2017年の感謝と2018年へのメッセ-ジ

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

2017年の最後のTOPICSとなりますが、本年も、カウンセリング・レイキ ヒ-リング・ヒプノセラピ-(催眠療法)をお受けになって頂きました皆様方(小さいお子さん、そして、ペットの動物も含めまして)、そして、セミナ-、レイキ ヒ-リング認定講座、ヒプノセラピスト認定講座をご受講頂きました皆様方、この場を借りて改めて厚く御礼申し上げます。
また、直接お逢いしていない方々の中においても、このTOPICSをお読み頂きました皆様方へも併せて御礼申し上げます。

 

前回のTOPICSでは2017年の「乱れ」をお伝え致しましたが、この「乱れ」が加速していくものか、あるいは、「揺り戻し」の現象が現れるものかは、これからの皆様お一人お一人の「思い・言葉・行動」に関わっていきますが、どちらにしても変化は必ず現れてきます。
そして、そのような変化に「翻弄される」のか?、あるいは、「時機と捉えて上手に活用する」のか?と言った、「迷い」が生じやすい2018年になる事も考えられます。
そこで、今回のTOPICSは、年末年始のお忙しい最中でもある事と思いますので、2018年へのメッセ-ジとして、短く簡潔にお伝え致します(笑)
そこで、まず、

 

私達に求められているのは・・・最善を尽くす事だけ

 

です。
そして、何が「最善」なのか?というのは、

 

自分に出来る範囲内で、出来る事を行う

 

という事だけです。
そして、この「積み重ね」により、

 

今迄では出来なかった事が出来るようになり、さらに自然と出来る事が増えていく

 

という「変化・成長」に確実に繋がっていきます。
そして、

 

私達は「過去そのもの」を感じる事は出来ない

という事と、私達が「過去」を感じられている・・・と思えるのは、

「今」この瞬間での事

 

です。
そして、同様に、

 

私達は「未来そのもの」を感じる事は出来ない

という事と、

「未来」はどこまで行っても「今」という瞬間の事

 

です。
そして、「最善」と「今」をプラスすると、

 

私達に求められているのは、「今という瞬間に最善を尽くす」

 

という事だけです。
そして、最善を尽くすとは、頑張りや努力という意味合いだけではありません。
それは、

 

楽しむ事にも最善を尽くす事が出来る・・・命一杯楽しんでも良い!

 

という意味合いも含まれています。
そして、楽しみにも最善を尽くすという事を、ほんの頭の片隅に置いておくだけでも、

 

2017年より2018年には、より「幸せ」に気づき、より「幸せ」を実感出来る事が確実に増える

 

という事に確実に繋がっていきます(笑)
そして、2018年は、

 

「言葉のトラブル」にお気を付け下さい

 

これは、2017年からの「揺り戻し」の兆候として現れやすくなってきます。
故に、何かが変だなぁ?と感じた際には、

 

「言葉」を見つめ、そして、「言葉」を分析する

 

という姿勢を保つ事で、そこに解決の糸口を見つけやすくなります!

皆様にとって素敵な年末年始となりますよう、そして、さらに輝きに満ちた2018年になります事を、心より祈念しておりますのと共に、引き続き、2018年もご愛顧の程、どうぞ宜しくお願い申し上げます(笑)

2017年12月30日 04:12

2017年の「乱れ」の根本にあるのは・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

2017年も残り僅かとなりましたが、皆さんにとっての2017年は、どのような年でしたでしょうか?
個人的な出来事なども様々あった事かと思います。
嬉しかった事、楽しかった事、あるいは、悲しみや怒りを覚えた出来事などもあるかもしれませんね。

個人的な出来事は別としても、今年は社会という世の中が、かなり「乱れ」ていると、私自身は強く感じた年でもありました。
政治家の暴言・失言・私物化、大企業による相次ぐ(昔からの)不正、差別などを助長する怖れのある分断、宗教観などの価値観の違いによる対立、そして、不穏な世界情勢の雲行きなど・・・

 

ただ、このような「乱れ」は今年に入って始まったものでもありません。
私自身は「今」に繋がる「乱れ」は、ここ3~4年程から特に強まっているように感じます。
そこで、今回は「2017年の「乱れ」の根本にあるのは・・・」というテ-マをお届け致します。
ちなみに、本当は私自身も光のある話題を取り上げたかったのですが、今年は本当にそのような世の中における話題が少なかったように感じます(苦笑)
ただ、だからと言って、2018年に向けて落胆のような気持ちを持ち越す必要性もありませんので、その点も含めて続けて参りますのでご安心下さい(笑)
ちなみに、例年に無く、私個人的には「今」があまり年末という感覚が湧きません・・・これは私だけでしょうか?(笑)

 

ところで、今回のTOPICSについては、私自身が「乱れ」の根本にあると感じるものを、率直にコメント致します。
まず、現在の「乱れ」の表層を覆っているもの、つまり、「乱れ」の根本ではないが、既に現象・事象として現れているもの、それは・・・

 

「虚」(いつわり、うつろ、むなしさ・・・)

 

に端を発しているものと感じます。
フェイクニュ-スなどのような「言葉」も残念ながら用いられるような時代になってしまいましたが、現在の「乱れ」の多くが、

 

虚偽・虚言・・・他の人を偽り・・・他の人をコントロ-ルしたいという欲求へ・・・

という、今迄であれば「側面」的な傾向であったものが、

現在では「本質」的な面として現れてしまっている・・・

 

という点がとても大きいように感じます。
そして、そのような「虚」が周囲に溢れ出してくるにつれ、

 

次第に「虚」に慣れてしまい・・・「虚」である事に気づかず・・・「虚」から目を逸らしていく・・・

 

という点に結び付いていきます。
そして、「虚」を操っている側も、本来は自分自身でも「虚」である事を自覚していたであろう事柄が、

 

次第に自分自身の中でも「虚」が「真」に変質してしまっている・・・

 

という状態が「今」に繋がっていると思われます。
例えば、簡単な例を考えますと、今迄は「つまみ食い」は良くない事と自覚しながらも、ある程度の節度を持ち、多少の後ろめたさも持ちながらも「つまみ食い」をしていたものが、

 

自分でも気づかぬうちに、「つまみ食い」が堂々とした「お食事」・・・

 

となってしまっているというケ-スです。
このような、あまりにも行き過ぎた傾向に対して、戒めとして使われるのが、

 

恥を知りなさい

 

という「言葉」です。
そして、私は今年の夏頃からこのTOPICSにおいて、表現を拡大していきます、とお伝え致しました。
それは、誤解を怖れずに言えば・・・、とも言えますし、誤解をされても良いので・・・

 

役立つものは何でも活用する

 

という「行動」を強めようと思った点にあります。
そして、何故そのようなスタンスに変化させていったかと言いますと、

 

今回のテ-マの「乱れ」が日々強くなっている・・・

 

と感じたからです。
そして、そのような事態を回避し、少しでも変えていく為には、あくまで私自身が感じているという前提ですが、

 

真実からの視点が必要

 

との「思い」から発しています。
そして、「虚」はあくまで表層部分であり、現象・事象として現れている兆候ですが、「乱れ」の根本にあるもの、つまり、「虚」を活用している者にとっては、

 

この世だけが全て

 

との「思い違い」から来ていると感じます。
そして、この世だけが全てであれば、自分の欲望を満たすために、あらゆる手段を動員するという発想になっていると感じます。
そして、それにより自分は満たされていると感じ、

 

自分にとって都合の良い現実は、「自分だけ」には永遠に続くもの

 

との「強い思い違い」から生み出されていると感じます。
そして、先にコメントしたような様々な現在の風潮は、

 

自分さえ良ければ・・・それで良い

 

との根本が存在します。
繰り返しですが、政治家の暴言・失言・私物化、大企業の不正、差別の助長、価値観の違いによる対立、不穏な世界情勢などの全てが残念ながら当てはまってしまいます。
そして、このような風潮や傾向を変化させていくには、ある意味数少ないとも言える真実を今年のTOPICSにおいては繰り返しお伝えしてきました。
それは、

 

自分のした事は必ず自分に反ってくる

 

という真実です。
多くの方がこの一点だけにでも気づき、理解し、そして、出来る範囲内で行動に移していければ、この世は確実に変化していきます。
嫌な事を自分がしたら、最終的には自分も嫌な目に遭う。
素敵な事を自分がしたら、最終的には素敵な事が自分にも周りも起こる。
ただ、これだけの事です・・・

しかし、今の「乱れ」の中にあっては、気づこうとせず、理解せず、従って行動にも移さないというのは、嫌な事をしたら・・・嫌な事が自分に反ってくるかも?という想像力の欠如の他に、

 

人としての愛念を失いつつある

 

という証となっている事のように感じます。
つまり、

 

「虚」が「真」を覆い隠してしまっている

 

という状況です。
今回はとても厳しい側面のコメントをしておりますので、ここ迄で、暗い気持ちになっているかもしれませんが大丈夫です(笑)
それは、

 

どのような状況であろうとも、揺り戻しという現象が起こる

 

からです。
言わば、振り子の針が揺れるようなものです。
そして、これは気休めではありません。
それは、

 

エネルギ-は高い所から低い所に流れる
つまり、
低いエネルギ-は高いエネルギ-には影響を及ぼす事が出来ない

 

という科学・自然法則にも現れています。
そして、今という「乱れ」の世の中においても、確実に誰にでも出来る事があります。
それは、このTOPICSでも繰り返しお伝えしている通り、

 

「思い・言葉・行動」を大切にする

 

という事です。
この、「思い・言葉・行動」を蔑(ないがし)ろにしている結果が、今の「乱れ」に大きく関わっています。
そして、これも今年からのTOPICSでも繰り返しお伝えしているように、

 

「今」を生きる上でも、「あの世の視点」は役に立ち活用出来る

 

という点です。
これは、あの世を信じようと信じまいと、どちらでも構いません。
これは、

 

この世が全て・・・に端を発する、「乱れ」を伴う「思い・言葉・行動」を変化させる力を持つ
のみならず、
その先の私達、そして、その先のあなた自身に多大な影響を及ぼす

 

という事に繋がります。
この世においては様々な欲望があります。
勿論、私自身にも様々な欲望はあります(笑)
欲望が悪い訳ではありません。
人としての愛念を失うというのは、

 

欲望に全自我が支配されてしまっている・・・
そして、
その欲望を満たすためには、他の人はどのようになろうとも構わない・・・

 

という状態です。
そして、愛念を失う事を助長しているのが、先程来からの、

 

「思い・言葉・行動」を蔑ろにし・・・
「虚」の「思い・言葉・行動」に自分が支配され・・・ているにも関わらず・・・
その事に全く気づいていない・・・

 

という現象・事象となって現れているという事です。
そして、「あの世の視点」を活用するというのは、そのような欲望にあなたの全部が支配されてしまっているとしたら、

 

あなたは、どのような「あの世という世界」に移行する事になるのでしょうか・・・?

 

という想像力です。
そして、もし、あなたも何かしらの「乱れ」を感じ、あなたの身の周りにその影響を減らし、そして、少しでも望む良い方向への変化を求めるならば、あなたの出来る範囲内で充分ですので、

 

あなたの中の「思い・言葉・行動」を大切にする

そして、もし幾分かでも受け入れる余地がありそうと思えるならば、

その「思い・言葉・行動」を実践する際の判断基準として、「あの世の視点」をも活用する

 

という事が言えます。
この世だけが全て、と思ってしまうと、あらゆる欲望を満たそうと心がそちらに向いてしまう事も理解出来ないでもありません。
しかし、「あの世の視点」の活用を表現を変えれば、

 

「今というこの世」は、他界後に戻る本来の生活の場への準備になる

 

と少しでも捉える事が出来るようならば、「出来る範囲内で自らを少しだけでも律する」というのは可能になるかと思われます。
そして、

 

この世であろうとあの世であろうと、存在というのがあなた一人であるならば・・・欲望という感情すら生まれない

 

というのも真実です。
そして、あなたがこの世でたった一人ならば、

 

「思い・言葉・行動」を実践・活用する場も生み出しようがない

 

という事です。
私達は他界後に自動的に仏や神になる訳ではありません(おそらく、かなり努力をしても難しい事でしょうし、その前に、再三再四、生まれ変わってくる事がほとんどだと思います(笑))。
言わば、

 

他界後も個性は一切変わらない

 

という事です。
そして、ご自身において望ましくないと感じる個性を変化させていける唯一の方法は、

 

気づく

 

ことだけです。
それであるならば、

 

「今」気づいて、「思い・言葉・行動」を変えて行く方が、よほど簡単である

 

という事です。
今回は厳しくも辛辣でもある内容になりましたが、その趣旨としては、

 

まだまだ様々な事を変化させて行く事が出来る

 

という段階でもあります。
そして、2018年に入ったからといって、何かが自動的・自然的に変化していくものではありません。
変化を起こすのは・・・既に・・・「今」から始まっています・・・
そして、「思い・言葉・行動」とコメントしてきましたが、興味のある方は以下の様々な視点をご自身なりに考えてみて下さい。

 

この世界に「言葉」が無ければ、どのようになっている事でしょうか・・・?
「思い」を表現するために「言葉」が発明されたのでしょうか・・・?
「思い」は「言葉」に影響を及ぼされる事はないのでしょうか・・・?
「思い」が無ければ、何が私達を「行動」に駆り立てるのでしょうか・・・?

 

そして、少しだけ余談でありますが、今回のテ-マの趣旨とも繋がってますので、先を続けます。
ここ連日、相撲の世界の事がニュ-スなどでは溢れかえっています。
確かに、傷害事件でもありますが、どこに真実・事実があるのかも分かりませんし、様々な理由や事情等もあるのかもしれませんし、私自身もこのニュ-スなどをよく見聞きしておりませんので、あくまで個人的な印象ですが、

 

ただ、この相撲協会と、とある親方の関係・・・
そして、北朝鮮と、それに対峙する各国の関係・・・

 

ここには似通った点があるように私には感じます。
どちらが良い悪いと言った意味ではありません。
良い悪いという観点は、時には「感情」に先走り過ぎる傾向を生み出し、そして、「裁く」という判断に陥りがちになりますので、ここではあくまで善悪の判断は致しませんが、もう皆さんもご存じの通り、この2つの大きな共通点は、

 

どちらも(直接)対話の道を閉ざしてしまっているのでは・・・?

 

という所です。
そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしている通り、

 

物事や出来事においては、大なり小なり相互に反映されている部分がある

 

という事です。
そして、この点を何故繰り返しお伝えしているかと言いますと、

 

この点を蔑ろにした結果が・・・今までの人の歴史の忌まわしい部分(人と人との殺戮など)に現れている

 

からです。
つまり、「賢者は歴史に学ぶ、愚者は経験に学ぶ」の現れです。
そして、仮にどうしても「経験に学ぶ」のであれば、この様々な物事や出来事における、

 

反映されている部分に気づけば・・・解決策も見え・・・過去の忌まわしい歴史を繰り返す必要がなくなる・・・

 

という方向に進んで行きます。
そして、この視点を蔑ろにしたり、あるいは、無関心を装ってしまうと、

 

より大きなものの為には、小さなものは無視して良い・・・そして、些細なものは多少の犠牲が出てもやむを得ない・・・

 

という方向に間違いなく、かつ、誤った方向に突き進んで行ってしまいます。
そして、繰り返しですが、今回のテ-マの風潮として挙げたケ-スのどれもが、

 

人と人との間の事柄・出来事

 

です。
このどれもが、この世界に存在がたった一人しかいないならば、事柄・出来事も存在し得ません。
そして、このような人と人との間における問題において今の行き過ぎた兆候の根本にあるのは、

 

自分の意見を押し通す為に、人質的な弁法を悪用している

 

という点が見られます。
そして、この人質的な弁法というのは、

 

(怖れなどを利用して)自分に都合の良い言い訳をして、相手の意見を遮ってしまう

 

という意味合いです。
そして、このような弁法がラザニアやミルフィ-ユのように積もり重なって、

 

何が「真」かが見えなくなってしまっている・・・

 

とも言えます。
ちなみに、ラザニアやミルフィ-ユに罪はありません(笑)
そして、この傾向こそが、先ほどコメントした、

 

(自分に都合の良い言い訳という)「虚」が「真」を覆い隠してしまい、何が「真」であるかという目を逸らさせている

 

という結果に繋がってしまっています。
そして、この「虚」が「真」を覆い隠し、いつの間にか「虚」が「真」に取って変わられてしまう・・・しかし、それに気づかない・・・という傾向は、私達誰しもの個人の内面においても起こり得るものであり、現に起こっているかもしれません。
しかし、どのような問題であろうと、個人の内面であろうと、

 

人と人との間の問題、個人の内面の問題、という「人」が関係している問題は必ず解決出来る

 

という点が最も大切になります。
そして、このような意見には、

 

でも、現実的には・・・

 

という「言葉」が必ず出てきます。
では、

 

そのような現実を創り出した、あるいは、今も創り出しているのは・・・いったい、誰なのでしょうか・・・?

 

どうぞ2018年に向け、「今、ここから」出来る事、そして、あなたの望む人生などを創り上げるのに役に立つものが、「思い・言葉・行動」である点を今一度考えてみて下さい・・・
そして、帰結点でもあると同時に、出発点ともなる答えが・・・「自分の現実を創り出しているのは誰ですか?」という点にあるのでは・・・と、私個人的には強く感じています(笑)

2017年12月23日 01:12

人生の「ホワイトアウト」においては・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日は12月においては強力といわれる寒波が到来しまして、日本の多くの地域で積雪となった模様です。
私は寒波到来の初日に、歯医者さんの定期クリ-ニングの予約日に当たっておりましたが、その歯医者さんまでは15Km位離れておりますので、「地吹雪」の津軽平野を車で往復してきました(笑)
そこで今回は「人生の「ホワイトアウト」においては・・・」というテ-マをお届け致します。

 

そこで、雪に馴染みのない場所に住んでおられる方の中には「ホワイトアウト」という言葉をご存じない方もいらっしゃるかと思いますが、「ホワイトアウト」とは、猛烈な強風と吹雪により視界が遮られ、周囲の景色がほとんど見えなくなってしまう自然現象です。
映画などでよく出て来る「砂嵐」のようなイメ-ジと考えて頂いてもよろしいかと思います。

そして、このような自然現象と私達の人生との関係も相互に反映されている場合もあります。
より正確な表現となりますと、

 

私達は様々な自然現象や出来事などからも、たくさんの事を学び取ることが出来る

 

という意味合いになるかもしれません。
そして、学び取るという表現においては、どことなく「受け身的」な感じを受けるかもしれませんが、

 

様々な自然現象や出来事に対して、あなたならば、どのような意味付けを行うのか・・・?

 

という視点が今回のテ-マの趣旨ともなっています。
言わば、あなたの「積極的・能動的」な姿勢を活用して、

 

あらゆる事象や出来事から、あなたの人生において役立つ視点を獲得する事が出来る

 

というように活用する事が出来ます。
ところで、津軽地方では「ホワイトアウト」の事を「地吹雪」とも呼んでおりますし、私も小さい頃に学校に行く際には、よく「地吹雪」を体験しました(笑)
このような真冬においては教室に入りスト-ブにあたると、手が膨れて痒くなったりといった体験も懐かしさを覚えます。
そして、津軽地方ではこのような猛烈な自然現象でさえも、「地吹雪体験ツア-」と称して、観光誘致の素材にもしております。
言わば、地元の人にとっては有り難迷惑?な現象でさえ、お金を払ってでも体験してみたい!という方々への商品として、先ほどのような「積極的・能動的」な活用をしていると言えるのかもしれません(笑)
そこで、人生における「ホワイトアウト」の状態とは、

 

悩みの最中(さなか)・・・

 

と表現出来るかと思います。
では、実際の「ホワイトアウト」という自然現象への対処を例として、人生における活用の視点を見ていきます。
まず、あなたは車の運転をしています。
そして、雲行きが段々と怪しくなっていき・・・次第に強風と雪が散り始めました。
すると、あなたの前方が遮られ、視界はほとんど見えなくなってきました。
ここであなたが安全に車を運転するには、

 

車のライトを点灯する

 

という行動を起こします。
なぜなら、あなたの存在を対向車に知らせておかないと、とても危険だからです。
相手の対向車も積雪により道路の中央線が見えなくなっており、衝突する危険性も高まってしまいます。
では、これをあなたの人生に当てはめると、まず、

 

あなたの心の中の光を点灯する

 

という事です。
この事により、

 

あなたは危険の芽を事前に摘む事が出来る

ようになり、その事により、

あなたの心の中に余裕が産まれる

 

という状態に次第に変化していきます。
そして、あなたの心の中の光とは、

 

希望、ポジティブ思考、成せば成る、ケセラセラ、(感情ではなく)理性・・・

 

など、あなたにとってシックリくるものであれば、どんなものでも活用する事が出来ます。
さあ、ライトを点灯した事により、あなたの中に少しの安心感が産まれてきましたが、実際の車においては、

 

上向きのライト、そして、下向きのライト

 

が存在しています。
「ホワイトアウト」という自然現象においては、遠くの前方を照らす上向きのライトを活用すると、

 

逆に今まで以上に視界が遮られる

 

という傾向が多く出てきます。
そこで、あなたは下向きのライトを活用する事にします。
つまり、

 

悩みの最中にあっては、(あまりにも)大きな目標・ゴ-ルを定めてしまうと、前方に舞い散る雪が多く照らされるが如く、進みづらくなってしまう

 

という逆の心持ちになる事があります。
なぜなら、

 

心の力が少し弱まっている時には、前方に舞い散る雪という「課題」が多く見え過ぎて、それをクリアしていくのは大変だ・・・

 

という方向に心が向きやすくなります。
そこで、下向きのライトを活用します。
つまり、

 

あなたのほんの少し前方の足元を照らす

 

ためです。
これにより、あなたが「今」するべき事が見えてきます。
それは、

 

単に一歩を踏み出すだけ

 

という事です。
前方の足元にはライトが照らされていますので、この行動は比較的容易になっていきます。
そして、さらにこの歩み出しの際には、

 

変化というスピ-ドを求めず、ゆっくりと歩む・・・

 

という姿勢の方が、危険性がかなり低くなります。
「ホワイトアウト」においては前方の視界のみならず、道路にも雪が積もっている状態が多いですので、道路の中央線や境目がほぼ見えていません。
つまり、ゆっくりと歩むという事は、

 

地道に進む

 

という事です。
そして、地道を感じるためには「地に足を着ける」必要性も出てきます。
そして、どれほど積雪があろうとも、あるいは、道路の境目などが分からなくなろうとも、

 

人生においては、あなたが自分で自分の道を創る事が出来る

 

という事になります。
ここ迄で、人生における「ホワイトアウト」においては、まず、あなたの心の中の光を点灯する事で、事前に危険性を回避する事が出来、そして、あなたが歩む道という足元を照らしてくれます。
そして、ゆっくりと歩む事で、急ブレ-キを踏む必要性もなく、スリップもせずに軌道修正がより容易になっていきます。
そして、ライトを点灯する事で、あなたの存在を対向車に知らせる事が出来ますが、

 

悩みの最中にあっては孤独になりがち・・・

 

にもなります。
つまり、あなたが心の中のライトを点灯する事で、

 

他の人があなたという存在を見つけやすくなる

 

という人生における変化が訪れるようになります。
そして、この変化は人とは限りませんし、何かの本かもしれませんし、素敵なメロディ-という音楽かもしれませんし、美味しいお食事かもしれませんし、ペットなどの動物かもしれません。
つまり、あなたが心の中のライトを点灯すると、

 

あなたを助けてくれる何かと「縁」を結ぶ事が出来る

 

ようになっていきます。
そして、現代においては「ホワイトアウト」の際には、カ-ナビも助けになります。
それは、カ-ナビにおいて、この先の道が曲がっているのか、あるいは、直線なのかを知る事で、先の事が予測しやすくもなります。
つまり、

 

あなたの人生においてカ-ナビのような羅針盤を持つ事は役に立つ

 

とも言えます。
そして、このカ-ナビのような羅針盤とは、先ほどの「縁」と同様に、

 

素敵なフレ-ズ、大切にしている言葉や格言・・・

 

など様々なものが身の周りに溢れています。
そして、

 

永遠に続く「ホワイトアウト」は存在しない

 

というのも真実です。
そして、「ホワイトアウト」は次第に緩むケ-スもあれば、

 

一瞬にして視界が開け、その先には青空が見えている

 

というケ-スも頻繁に起こります。
そして、私達の存在というのは「車と運転手」の関係に例えられるケ-スもあります。
それは、

 

「車」は「肉体」で「運転手」は「あなたという魂」

 

という関係です。
軽自動車もあれば、普通自動車もあり、トラックやバスもあるように、「肉体」の違いも様々です。
しかし、どのような車両であろうと、

 

運転するのは、あなたという魂

 

である事は共通しています。
そして、この車を運転している時に、助手席からハンドルを操ろうとする者、あるいは、あなたの車を勝手に運転してしまう者、これが・・・

 

いわゆる憑依という現象です

 

もし、あなたが不在で運転していない車が赤信号を進んだとしても、周りの人はその車を運転しているのは「あなた」と思ってしまう事もあるかもしれません。
また、あなたがイライラや不機嫌な気持ちで車を運転している時には、注意力も散漫になり、荒っぽい運転などをしてしまうかもしれません。
そのような運転により、他の車からクラクションの注意を受けたりすると、それに対して、またまたまた怒りや苛立ちを覚えるという悪循環にも陥りかねません。
そして、このように、「車」が「肉体」であり、「運転手」が「あなたという魂」という視点では、

 

あなたの心の状態が、あなたの体へも影響を及ぼす事になる

 

という事は明白になるかと思われます。
今年は、あおり運転などの危険な自動車事故・事件が相次いで起こりました。
また、スマフォをしながらの自転車の運転などでも同様な事故が起きています。

どうぞ、あなたが自身が運転手として、そして、安全運転で、素敵な人生というドライブを楽しんで下さい(笑)

2017年12月17日 04:12

冬至という初夢に贈る物語(メタファ-) ~パ-ト2~

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、2017年の冬至の日は12月22日ですが、この冬至の日の前後から、いわゆる「初夢」というものが多く見られる時期にも当たってきます。
このような初夢というものは、スピリチュアルな観点、そして、潜在意識の観点からも、一定の「理」が見受けられる現象でもあります。
そこで、今回は、昨年に続き「冬至という初夢に贈る物語(メタファ-) ~パ-ト2~ 」をお届け致します。

 

今回の物語につきましても、私がABH(米国催眠療法協会)のトレ-ナ-認定を受けた際の、プレゼンテ-ション(実技)において活用した5つの物語の内の一つとなっております。
そして、今回の物語は、日本昔話の「ネズミの嫁入り」を素材として若干のアレンジをしております。
なので、小さい頃に読み聞かせて貰った方々もいらっしゃるでしょうし、その時に感じた事が今の自分の個性の一部となっている方もいらっしゃるかもしれませんし、今、改めてこのTOPICSをお読みになる事で、子どもの頃とはまた違った感じ方を受ける方もいらっしゃるかもしれません。

そして、今回の物語についても、どのように感じても、あるいは、どのような捉え方をしても、全くの自由です!
何かの価値観を押し付けるために、このTOPICSを書いている訳では全くありません(笑)
ところで、

 

誰もが自分の中に答えを持っている

 

という事がよく言われています。
ただ、このような表現においては、その答えを探す方法が分からない、あるいは、探し出したと思っているものが答えかどうか分からない、というご意見を私もよく聞きます。
最もな感覚でもあります(笑)

そこで、あくまで私自身が活用している方法ですが、この答えというのは、

 

気づき・・・という現象となって現れてくる

 

という感覚を自分なりに意識するようにしています。
別の表現を用いれば「出来るだけ、見逃さないように心掛けている」とも言えるかもしれません。
そして、この気づきの多くは、時には第六感(直感)へも働きかけられますが、

 

ほとんどが五感(の全部または一部)を通して知覚されるよう届けられる

 

というケ-スが多いです。
そして、これもまたよく言われている言葉ですが、

 

私達に起こる出来事には意味がある

 

と。
これも少し誤解が含まれる言い回しに捉えられるケ-スが多いですが、

 

あらゆる全ての出来事から学ぼうとすると、人生が先に進まなくなってしまう・・・

 

という側面も出て来てしまいます(笑)

気づきは・・・五感を通して・・・そして、私達が日常を送る際に活用している多くのものは・・・

では、物語の始まりです・・・

 

ある百姓の倉の中に、ネズミの夫婦が一人娘のネズミと3人一緒に仲良く暮らしていました。
ネズミの夫婦は娘もそろそろ年頃と考えて、誰のお嫁さんがいいだろう?と話し合っていました。
母ネズミは、

 

「隣の若いネズミはどうだろう?」

 

と言うと、父ネズミは、

 

「いやいや、娘をネズミに嫁がせる訳にはいかない。ネズミなんて世の中では役に立たない、ありふれた存在だ。ネズミよりも、もっと素晴らしいお方に嫁がせたい」

 

と話すのです。
そこで、父ネズミは考え、

 

「太陽はどうだろう?いつも世の中を明るく照らしてくれているし、毎日決まった時間に顔も見せてくれるし、大層まじめであろう」

 

と思い、娘を連れて太陽の所へ向かいました。
そして、太陽に娘と結婚して欲しいとお願いしました。
すると、太陽は笑いながら、

 

「私の事をそう思ってくれてありがとう。しかし、雲の方が私より素晴らしいよ。いくら私が世の中を照らしても、雲は私の光を遮る事が出来るからね。それに私は決まった場所にしか顔を出せない。しかし、雲は色々な所に流れて行く事が出来るしね」

 

と言うのです。
父ネズミはなるほどと思い、今度は雲の元へ向かいました。
そして、雲に娘と結婚してくれるようお願いしました。
すると今度は残念そうに雲は言うのです。

 

「とんでもない。私は風にはかなわないよ。風は一吹きで私を吹き飛ばす事が出来るからね。それに私の一存で雨を降らせたりも出来ないんだよ」

 

またしても父ネズミはそうだなぁと納得し、風の所へ向かいました。
そして今度も風に娘と結婚してくれるようお願いしました。
すると、風はびっくりした様子で話すのです。

 

「いやいや、私よりも壁の方が素晴らしいよ。私がいくら力一杯風を起こしても、壁はどすんと構えていて、びくともしないのだからね。終いには私は吹き疲れて休んでしまうのさ」

 

父ネズミは、世の中には、上には上がいるものだなぁ、と思いながら、壁の所へ行きました。
そして、これが最後であるように願いながら、壁に娘と結婚してくれるようにお願いしました。
ところが、壁も断りました。

 

「ネズミさんよ、何をおっしゃることやら、とんでもない。ほら、見てごらんなさい。私がいくらどっしりと構えていても、ネズミさんにはかなわないよ。いつの間にか、ガリガリかじって穴を開けられてしまうからね。そして、いつも私の足元をスルリとすり抜けてしまいますよ。私より素晴らしいのは、あなた方ネズミさんですよ」

 

父ネズミは家に戻り、この事を母ネズミと娘と話し合いました。
すると父ネズミは、

 

「今まで、自分達が素晴らしい存在だとは考えた事もなかったよ・・・」

 

と話し、母ネズミも、

 

「それは私も考えた事はありませんでした。自分達の考えだけで娘の結婚相手を判断していたら、どうなっていた事でしょうか・・・」

 

と言いました。
すると、隣の家の方からガリガリと音が聞こえてきました。
ネズミの親子3人は外に出て隣をのぞき込みました。
すると、隣の若いネズミが、年老いた両親ネズミのために、獲物をかついで一生懸命、壁の穴を掘っていたのです。

 

それを見ていたネズミの親子3人の心は決まりました。
その後、娘ネズミは隣の若いネズミと結婚し、両家のネズミは仲良く末永く暮らしていきました・・・

 

では、今回の物語はここでお終いです。
皆さんに素敵な「初夢」が訪れますように!!!(笑)

2017年12月9日 12:12

もし、宝クジで大金が当たったら・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

12月に入り、2017年も残り僅かですが、もう1ケ月しかない、あるいは、まだ1ケ月もある、との捉え方の違いで、まだまだ実現出来る事も増える事でしょうし、来年への繋がりの強さも生まれる点もありますが、皆さんはどのような捉え方をしているでしょうか・・・?(笑)

また、年末が近づくと、ニュ-スなどでも年末ジャンボ宝クジの話題などが流れたりします。
私はあまり宝クジを買う方ではありませんが、もし、大金が当たったら・・・何を買おう?どうしよう?などの空想や妄想?をするお気持ちもよく理解出来ます(笑)
そこで、今回は「もし、宝クジで大金が当たったら・・・」というテ-マをお届け致します。

 

と言うのも、宝クジなどで大金が当たったら・・・という想像力を活用するだけでも、様々な視点や学びの捉え方を手にする事が出来るからです。特に海外の宝クジなどでは大金の規模が日本とは格段に違うケ-スもあるのは、皆さんもニュ-スなどで見聞きした事があろうかと思います。
ところで、宝クジではありませんが、以前に、実話が題材と言われている「ロト6で3億2千万円当てた男」というドラマが放映されていました。
ロト6で大金を当てた男性が、その後、どのような生活の変化を遂げていったのか?という内容です。

 

そこで、まず、このドラマ内でも放映されていた、ある一つの問いかけ(私なりに少しアレンジをしておりますが)を皆さんに致します。
皆さんならば、どのように行動するのかを考えてみて下さい(笑)
では、その問いかけを致します。

 

あなたは、最近頑張ったご褒美として、高級メロンを買う事を決めました。
そして今、あなたは「A店」という果物屋さんの前にいます。
その「A店」では、高級メロンが1個2千円で売っています。
あなたの予算の範囲内です。

そして今、あなたのいる所から徒歩で20分ほど行った所に「B店」という果物屋さんがあります。
そこでは、同じ高級メロンが1個1千円で売っています。
この「B店」でメロンを買うと、あなたの予算では2個買える事になります。

それでは、あなたは「A店」「B店」のどちらでメロンを購入するでしょうか・・・?

 

では、もう一つの問いかけです。
同じようにあなたは最近頑張った自分へのご褒美として、奮発して高級バッグを購入しようと決めました。
かなり高価なものですが、これから先の奮起にもなるし、大切に使えば長持ちもする、との思いで購入に前向きです。
そして、あなたは予算を握りしめて、その高級バッグが売っている「C店」というブランド店の目の前にいます。
その「C店」では、あなたが欲しいと思っている高級バッグが20万円で売っています。
あなたの予算の範囲内に収まります。
ただ、あいにくポツポツと雨が降ってきた模様です・・・

そして今、あなたのいる所から徒歩で20分ほど行った所に「D店」というブランド店があります。
そこでは、あなたが欲しいと思っている同じ高級バッグが19万9千円で売っています。
当然の事ながら、そこでは「C店」より安く同じ高級バッグを購入する事が出来ます。
どちらで購入してもあなたの予算の範囲内に充分収まります。
雨はドンドン強くなってきた模様です・・・

それでは、あなたは「C店」「D店」のどちらで高級バッグを購入するでしょうか・・・?

 

ここ迄でお分かりかと思いますし、どちらの選択をしても正解や間違いというものはありません。
単に、メロンのケ-スにせよ、高級バッグのケ-スにせよ、あなたの予算の範囲内に充分収まっています。
そして、どちらのケ-スにせよ、

 

共通しているのは、「1千円」という差額

 

です・・・
あなたはどちらを選択をしたのでしょうか・・・?(笑)
では、TOPICSを続けて参りますが、まず、真実かどうかは別として、

 

宝クジで大金を手にした人の、その後の人生は不幸になっている人が多い・・・???

 

などのお話や噂を聞いたりした事があるかもしれません。
勿論、宝クジで大金が当たったからといって、その後の人生が不幸になるように決まっている訳でもありませんし、不幸になる必然性も必要性も全くありません。
ただ、宝クジを購入するおそらく多くの方々は、どうせ自分にはそんな大金は当たらない・・・でも、当たって欲しい・・・欲はかかないから10万円位でも・・・という、気持ちの揺れ動きがある事と思います(笑)
そして、

 

「本当に」大金が当たったらどうしよう・・・

 

と、それが実現する事への、ある種の「怖れや不安」を感じる方もいらっしゃる事と思います。
ちなみに、人それぞれ大金の額は違うかと思いますが、ここでは10億円以上の大金として、大胆に想像力を活用して下さい(笑)
そこで、まず一つのアドバイス?ですが、

 

「怖れや不安」を持って宝クジを購入すると、念(引き寄せ)の力は弱まる

 

という側面があるのは事実です。
勿論、当たる確率という面から見ても、どれほど強い念を込めて購入したとしても、当たる人はかなり数少ないですが・・・(笑)
そこで、このような、もし本当に当たったらどうしよう・・・という「怖れや不安」を緩め、念の力を強めるためには、

 

(当たった大金の内で)
「自分以外」の為に使う・役立てる割合を購入前に決めてしまう!

 

という方法です。
例えば、10億円当たったら1%は「自分以外」の為に使うとしたら、1千万円になります。
また、「自分以外」の為とは、普段お世話になっている方に還元するでも良いですし、知人などにご馳走する、あるいは、どこかに寄付をするなど、何でも構いません。
そして、

 

もし当たったら、躊躇わずに、これを必ず実行する!

 

という事が大切になります。
と言うのも、宝クジで大金が当たるというのは、濡れ手で粟、あるいは、棚からぼた餅、などと似たような事象でもありますし、このような方法で実際に大金を手にしてしまった時に、多くの方が、

 

罪悪感・・・

 

にも似たような感情を覚えるかと思います。
言わば、分不相応、あるいは、身の丈に合っていない、などのような感情です。
そして、この罪悪感に似たような感情が昂じてくると、

 

(大金を手にした後の)これからの人生においては、埋め合わせの為に、何か不幸な出来事が起こってしまうのでは・・・

 

などの、「怖れや不安」に似た感情に陥りやすくなります。
そして、常に「怖れや不安」に似た感情を持ち続けてしまうと、

 

逆に「怖れや不安」の念に力が込められ、そのような出来事を実現させてしまう可能性を自らで高めてしまう

 

と言う、宝クジを購入する前と後では、本末転倒な事態を引き起こしてしまうかもしれません。
故に、このように考えてしまうと感じる方は、購入する前に、「自分以外」の為の使途を決め、当たったら必ず実行する、と決めその通りの行動をすればよろしいかと思われますし、その後の「怖れや不安」を緩める効果も出て来るかと思います。
表現が適切かどうかは分かりませんが、一種の「厄落とし」のようなものと思って頂いてよろしいかと思います。

 

では、次は、実際に大金が当たった後の二つの行動パタ-ンにおける視点・学びを想像力を活用して見ていきます!
まず、考え得る二つの行動パタ-ンとは、

 

当たった事を、誰かに話してしまう
あるいは、
当たった事を、誰にも話さずに自分の胸にしまっておく

 

という事かと思います。
では、まずは、当たった事を誰かに話す場合には、どのような周りの反応やケ-スが起こり得るでしょうか?

 

何か買ってよ、奢ってよ!
今、とても厳しいから、お金を貸してよ!
(様々な団体等から)ご寄付をお願い致します!
あの人宝クジで大金が当たったものだから、家も新築にして車も買ったそうよ!いいわね~羨ましい!
悪銭(あぶく銭)身に付かずだよね~!
あの人がコツコツ努力していたのは知っていたから、何かの形で報われるものなのね!
大金を持っていようと持っていまいと、今までもこれからも変わらず友達として接するよ!
・・・・・

 

など、様々な反応がある事と思います。
宝クジが当たったとしても、変わらずにお付き合いをしてくれる有り難い方も存在するでしょうし、嫉妬とまではいかないかもしれませんが、羨ましさなどの感情などから考えると、どちらかと言えば、周りの反応というのは、ネガティブに捉えられるケ-スが多くなるようにも感じます。

 

また、大金があるのに・・・奢ってくれない、厳しい状況を話しているのにお金を貸してくれない・・・ケチ!などの反応もあるかもしれませんし、それが昂じて、憂さ晴らしのように、事実とは違う人間性を貶めるような噂を振りまく方も出てくるかもしれません。
そして、このように、当たった事を誰かに話す場合には、

 

あなたの外側・他の人の反応を知る

 

という視点・学びが多くなる事と思われます。
では、誰にも話さず自分の胸にしまっておく場合はどのようなケ-スが考えられるでしょうか?

 

本当は誰かに話したくてウズウズしてるけど、話したら面倒な事が起こるかも?
本当は「インスタ映え」になるし、SNSに現金の写真をアップしたいけど、変な犯罪に巻き込まれたらどうしよう?
話したら、知り合いの中にはお金を貸してという人も出てくるだろうけど・・・自分で断る事は出来るかな?
話したら、面白半分に色々噂されてしまうのでは?
奢ったりご馳走してもいいけど・・・「大金があるのだから当たり前でしょ」・・・というように思われないかな?
せっかく大金を手にしたのだから、家も欲しいし車も買い換えたいけど、周りの人に理由を聞かれたらどうしよう?
私が大金を手にしたと親友が知ったら、今までの関係性に何か違いが生じてしまうのだろうか?
せっかく大金を手にしたのに、周りにバレる事を考えると、結局は派手に使えなくなってしまうのかな?
・・・・・

 

など、これも様々な反応が出て来るのであろうと思われます。
そして、誰かに話したケ-スと同様に、話さなくてもどちらかと言えばネガティブに感じる場合が多くなるようにも見受けられます。
そして、当たった事を誰にも話さずに自分の胸にしまっておく場合には、

 

あなたの内側・自分の内心の反応を知る

 

という視点・学びが出てくる事と思われます。
そして、誰かに話した場合と、自分の胸にしまっていた場合に起こり得るケ-スを比較した際に、ある「特異点」があるのにお気づきになりましたでしょうか?
それは、

 

誰かに話した場合は、「~!」が気になる
そして、
自分の胸にしまった場合は、「~?」が気になる

 

という点です。
もしここでお気づきになられていない場合は、様々な反応のケ-スを列挙している文章を、もう一度目を通してみて下さい(笑)
ちなみに、「~!」でも「~?」でもネガティブな側面に光を当ててお伝えしましたが、宝クジで大金を手にしたからと言って、必ずどちらかに当てはまるという訳でもありません。
誰かに話す場合は、どうせ汗水垂らして得たお金でないのだから、皆で楽しく使ってしまおう!というケ-スもあるでしょうし、誰にも話さない場合でも、取りあえず貯金をする事にするが、大金はそもそも無かったお金と考え、今まで通り地に足をつけてお仕事などを頑張ろう!というケ-スも多いに考えられます。

そして、誰かに話す場合の「~!」のケ-スでも、自分の胸にしまっておく場合の「~?」のケ-スでも、そこから導かれるのは、

 

他の人を知る事は、自分を知る事でもある
そして、
自分を知る事は、他の人を知る事でもある

 

という「共通点」に繋がっていきます。
つまり、

 

「特異点」と思われていた点は、実は「共通点」でもあった・・・

 

と言う事です。
そして、もし、この世にたったあなた一人しか存在しないのであれば、

 

どちらの視点・学びも得難くなる

 

と言う意味合いも含まれています。
宝クジを買うも買わないも全くの自由ですし、当たっても当たらなくても様々な感情を享受するのも自由です。
当たったから不幸になるという訳でもありませんし、当たらなかったからといって落ち込む必要性もありません(笑)
いずれにせよ、お小遣いの範囲内で様々な「夢」を思い描いてみて下さい(笑)

 

そして、宝クジに限らずですが、もし宝クジを買おうと思っている、あるいは、既に買ったという方に、一つの情報?をお伝え致します。
このTOPICSでもよく出てきますが、「量子(力)学」という学問があります。
この学問は僅か100年程の歴史ですが、現代の様々なテクノロジ-にも多大な寄与をしております。
先日も日本初の量子コンピュ-タ-が開発されたというニュ-スも流れておりました。

では、この学問と宝クジとにどのような繋がりがあるのでしょうか・・・
量子(力)学においては、素粒子レベルではありますが、

 

「今」というこの瞬間においても、既に「未来」からの影響が及ぼされている

 

という現象が存在する、との裏付けが一部実証されております。
なお、この「未来」からの影響というのは、「未来は既に決まっている」という意味合いではありません。
量子(力)学においては様々な無限の可能性というのも、その前提段階で実証されております。
つまり、宝クジに当てはめると、

 

「今」この瞬間において、宝クジが当たったあなたと、宝クジがはずれたあなたとが、同時に存在している(重なっている)

 

という現象が存在するという事です。
そして、「未来」は決まっていません。
では、

あなたはこれから、どちらの「未来」を選択していくのでしょうか・・・

宝クジが当たったあなた? 宝クジがはずれたあなた? (笑)

2017年12月2日 02:12

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