レガシ- ・ 遺産、、、?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

現在、TVや新聞などのメディアでは、豊洲市場の移転や東京オリンピックの施設に関する話題が、連日のように「繰り返し」取り上げられています。
確かに大切な問題ではありますが、少し冷静さを欠き、また、毎度のように?何を視聴者に伝えたいのかという本質が分からなくなっているような報道が目立ってきていると個人的には感じている点もありますので、今回は「レガシ-・遺産、、、?」というテ-マでお届け致します。

 

ところで、私が行っているカウンセリングなどにおいては、新たな視点、別の角度からの見方などの「提案」を一方法として取り入れています。
勿論、このような「提案」を受け入れるのも受け入れないのもクライアントの皆様の自由な意思に委ねられていますし、また、強制されるような性質のものでもありません。
特にヒプノセラピ-(催眠療法)においては、この「提案」というのがよく活用されています。

そして、この「提案」とは「暗示」と同様の意味合いも兼ね備えています。
そして、ヒプノセラピ-において「暗示」とは、

 

通常もっともだと思われるようなただのアイデアであり、そして、現実的に真実として受け入れられる範囲の事実で構成される

 

という趣旨で練り上げられています。
そこで、一つのケ-スをご紹介します。
例えば、私が暗示療法において以下のようにお話したとします。

 

これからはあなたの背中に翼が生えて、自由に飛び回ることが出来ます

 

では、これを聞いたクライアントはどのように感じるでしょうか?
おそらく多くの方が、「そんな訳はない!」「この人は何を言っているんだ?」と考え、即座に催眠から覚め私の元から足早に去っていくことと思います。
それでは、次のようにお話したとしたらどうでしょうか?

 

これからはあなたの心に翼が生えて、自由に飛び回ることが出来ます

 

さあ、どうでしょうか?
こちらの暗示であれば比較的多くの方が受け入れてくれる内容になっていると思われます。
もうお分かりの通り、この二つの暗示の違いは、

 

「背中」と「心」の部分のみ

 

です。
「背中」の暗示では「現実的に真実として受け入れられる範囲の事実」を逸脱しています。
一方、「心」の暗示では「通常もっともだと思われるようなただのアイデア」の範疇に収まります。
なぜなら、ここでの「翼」は身体的なものではなく、「自由」あるいは「解放」などのメタファ-(隠喩)として活用されているからです。
このような想像やイメ-ジ下においても「心に翼が生える」なんてことはあり得ない!と思われる場合は別ですが、、、、、
しかし、私達の多くは「心が浮き立つ」などの表現に慣れているように、「心」を用いた暗示は受け入れられることが多いかと思います。
そして、ここで意識しておいて頂きたいのは、

 

「背中」や「心」のように「短いフレ-ズ」でも違いが出る

 

ということです。
では、本題の「レガシ-・遺産、、、?」に入っていきます。
皆さんは「レガシ-・遺産」と聞いてどのようなことが頭に浮かぶでしょうか?あるいは、考えられるでしょうか?
ここから先は私の個人的な見方ですので、正しいものでも絶対的なものでもありません。
自由に考えてみて下さい。

 

例えば伊勢神宮などは「レガシ-・遺産」にふさわしいでしょうか?
伊勢神宮では式年遷宮という、本殿などを20年に1度引っ越しして建て替える儀式が行われています。
そのような意味からも本殿などの建造物はどんなに古くても20年前のものということになります。

 

それでは、奈良の東大寺の大仏さんはどうでしょうか?
2度の大規模な焼失などにより、当初からの残存している箇所は一部であるとは言え、その他の多くの部分でも数百年前の建立になります。

では、伊勢神宮と奈良の大仏さんの共通点はどこにあるのでしょうか?
それは、

 

人々の思いが込められている

 

という点です。
伊勢神宮であれば、本殿などの建造物は20年毎に入れ替わることなどから、古くからの建造物を崇拝するというよりも、

 

(伊勢神宮という)場に対する人々の思い

 

が込められていることと思いますし、奈良の大仏さんであれば、

 

人々の思いが対象・投影された建立物(存在)

 

と言えるかもしれません。
仮に、奈良の大仏さんが現在の所から移転したとしてもそれは同じことと思います。

 

青森県のむつ市にも日本三大霊山として有名な恐山があります。
私も小さい頃に行った記憶がかすかにありますが、その当時はお寺も古くて正直怖かった思いがあります。
現在はお寺も新しくなり、多少雰囲気も以前とは違うのかもしれませんが、恐山もお寺が新しく変わろうと、恐山という場としての人々の思い、そして、旅立った方々への人々の思い、というのが込められている所です。

分かりやすいように神社仏閣を例えとして挙げましたが、これは自然や風景などでも同じことです。
富士山や岩木山なども同様です。

 

それでは、現在色々話題に取り上げられている東京オリンピックの関連施設などは、このような意味でのレガシ-・遺産としてなり得るのでしょうか?
これから先も色々な大会が催され、そこに人々の思いが込められていけばレガシ-・遺産となり得るのかもしれません。
同様な例としては、甲子園が野球の聖地と言われているように、、、、、
しかし、

 

当初からレガシ-・遺産として建造するのは不可能

 

ということです。
なぜなら、レガシ-・遺産というのは、

 

長年の人々の思いが込められてなり得るもの

 

という点です。
勿論、盛んにレガシ-・遺産とメディアなどで称されているのは、その後の「有効活用」「維持管理費の適切さ」という点が取り上げられているのは充分承知の上です。

 

そこで、私は先ほど「短いフレ-ズ」という点をコメントしました。
そして、「短いフレ-ズ」でも違いが出る、、、、、と。

 

ヒプノセラピ-などにおける潜在意識の特徴の一つとして、「レガシ-・遺産」などのような短く耳障りの良い、そして、様々に解釈可能なフレ-ズというのは潜在意識に到達しやすいという傾向があります。
ましてや、メディアなどで連日のように「繰り返し」連呼されているようなケ-スでは尚更です。
そして、「レガシ-・遺産」としてなり得る基準などが不明確なままでも、いつの間にか「そのようなもの」として受け入れてしまいがちになる、という傾向もあります。

 

おそらく、今話題の関連施設が「レガシ-・遺産」として適切と判断されても、数百年も続く施設などはないでしょうし、間違いなく、数十年もすれば様々な思惑などから新たな大会の開催と関連付けて、大規模改修・取り壊し・新築という流れになっていくのは目に見えています。
私は関連施設などの建設を反対している訳でもありません。
何かを建造あるいは改修するには当然の如く、それなりの費用もかかります。
また、費用がかかるからと言って、全てを仮設でまかなうというのも違和感を感じる部分もあります。

 

そして、繰り返しですが、当初からレガシ-・遺産として建造するのは不可能、ということです。
あくまで、人々の思いが込められ、積み重なることによりレガシ-・遺産としてなり得るという点があるからです。
そして、当初からレガシ-・遺産として残そうと判断していくと、おそらくそうはなり得ず、あらぬ方向に行く可能性もあります。

 

そこで、ここまで現実的な出来事を見てきましたが、私がお伝えしたいことは関連施設の良し悪しという問題ではありません。
先ほどの様々な解釈が可能な「短いフレ-ズ」ですら、繰り返されることにより、潜在意識にそれが届きやすくなるということと、

 

一瞬の出来事でも潜在意識に根を下ろす

 

というケ-スがある点です。
ある意味トラウマというのは長年の蓄積というケ-スもありますが、当然のことながら一瞬の出来事でもトラウマとなり得る可能性はあります。

 

例えば、アサリやシジミを食べていて、「ガリッ」と砂が入っていたら、その後食べるのを躊躇したり、気をつけて食べるといった経験はないでしょうか?
あるいは、ゴキブリなどを見かけ無事に追い出した後でも、何か残像が残っていたり、黒っぽいものがゴキブリに見えたりといった経験はないでしょうか?
これらは時と共にすぐに忘れていくケ-スが大半で支障もほとんどないでしょうが、潜在意識への到達という意味では根本は同じです。

 

私達の意識というのをエネルギ-の観点から捉えている研究も多々あります。
そこでは、意識が持つエネルギ-は振動を繰り返しています。
通常はそれほど高くなく一定の振動数を繰り返していると言われていますが、このような目に見えず、私達が意識し得ない振動の「繰り返し」により、常日頃目にし、耳にしている事柄が潜在意識に到達しやすくなっている可能性もあります。
また、一瞬の強い衝撃の事柄により、振動数が高くなり、なおかつ、振動の「繰り返し」の数が平常より増加することにより、一瞬でも潜在意識に到達しやすくなる下地が出来上がっているのかもしれません。

 

しかし、怖れる必要性もありません。
自分が何を見聞きし、どう感じているかを頭の片隅に置いておくことで、あなたにとって不要な事柄は取り除かれていきます。
それがどんなに繰り返しあなたが見聞きしようと同じことです。

 

そして、もう一つの方法として、新たな見方や別の視点を意識するということが挙げられます。
このような意識を持つことにより、あなたの中の不要な古い観念に新たな視点が上書きされていきます。
何かの意識を変えるのに、一瞬の強い衝撃を経験する必要性もありません。
今回のような、「繰り返し」流されているあなたの周りの出来事や話題に関して、新たな視点、別の角度からの見方を心掛けてみると、あなたにとっての最良の観念が自然と身になっていくことと思われます。
そして、そのような観念が多数派の意見と違っていても構いませんし、犯罪的なことでなければ善悪の判断もさほど気にする必要性もありません。
また、その後にその観念が変わっても大丈夫です。
あなたの周りの身近にある出来事や話題などから、あなた自身の変化のきっかけを見つけ出すことを意識することで、素敵な変化がもたらされるかもしれません、、、、、

 

ちなみに、今回のような短いフレ-ズはコマ-シャルなどでもよく見受けられます。
批判という意味ではなく、例えばナレ-ションの上では「100%消臭」と流されていますが、実際の画面上では、「100%消臭」の後ろに「(100%消臭)に挑戦」というフレ-ズが付け加わっていたり、過払い金などで「あなたの借金を取り戻します」などのナレ-ションが流れていても、画面の下の方には読めないような小さな字で注意書きが付けられていたり、あるいは車の自動ブレ-キなどのコマ-シャルでは、その後、短時間では読めないような注意書きが映されていたりなどのケ-スもよく見かけることと思います。
そして、私達の意識に残っているのは、「短いフレ-ズ」であることがほとんどです、、、、、
よく観察してみると、上記以外にも色々な発見もあるかもしれないですので、遊び心で観察してみて下さい。

2016年10月26日 05:10

二者択一からの飛翔

こんばんわ。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

連続して発生していた台風もこの頃では落ち着きを見せているようですが、10月中旬という季節にも関わらず夏日を観測する地域などもあるとのことで、自然の流れに抗うことは出来ませんが、服装の調節などで快適な季節にしたいものですね。

 

ところで、私が中学や高校の頃だったと思いますが、その当時「究極の選択」という遊びが一時流行していた時期がありました。
今から思えば究極のネガティブな発想の遊びと感じますが、その頃はあまり気にも留めていませんでした。
内容はどちらを選択しても本人にとってはネガティブな決断をせざるを得ないというものですが、見方を変えればどちらの選択をして妥協するのかという捉え方も出来ます。

 

今ではTVドラマなどでも見かけなくなりましたが、その当時の恋愛ドラマなどでは、彼女が彼氏に対して、
「仕事と私とどっちが大事?」
などの問いかけも「究極の選択」に近いものがあったかもしれません。
そこで、今回は「二者択一からの飛翔」というテ-マでお届け致します。

 

そして、今回のテ-マを進めるに当たり、今までもこのTOPICSにおいて何度か登場頂いた「鶏が先か?卵が先か?」という論争?に手伝って貰いたいと思います。
そこで、この「鶏が先か?卵が先か?」を今一度おさらいしてみたいと思います。

 

鶏が産まれてくる状況としては、卵から孵化する必要性があります。
まず、卵として産み育てて貰いながら、その後、殻を破って鶏として成長していきます。
そうして成長した鶏は自分でも卵を産み、その卵から孵化した鶏がさらに卵を産み育てていくという、言わば、

 

生命の連鎖

 

が出来上がっていきます。
そして、この論争の種となっているのは、

 

では、一番最初に誕生した鶏は「誰が卵を産み育てたのか?」

 

という点です。
鶏が卵から孵化するという意味では、必ずその卵を産み育てる親鶏の存在が必要になります。
しかし、最初の1羽目となる子鶏の親は誰なのか?という論争です。

 

皆さんも一度は考えたことがあるかもしれませんが、今一度考えてみると、どのように感じるでしょうか?
どのような意見でも構いませんが、理論や理屈の上ではこの問いに答えは出てこないと思います。
また、鶏でなくても亀でも他の動物でも構いません。
勿論、人間の誕生として捉えてみることも出来ることでしょう。

 

そこで、今回のテ-マの「二者択一からの飛翔」に登場願います。
なお、これから先述べることは、あくまでこのTOPICSを書き連ねていく上での私の勝手な突拍子もない論法ですので、現在の所、根拠は一切ありません。
では、この「鶏が先か?卵が先か?」の論争に終止符を打ってみたいと思います。
その答えは、

 

一番最初の鶏の誕生に際しては、鶏も卵も、どちらも同時に存在していた

 

という結論です。
しかし、一番最初の鶏の誕生時に、すでに鶏たる親鶏が存在しているのはおかしい!と思われることと思います。
理論や理屈の上ではそのような意見になるのは至極当然です。

 

ところで、私達の大部分は「時間」は過去から未来へ一直線に流れ、「空間」は今私達が存在しているこの場だけに存在する、と考えているという前提があります。
このような前提の元では、「鶏が先か?卵が先か?」という論争に終止符は打てません。
なぜなら、このような前提の元では、終止符が打てないというのが正解になるからです。

 

しかし、実際の所は、「時間」は過去から未来へ一直線に流れている、あるいは、「空間」とは複数存在するものではなく今この場が全てである、という前提も科学的に証明されているものではありません。
もしかしたら、真相は違うかもしれない?という所が今回の「飛翔」のポイントです。

 

そのような意味から、私達は間違った前提、あるいは、そうではないかと思わされている前提、で物事を捉えている可能性もあるかもしれません。
今回の「鶏が先か?卵が先か?」の論争も、「どちらが先か?」という点のみに焦点が集約されてしまいますが、「どちらも同時に存在していた」と捉えるならば答えが出たことになります。

「時間」が一直線ではなく変化するもの、そして「空間」が複数存在しうるもの、との前提で考えるならば、「どちらも同時に存在していた」という前提は理論や理屈の上でも成り立つからです。

 

ダ-ウィンの進化論というのは、皆さんも一度は耳にしたことがあるかと思います。
単純に表現すれば、人間は猿から進化した、という論評です。
現在ではこの説はあまり支持されていない模様ですが、確かに人間に進化しつつあるお猿さんにお目にかかったことは私はありません。
動物園などで飼育されている猿などが人間と接することで、いわゆる「知能」あるいは「智恵」というものを僅かながら獲得していくことはあるのでしょうが、それでも猿は猿という存在に思えます。

人間も同様に、ある環境下でも生き残っていけるよう適応能力が増えていくことはありうることと思います。
しかし、それでも人間は人間という存在に思えます。

 

生命が一度誕生すると、先ほど触れたように「生命の連鎖」が起こり繁栄されていくのが自然の流れなのかもしれません。
しかし、植物にせよ、動物にせよ、あるいは人間にせよ、「生命の誕生時」には、もしかしたら今回の様な「同時に存在していた」という現象が起こっているのかもしれません。
人間の誕生で言えば、最初の一人(あるいは二人)が誕生した際は、それ以前の時点で男性と女性が既に同時に存在していたという結論になります。
そのような意味では、この男性と女性というのは人間であって人間ではないという生命誕生の不可思議と言えるかもしれません、、、、、
かと言って、別に神や仏ということを持ち出したい訳でもありません。

 

そして、今回はこのような小難しい屁理屈のような内容をお伝えしたい訳でも勿論ありません。
テ-マは「飛翔」です。
私達が思い悩み抜いている時、もしかしたら、間違った前提、あるいは、そのように思い込まされている前提、もっと要約すると、自分が創り上げ、そして、信じ込んでいる「固定観念」に縛られて身動きが出来ない状態にあるケ-スもあるかもしれません。

天才的催眠療法家と言われているミルトン・エリクソン氏は以下の言葉を伝えています。

 

クライアントは誤ったメンタルセット(固定観念)を持っていて、視点が限られているがためにクライアントである

 

と。
今回の「鶏が先か?卵が先か?」を書き連ねてくる際に活用した「時間」や「空間」の概念も、どちらも科学的に証明されているものではないですし、言わば、このTOPICSを進めていくための一種の私なりの方便として活用しました。
時間は一直線的で空間も今この場にしかないのが正解かもしれませんし、そうではない可能性もあるかもしれません。

 

先のエリクソン氏が伝えている「視点が限られているがために」という点を打破するのが「飛翔」というメタファ-(隠喩)です。
視点を増やすため、あるいは、多角的な視点を獲得するには、色々な情報や知識なども勿論有効です。
しかし、方法はその他にも様々あります。
その方法の一つとして、もし可能であるならば、

 

あなたと正反対の人、あなたと意見が合わない人、極端に言えばあなたが嫌いな人

 

の意見や考えを聞いてみて下さい。
その意見や考えを必ずしも取り入れる必要性はありません。
あなたの考えや意見に沿った選択と決断で構いません。

 

しかし先の、正反対、意見が合わない、嫌いな人の中には、あなた自身が気付けていない「視点」を持っている可能性が多分にあります。

 

子どもが欲しくても授からないなどの理由で悩んでいる方々も多数いらっしゃるかもしれません。
このようなケ-スでも選択というのがキ-ワ-ドになっている側面もあります。

・子どもを諦めるか諦めないか
・諦めないならばどのような治療などを検討するか、あるいは現状の自然なままを継続するか
・諦める諦めないという以前に、(血縁という意味での)自分の子どもに限定するのか、あるいは養子や里親などの制度を活用するか、、、、、

 

など様々考えられることと思います。
二者択一の一つを選択したことで、また新たな二者択一になることもあるでしょうし、逆に、三者四者と選択肢が増えていくこともあることと思います。
繰り返しますが、今回のキ-ワ-ドは「飛翔」です。
そして、この「飛翔」とはメタファ-(隠喩)です。
どのようにイメ-ジしても、どのような捉え方をしても全くの自由ですし、「飛翔」という言葉にこだわらず「舞い上がる」など、何でも構いません。
あなたが選択し決断することがあなたの人生における答えとなります。
何かに迷った際は「飛翔」というメタファ-(隠喩)を思い浮かべ、自由に連想してみて下さい。

 

そして、ここから先は余談(というよりもとても大切なこと)ですが、このTOPICSを考えていた際に、あるニュ-スが流れていました。
それは、先日青森県内の中学生の女子生徒さんがイジメを原因とし自殺をしたこととの関連ですが、この女子生徒さんが自殺をする前に、あるお祭りに参加していたそうです。
そして、そのお祭りの模様を写真コンテストとして開催したところ、この女子生徒さんが笑顔で踊っている写真が入賞候補になったそうです。
そこで、ご遺族の方々に入賞候補になっていることなどをお伝えし、内諾を取ることなどをしたそうです。
ここまでは、ある意味当然のことで問題はないと思います。

しかし、主催者側は最終的には入賞を取り消す判断をしたとのことです。
その理由は、

 

お祭りの写真としてふさわしくないから

 

と報道されていました。
まず、自殺は決して行ってはならない行動です。
そして、おそらくいかなる理由にせよ、この女子生徒さんの写真が入賞する、あるいは入賞させないという選択では、いずれの選択をしたにせよ賛否両論が起こったことと思われます。
そして、今回の決定に際して、女子生徒さんのお父様はインタビュ-に対し、残念なこととして受け止めながら、主催者側が面倒なことに巻き込まれたくなかったのでしょう、とコメントしていました。

 

自殺をしたからお祭りの写真としてふさわしくないのでしょうか?
仮に、その後に事故やご病気などで亡くなった場合ならば、お祭りの写真としても問題ないと判断するのでしょうか?

 

その他にも入賞を取り消す判断の理由があったのかもしれません。
市民の皆さんなどからの反響が多数あったとのことで、主催者側が明日記者会見を開いて説明するそうです。
どのような説明になるのかは、このTOPICSを書いている「今」の時点では分かりません、、、、、
しかし、その写真が素敵な写真として入賞候補として判断された理由には、

 

その女子生徒さん自身の本質、笑顔で踊っている素敵な瞬間が表現されている

 

と判断されたからなのではないのでしょうか?
おそらく、このお祭り当日も女子生徒さんの胸中には色々な思いが乱れ飛んでいたことと思います。
しかし、ほんの一時と言えど、そのような「笑顔の瞬間」が存在していたことも素敵な真実であり、その女子生徒さんの人生の一部・証であると思います。

 

イジメ防止対策として色々な試みが現在も行われています。
そのような試みにも効果はあるでしょうし、是非、効果を現して欲しいとも思います。
しかし、もし今回の報道のように、「お祭りの写真としてふさわしくない」との理由のみで大人の側・社会の側が判断を下しているのであれば、現在イジメに遭っている子どもさん、あるいは大人の中でもイジメに遭っている方々はどのように思うでしょうか?感じ入るでしょうか?

 

先程来「飛翔」というメタファ-(隠喩)をお伝えしていますが、この中には選択・決断の前提となる「思いや動機」も含まれています。
私は主催者側の判断を一方的に非難している訳ではありません。
子どものイジメという問題には、大人や社会の体質が反映されていることがよくあります。
そして、子ども時代のイジメの体験が大人になってからも社会で反映し続けている側面も否定出来ません。
先ほどの「鶏が先か?卵が先か?」になぞらえるならば、大人の社会にイジメがあるから子どものコミュニティ-にもイジメが発生する、と私は感じています。
つまり、イジメは大人が先、ということです。

難しい問題ではありますがとても大切な問題であり、現在イジメに遭われている方々にとっては一刻の猶予もない深刻な問題でもあります。
「飛翔」というあなたの中の想像力を活用して、そして、あなたに出来る範囲で構いませんので一考してみて下さい。

2016年10月18日 09:10

「歯」とヒ-リング

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

このTOPICSをお読み頂いている皆さんの中には、ヒ-リングに興味がある、実際にヒ-リングを行っている方々などもいらっしゃるかと思います。
勿論、ヒ-リングというのは、レイキに限らず、その他のヒ-リングも色々と含まれます。
そして、インタ-ネットで情報を調べたり、あるいは、色々な書籍なども読んだりしているかもしれません。
そこで、そのように色々調べたりされている皆さんに質問です。

 

「歯」に関するヒ-リングの項目や書籍などに触れたことはあるでしょうか?

 

皆無とは言いませんが、ほとんど「歯」に関するヒ-リングについては目に触れることはないかと思います。
そこで、今回は私自身の苦い?経験も含めて、「「歯」とヒ-リング」というテ-マをお伝え致します。
なお、あくまで私の個人的な見解ですので、内容につきましては皆さん自身で判断して下さい。

 

ところで、現在では30歳以上の方の8割程度の人が何らかの歯周病にかかっているというデ-タがあります。
TVのコマ-シャルなどでもよく見かけることと思います。
そして、歯を失う原因の第1位が歯周病で、第2位が虫歯となっています。

 

そこで、ここからは私自身の経験です。
私も2年程前から歯茎が腫れたり引いたりなどの症状があったので、歯周病かな?と思い、自分なりに色々なケアをしていました。
自分なりのケアというのは、お恥ずかしい話ながら、私も歯医者さんが怖いなどの思いを持っていましたので、何とかしてみようと試みていました。

 

そしてある日、被せものをしていた差し歯が取れてしまいました。
ちょうど、歯茎が腫れたり引いたりしていた箇所です。
そして、観念?して歯医者さんを探し連絡を入れ診てもらうことになりました。

私は勝手に歯周病かな?と思っていましたが、歯周病と虫歯の検査をしてもらった所、問題はないとのことでした。
そして、レントゲンを撮影して貰った所、原因がすぐに判明しました。

 

それは、歯根破折

 

でした。
歯根破折とは、平たく表現すると歯の骨折・ひびのようなものです。
折れたりひびが入っていることで、炎症などが起き歯茎が腫れたりなどの症状も出るそうです。
そして、レントゲンでは分からないケ-スもあるため、歯周病の治療などをしても改善しない場合などで歯根破折が分かるケ-スもあるそうです。
また、症状や破折の程度によって個人差もあるようで、破折していても何年間も症状が出ないケ-スもあるそうです。
そして、実は、

 

歯を失う原因の第3位が歯根破折

 

となっています。
そして、この歯根破折というのは事故やスポ-ツ時のケガなどでも起こるそうですが、通常は被せものをしている歯の劣化などにより起こることが多いそうです。

 

そして、私の場合も歯根破折だったので、抜歯以外に方法はないとのことで抜歯をしてもらいました。
なお、現在は歯を残す方針の歯医者さんも多いですが、歯根破折でもごく軽微な場合はいったん抜歯した後に接着剤でくっつけて元に戻すなどの方法もあるようですが、基本は抜歯という所がほとんどだそうです。

 

先ほど私なりに色々なケアをしてきたとお伝えしましたが、それにはレイキの自己ヒ-リング、また、ヒプノセラピ-(催眠療法)における自己暗示なども行ってきました。
勿論一番の基本である歯磨きも含めてです。
では、なぜ歯根破折には効果?がなかったのでしょうか?
それは、

 

歯は再生・自然治癒が難しい

 

という側面があります。
ごく軽いひび程度の歯根破折では自然治癒するケ-スもあるそうですが、やはり、歯が欠けてしまったりといった状況ではヒ-リングもなかなか効果が上がらないという側面があります。

そして効果が上がらないというのは、いくらヒ-リングをしても新しく歯が生えてくる訳でも無く、また、欠けたり折れている箇所が再生・自然治癒することはほぼ無いということです。

 

私の知り合いにもレイキは勿論、気功やその他のヒ-リングをしている方もいらっしゃいます。
そして、ほぼ全ての方は「歯」だけは歯医者さんに行って治して貰うと話しています。
そして、この点が「歯」に関するヒ-リングの情報がほとんど無いという現状を表していると思います。

 

私が行っているレイキ ヒ-リングでは、「レイキを行ってはならない症状」というのは基本的に存在しません。
ただ、骨折して整復していない箇所へのヒ-リングは控えるように教えています。
なぜなら、

 

骨は再生・自然治癒機能が備わっている

 

からです。
つまり、骨がずれている状態でレイキを行うと、再生・自然治癒機能が働き出し、ずれた状態で骨がくっつこうと治癒反応が進んでいくと言われているからです。
そして、

 

ヒ-リングは再生・自然治癒の機能が備わっている場合に作用する

 

とも言えるかもしれません。
そして、私達の体の大部分にこの再生・自然治癒機能は備わっています。
体を作り上げてくれている細胞なども同様です。

書籍などでは奇跡的なお話などもよく紹介されていますが、実際にそのようなことは起こり得ると私自身は思っていますし、実際にヒ-リングを行っている時も同様です。
ただ、今回の「歯」のようなケ-スでは改善されない「理由」があるということです。
その「理由」とは「再生・自然治癒機能が備わっていない箇所」であるということです。

 

レイキなどの紹介でも、海外ではバッテリ-が上がってしまった車にレイキをしたらエンジンがかかったなどのお話が紹介されたりしています。
エネルギ-という意味合いではあり得ないとは言えないのかもしれませんが、やはりバッテリ-が上がったら実際に修理をして貰う方が合理的ですし現実的な対応です。

レイキを行う時も同様に、例えば火傷であればまず冷やす、あるいは、擦り傷などであれば消毒するなどの「手当」を行った後に行えば良いでしょうし、治りも早くなっていくことと思われます。

 

レイキに限らずヒ-リングという意味合いでは、ほとんど全てが科学的・医学的な証明がなされている訳ではありません。
しかし、科学的・医学的な証明がなされていないからと言って、「存在しない」という訳でもありません。
ただ、レイキやヒ-リングを行う側は現実的な側面も考慮に入れて善後策を行っていくということも大切なことです。

そのような意味合いから、今回の「歯」に関するヒ-リングの情報も踏まえて考えてみて下さい。
なお、私が行っているレイキ ヒ-リングも医療行為ではありませんし、医療に代わるものではありません。
医師の指示や投薬などをちゃんと守りながら、何か他にも出来ることはないかと考えている方は、「プラスα」という観点からヒ-リングなども考慮に入れてみては如何でしょうか。

 

そして、ここから先は今回の私の経験からの全くの余談です。
結果として2本の歯を抜歯することになりました。
乳歯が永久歯に生え替わる時などの抜歯は母親に行って貰ったことはありましたが、歯医者さんでの抜歯は初めての体験でした。

 

怖さから色々な妄想?なども膨らむ中、覚悟を決めて1本目の抜歯をして貰いました。
その時は、残りあと1本だと、スッキリさっぱりした気持ちでいましたし、残り1本も抜歯して貰えばもっとスッキリさっぱりするだろうと奮い立たせて残り1本の抜歯もして貰いました。

しかし、2本目の抜歯後に感じた感情は、スッキリさっぱりも多少ありましたが、一番感じたのは、

寂しさ

でした。

今まで考えたこともありませんでしたが、永久歯として生え替わってきて以来30年以上も「歯」は私とまさに一心同体の人生を送ってきています。
勿論、これは「歯」に限らず私達の体全体も同様です。
事故やケガ、あるいは、先天性や後天性で体が不自由な状況の方々もたくさんいらっしゃいます。
そのような方々から見れば「歯」の1本や2本など笑い話にもならないことでしょう。
私自身もそのように思います。

しかし、私自身が感じた、あるいは、気づいた経験が今回の「歯」であるということです。
経験には個人差があります。

そして、仮に私達の本質が意識、あるいは、魂というものだとしても、それを表現するには「体」が必要です。
この世においては、仮にどんなに崇高な意識や魂の持ち主であろうと、「体」を通して自分を表現していきます。
自分を表現するとは?というテ-マで興味のある方は色々と考えてみて下さい。

2016年10月10日 04:10

VR(バ-チャルリアリティ)と前世療法&潜在意識

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日、TVのニュ-ス番組を見ていた所、東京ゲ-ムショウ2016の話題が取り上げられていました。
そこで、今回は「VR(バ-チャルリアリティ)と前世療法&潜在意識」というテ-マでお届け致します。

 

ところで、皆さんの中にも、日頃よくゲ-ムをする方や、今ではあまりやらないが小さい頃はよく遊んだ方、あるいは、全くやらない方など様々いらっしゃることと思います。
私も今ではあまりやりませんが、小さい頃はよくゲ-ムでも遊んでいました。
私の小さい頃は、ゲ-ムウオッチや初期のファミリ-コンピュ-タ-などが出始めた頃です。

 

初期のゲ-ムでは、画面も二次元の平坦なものであり、映像も今とは比べものにならない程シンプルなものでした。
その後、幾度もの改良がなされ3D(三次元)映像なども出始めましたが、どちらかと言えば、映像が鮮明になっていき、単なるゲ-ムではなく映画のようなスト-リ-仕立てや演出が主に組み込まれていった印象です。

 

そして、今回のニュ-スで取り上げられていた東京ゲ-ムショウでは、VR(バ-チャルリアリティ)の装置を駆使したゲ-ムが脚光を浴びていたそうです。
VR(バ-チャルリアリティ)とは「仮想現実」とも訳されるように、現実ではないながらも、より現実感を持ってリアルに体験出来る装置のようなものです。

 

私が小さい頃に遊んでいた二次元のゲ-ムでも、時間もあっという間に経つほど熱中して遊んでいたなど、ゲ-ムに入り込むことはそれなりに可能でした。
ここでは、言わば自分の分身であるキャラクタ-を画面の外から見ながら操作するという特色があります。

 

しかし、VR(バ-チャルリアリティ)のゲ-ムでは、自分がゲ-ムの主人公と一体化し、あたかも、自分がゲ-ムの世界の中に入り込んで進めていくという特色があります。
適切な例えではないかもしれませんが、二次元のゲ-ムでは怪談話を聞いて恐怖を感じるようなものであり、VR(バ-チャルリアリティ)のゲ-ムではお化け屋敷に実際に入って行って恐怖を体感するような違いがあるかもしれません。

 

そして、このような二次元とVR(バ-チャルリアリティ)とでは、個人差はありますが、やはり「感じ方」という所に差が出てくるように思います。

そして、「感じ方」という点に関してはセラピ-などでもよく活用されますが、主にNLP(神経言語プログラミング)という分野では、「アソシエイト」と「ディソシエイト」という観点が取り入れられています。

 

「アソシエイト」とは「主観的に体験する」という意味合いであり、先のVR(バ-チャルリアリティ)に近いものです。
一方の「ディソシエイト」とは「客観的に体験する」という意味合いで、これは先の二次元のゲ-ムに近い感覚のものです。

 

前世療法などを行っていると、それぞれの体験には個人差が生じます。
個人差が生じる理由や体験は様々ですが、その差の違いの一つが、この「アソシエイト」で体験するか?あるいは、「ディソシエイト」で体験するか?というものです。
これは、どちらで体験しようともヒプノセラピ-(催眠療法)を行う上では問題は生じませんし、また、前もって選択出来るという性質のものでもありません。

 

ただ、前世療法などを行う際は少なからず恐怖心を持っておられる方々も多いです。
「アソシエイト」で体験する方は、前世の自分と一体化し、その前世の世界に入り込み、そこでの出来事を追体験していきますが、ここでは感覚がより研ぎ澄まされているので、そのような感覚が不快に思われる時は「ディソシエイト」の状態に誘導し進めていくことも多いです。

 

一方の「ディソシエイト」で体験する方は、先の二次元のゲ-ム画面や映画などのように客観的に前世の自分を見ているので、「アソシエイト」で体験するほど前世の自分と一体化せず、仮に重要な出来事が起こった場面などでもあまり不快に感じることなく進んでいくことが多いです。
勿論、映画などでも目を背けたくなるような場面があるのと同様に、「ディソシエイト」で前世を体験していても辛い場合などは、さらに客観的な視点を導入したり、その場面から移動させたり、ひとまず癒しの場面に戻したり、あるいは、再体験させずに進めていくなど負担を掛けないように進めていきます。
また、めったにありませんが、一度セラピ-を中断して、今の内容を振り返り、落ち着いた後に続行するか、あるいは、別の手法や観点から進めていくかなどのお話し合いの上、その後のことを決めていくケ-スもあります。

ちなみに、私の所で行っている「タイムラインセラピ-」では、前世などを体感せずに問題を解消していけるよう、恐怖心が強い方などの場合に行ったりもしています。

 

このように、「感じ方」には個人差が現れます。
言ってみれば、その人の「個性」が現れるとも言えます。
どのような「感じ方」でもセラピ-においては問題を生じませんし、「どちらの感じ方」がより効果的であるか?という違いも生じません。
どちらも同じであり、また、良し悪しという問題でもありません。

 

そして、今回のテ-マから、私はゲ-ムの功罪をお伝えしている訳ではありませんのと、楽しいと思えるのであればゲ-ムをしても良いと思います。
ただ、以前からのTOPICSでも繰り返しお伝えしていますが、

 

潜在意識は現実とイメ-ジ・想像の区別が出来ない

 

という特色があります。
そして、ここでの主な意味は、先ほどの怪談話を聞いて、自分なりにイメ-ジや想像力を膨らませて恐怖を感じるという現実を創り出していくという側面もありますが、

 

潜在意識にとっては外部からの刺激も同様である

 

という意味合いも含まれています。
これは、まさに先ほどからのVR(バ-チャルリアリティ)による体感も含まれています。
そして、前世療法などの経験から考えてみると、

 

「アソシエイト」の方が「ディソシエイト」より、より体感が増す

 

ということが言えるかもしれません。
怪談話を聞いて恐怖を感じるよりも、お化け屋敷の方がより恐怖を感じやすくなるという側面です。

 

ある程度の自我が発達しているような年齢では、ゲ-ムと自分を切り離すこともより可能になっていると思われますが、多くの恐怖場面などが出てくるゲ-ムの場合では、そこで感じた恐怖などの「感情」が「架け橋」となり前世での体験や、年齢退行療法におけるインナ-チャイルドの感情と結び付くことにより、ある種のトラウマ的な体験を思い起こすケ-スもあるかもしれません。

 

また、これも以前のTOPICSにおいて少しお伝えしましたが、小さい子どもは「偽りの記憶」というものを創り出すことがよく起こります。
これは、今回のケ-スでいうと、VR(バ-チャルリアリティ)のゲ-ム内で感じた「感情」を、これから先の大人になったある時点にて思い出すことがあり得るかも?ということです。
当然そのような時は「ゲ-ム内で生じた感情」というのは忘れていることと思います。
しかし、ここでポイントとなるのが、

 

忘れているのは「ゲ-ム内」ということであり、生じた「感情」は忘れていない

 

という点です。
もしかしたら、大人になったある時点で、自分でも身に覚えがない恐怖などの感情(ゲ-ム内で創り上げたトラウマ的なもの)により、実際の行動が制限されてしまうケ-スも今後は無いとも言い切れないかもしれません。

 

今後は家庭においてもVR(バ-チャルリアリティ)を活用したゲ-ムが主流になっていくことと思われます。
私はゲ-ムをしても構わないと思いますし、このような技術は現在の3D映画をもっと発展させ、より身近なものにも繋がっていくこととも思われます。
また、認知行動療法などの場面では大いに効果を上げ活用されていくかもしれません。
そして、このような技術をどのように発展させていくのかは、

 

大人側(開発する側やそれを利用する社会という側)の思いや動機である・・・

 

という所が大きいように感じています。
ゲ-ムを楽しむのも大いに良いと思いますが、今後の技術の発展により、このような自分でも身に覚えのないゲ-ム内で生じたトラウマ的なものを創り出さないよう、心の片隅にでも置いてみて下さい。

 

ちなみに、時と場合で変化はしていきますが、自分が「アソシエイト派」なのか、あるいは「ディソシエイト派」なのかが簡単に分かる遊びがあるのでご紹介します。

 

まず、昨日の夕食を思い浮かべてみて下さい。

 

では、あなたが思い浮かべた夕食を、あなたがどこで感じているかを見ていきます。
それを思い浮かべている場所を「点」として感じてみて下さい。
もしかしたら、あなたの体の中で感じているかもしれませんし、あなたの体の外側(体の周囲など)で感じているかもしれません。
どちらでも大丈夫ですので、「点」として感じてみて下さい。

 

では次に、明日の夕食(食べたいもの)を思い浮かべてみて下さい。

 

そして、同じように思い浮かべている場所を「点」として感じます。
これも、体の中でも外側でもどちらでも構いません。
頭で考えるのではなく、ただ、そのように感じる「点」を見つけ出せれば充分です。

 

では、昨日の夕食を感じた「点」と明日の夕食を感じた「点」を一つの「直線」で結んで下さい。

 

さあ、「直線」で結び付いたでしょうか?

では、その「直線」は、

 

あなたの体の中を貫通しているか、あるいは、体の中を貫通せずに、あなたの体の外側(周囲)に存在しているでしょうか?

 

では、見ていきましょう。
この「直線」が体の中を貫通しているあなたは「アソシエイト派」であり、貫通せずに体の外側(周囲)に存在しているあなたは「ディソシエイト派」と大きく分けることが出来ます。

 

これは、現在のあなたが、ご自身の人生をどのように体験しているのか?という見方の指標の一つとして用いられている手法です。
どちらが良いとか悪いとかという問題ではありません。
また、今は「夕食」を思い浮かべましたが、「別のこと」を思い浮かべることで、感じる「点」の所在地が変わり、「直線」の存在場所も変わっていきます。

 

これは、その人のタイムラインと言われているものですが、「アソシエイト派」の場合は、人生をより体感したいとの思いが強いと言われていますし、「ディソシエイト派」の場合は、人生をより俯瞰した形で送っていきたいとも言われています。
なので、どちらが良い悪いということではありません。

ただ、何かに直面した時に、

 

アソシエイト派の場合は、少し客観的に物事を捉えることで、より見えてくるものがある、 かも?

 

あるいは、

 

ディソシエイト派の場合は、その出来事と今よりもより積極的に関わることで新たな発見がある、 かも?

 

という視点を変化させるということでも活用出来ます。
「思い浮かべる対象」を変えることで、自分がその対象に対して現在「どちら派にいるか?」という目安にもなりますので、興味のある方は遊び心で試してみて下さい。

2016年10月2日 05:10

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