモット-としておりますので、その観点からマイクロマネジメントを見ていきます。

このマイクロマネジメントを行っている上司の方などに共通しているもの・・・
それは・・・

 

ずばり「怖れ」です!!!

 

なお、「怖れ」というのは私達の誰もが持っている感情ですが、マイクロマネジメントはあくまで職場などにおける定義ですので、「あらゆる怖れ」を対象としているものではありません。
このような上司が抱えている「怖れ」というのは、例えば、

 

経営者や役員などの上役の視線が気になってしまう・・・
なぜなら・・・
管理能力が無いと判断されると降格やクビにされるのでは・・・という「怖れ」

 

管理能力などに疑いを持たれない為にも部下などをコントロ-ルしておきたい・・・
なぜなら・・・
ミスが生じると自分の責任になってしまうから(部下が自分の人生を望まない方向へとコントロ-ルしてしまう?)・・・という「怖れ」

 

部下を信頼する事は出来ない・・・
なぜなら・・・
(実は)自分自身に対して自信を持てていないから(だから虚勢を張る)・・・という「怖れ」

 

など、数え上げればキリが無いほど当てはまるケ-スが出てきます。
では、このような場合にはどうすれば良いのでしょうか?
今回は、ずばり、かなり、ぶっちゃけた提案を致します(笑)
それは、

 

既に・・・

コミュニケ-ションが取れていない・・・

コミュニケ-ションが出来ていない(出来ない)・・・

(という)信頼などの欠如から状況や環境が壊れているのだから・・・

敢えて率直なコミュニケ-ションを取る(投げ掛ける)!

 

なぜなら・・・

これ以上の信頼や状況や環境が壊れる事は無いのだから!!!

 

というものです。
一種の「開き直り」と捉えて頂いても構いません(笑)
なぜなら、これ程までに部下や従業員の方などの心が離れ、そして、その方々の心や体が傷付いていく怖れのある流れにおいては、

 

どんなに小手先で取り繕おうとしても、ほとんど効果が無い・・・

 

からです。
では、この時の率直なコミュニケ-ションとは何かと言いますと、上司に対して、

 

あなたは何を「怖れて」いるのか???

そして、

あなたは何も「怖れる」必要はない!!!

 

という2点です!
そして、これを伝える時には、

 

「感情」ではなく・・・「理性」で伝える!

 

というのが最大のポイントです!
でも・・・果たして上手くいくの?と言うのが正直な感想である事と思います(笑)
当然ながら、これで全てが上手く行く事もありませんし、実際の所は上手く行く事の方が「(かなり)少ない」かと思います。
なおかつ、更に上司が「ヘソを曲げる」ケ-スも多く出る事と思います。

 

ただ、このような「開き直り」とも取れる「行動」を敢えて取る事によって、「確かなもの」を見つけられるようになります。
それは、部下や従業員がこのような「行動」を取っても、自らを省みない上司や経営者、また、職場環境を改善しようと試みない会社においては、

 

お客様の方を向いて仕事をしていない!!!!!

 

というのが、100%当てはまります!
そして、お客様の方を向いて仕事をしていない会社が・・・その後・・・どのような経路を辿っていくかは・・・想像するまでも無い事と思います・・・

現在では、格差や分離などの、いわゆる「膿(うみ)」と呼ばれる「負の側面」が加速している状況でもありますが、このように「負の側面」が加速している裏側では、

 

同じように「ポジティブな側面」も加速を続けている!

 

というのが自然の摂理でもあり、単純な力学でもあります。
なぜなら、この力学が作用していないと、

 

とっくの昔にバランスや調和が失われた結果(状況や環境)を目の当たりにしている

 

からです。
つまり、

 

まだ・・・「今だったら」・・・(もしかしたら)間に合う・・・

 

という事です。
そして、これをマイクロマネジメントで悩み苦しんでいる人は自分に当てはめてみて下さい。
あなたは今まで出来る事を一生懸命行ってきた事でしょうし、仕事を覚える努力も積み重ねてきた事でしょう。
そして、その支えになり、また、仕事の原点とも言える所に、

 

お客様の顔が見えている(見えていた)

 

からだと感じます。
勿論、お客様と言っても、中にはクレ-マ-などの方も最近は多くなっておりますし、私は、お客様は神様だ!などと言うつもりもありません(笑)
お客様自身が「マイクロマネジメント・・・な人」であるケ-スも(多々)存在するからです。
このように、お客様に対しても、上司に対しても、「感情」ではなく「理性」で伝えるべき事柄は、ハッキリと伝えるという姿勢は大切なものです。

 

ここ迄は、もし、あなたがこのような職場環境に置かれているのならば、「今、ここから」をどうするのか?このまま残り続けるのか?別の新天地を目指すのか?を考える素材として頂き、

 

全ての「選択」と「決断」は、自分自身(あなた自身)が握っている!!!

 

という面を想い出してみて下さい!
そして、「あなたが上司」であるならば、自分を振り返る素材として頂き、充分に間に合いますので、変える所は変えてみて下さい。
必ずやポジティブな面に移行して行きますので(笑)

では、このマイクロマネジメントを別の観点に当てはめてみますと、

 

親子関係にも当てはまる(当てはまっている)可能性が高い

 

という現象が見て取れます。
これは、いわゆる、

 

(行き過ぎた)「過保護」

 

とも言える事でしょう。
そして、ここでもマイクロマネジメントと同じように、教育や躾(しつけ)という面では、必要なものもあり大切な視点も含まれています。
そして、これこそ親子関係においては職場とは違い、人生の「あらゆる面」が含まれてきます。
そして、この親子関係における一番のポイントは、

 

親や子が(お互いに)何歳になろうとも・・・関係ない・・・

 

という点に(行き過ぎた)「過保護」という面が現れやすくなります。
そして、これも様々なケ-スが存在しますが、ここ最近では、

 

退職届を(子どもに代わって)親が会社に持参する

 

というケ-スが増えてきているという事をよく耳にします。
勿論、怪我やご病気などで本人が持参出来ない、あるいは、職場におけるイジメやパワハラやセクハラなどで、代理の人に頼まざるを得ない状況は別になります。

ちなみに、最近では退職したくても、退職届を受理してくれないケ-スが増えている事から、確実に退職させる代行会社が存在するなどのビジネス分野にもなっています。
なお、退職の意向を「メ-ル」で済ませて終わり!などの場合は、今回のテ-マの趣旨とは違いますので、これは別途、別の視点からの考察が必要になりますので(笑)

 

では、ここ迄で、マイクロマネジメントにおける「過干渉」と親子関係における「(行き過ぎた)過保護」に共通しているポイントを、皆さんは見抜く事(気づく事)が出来たでしょうか?(笑)
それは、

 

職場関係においては・・・
仕事やお客様への対応などを覚えて貰う為の・・・
自立・自律を促し・・・

 

親子関係においては・・・
色々な人々の支えや寄り添いを有り難く享受しつつ、自らの人生を創り上げる為の・・・
自立・自律を促し・・・

 

という「自立・自律」を促す事が共通点になっています。
そして、この「自立・自律」を促す際に必要になってくる視点が、

 

本当の優しさとは・・・何なのか?

 

をご自身なりに考えるという事になります。
そして、そこを経た上で、

 

職場関係においても、親子関係においても・・・
本当の「教育」という視点が芽生え・・・

「教育」とは・・・
お互いに「教え教わり」そして「育(はぐく)み」合うもの・・・

 

そして、詰まる所、

 

お互いに「人」を「育(はぐく)み」合っている・・・

 

という視点に気づくと、様々な状況や環境が変化の兆しを自然と見せてくれるようになっていきます(笑)
そして、魂の視点においては、肉体の年齢や、社会や世の中における地位や立場・肩書きなどは一切関係ありません。
その事からも、マイクロマネジメントな上司においては、

 

(関係性というのは)お互いに「育(はぐく)み」合うものであり・・・

(上司の)「自立・自律」を促すという観点からも・・・

率直に(上司に)もの申す・・・

 

というのは、実は、魂の視点から見れば、至極当然で自然な事でもあり、世間や社会に見られがちになる、上司に「楯突く」というのとは無関係な思いでもある事がお分かり頂けるかと思います。
そして、これは親子関係でも同様であり・・・クレ-マ-などでも同様です(笑)

 

そして、魂の視点をスピリチュアルな視点と置き換えても良いですが、ここでご紹介したようなマイクロマネジメントな人々においても、配偶者やお子さんなどのご家族の方もいらっしゃるかもしれない・・・また、その人の生きてきた境遇など・・・様々な面にも思いを馳せるようにしてみて下さい。
このようなコメントをすると厳し目?に感じるかもしれませんが、今回はぶっちゃけト-クも含めてますのでご了承下さい(笑)

そして、スピリチュアルな視点において、最も大切なのは、

 

(自分は)「行動」という実践が出来ているのかどうか・・・

 

です。
そして、その上で、今回のテ-マから、「あなた」であれば、どのような「行動」という実践を取るのか・・・などにも思いを馳せてみて下さい。

 

また、時にはスピリチュアルな視点というのは、得てして、「現実逃避の手段」としても使われがちになる傾向もあります。
また、時には人生を混乱や迷いへと(自分自身で)向かわせているようなケ-スも少なからず見受けられます。
つまり、スピリチュアルな視点というのは、

 

日々の日常生活に役立てる(という姿勢を保つ)事で、初めて、その本来の真価が輝き始めていく

 

ものです。
その為には「行動」に繋げていく必要性が出てきますが、「行動」という実践においては、正しいも間違っているも、本来の意味においては存在しません。

年末になるとお酒を飲む機会も増えたりで、「本音」に触れる機会も多くなる事かと思われますので、どのような視点においても、そのような場合には、

 

(相手も、そして、自分自身をも含めた)「思い」「言葉」「行動」

 

という点に着目して色々な人々を観察してみたり、コミュニケ-ションを取ってみる事で、あなたの魂の視点が飛躍的にアップ!?するかもしれません・・・(笑)
すると、「真のスピリチュアルな視点」に自然と気づくようにもなっていく事と感じます・・・(笑)

2018年11月10日 02:11

ハロウィンと「マスク」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、先日ハロウィンが行われておりましたが、楽しんだ方もいらっしゃれば、特に何もしない方など、様々いらっしゃる事かと思います。
ニュ-スでは、渋谷で軽トラックを横転させたりなどの一部暴徒化も報じられておりましたし、痴漢や盗撮や窃盗などの逮捕者も出ていた模様です。
そこで今回は「ハロウィンと「マスク」」というテ-マをお届け致します。

そして、このようなテ-マを、何故、敢えてハロウィンが終わった後に設定したかと言いますと、

 

(基本的には)楽しむ事も必要であり大切な事

 

でもあるからです。
私は特段何も行いませんでしたが、楽しみにしていた(楽しんだ)方も多くいらっしゃるかと思いますし、そこに敢えて「水を差す」ような事をするのは、私においても本意ではありません(笑)

 

ところで、ハロウィンの起源は、紀元前のケルト文化とも言われておりますし、キリスト教においても容認派や否定派なども存在している模様でもあり、諸説も様々ですので、何が事実かは分かりません。
ただ、秋の収穫を祝い、悪霊(悪魔)から身を守る為に仮装をする、というのは共通している模様です。

 

このような収穫を祝ったり祈願したりする風習や文化、あるいは、お祭りなどは世界各国で見られますし、日本でも同様です。
それでは、収穫を祝い祈願するのに・・・何故・・・わざわざ悪霊(悪魔)などの仮装をするのであろうか・・・?という点を、皆さんはどのようにお考えになりますでしょうか・・・
そして、ここからは私の全くの個人的解釈ですので、この内容を真に受ける?必要性はございませんので(笑)

 

まず、悪霊(悪魔)が収穫を妨げるのでは?という観点がハロウィンの出発点となっている事はご承知の通りです。
ここでは、

 

「人間」の(生きる)糧を・・・

「悪霊(悪魔)」が(何かしらの理由で)妨害する・・・

 

という図式が、まずは成り立ちます。
そこで、無事に収穫出来るようにとの意味合いにおいて、「人間」が「悪霊(悪魔)」から身を守る(糧を得る)事が出来るように仮装をする・・・という発想に繋がっています。
では、何故・・・「悪霊(悪魔)」の仮装をするのでしょうか?
これは、

 

「人間」が生きる糧となる食材を得るのを・・・

「悪霊(悪魔)」が妨害するのであれば・・・

「悪霊(悪魔)」同士であれば妨害はしないはずだから・・・

「人間」が「悪霊(悪魔)」の格好に扮すれば・・・

「悪霊(悪魔)」は「(仮装している人間を)同類」だと感じて妨害をしないであろう・・・

 

との発想から来ているのでは?と、私個人は勝手に解釈しております(笑)
そして、ハロウィンでは、小さいお子さんが「悪霊(悪魔)」の格好に扮し、そのお子さん達にお菓子をあげるという風習でもあります。
これも、

 

(悪霊(悪魔)の格好に扮した)子ども達に糧(お菓子)を配ってくれている・・・

と、「悪霊(悪魔)」の側においては自分達(同類)の子どもに分け与えてくれている(ように目に映り)・・・

だから・・・

「悪霊(悪魔)」の側においても有り難いと感じ・・・

なおさら収穫を妨害する事はないであろう・・・

 

との観点です(笑)
つまり、「人間」の側が「悪霊(悪魔)」の格好に扮する、言わば、仮装をすれば、

 

「悪霊(悪魔)」の側が(仮装をした「人間」を)自分達と「同類」と感じて・・・

(「人間」の側においては)「悪霊(悪魔)」の「憑依(という妨害)」を防げる・・・

 

との点に繋がっていきます。
言わば、

 

「悪霊(悪魔)」同士では奪い合ったり傷付け合ったりする事はないであろう・・・

 

との、ある種の「心における善意を信じる」事からの風習と言えるかもしれません。
つまり、「人間」の側においても、

 

「悪霊(悪魔)」にも心(や感情)が存在している・・・

 

との「根本的な思い」が着眼点となっている、という意味合いです。
ここ迄が、私の全くもって勝手で個人的な妄想?からの観点です(笑)

 

ところで、スピリチュアルな視点においては、このような発想が真逆にもなります。
この視点における「憑依」の本質とは、

 

類は友を呼ぶ

 

という観点になります。
つまり、

 

「憑依」を防ぐ為には・・・

「憑依」をしようとする(している)側と「同類」になるのではなく・・・

「別の違った(思いや見方)」をする事で防ぐ事が出来る・・・

 

と言う事になります。
つまり、

 

(「憑依」を受けるか受けないかも含めて)全てが自分次第!

 

と言う事です。
今回は「憑依」がテ-マではありませんので詳細は省きますが、「憑依」とは全てがネガティブで悪いものではなく、(自分の)「境地」が高くなればなるほど、それに見合った「高い境地」からの「サポ-ト」を(自分が)受け取る事が出来るのも、全く同じ仕組みでもあります(笑)

 

そして、先ほど渋谷では一部が暴徒化していた、というニュ-スがあった点もお伝え致しました。
現在の科学の検証などにおいても、

 

私達の意識は(一種の)エネルギ-である

 

という事は、ほぼ証明されつつあります。
そして、このような意識というエネルギ-は、

 

集まれば集まるほど・・・

ドンドン膨大していく・・・

 

というのも、科学における定説(常識)となっています。
ちなみに、この点はよく誤解を受けるケ-スがあるのですが、エネルギ-は「膨大する」とお伝えしておりますが、これはエネルギ-の「高さや低さ」という意味ではありません。

単に集まれば「膨れる」という自然法則であり、「低い」エネルギ-が膨大に集まっても、その性質は「低いまま」であり、その「低いまま」で「膨大」していくというものです。
一杯集まったから「高く」なるものでもなく、ほんの僅かであっても「高い」エネルギ-は「高い」という性質を持っていますので(笑)

そして、暴徒化するか否かに関わらず、このような現象は心理学などにおいては、

 

群衆(集団)心理

 

と呼ばれたりするのは、皆さんもご存じかと思います。
繰り返しで恐縮ですが、今回は「憑依」がテ-マではありませんが、「エネルギ-の性質」「類は友を呼ぶ」という観点から、興味のある方は「群衆(集団)心理」という点を考えてみて下さい(笑)

それで、ハロウィンに話を戻しますが、仮装をするというのは、別の表現を借りると、

 

別の自分になる

 

のと同じ意味になります。
これを裏返すと、

 

本来の自分を隠す

 

というのと、表裏一体である事もお分かり頂けるかと思います。
なお、ここも繰り返しですが、仮装をするのが悪い訳でもありませんし、別の自分になって表現してみよう!というのは、ポジティブな側面も多々あります(笑)

なので、コスプレなどを批判している訳でもございませんし、最初にコメントした通り「(基本的には)楽しむ事も必要な事であり大切な事」が前提となっていますので、誤解の無きようお願い致します!

ちなみに、この種の話題では「お化粧」などが取り上げられる時もありますが、お化粧には「身だしなみ」という観点も含まれておりますので、ご自身が気持ち良く日常生活を送れるのであれば、お化粧をするもしないも、あるいは、どのようなお化粧をしようとも全くの自由です(笑)

 

さあ、ここ迄で、「マスク」はどこに行ったの?あるいは、ハロウィンの仮装や仮面が「マスク」?と思われているかもしれませんね(笑)
ところで、今頃の季節になると、インフルエンザの予防などで「マスク」を着用する人も多くなってきます。
また、私がウォ-キングなどをしていると、夏場でも「マスク」をしている人を見かける事がよくあります。
何かのアレルギ-症状があったり、あるいは、ご病気などからの回復途上での免疫力を下げない為に、などの理由もあろう事かと思います。

ただ、このように年がら年中「マスク」を着用している人の中には、

 

「マスク」をしないで外出するのは怖い(外出出来ない)・・・

 

という方も少なからずいらっしゃいます。
そして、「少なからず」と言うのは、年々このような方が「増えてきている」というのが本当の意味です。
このように、「マスク」をしないと外出出来ない、人前に出られない、というのは、先ほどコメントしたハロウィンでの、

 

本来の自分を隠す

 

というのと「本質」は全く一緒です。
では、本来の自分を隠す(隠し続ける)と、どのような状況になる(なる可能性がある)かを考えてみて下さい。

 

「あなた」が自分自身を隠し続けていると・・・

相手は「あなた」の事を知りたくても、知る機会が失われ・・・

時には、「誤解を伴ったあなた」という人物像が相手の中で創り上げられ・・・

その事により・・・

益々「あなた」は「本来の自分」をさらけ出すのが怖くなっていく・・・

 

という道のりを辿るケ-スがほとんどです。
そして、このような方向に心が傾いていく事で、

 

孤独感や(人間)不信を感じるようになり・・・

それが・・・

対人恐怖症や広場恐怖症などの症状として現れやすくなる・・・

 

という面に結び付いていく可能性が極めて高くなっていきます。
そして、先ほどのハロウィンでの一部暴徒化したケ-スのように、

 

次第に「何が自分」であるのかを見失っていき・・・

本来の自分とは「違う自分」を(生きる為には)表現せざるを得なくなる・・・

 

という面における「本質」も同じものになります。
そして、

 

「違う自分」と・・・

「本来の自分」との間に・・・

「隙間(分離)」が生み出され・・・

様々な側面から・・・

その「隙間(分離)」につけ込まれる怖れが高くなっていく・・・

 

という流れにもなります。
このTOPICSでは正直にお話しますが、この仕組みは、

 

「憑依」とも同じであり・・・

「世の中や社会」という・・・

「(ある意味の生きている人間同士の)現実世界」でも同じ事・・・

 

というのが事実でもあります。
そして、このような好ましからぬ傾向から身を守り、自分の人生を自分でコントロ-ルしていくのが、先ほどコメントした、

 

全てが自分次第!

 

という意味になります。
なお、ここ最近「自己責任」の議論?がバッシングなどの側面も含めて湧き起こっておりますが、これについては、また別の機会のテ-マに譲りますが、

 

全てが自分次第!・・・という側面と・・・

全てが自己責任・・・という側面は・・・

一部に重なる面があるとは言え・・・

その「本質」は違う・・・

 

という点だけはお伝えしておきます(「自分次第」と「自己責任」を同じと捉えるのは、(あまりにも)「短絡的」という意味です)。
そして、どこが「本質」として違うのかを紐解く一つの鍵として、「理性」と「感情」がキ-ワ-ドになります。
もし、ワイドショ-などで行われている「自己責任」の議論を耳にする機会がありましたら、このキ-ワ-ドを活用して、「何が本質なのか?」を学ぶ良い機会にもなりますので(笑)

ハロウィンから少し重たい内容に派生してきましたが、今回は「憑依」のお話でもなく、仮装やマスクというシンボル・象徴から、

 

「あなた」は・・・

必要以上に・・・

「本来のあなた」を隠していませんか・・・?

「本来のあなた」を表現出来ていますか・・・?

そして・・・

「本来のあなた」で生きても大丈夫との「許可」を、「自分」に与えていますか・・・?

 

との問い掛けが趣旨でもありました(笑)
ちなみに、寝起きでコンビニに行くのに、お化粧やひげ剃りをするのが面倒なのでマスクをして行く、などのケ-スもよくある事かと思いますので、その辺りは臨機応変に、そして、その位の「大胆な心の余裕」を持つ事も大切な事ですので、必要以上に神経質になる事もありません(笑)

 

そして、渋谷のハロウィンでは、早朝に仮装をした方々が、ボランティアとしてゴミ片付けをしておりました。
限られた一部の人の迷惑行為とは言え、商店街などの方に迷惑を掛ける事は出来ない、自分達も楽しませて貰ったのだから綺麗に後片付けをするのが礼儀というもの、あるいは、このような騒動で禁止となる事なく来年も多くの人が楽しめるように、などの思いから行っているそうです(温)

そして、私の小さい頃のヒ-ロ-はウルトラマンや仮面ライダ-でした(いい年をした今でも憧れておりますが)(笑)
そして、

 

ヒ-ロ-(の本質)とは・・・

「外見」に現されているものではなく・・・

「内面」が「行動」として現れているもの・・・

 

でもあります。
好きな洋服を着て一日を頑張る!時には、違った自分を表現してみたく髪型などの外見を変えてみる!なども、とても素敵な事でもあります。
今回のテ-マから、「あなた自身」にとっての、「外見」や「内面」そして「行動」を見つめるキッカケとしても活用頂ければ幸いです(笑)

2018年11月3日 02:11

TOPへ戻る

プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ