身近に溢れている暗示(文)と「音(メロディ-)」&(遠隔)ヒ-リング

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

このTOPICSにおいては、今迄も幾度か「歌を聴くのはヒプノセラピ-(催眠療法)を受けたのと、同じような効果も認められますよ」とお伝えしてきました。
また、私自身も歌が好きなので、自分の好きな幾つかの歌をテ-マとしてもお伝えしてきております。
そして、今回はそこに「音(メロディ-)」という観点を付け加えた上での、「身近に溢れている暗示(文)と「音(メロディ-)」&(遠隔)ヒ-リング」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、私はヒプノセラピストでもありますし、カウンセリングなども行っている事から、どちらかと言えば「言葉」には敏感な面もあります。
が・・・、敏感と言いましても、その事によって、他の人に押し付けるような事も勿論ありませんし、自分自身に対しても束縛・制限するような事はしておりません(笑)

ヒプノセラピスト認定講座やレイキ ヒ-リング認定講座をお受けになって頂いた方々は、既にお分かりかと思いますが、講座においては様々な技法や仕組みというのを学んでいきますし、注意点などもお伝えしておりますが、私はまず始めに、一番大切なのは「自由である」という点を強調してお伝えし、この「自由である」が出発点ともなり、また、迷った時に立ち返る(振り返る)「原点」ともなりますよ!と、お伝えしております。
なぜなら、私自身が「自由である」という事が好きだからです(笑)
勿論、講座においてはしっかりと身に付けて貰う為の「大切な点」を踏まえた上での結論ですので、自分の好みだけでお伝えしている訳ではありませんので、どうぞご安心下さい(笑)

 

少し話が逸れてしまいましたが、このように私自身は出来るだけ「言葉」を大切に扱おうとの思いや、「言葉」が好きという事もありますが、実は、私が「この歌、大好き!」と感じるキッカケとなるのは、

 

ほぼ100%の要素は「音(メロディ-)」

 

です(笑)
この歌詞素敵だなぁと思って聞いてみて好きになる歌は勿論ありますが、やはり、大好き!と感じる歌の重要な要素は、私にとっては「音(メロディ-)」です。
なので、大好きな歌というのは、好きな歌の数から比較すると、どうしても少なくはなります。
また、「音(メロディ-)」と歌詞が100%合致すると言う事も当然の事ながらありません(笑)

 

そして、「音(メロディ-)」は好きだけど、歌詞があまり好みでない歌は、聴いている時に自分で勝手に好きな言葉に置き換えたりしています。
言わば、その時々にしか再現出来ず、二度と創れない迷作?を聴く度に勝手に産み出しているようなものです(笑)
そして、このように歌を聴くのはヒプノセラピ-を受けたのと同じような効果がありますよ、とお伝えしている中で、

 

歌詞のある歌はあまり好みではない
歌詞の入っていない「曲・音(メロディ-)」だけの方が好み

 

とお話される方々もとても多いです!
そこで、今回のテ-マとして付け加えたのが「音(メロディ-)」という意味合いです。
このような歌詞の入っていない「曲・音(メロディ-)」が好き、というのは私もよく理解出来ます。
私自身もカウンセリングなどを行っている際に流しているBGMにおいても、歌詞の無い「音(メロディ-)」のみのものを活用しております。

 

例えば、このような事が悪い訳では勿論ありませんが、よく歯医者さんなどでは歌詞のある歌のオルゴ-ルバ-ジョンのBGMも活用されておりますが、その歌を知っている人にとっては、「音(メロディ-)」のみが流れていても、その歌にまつわる様々な想い出などが自然と想起されるだろう、という意味合いも含めて、歌詞の無い「音(メロディ-)」のみの曲を私は活用しているという事です。

また、瞑想をする際や、夜に寝入る時などでもやはり、歌詞の入っていない「音(メロディ-)」のみの曲の方が望ましいとされているのも、同じような理由からです。
勿論、瞑想にしても何にしても、「心地よい」と思える事が大切ですので、歌詞があろうとなかろうと、また、無音でも構いませんし、どちらでも「自由である」という点を大切にして楽しむ事が効果的になります(笑)
そして、歌を聴く事がヒプノセラピ-と同じような効果があるというのは、

 

「音(メロディ-)」に乗せて、歌詞という「暗示(文)」が短時間で入って来やすくなる

 

という側面を言い表しています。
では、「音(メロディ-)」だけではヒプノセラピ-と同じ効果は認められないの?と言うと、そうではありません!

 

(歌詞の無い)「音(メロディ-)」を聴く事でもヒプノセラピ-と同じ効果は認められる

 

というのも真実です。
では、それを少しご説明していきます。
「音(メロディ-)」のみの曲を聴いている時でも、その中では、

 

様々な過去の出来事を思い出したり、様々な感情の変化を感じられる

 

という事があります。
あるいは、

 

様々な思いが去来したり・・・直感のように素敵なアイディアや言葉が浮かぶ・・・

 

などのケ-スも多くあるかと思います。
そして、このように、去来したり浮かんだりしてくる様々な事柄は、

 

その時のあなたにとっての最適な暗示(文)

 

となっています。
ちなみに、「暗示(文)」と書きましたが、これは「言葉」に限られるものではありません。
「暗示(文)」とは、

 

五感(時には第六感にも)に働きかけられる全てのもの

 

が含まれます。
香りや味覚などでも、過去の楽しかった食事が思い出されたりといった経験は少なからずあるかと思われます。
そして、様々なものが去来したり浮かぶ際には、

 

悲しかった出来事もあれば、未来に対するワクワクするような高揚感

 

なども感じる事が多々あります。
そして、悲しい出来事がネガティブで、ワクワクする感じがポジティブというように、単純に分ける事は出来ませんし、無理にそのように区別する必要性もありませんが、もし、「音(メロディ-)」を聴いていて、何かネガティブと感じられる出来事や感情が湧き出て来た時には、

 

そろそろ手放しても良い頃合いではないですか?

などの自分自身からのメッセ-ジである事もありますし、ポジティブに感じられる時には、

このように感じる感情などを大切にして生きる事で、物事が上手く廻り始めますよ!

 

というメッセ-ジとなってくれている事もあります。
このように、

 

(歌詞のある)「歌」を聴く時は、外部からの働きかけによるメッセ-ジがもたらされる

とも捉えられますし、

(歌詞の無い)「音(メロディ-)」を聴く時は、自分自身の内からの働きかけによるメッセ-ジがもたらされる

 

とも捉える事が出来ます。
これは、どちらにせよ、

 

「今」のあなた自身に贈られたプレゼント

 

とも言えます。
なぜなら、外部からの働きかけにせよ、あなたの内部からの働きかけにせよ、

 

「今」反応しているという事が答えになっている

 

からです。
もし、「今」必要でもなく、あなたにとって全く不要なメッセ-ジであれば、

 

あなたは何の反応もせずに素通り出来る

 

からです(笑)
このように、「(歌詞のある)歌」にせよ、「(歌詞の無い)音(メロディ-)」にせよ、どちらもあなた自身の為に多いに活用する事が出来、なおかつ、このように活用出来る事柄は、私達の身の周りに溢れています!
そのような身の周りに溢れている何かを見つける簡単な方法は、

 

あなたが反応しているもの

 

に気づくかどうかだけです。
では、ここまでは、「歌」にせよ「音(メロディ-)」にせよ、どちらでも好きな方法を「自由に」活用して下さい!との趣旨でしたが、そこで、今年も私の大好きな歌の一つをご紹介致しますので、まずは、「言葉」による「暗示(文)」としてお楽しみ下さい(笑)
そして、後ほど、「音(メロディ-)」の本質&ヒ-リングへと繋がっていきますので・・・

では、ご紹介する歌というのは以前も取り上げた事があります歌手の「GReeeeN」ですが、今回は『愛すべき明日、一瞬と一生を』という歌です。
では、歌詞をご紹介していきます!

 

ほらね  今日も聞こえてくるよ  素直な自分からの叫び
いつの間にか強くなる事と  鈍感さをはき違えていた

「どう思うの?」なんて誰かに聞いてみるけど  それはきっと
「間違ってないよ。」って言って欲しくて
そんな正当化を繰り返して  世界は今日も回っている
2度とない今が過ぎて行くのに

愛すべき明日  一瞬と一生を  もがいてもがいて  立ち向かって行くから
どれが正しいって  誰にも決める事は出来ないよ  そうだろ?  ね?
それを知ってるのは自分自身  後悔と不安はどんな境遇(とこ)にもいて
だから今を全部  ぶつけてやれるだけやって  そのあとで君が笑えばいい

一秒も一分も  ほら  一日も  一年も  何度も聞くけれど
一生ってそれの積み重ねで  どれもが2度と戻らない

「何がしたいか分からない」なら君は何をしてきたの?
どう生きてもそれが君です
あれこれ考えたって  分からない事だらけです
ほら  君の正しさは  目の前に

愛すべき明日  一瞬と一生を  全部拾い上げて  笑っていけるように
辿り着くべきは  それぞれ違っていいんだ  それ以外は一緒
都合いいな言い訳は  無くす物に  気づかないまんまで君を奪っていく
だから負けないで  これまでの日々を振り返って笑えるなら  それでいい

出口の見えない日々で  出口に向かって走るなんて
何て難しい事で  だけどそれが僕らの日々
振り返るとそこにほら  歩んだ道  それが、、、

愛すべき明日  一瞬と一生は  誰のそばにも  変わらずに居るんだ
どう使うんだって  そりゃ君次第  無限の世界  出逢いたい未来へ  今を進め

愛すべき明日  一瞬と一生を  もがいてもがいて  立ち向かって行くから
諦めないだけ  それだけでいいんだ  きっと叶える  そうだろ?  ね?
それを知ってるのは自分自身  後悔と不安はどんな境遇(とこ)にもいて
だから今を全部  ぶつけてやれるだけやって  そのあとで君が笑えばいい

笑えればいい

 

では、歌詞はここ迄で終了です(笑)
このTOPICSにおいても繰り返し「今が大切ですよ」「答えは自分自身の中にありますよ」「誰かや何かのせいにしても変わらないですよ」「(過去や未来という)時間感覚」・・・などなどを、お伝えしておりますが、この歌詞の中には、そのどれもが短い文字数の中に込められています!
私がダラダラ長く迷走気味?になって書いているこのTOPICSより、よほど簡潔しています(笑)
しかも「暗示(文)」としての特徴である「シンプル」「繰り返し」も活用されています。

 

では、ここでガラッ!と視点を変えて、今回のテ-マの大元である「音(メロディ-)」について改めてお伝えしていきます。

ドイツの天文学者でヨハネス・ケプラ-という人がおりました。
皆さんも学校で習った方もいらっしゃるかもしれませんが、惑星の運動に関する3つの法則を説いた「ケプラ-の法則」で知られている人です。
ちなみに、この「ケプラ-の法則」はコペルニクスの地動説を支持し、その後の、ニュ-トンの万有引力の法則の発見に繋がっているとも言われている法則です。

 

そして、この「ケプラ-の法則」は3つありますが、その3番目に「調和の法則」というものがあります。
そして、ケプラ-は1619年に「宇宙の調和」という著作を発表していますが、この著作の中でケプラ-は、「惑星の音楽」として、

 

地球や月や土星などを「音(メロディ-)」で表現

 

しています。
ところで、簡単に表現しますと、

 

「音(メロディ-)」の本質は「振動と波(動)」

 

です。
そして、

 

「私達の意識」の本質も「振動と波(動)」

 

です。
そして、

 

「(宇宙や私達の体・細胞を構成している)素粒子」の本質も「振動と波(動)」

 

です。
そして、このような観点から、

 

「(私達の意識と体に対する)ヒ-リング」の本質も「振動と波(動)」

 

であろう・・・との方向で、現在の所も研究が進められています。
そして、

 

素粒子の構成の本質には、パ-トナ-たる相棒が存在し・・・
そして、自らの素粒子に刺激を与えると・・・
パ-トナ-たる相棒は時空を超えて瞬時にそばに現れる・・・

 

という現象は、量子力学において既に証明されています。
これは、現在においては、最も遠隔ヒ-リングが実在するという実証をしている説と考えられています。
では、ここでもう一度「振り返って」みます。
音(メロディ-)・意識・素粒子の3つを取り上げただけでも、その本質として、

 

振動と波(動)が特徴であり、これが、このたった3つの分野ですら・・・「重なり」合っている

 

という共通項が見て取れます。
そして、音楽療法という分野もあるように、

 

「音(メロディ-)」は私達の身の周りに溢れている

 

というのは周知の事実です・・・
これ以上は、「語るに落ちる」?になるかもしれませんので、どうぞ皆さんも「自由に」お考え下さい(笑)

 

また、今回は長くなったついでに、「時間の感覚」についての面白い?余談をご紹介致します。
宇宙を観測する分野として天文学があります。
そして、私達は7月7日の七夕の日は、織姫と彦星が「1年に1回」逢える日と教わっています。
そして、出来れば、晴れてくれれば良いなぁ~などと(笑)

 

そして、織姫は琴座のベガの織姫星で、彦星は鷲座のアルタイルの牽牛星となっています。
そして、このような星の性質として、この2つの星は10億年生きると推測されています。
そして、私達人間が100歳まで生きると仮定します。

すると、10億年生きる星と、100歳まで生きる私達の感覚としての「1年に1回の出逢い」を換算すると、

 

織姫と彦星は・・・何と!・・・私達人間の感覚で言う所では・・・3秒に1回逢っている!

 

という計算になるそうです(笑)
これは、逢い過ぎなのでしょうか?それとも、ラブラブなのでしょうか?(表現が古いですね  苦笑)
「時間の感覚」も視点を変えると、これほどの感覚の違いが出て来るものです(笑)

 

そして、先日来から数年に一度と言われる最強寒波が日本に到来しておりました。
東京は大混乱などのニュ-スも流れておりました。
そして、この寒波の最中に草津の火山が噴火をしました(お亡くなりになられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます)し、同じく寒波の最中の噴火の翌日に私の携帯の緊急地震速報が久々?に鳴り響きました。
さほど大きな揺れではなかった模様ですので大丈夫なようでしたが・・・

 

そして、奇しくも?前回のTOPICSにおいて「重なり」をキ-ワ-ドとしてお伝えしました。
そして、今回のテ-マも違う分野ではありますが、キ-ワ-ドは「重なり」です。
寒波の到来と噴火、そして、寒波の到来と地震・・・
そして、

 

自然現象が一つ一つ起こるのではなく・・・ここ最近は・・・複数の自然現象が「重なり」ながら起こりつつある・・・

 

という傾向が顕著になって来ていると強く感じています・・・

2018年1月27日 04:01

様々な感情(心)はあなたの味方です! ~映画「インサイド・ヘッド」より~

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、私達の誰もが、日々、様々な感情(心)を抱いて日常を送っています。
肉体が休んでいる時(と言っても、実際に肉体の全てが休息する事はなく、常に働き続けてくれてはいますが 笑)であっても、私達の感情(心)は常に働き続けています。
起きている時は勿論、寝ている間の「夢」などでもお分かりになるかと思います。
そして、

 

感情(心)はどこにあるの???

 

というテ-マは、一度は多くの方が考えた事があるかもしれません。
医学や科学などでは明確な答えは出ておりませんし、私自身においては、一応の目処?は自分なりには付けていますが、探求し続けている最中でもあります(笑)
そこで、今回は「様々な感情(心)はあなたの味方です! ~映画「インサイド・ヘッド」より~」というテ-マをお届け致します。
そこでまず、今回のテ-マを進めるに当たりましての前提としてですが、あくまで私個人としては、

 

感情(心)は「脳」にはない!

 

とのスタンスを取っています。
この点についても証明出来るものではありませんし、様々な見解があるかと思われますので、どうぞご自由に捉えて下さい(笑)
そこで、私が考える感情(心)と脳の関係について、まず前もってお伝え致します。

 

よくTVの科学・医学番組などを観ていると、脳の〇〇の箇所が喜びを司り、△△の箇所は怒りを司る・・・などと説明されたりしています。
これは、喜びを感じている時は、脳の〇〇の箇所の血流が増え、CTなどの画像においても変化が見られる、という点から考えられているものと思われます。
これ自体を私自身も否定をする訳ではありません。
ただ、脳の〇〇の箇所が刺激に反応した結果として喜びを感じる・・・などの見解には、私は疑問符?を抱いているという意味です。
私自身が思う所は、感情(心)がどこで産み出されているのかは別として、

 

喜びなどの感情(心)が働いた結果として、脳の〇〇の箇所が反応している

 

という捉え方をしています。
勿論、私のような捉え方であっても、脳が単なる反応装置という意味ではなく、脳にはまだまだ素晴らしい働きが備わっていると思っています(笑)

 

では、ここで脳に関する余談を少し続けます。
スペインの脳科学者に「ホセ・デルガ-ド(1915~2011)」という人がおりました。
この人は、脳に電極装置を埋め込む事によって精神疾患の治療が出来ないか?と試みた人でもあります。
ちなみに、この脳に埋め込む電極装置は「スティモシ-バ-」と呼ばれています。
つまり、この人は、

 

脳に刺激を与える事で、人の行動をコントロ-ルしようと試みた人

 

でもあります。
そして、彼は猫などの動物実験を行っていき、1952年に、精神病棟に入院している患者さんに対して、人体実験(臨床実験)を行いました。
しかし、その結果というのは、当然の事ながら?とても好ましからぬもので終わりました。

 

そして、その後も、1960年には猿への実験、そして、1963年には牛の脳に電極を埋め込み、闘牛場で牛の行動をコントロ-ルするという実験を行いました。
ちなみに、人体実験の後に、本格的に動物実験を始めているという経緯から見ても、私にはとても空恐ろしさを感じてしまいますが・・・
そのような経過を辿り、その後は彼に対してアメリカ海軍・空軍が資金援助をして研究を続けていたとされています。
そして、彼の長年の人生を研究してきた方は、

 

独裁者に脳チップを埋め込む事によって、一般大衆が独裁者を制御出来るのでは?

 

という観点が彼の研究の出発点となっている、とも伝えています。
そして、2017年の11月22日に、DARPA(アメリカ国防高等研究機関)という所が、戦争からの帰還兵などに対して、

 

脳に電極を埋め込み、PTSD(心的外傷後ストレス障がい)を治療する臨床実験を行う

 

という発表をしました。
様々な意見があろうかと思いますが、現在、ここまで様々な事が行われようとしている現実を、皆さんはどのように捉えるでしょうか・・・

 

では、余談はここまでにして、本題に入っていきます!(笑)
「インサイド・ヘッド」(2015年:ディズニ-・ピクサ-作品)という映画は、感情(心)に個性と姿を持たせ、それぞれがどのように行動しているのか?という観点を描き出したものです。
アニメ-ション映画ですので、小さいお子さんから大人まで幅広く楽しめる内容にもなっています。
では、この映画のあらすじに沿って、感情(心)を見ていきます。

 

この映画の主人公であるライリ-は11歳の女の子です。
そして、彼女の目に映る光景に応じて、もう一つの主人公である「様々な感情(心)」がスイッチを押して、彼女の行動を司っていきます。
では、もう一つの主人公である様々な感情(心)をご紹介していきます。

 

〇 ヨロコビ(他の感情を鼓舞したり、励ましたりと、他の感情と共にライリ-の行動を大局的に司る役割を果たす)
〇 カナシミ(自分では何をしているかは分かっていないが、他に行く所もないらしい・・・)
〇 イカリ(曲がったことが大嫌い!)
〇 ムカムカ(心身共に嫌な目に遭わないようにする)
〇 ビビリ(ライリ-の安全を守るのがとても得意)

 

このように、ライリ-の中には、5つの感情(心)が、それぞれプロフェッショナルとして存在し、働いていきます。
そして、ライリ-が日々起こる出来事に対して感じた感情が、それぞれの想い出として一つの玉(記憶)となって、日々蓄積されていきます。
そして、そのような想い出の中には、特別な想い出というのも存在しています。
これは、人生において特に重要な出来事となっていて、ここでの特別な想い出に伴う感情(心)と共に、ライリ-の個性を創り上げていきます。
ちなみに、ライリ-の中の特別な想い出は島となって、ホッケ-の島、おふざけの島、友情の島、正直の島、家族の島が存在しています。

 

このように日々を過ごしていたライリ-ですが、ある日、別の町に引っ越さなくてはならない状況となりました。
すると、様々な感情がそれぞれの勝手な意見を押し付け合う状況となり、その中で、ヨロコビがライリ-に対してポジティブな何かに気づかせようと様々な事を試みていきます。
まるで、直感のように・・・

 

しかし、そのような状況の中、カナシミは悪気は無いにも関わらず、次第に暴走気味になっていきました。
それに伴い、ヨロコビ以外の感情もその暴走につられ気味になり、ライリ-はあらゆる事に対してネガティブ思考に陥っていきます。
そして、ヨロコビはカナシミを励まそうと、今までの過去の素敵な想い出を話し続けていきます・・・
しかし、カナシミはそのような素敵な想い出に対してさえも、悲観的な見方しか出来なくなっていきました・・・
その後も、ヨロコビは「夢」を通じてライリ-に明日をワクワクさせるよう働きかけも行っていきます・・・が、しかし・・・

 

このような状況が続く中、ライリ-の行動を司っている司令部は混乱を来し、ヨロコビとカナシミがその司令部から投げ出されてしまう事態が起こります。
そして、他の感情をも司る役割を果たしているヨロコビが不在となってしまった事により、ライリ-はドンドン自分を見失っていきます・・・
イカリ、ムカムカ、ビビリはライリ-の為に、ヨロコビの役割を果たそうとしますが、それもなかなか上手く進まず・・・
そして、ライリ-の特別な想い出の島も、次第に崩壊に向かって突き進んでいきました・・・

 

そして、司令部から投げ出されたヨロコビは、ライリ-の幸せの為に!!!と、カナシミを説得しながらも、司令部へ戻る旅を始めます・・・
その道中では、ライリ-の創ったイマジネ-ションランド(想像力)を活用したり、ライリ-の小さい頃の空想上のお友達であるビンボンの助けを借りたり・・・
そして、結末は果たして・・・いかに・・・

 

と、このように「インサイド・ヘッド」の映画は進んで行きます(笑)
ところで、私達はこの映画のように、普段は自らの感情(心)を喜び・悲しみ・怒りなどのように区分・区別しています。
これは自然な事でもありますし、悪いという訳でもありませんし、間違っている訳でもありません。

 

ただ、ご紹介したこの映画のあらすじを辿るだけでもお分かりの通り、ライリ-の中にある5つの感情(心)は、それぞれの特色・違いを産み出しながらも、

 

ライリ-の「幸せ」の為に!!!

 

という働きをしています。
つまり、それぞれに違いがありながらも、

 

ライリ-の「幸せ」の為に!!!・・・という点において・・・「重なっている」

 

という事です。

「怒り」を感じる事で、間違いは正そうと心が働く・・・
「悲しみ」を知っている事で、他者への理解や思いやりに繋がっていく・・・
「喜び」を感じ知っているからこそ、周りの人へも「喜び」を感じて貰いたいとの思いが募り、行動に結び付いていく・・・

私達がコミュニケ-ション不全に陥っていると感じる時は、

 

他者との「重なっている部分」には目をくれず、「違い」の点だけを見つめ強調する

 

という傾向が見受けられます。
そして、このような傾向は、

 

他者に対してだけではなく、自分自身の感情(心)の内でも行っている

 

という点が当てはまります。
しかし、他者に対してであろうと、自分自身の感情(心)の内であろうと、

 

実は・・・「重なっている部分」の方が大きくて広い

 

というのも事実です。
そして、これを突き詰めていくと、

 

私達の誰もが同じく・等しく「重なっている部分」があり・・・
この「重なり」の本質には、誰もが皆「同じ源」を持っている・・・

 

という所に行き着きます。
そして、近頃の様々な風潮や出来事においては、「重なっている部分」を見させないように覆い隠し、そして、「重なっている部分」を好ましからぬ方向性へと逆に利用している、という「負の力学」が働いてるようにも感じます。

 

このTOPICSにおいても、「物事や出来事は、大なり小なり反映されている部分がある」とお伝えしておりますが、この「反映されている部分」というのは「共通点」であったり、今回の「重なっている部分」という視点です。
そして、今回の映画のように、

 

「重なっている部分」は、実は私達の「幸せ」の為に働いている

 

という点を見出し、そして、違いの部分を尊重しつつも、どのように理解し合っていくのか?協働出来る事はないのか?という視点を持つ事で、様々な事柄は次第に変化していくように感じます。
その為に、あなたの中の感情(心)の「重なっている部分」を見つけ出す事は、あなた自身にとっても、そして、あなたの身の周りの方々にとっても、「幸せ」へと導く出発点となってくれる事と思います(笑)
ちなみに、「この世」と「あの世」も違いがありながらも・・・「重なっている」・・・と私自身は感じております(笑)

2018年1月20日 05:01

「人」としての愛念が失われつつある今にこそ・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

お正月、そして、その後の連休も終わり、そろそろ今年も本格始動へ!と気持ちの切り替えをしている頃合いかもしれません。
ところで、そのような切り替えの頃合いでもありますので、本来であれば別のテ-マを準備していたのですが、お正月明けの僅か10日程の間でも、「人」としての愛念が失われつつある・・・と思われる「炙り出し」のような事件・出来事などが頻発している事から、また、気づいて変える行動に移すには早い方が良いという観点からも、今回は「「人」としての愛念が失われつつある今にこそ・・・」というテ-マをお届け致します。
なお、今回のTOPICSの中には、不謹慎・不適切な表現も幾つか出て参りますが、これは、気づきを促すために敢えて活用しておりますので、事前にご理解とご了承を頂ければ幸いです。

 

まず、つい先日、全国的にも成人式が行われましたが、その晴れ着の着付けをしている会社が突如営業停止をして、多くの成人の方々を混乱や悲しみに陥れる出来事が起こりました。
これは、起こった原因に些少な違いはあるでしょうが、昨年に起こった旅行代理店のトラブルのケ-スとも似通っています。
私自身は、成人当時は大学入試センタ-試験のため成人式には参加しませんでしたが、この世という社会においては、成人になるという事は、言わば、

 

新たに産まれ変わる(ような気持ちになれる)契機

 

とも捉える事が出来ます。
そして、これはご本人のみならず、ここまで育ててくれた親御さんや周りの方々にとっても、自分達の行ってきた子育てに一区切りをつける、という晴れの日でもあります。
そして、今回の着付けの会社の起こした事は、

 

人の気持ちを土足で踏みにじる行為

 

という、もしかしたら詐欺などの犯罪行為よりも罪深い?「人」としての愛念を失った行為です。
そして、これもつい先日ですが、ある中国の企業が「AOMORI」という用語を商標出願したとのニュ-スが出ていました。
これは青森に限らず、以前から他の地域などでも同様の例が多数ありますのと、中国などの外国に限らず、日本国内においても、日本人のある弁理士が手当たり次第?に様々な商標出願をしており、時折、話題・問題になっているものでもあります。

 

この手法というのは、様々な用語を予め商標登録をしておき、もし仮にその用語が商品名などになり莫大な利益を生み出すようになった時点で、権利を主張し、代価を得るというものです。
ちなみに、弁理士というのは、本来の商標の価値を生み出した人や権利を守る為の法律家でもあります。
そして、今年に入っても相撲界は更なる賑わい?を見せておりますが、このような手法というのは、言わば、

 

他人のフンドシで相撲を取る

 

という行為です。
そして、他人のフンドシで相撲を取る、というのは、衛生面での問題や不潔という意味ではなく、また、男女に限らず想像力を活用頂ければお分かりになるかと思いますが、

 

心地よいものではない・・・

 

という「感じ」はご理解頂けるかと思います。
これは、別の表現を借りると、

 

何が清浄なものかが分からなくなってしまっている

 

という、これも「人」としての愛念を失った証として現れてきます。
そして、さらに、これもまた先日発覚しましたが、あるスポ-ツ選手が、ライバルを蹴落とすために飲料に禁止薬物を混入したという事件です。
これに対してワイドショ-などでは、さらに監視を増やすべきなのでは・・・などの意見も溢れている模様です。
ただ、これと同種の事は以前から頻繁に様々な分野でも起こっています。

 

例えば、テロの危険性のため航空機などの手荷物検査が強化されたり、機内には刃物やライタ-などを持ち込めない・・・
あるいは、様々な盗難や通り魔などの対策の為に、町中に監視カメラを増強している・・・
また、あおり運転などに対してドライブレコ-ダ-の売れ行きが好調・・・
などなど。

 

「今」という残念な状況においては、ある程度は自らで身を守るというのも効果があり、致し方ない点もあるのかもしれません。
しかし、このような状況が続いていくと、私達は自らの体の中にドライブレコ-ダ-を埋めよう!という???な雰囲気が醸し出されていく事も容易に想像出来ます。
そして、このような状況の悪化が招いて行く先には、

 

「家」から一歩も出られない・・・

 

という状況が作り出されてしまう・・・
いえいえ(ダジャレではありません 笑)、この行き着く先とは、

 

「家」そのものを信頼出来ない・・・

 

という所に行き着いてしまいます。
つまり、百歩譲って「家」にいれば多少の安心感を感じられていたものが、「家」そのものがいつ崩壊するか分からない、という心の状況に陥ってしまうという事です。
そして、敢えて今回のテ-マにおいて、「人」としての愛念・・・と表現したのかと言いますと、

 

「家」から一歩も出られない・・・というのは・・・「人」としての愛念が失われつつある・・・

という事を意味し、

 

「家」そのものを信頼出来ない・・・というのは・・・「魂」としての愛念が失われつつある・・・

という事を意味しています。
そして、

 

「魂」の一表現であるのが「人」

とも言えますし、極端に言えば、

「人」は「魂」の表現の一部に過ぎない

 

とも言えます。
そして、「人」としての愛念が失われる・・・「魂」としての愛念が失われる・・・という観点から考えた時に、

 

どちらがより「深刻な状況」でしょうか・・・

 

「人」としての今までの歴史においても様々な事件や出来事が起こってきました。
多少は同情や理解出来るかも?という出来事もあれば、全く理解不能な事件なども様々に起こってきました。
では、今一度ここ10日程で明らかになってきた、先ほどの事件や出来事を振り返ってみて下さい。
如何でしょうか・・・?

 

「人」としての愛念の欠如と捉える方もいらっしゃるでしょうし、「魂」としての愛念の欠如と捉える方もいらっしゃるかもしれません。
どちらの捉え方でも自由です。
ただ、次の事だけはどちらの考えの方も、今一度見つめてみて下さい。
それは、

 

どちらであっても・・・「身近」な所で起きている事象

 

という視点です。
どこか遠い世界や異次元での事件や出来事ではありません。
そして、このような事件や出来事の原因のどれもが、

 

以前(少なくとも数年前)に端を発している

 

という点です。
今回取り上げた事件や出来事は2018年になって初めて現れてきたものではありません。
それ以前に端を発し、事象となって現れてきたのが「今」である、という事に過ぎません。
そして、今回の一連の事件や出来事が「人」としての愛念の欠如であるとするならば、

 

「魂」としての愛念の欠如が生じてしまうと・・・どのような事が起こってしまうのか・・・

 

という点を踏まえ、そして、

 

「今」は事象として現れていなくとも、既に「今」の時点で端を発しているものがあるかも・・・

 

と考えて気づく事がとても重要になってくるかと思われます。
なぜなら、

 

「今」ならまだ・・・防げる・変えられる事が多々ある

 

からです。
つまり、「今」気づき、「今」何かを変えていければ、

 

将来において「魂」の愛念の欠如により起こり得るかもしれない事象を「炙り出さず」に済む

 

という事です。
そして、もし仮に、「今」において炙り出されている事象が「魂」としての愛念の欠如の兆しであるとすれば、今一度「人」としての愛念の欠如に目を向ける事で様々な事が解決可能になっていきます。
そして、その事に気づき、変化させるキッカケになる言葉があります。
それは、

 

喉(のど)元過ぎれば熱さを忘れる

 

です。
これは「反面教師」として活用出来る言葉です。
これまでも様々な出来事が起こり続けてきている事は、先ほどの「人」としての歴史からも明らかであると思います。
にも関わらず、減らないどころか、更に輪を掛けたような出来事が起こっているのは、まさに、

 

喉元の熱さを忘れつつ・・・臭い物に蓋をしてきた・・・

 

という所に端を発しているように感じます。
そして、反面教師の活用というのは、

 

今一度、喉元が熱かった出来事などを振り返る・・・

 

という視点です。
これには、個人的な出来事も含まれますが、

 

(一見すると自分とは関係ないように思われる)世の中・社会の出来事

 

の方が、今後は、より重要になってきます。
今回の着付けの出来事や旅行代理店でのケ-スなどは、利用した方々にとっては、言わば「通り魔」的な出来事です。
わざわざ前もって会社の財務内容などを検討する事も出来ませんし、ましてや、そのような事をしなければ安全・安心でないのであれば、社会そのものが機能しなくなってしまいます。
そして、なぜ、敢えて「人」と「魂」とを区別したかと言いますと、

 

「人」としての愛念の欠如の多くは、「個人的」な喉元が熱かった出来事を振り返る事により解決出来やすくなる

という傾向がありますが、

「魂」としての愛念の欠如の多くは、「社会・集団的」な喉元が熱かった出来事を振り返る必要性が出て来る

 

という傾向に現れやすいからです。
つまり、今回の着付けの出来事にせよ、スポ-ツ選手の事件にせよ、自分は成人ではないから関係ない、あるいは、自分はスポ-ツ選手ではないから関係ない、あるいは、日本から遠い国の出来事などは自分には関係ない、などのような、

 

(過度の)無関心が「魂」としての愛念の欠如を助長してしまう

 

という事です。
これが行き過ぎた場合には(既にそうなりつつあるようにも個人的には感じますが)、自分には関係のない、起こりようのないと思われる出来事が、

 

「魂」としての結び付き・親和力により、自分にも起こってしまうかもしれない・・・

 

との広い視点を持つ必要がある時代という事かもしれません。
かと言って、今回は何かの怖れや混迷を感じさせる為のものではありませんし、あくまで、「今」からでも様々な事は変えていけますよ!という趣旨です(笑)

 

そして、その為には、「個人的」に忘れてしまった喉元が熱かった出来事を再度見つめ、そして、それを「社会・集団的」に忘れてしまった喉元が熱かった出来事に心を馳せるだけでも充分変わっていきます。
お一人お一人の出来る事には、ある種の限界があるのかもしれません。
それは私も同様です(笑)
しかし、出来る事はお一人お一人に必ずあります。
私においては、このTOPICSなどでお伝えするという微々たる事かもしれませんが(笑)

 

そして、昨年から繰り返しお伝えしております「自分のした事は自分に反ってくる」というのは、今年は特に必要になると感じています。
そして、

 

この「反ってくる」と同じ意味合いが、今回活用した「炙り出し」という事象

 

です。
そして、これを現実に当てはめると、

 

進む方向性は・・・監視や規制を強める事ではない・・・

 

と私自身は感じます。
なぜなら、あらゆる事象に対して監視や規制を強めていく「一方(向)」だけを進めるという事は、先ほどのように、臭いものに蓋をするという事でもあり、自分で自分の首を絞めるのと同じ事になってしまい・・・と同時に、イタチごっこ・・・でもあるからです。

そして、例えば、地上と環境の違う飛行機内での誤作動などにより危険性の高い物などが持ち込み禁止とされる理由は理解出来ますが、青森から東京へ向かう飛行機の中で、美味しいリンゴを普通にナイフで調理して食べられる・・・という、何かを監視・規制せずとも、皆が安全・安心な社会は素敵な世の中だと思われませんか・・・(笑)

2018年1月13日 02:01

2018年のキ-ワ-ドは・・・「見下す」&「火」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

2018年、明けましておめでとうございます!!!
本年も皆様にとって、更なる輝きに満ちた人生となる事を心より御祈念致しますと共に、引き続き、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

様々な年末年始のお過ごし方をされた事と思われますが、私の住んでいる青森県五所川原市の年末年始は、比較的穏やかで寒さも緩み、雪かきもほとんど不要な楽な天候に恵まれました(笑)
そして、皆様も年の初めに様々な思いや目標などを、改めて思い描かれた事かとも思われます。
そこで、今回は2018年1回目のTOPICSという事もあり、「2018年のキ-ワ-ドは・・・「見下す」&「火」」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、まず始めに、この類のキ-ワ-ドやメッセ-ジ、あるいは、初詣などで引くおみくじなども同じですが、この中に込められているのは、

 

「両面」の内容がある

 

という点が共通しています。
例えば、「表・裏」「正・負」「ポジティブ・ネガティブ」などのようなイメ-ジをお持ちかと思われますし、これは一見すると相反する内容のようにも思われますが、本来はこのようなメッセ-ジの類というものは、

 

あなたを不快にさせたり・・・あなたを制限したり・・・

と言った類のものではなく、その「両面」に込められている本質は、

あなたを守り・・・あなたを導くもの・・・

 

です。
なので、おみくじや雑誌の占いなどの内容があなたにとって望ましくないものであったとしても、むやみに一喜一憂したり、過度に気にする必要性もありません(笑)
また、このような観点からも、あなたの中の怖れを利用した助言?アドバイス?などにおいても、例えば、あなたには何か悪いものが憑いている・・・あるいは、あなたの運気が悪いのは〇〇のせいです・・・などと言った言葉を、むやみやたらに用いて、法外な請求をしたり、高額な商品を買わせるといった商法は全て「ニセモノ」である事を、一目瞭然であなた自身で判別出来るようにもなります(笑)
故に、今回のテ-マにつきましても、あくまで私自身が感じている2018年のキ-ワ-ドですので、自分には関係ないと思えれば放念頂いても宜しいですし、必要な時に活用頂いても、どちらでも自由です(笑)
では、進めて参ります!

 

ところで、2018年のキ-ワ-ドが「見下す」&「火」という言葉から、「???」と思われる方がほとんどかと思います(笑)
そこでまず、「見下す」のキ-ワ-ドの「両面」は、どう読むのか?で明らかになっていきます。
まず、「負の面」として、

 

見下(くだ)す

 

という面が現れてきます。
よく、人を見下(くだ)した態度、相手を見下(くだ)した言葉、などとも使われます。
ここ数年前までは、考えや意見の相違などがあっても、比較的、調和・バランスを保とうという人々の意識のエネルギ-が働いていましたが、現在ではこのバランスが崩れてきています。
つまり、「見下(くだ)す」という観点では、

 

自分と考えや意見の違う相手は、取るに足らぬ者・・・

 

という風潮が既に現れ始めてきています。
例えば、

 

差別的な言葉を使うのも表現の自由の一部である・・・という自由や権利の履き違え

 

などのケ-スも実際に現れ始めています。
そして、この「見下(くだ)す」という本質には、

 

自分の考えや意見が絶対的に正しいもの(正義)である・・・なので、相手は間違い(悪)である・・・

 

という部分が大きく影響を及ぼしています。
例えが適切ではない事をご了承頂いた上でですが、どちらかと言えばワンマンな傾向のある経営者の会社に勤めている方にとっては、ご理解頂ける点が多々あるかもしれませんね(笑)
そして、このような場面というのは、職場のみならず、地域、学校、国、あるいは、個人の人間関係においても同様に当てはまります。
つまり、この「見下(くだ)す」という姿勢により、何かのバランスを失いつつあるというのは、

 

(あらゆる意味・面において)今までのコミュニケ-ションが崩壊しつつある・・・

 

という社会の現実を炙り出しています。
当然の事ながら、

 

「見下(くだ)す側」は、相手を箸にも棒にもかからない相手と思い・・・

「見下(くだ)される側」は、相手に不快・怒り・憤懣(ふんまん)などの感情を持つ・・・

 

というのも至極当然になっていきます。
まるで、両者の間で、バチバチと「火花」が散っているように・・・
そして、ここでの「負」の側面において一番大切なのは、私達の誰もが、様々な場面における状況や立場の違いにおいて、

 

「見下(くだ)す側」「見下(くだ)される側」という「両面」の、どちらにも成り得る可能性がある

 

という点です。
そこでまず、あなたが「見下(くだ)される側」の場面における対処法からお伝え致します。
あなたが「見下(くだ)される側」と感じる場面においては、「見下(くだ)す側」は、

 

あなたのほんの僅かな一面しか見ていない・・・
と言うよりも・・・
その僅かな一面しか見る事が出来ない人(相手)・・・

 

という事が言えます。
なぜ、このような「人(相手)」になってしまうのかは、人それぞれ様々な理由や出来事はありますが、少なくともこのようなケ-スにおいてあなたが取り得る方法としては、

 

あなたは自分の考えや意見を毅然とした態度で伝え・・・

そして、伝える時には、

感情を極力省き、理性を活用し、穏やかでゆっくりとした(早口にならない)口調で伝え・・・

そして、伝える時と同じ心持ちで、

相手の話にも耳を傾ける・・・

 

という視点を持つ事で、その後の展開が変わっていきます。
勿論、あなたがこのように対応しても、それをも上回る「幼稚さ」で対応してくる相手もいるかと思います(笑)
そして、そのようなケ-スが続く場合には、あなたが自分の環境や状況などを変えても良い契機として捉える事が、あなたのその後の人生の発展にも繋がっていきます。
また、このような環境や状況においては、得てして、内部からの自浄作用というものが自然と働いていく兆候も見受けられます。

 

そして、私が今回お伝えしたい点は、繰り返しですが、私達の誰もが、「どちらの側」にも成り得るという観点から、もし仮に、あなたが「見下(くだ)す側」に廻ってしまった時の事です。
そして、この「見下(くだ)す側」に廻ってしまった時のあなたは、

 

傲慢・・・

 

に居るという点に気づくかどうかが岐路になります。
そして、この傲慢が極みを増した結果に行き着く先というのは、

 

孤独・・・

 

という地点に結び付いてしまいます。
簡単な比喩で申しますと、この時には既に「裸の王様」の状態です。
このような姿勢を更に続けていけば、どのような人生になっていくのか・・・?という点は、想像力を活用すればお分かりになるかと思います(笑)
そして、このような「見下(くだ)す側」に廻らない為にも、皆さんも聞いた事があるであろう一つの言葉があります・・・それは、

 

実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな

 

です。
日本は稲作の国でもありますのと、実はこの言葉が、「見下し」の「正の面」と繋がっていますので、次に続けて参ります。
この「正の面」・・・それは、

 

見下(おろ)す

 

です。
そして、この「見下(おろ)す」とは、相手に使うものではなく、あなた自身に活用するものです。
「見下(おろ)す」とは、2018年に限った事ではなく、このTOPICSにおいても繰り返しお伝えしていますが、

 

「時には・・・」自分自身を客観視し、そして、自分の人生を俯瞰する

 

という意味です。
ところで、皆さんも小学校の理科の実験で行った事があるかもしれませんが、虫眼鏡で太陽光を一点に集めると、次第に「火」が着いていきます。
これは、

 

何かを成し遂げる際には、意識の焦点を一点に合わせると効果的

 

という意味と同じです。
これはこれで、多いに役立ちますし、多いに活用出来る手法です。
では、「時には・・・」と敢えてお伝えした点を考えて見て下さい。
理科の実験では一点に太陽光を集める事で「火」を起こす事に成功しました。
それでは、その起こした「火」は、その後何に役立てようと考え生み出したものでしょうか?

 

もしかしたら、「火」を起こして成し遂げたい事というのは、暖を取る為かもしれないですし、魚や肉を焼く為かもしれないですし、お湯を沸かす為かもしれません。
しかし、「火」を起こしただけではその目標は達成出来ませんし、そのまま続けていても一点が焼け焦がれていくだけです。
目標を成し遂げる為には、「火」を拡大させる為の紙や木などを活用する必要性が出てきます。
そして、この紙や木などをあなたの周りに探す・・・つまり、あなたにとって役立つものを探すには、

 

あなた自身、そして、あなたの周りを客観・俯瞰する視点が役立ってくれる

 

という事に繋がっていきます。
これは、「火」が着いた後も、虫眼鏡をジッと眺めているだけでは、「火」を拡大させる何かを見つけられないからです。
しかし、今回の2018年のテ-マとしてお伝えしたい趣旨はここではありません・・・
なぜなら、このTOPICSをお読みになって頂いている皆さんは、2018年に目標や夢を実現出来る事を「前提」としてお伝えしているからです(笑)
では、本当の趣旨とは・・・それは、

 

一番大切になるのは・・・目標や夢を成し遂げた後の生き方・姿勢に現れる

 

という事です。
目標や夢を成し遂げる事はとても素晴らしい事ですし、それなりの頑張りや努力、そして、時間や費用なども費やしているかもしれません。
ただ、目標や夢を成し遂げた後に、何故か物事が上手く廻らなくなるというケ-スも多く見受けられます。
よく言われような「燃え尽き症候群」や「空の巣症候群」などもケ-スとしてはあるかもしれません。
しかし、上手く廻らなくなる理由として考えられるのは・・・

 

何かを成し遂げた事により・・・自分でも知らぬ間に「見下(くだ)す側」に廻ってしまっている・・・

 

というケ-スが多いように感じます。
勿論、自身の成功体験を求めている人に伝えるというのは必要な事でもありますし、役立つ事でもあります。
また、自身の頑張りや努力を自分で褒めてあげる事も大切な事でもありますし、自信を持つという事は、その後の生き方・姿勢にも多いに良い影響を及ぼす事と思います。
そして、敢えて何故このようなコメントをしたのかと言いますと、意外?と多くの方が、

 

目標や夢を成し遂げた後は、自分が傲慢になってしまうのでは?・・・という事を怖れ・・・
そして、
成功した自分は次第に孤独になるのでは?・・・という事を怖れ・・・

 

といった観念を持っているケ-スが見受けられます。
つまり、

 

成功するには何かを犠牲にしなければならず・・・
成功した暁には、何かの埋め合わせのように不幸な出来事が起こるのでは・・・

 

などのように、

 

自分の目標や夢を成し遂げる事を・・・無意識の上で・・・自分自身で遠ざけている

 

という事です。
もっと簡単に表現すると、

 

成功してしまうと・・・自分を見失ってしまいそうな怖れ・・・

 

とも言えるかもしれません。
このような観念に至るには、それまでの環境や風習や文化や地域性や教育など、様々な要因が絡み合っている事と思われます。
そして、そのような事が悪い訳では勿論ありません。
しかし、「今」、もしかしたら自分の中に幾分かでも目標や夢を成し遂げる事を遠ざけている観念があるかも?と感じられる方は、ここでも、やはり・・・

 

実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな

 

という「見下(くだ)す側」に廻らないのと同じ言葉が当てはまります。
私達は永遠に成長し続けていますし、それはこれからも変わりません。
逆に言えば、

 

永遠に続いていく事が成長の本質

 

とも言えます。
繰り返しですが、目標や夢を成し遂げたいとの思いを持ちながらも一歩が踏み出せない、という方は結構多いものです。
そこには、何かを成し遂げた後の自分は傲慢になり・・・孤独になるのでは・・・という怖れにも似たような観念が見て取れるケ-スがとても多いです。
しかし、先程来からご紹介した言葉のように、

 

どこまで実っても大丈夫です!
その事を持って、
悪い出来事などは起こりません!
なぜなら、
成長はここで終わり・・・というものは存在しないからです!

 

その為に、自分が「見下(くだ)す側」に廻らぬように、自分自身を「見下(おろ)す」という視点を持っていれば、それで怖れを充分防ぎつつ、誰かや何かを傷付けたり犠牲にする事もせずに、どこまでも望む成長をし続ける事が出来ます(笑)

 

そして、もう一つ「火」というキ-ワ-ドを出しましたが、これにも「両面」があります。
「火」という言葉からは、「火事」などの事故のように、想い出の品などが燃やされてしまうという印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんし、先ほどコメントしました「バチバチと火花が散るような人間関係」などのように「負」の面が思い起こされるかもしれません。
しかし、不動明王像などのように、メラメラとした「火」が一切の邪気を「祓う」という風に活用されているものもありますし、様々な「変化」を可能とする「錬金術」でも「火」は必須のアイテムでもあります。

 

「見下(くだ)す側」と「見下(くだ)される側」の間では「火(花)」が起こりやすくなりますし、何かを成し遂げるには「火」を一点に集め、そして、その「火」を拡大していく何かを探し出す際には「見下(おろ)す」事で見つけやすくなり、よりスム-ズに素敵な展開が開けていきます(笑)

 

今回は、あくまで私が個人的に感じる「見下す」そして「火」というキ-ワ-ドで2018年の展望を思い描いてみましたが、「正」としても活用出来ますし、「負」になる事を防ぐ為にも活用出来ます。
そして、大きな出来事でも小さな出来事でも、もし、あなたがその中から何かを探し出そうと思われるならば、今回のキ-ワ-ドをその中に探し出して見て下さい。
そして、その中からどちらを活用するのかをあなたなりに決める事で、不要なトラブルを避ける事も出来る事でしょうし、また、トラブル?と思われる出来事からも、それを最小限に抑え、なおかつ、「正」の部分を見つけ出して、その後に役立てる事が出来るようになっていきます。

是非、2018年、あなたの目標や夢を、どうぞ安心して実現して下さい!!!
そして、改めまして、2018年もどうぞ宜しくお願い申し上げます(笑)

2018年1月6日 04:01

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